それでも僕は提督になると決めた   作:坂下郁

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 前回のあらすじ
 眠れない夜。


092. 月が吠える

 沖ノ島沖(2-5)南回り航路、Cポイントで戦うのは軽母ヌ級フラッグシップ、二体の重巡リ級、三体の駆逐ロ級後期型から成る敵前衛艦隊A群。赤城、瑞鳳、神通、時雨、雪風、涼月から成る教導艦隊は、定石通り戦力を保全しつつ海域最奥部へと向かおうとしているが、道中で向かってくる敵はそのままにできない。そうして双方空母を有する艦隊同士の激突が始まったのだが―――。

 

 「大尉っ! 敵航空隊がすでに展開中ですっ!! 先手を取られてますっ」

 

 ツインテールを揺らしながら C4ISTAR(統合指揮統制システム)のオペレータ席に座り端末の操作を担当する鹿島が慌てて振り返るのは日南大尉。教導艦隊としての戦いは、勝っても負けてもこれで最後。大尉の、そして自分たちの行く末を見届けようと遠征もすべて中止し全員が集まり、さらに本隊からも多くの艦娘が観戦を希望したため、今日の指揮は泊地本部の作戦指令室で行われている。

 

 赤城と瑞鳳の展開する索敵線が敵を捕捉できずにいる間に、涼月の一三号対空電探改が総勢九〇機にも及ぶ敵航空隊を探知したと急報が入り、作戦指令室は一気に騒然とする。敵艦隊を警戒しつつ南南東へ進む教導艦隊に対し、回り込んで南から一気に攻め上がってくる敵の攻撃隊が青の輝点でモニター上に踊っている。

 

 眉を顰め顎に手を当てる日南大尉の僅かな仕草だが、これまでの戦いと違う予感を感じさせ、見守る教導艦隊の艦娘達もざわざわし始める。南回り航路での一戦目、千代田と千歳を中核とした部隊は海域最奥部に到達し見事S勝利を収めたが、受けた被害は想定を大きく超え甚大なものだった。提出された戦闘詳報を読み込んだ日南大尉は、敵の装備向上に加えて戦術レベルでの変化を疑っていた。

 

 「偵察機…いや……高出力の電探、か…?」

 

 モニター上で激しく動き回る輝点を俯瞰する日南大尉の目つきが険しくなる。捉えられなかった敵部隊に、自分たちを待ち構える敵航空隊…大尉の表情が苦い物へと変わり、鹿島と隣り合うオペレータ席に荒っぽい動きで座ると、手にしたヘッドセットを付ける間も勿体ないと言わんばかりにそのまま指示を出す。

 

 「艦隊、輪形陣へ移行っ! 赤城、瑞鳳、全艦戦直掩に回し艦隊防空っ! 全員対空戦闘用意! 防ぎきるぞっ!!」

 

 偵察機による索敵線は、長距離かつ広範囲に敵を捉えられるメリットがある反面、偵察機を発見されること自体が自らの存在を間接的に暴露するリスクになる。だが艦隊上空を旋回し直掩に当たっていた部隊からは敵偵察機を発見したとの報告は上がっていない。にも関わらず、敵の航空隊はすでに進出している。ということは高出力の電探により探知された前提に立つべきだ…と日南大尉は判断した。

 

 敵艦隊の航空戦力は空母ヌ級フラッグシップ一体だが、軽空母といえども大型正規空母並みの投射量を誇り侮れる相手ではない。そして大尉が危惧した通り、敵艦隊はヌ級が装備する深海対空電探の性能をフルに発揮して戦闘管制に当たっていた。対空電探は方位と距離に加え高度を計算する三次元レーダーだが、二次元探知、つまり水上電探としても十分代用できる。垂直方向の走査で教導艦隊上空を旋回する直掩隊を捕捉し、さらに水平方向の走査で艦隊の方位と距離を測定した後、空母ヌ級は自身の艦隊防空さえも捨て、全力投射で先制攻撃を仕掛けてきた。さらに海上では重巡二と駆逐艦三から成る重水雷戦隊が、空を翔ける攻撃隊の後を追うように疾走を続ける。

 

 

 

 偵察機の操作に集中していた赤城と瑞鳳は、飛び込んできた日南大尉からの緊迫した指示に、長い黒髪とポニーテールの茶髪を揺らしながら顔を見合わせ、頷き合う。なぜ、とかどうして、などを問う必要はない。右手で頬に掛かった髪を後ろに送りながらすぅっと目を細めた赤城は弓を握りしめた。周囲では慌ただしく水雷部隊が位置を入れ替え、輪形陣を完成させようと海面に白い軌跡を描いている。

 

 「敵編隊…さらに接近中…方位南、距離約一一〇km…。高度六〇〇〇の一群と…高度七〇〇の一群…」

 

 南方約中央に赤城と瑞鳳が配される教導艦隊の輪形陣を上空から見れば、前衛に時雨、後衛に雪風、左翼に神通、そして最初に接敵する南面の右翼には涼月が陣取り、一三号対空電探改が捉えた情報を部隊内、そして宿毛湾泊地で指揮を執る日南大尉に伝えつつ空を睨む。その情報は空母娘に最早一刻の猶予もない事を知らせ、二人は左手に提げた弓に矢を番えながら大きく引き絞る。

 

 「瑞鳳、足の軽い二一型から出してくださいっ!」

 「う、うん! 数は少なくても精鋭だから!」

 

 日南大尉の張り詰めた声と、空を厳しく見上げる赤城の視線に気圧されながら、瑞鳳は弓を構え引き絞る。ひゅんっと弦が空気を震わせ、空を切り裂くように進む矢は光と共に熟練の零戦二一型へと姿を変え、ふわりと上空へと消えてゆく。隣では同じように番えた矢に語りかえ、それから力強く引き絞る赤城の姿。

 

 「かつての貴方たちと戦ったことはありませんが、零の系譜に連なる子達…よろしくお願いします」

 

 -引きが大きい…そっかアレを飛ばすんだもんね。

 

 瑞鳳の言うアレ-烈風を空に解き放つ赤城。零戦より遥かに大柄で重量級の機体を飛ばすには、矢勢も相応に必要となるが、いつもより大きく強く弓を引き絞った赤城は普段通りの速射で航空隊の展開を素早く完了させた。

 

 

 

 敵の編隊を迎え撃つのは、瑞鳳の零戦二一型一八機と赤城の烈風一六機。優位な高度から一斉射撃を加えながら急降下で迫る白い深海猫艦戦に対し、烈風隊は二〇〇〇馬力を超えるハ四三の大馬力にモノを言わせた急加速からの急上昇を見せる。上空から被ってきた相手の下腹越しにすれ違い追い越してから一八〇度ループで宙返り、背面飛行から一八〇度ロールで縦方向のUターン、つまりインメルマンターンで躱しきった。数機は被弾し撃墜された機もあるが編隊は崩さず、烈風は逆ガルの大きな翼に風を孕んでそのまま翔け抜け、その先にいる、艦戦に護衛された深海地獄艦爆の一群を目指している。

 

 「全小隊突撃開始、逃さないでっ!」

 「二〇ミリ機関砲弾(おべんと)、食べるりゅ?」

 

 航空隊の妖精さん達と感覚を共有する赤城の脳裏には、敵艦爆へ向かう部隊から齎される情報がフィードバックされ、遅れることなく攻撃を命じる。上空で赤城の烈風が護衛の敵艦戦と艦爆隊との激闘を続けている間にも、急降下から海面近くまで高度を下げた敵艦戦に瑞鳳の零戦二一型が襲い掛かる。最高速度を利したズーム&ダイブでは分の悪い二一型だが、格闘戦の性能はいまだ一級品である。待ち構えて低高度の水平方向での格闘戦に持ち込み、総合性能に勝る猫艦戦と一進一退の戦いを続けている。

 

 敵に大きな打撃は与えたが、三四機の直掩隊で敵九〇機を抑えるのは容易ではなく、徐々に防空網を抜け輪形陣に向かい距離を詰めてくる敵機が増え始めた。

 

 

 「涼月、聞こえるね? 直掩隊を突破した敵機が来る。距離六〇〇〇まで引きつけて叩いてくれ」

 「はい…。大尉…艦隊は…私が必ず…お守りします」

 

 肩幅よりやや広く両脚を開き、柔らかく膝を曲げ少し前に重心を掛ける涼月は、少しだけ頭だけを持ち上げ空を見上げると、ひと房束ねられた左側の髪が頭の動きに合わせて揺れる。腰にアタッチされた、艦首を二分割したような装甲の内側に配置される二体の長一〇cm砲ちゃん達も星十字の目を光らせ、砲塔()を回し浅い仰角で前方への射撃体勢を整える。

 

 「ここは譲れない」

 「絶対にお守りしますっ」

 前衛の時雨は二、三度屈伸を繰り返した後、背中の基部からフレキシブルアームを介して前方に伸びる砲塔内側のガングリップを握り対空射撃に備える。空母娘二人を挟んた後衛の雪風も首から下げた双眼鏡を覗き込んでいたが、きゅっと唇を噛むと、茶色のベルトで肩から鞄上に提げた砲塔に持ち替え、同じように対空射撃の準備に入る。

 

 「近づける訳にはいかない………撃て!」

 

 凛とした涼月の号令一下、長一〇cm連装高角砲が一斉に火を噴き、あっという間に空一面に黒煙でできた花が咲き乱れる。

 

 

 

 対空射撃の砲煙が作る黒い雲が汚す青空を切り裂くように敵機が空を乱舞し、海には放たれた爆弾が作る水柱が次々と立ち上がる。陣形を崩さず必死に回避運動を続けながらも、視線と砲口を空に向け対空弾幕を張り続ける時雨達教導艦隊。その中で唯一、回避行動をごく最小限に留め、腰をやや落とし膝を柔らかく上下させ下半身全体でバランスを取り反動を逃がしながら連続射撃を続ける涼月。距離六〇〇〇、僅か一分で目前まで迫ってきた敵機を、四門の高角砲が唸りを上げ迎え撃つ。放たれた毎分一五発、秒速一〇〇〇mの鋼鉄の弾幕は、手始めに四機一組の深海復讐艦攻の小隊を爆散させ、後続の部隊は慌てて方向転換し涼月の火線から逃れる。

 

 「逃がしませんっ! 乙型駆逐艦の実力、今こそっ!」

 対空射撃の妨害のため突っ込んできた敵艦戦の機銃掃射に耐えながら、旋回し再突入を図る別部隊に狙いを定めた涼月は火線を集中して追撃する。涼月一人に散々に撃ち払われた敵雷撃隊は戦力の半数を失い、体勢の立て直しを余儀なくされるに至った。

 

 「は、早いっ。そっか…まさに本職ってことかな、うん…」

 時雨が思わず砲撃の手を止め見つめてしまい赤城から注意を受けてしまう。駆逐艦娘全員が装備する長一〇cm連装高角砲は毎分一五発の射撃が理論上可能だが、実際にその速度で撃ち続けるにはどれだけの訓練が必要となるのか。さらに一三号対空電探改と組み合わせられる高射装置により、涼月は目標の探知追跡、未来位置修正角計算、射線設定を瞬時に行い精度の高い射撃を行うが、同時にそれは情報処理を担う脳や神経に想像を超える負荷を掛ける。対空攻撃に優れた能力を発揮する時雨でさえ、同装備を同じようには扱えない。だから分かる、凄まじさ。

 

 「けれど…僕も負けてられないね…いくよっ」

 

 

 

 直掩隊と駆逐艦娘達の奮戦により、教導艦隊の被害は赤城と涼月の小破に抑えられた。耐えに耐え、敵航空部隊に大きな損害を与え撤退に追い込んだ今、攻守が入れ替わる。赤城と瑞鳳を発艦した攻撃隊が、接近を続ける敵の重水雷戦隊に銀翼を連ね殺到している。この航空攻撃でCポイントでの交戦の勝利は確実となった。警戒を緩めない艦隊だが、それでも時ならぬ凪が訪れ、心配そうな表情で時雨が涼月に近寄ってゆく。

 

 「何とかなりそうかな。それよりも…大丈夫、涼月?」

 「はい、このくらい…。私、こう見えて結構頑丈なんですよ」

 

 砲煙で煤けた白い頬に赤い血の筋を伝わせながら、柔らかい笑顔で涼月が応え、時雨が不安そうな表情になる。防空駆逐艦として艦隊を守るため、涼月は敵の攻撃を極力()()()()。ぎりぎりまで引きつけ、自らの危険と引き換えに確実に敵機を屠る。

 

 -僕も以前はそうだったから分かるけど…そんな戦い方、日南大尉は望んでないと思うんだ、うん…。

 

 その表情から何かを悟ったのだろう。涼月はうっすらと微笑んだまま目を閉じ、胸の前で両手を重ねると、時雨を安心させるように、自分に言い聞かせるように、静かに告げる。

 

 「…心配しないでください。私は…涼月は必ず、帰ります。皆さんの…大尉のもとに」




 リアルライフが超忙しく、週一更新も危うくなっています。時間が作れればペースを上げたいとは思ってますので、引き続きお付き合いいただけますと幸いです。

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