それでも僕は提督になると決めた   作:坂下郁

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 前回のあらすじ
 失くしたものの重さ。

(20190110 一部改訂)


094. 気づかない焦り

 「敵はどう出てくるでしょうか…?」

 

 C4ISTARのオペレータ席に座りコンソールを操作する鹿島がぽつりと呟いて、隣に立つ日南大尉を見上げる。隣り合う席に座らず、背凭れに手を掛けて横に立ちモニターを見つめているのは、見慣れたと言ってもいい端正な顔立ち。状況の緊迫さを感じさせない穏やかさに、つい見入ってしまう…ふるふると頭を振って雑念を振り払うようにする鹿島も、自分の問いに答えない大尉と同じように視線を前に向ける。

 

 画面に表示されるのは教導艦隊の航空隊を示す黄色い輝点。先行し敵艦隊に北東から接近する一群と、戦場を迂回するように南南西から進む一群が、海域最東部に陣取る敵艦隊に向かい猛進を続けている。対する敵艦隊の周囲にも緑の輝点が周回していたが、やがて北東から進む攻撃隊に向かい進撃を始めた。

 

 「瑞鳳の航空隊に釣られてくれた、か。あとはターゲットが自艦防空にどの程度目を向けているか、ですね」

 

 時間差で返ってきた短い答えに、鹿島は銀のツインテールを揺らしながら思わず振り返ると…固まった。固まりついでに真っ赤に染まっているのが自分で分かるくらいに頬が熱くなった。モニターを見ているとばかり思っていた大尉が自分のほうを見ていて、がっつり目が合ってしまったが、その表情に少し違和感を覚えた。まるで自分を納得させるかのような、作り笑いのような…。

 

 

 沖ノ島沖(2-5)初戦Cポイントでは、高出力の対空電探を駆使した敵空母の先制攻撃を受けた。涼月の活躍で辛くも撃退したが、この一戦は日南大尉の心に不安の影を落としていた。海域最奥部に出現報告がある敵の中枢艦隊は大きく分けて二通り、三体の戦艦ル級を中核とする水上打撃部隊か、戦艦ル級が二体に減る代わりに空母ヲ級が加わる機動打撃部隊か。直接的な砲戦火力は前者が上回るが、大尉がより警戒する後者が海域最奥部に陣取る事が判明した。

 

 機動水雷部隊といえる教導艦隊は防御力に難があり、戦艦二体でも十分な脅威、さらに空母ヲ級が作戦に柔軟性を与えているのが気がかりだ。それだけでも厄介なのに、対空電探まで加えて防御に徹せられると自分たちの航空攻撃は無力化されかねず、あるいは全力投射されれば水雷戦の距離に入る前に部隊は壊滅的な打撃を受けかねない。

 

 だからこそCポイントでの戦訓を反映し、瑞鳳と赤城に強行偵察を指示していた。高高度から敵艦隊の位置を特定する部隊と、被発見・被撃墜のリスクを負ってでも低空侵入し、敵の装備詳細を掴む部隊。一六機投入した彩雲のうち無事帰投できたのは半数にも満たない損害を受けたが、得られた貴重な情報で作戦の方向性が決まった。敵の電探はMark.1と呼ばれる()()電探、探知距離はさほど長くないが射撃管制用で、代わりに垂直方向、つまり航空攻撃にはヲ級が備える態勢とみることができる。

 

 だが断続的に続いたスコールの影響で、教導艦隊の索敵網にも一時的な間隙が出来てしまった。結果、接近する敵艦隊()と航空隊を捕捉しながら、空母ヲ級フラッグシップをロストするという事態に直面している。

 

 

 「瑞鳳、君の部隊が緒戦の鍵になる、いいね? そして赤城、索敵線を東方に延伸しようか。攻撃隊はすでに発艦している、一刻も早くヲ級の位置を再特定しないと…。ああ、言うまでもないがーー」

 

 発言を聞いた鹿島は、違和感の正体を確信した。

 

 ー大尉は…焦っている?

 

 決行された作戦はアウトレンジ攻撃。惨敗したかつてのマリアナ沖海戦で採用された戦術なので否定的に語られることも多いが、成立条件を整えれば有効な奇襲戦術になりえるー教導艦隊の練度と編成、そして敵部隊の索敵能力を秤に掛け、日南大尉は先にヲ級を無力化するためアウトレンジ攻撃に打って出た。それだけその存在が作戦に大きく影響したと言える。

 

 ある意味で彼らしくない投機的とも言える作戦に、血の気の多い艦娘たちは大いに盛り上がりを見せているが、鹿島は胸の内で強くなる不安をどう伝えればいいか戸惑っていた。

 

 

 

 大尉が指揮を執るのは泊地本部の桜井中将の執務室。正真正銘の最終戦、広い執務室には教導艦隊の艦娘達はもちろん、宿毛湾の本隊の艦娘達も詰め掛け、広い執務室はぎゅうぎゅう詰めの賑わいを見せている。不安げな表情でモニターを見つめる者、不安を振り払うように殊更明るく振る舞う者、それぞれに思う所はあるが、気持ちはただ一つ、教導艦隊の勝利を願う。

 

 「……翔鶴(ねえ)、やれる、よね?」

 「戦に絶対はないわ、瑞鶴…。でも、私は…信じてます」

 

 そんな喧騒を見守るように壁に寄り掛かるのは、宿毛湾泊地の総旗艦を務める翔鶴と、その妹の瑞鶴。かつてマリアナ沖で生死を分けた姉妹が成しえなかった戦術をもって戦いに臨む若き指揮官を、不安と、それ以上に期待を込めた眼差しで見守る二人は、赤いミニスカワンピにポンチョを纏い、赤いサンタ帽を被ったクリスマス仕様の制服。よく見れば他の艦娘の多くも同じようにクリスマス仕様の制服を着用している。今の緊迫した宿毛湾にはそぐわない風情、毎年恒例の指示を出す艦隊本部にはその辺の事はお構いなしだが、これは仕方ないといえるだろう。

 

 「にしても、中将が艦隊本部の指示を遵守してるのは…なんというか、意外でしたね」

 「そうかい? クリスマスモードの制服はむしろ彼女たち艦娘の希望でもあるしね」

 

 同じように離れた場所で場を見守るのは桜井中将と、参謀本部に戻るはずだった橘川特佐の二人。暇乞いの挨拶に中将の元を訪れた特佐だが、この戦いを見届けていったほうがいい、との中将の勧めに逆らえない雰囲気を感じ、執務室に同席している。

 

 「私としては教え子に理不尽を強いられるのは不本意だが…まぁ、君の背後にいる技術本部…いや、もっと上かな? いずれにしても深海棲艦側に頑張ってほしいところかな」

 「ちゅ、中将…いくらご冗談でもそれは…いえ、貴方は一体どこまで…」

 

 唐突に斬り込まれた橘川特佐がしどろもどろになり慌てている。当の中将はいたずらっぽくにやりと笑い特佐に視線を送るが、目は笑ってない。その様子に背中がぞくっとしながらも、とにかく平静を装い話題を逸らそうとする。実際気になる事もあるからだ。明石からも色々聞いていたし、自分の目でも指揮ぶりは見たが、やはり日南大尉は異色だと思う。

 

 「それにしても…C4ISTAR(あんなもの)を開発するって、どんだけ優秀なんだか…」

 「彼が関わったのは理論構築で、実際の開発は明石や夕張、妖精さんが担ったシステムだ。彼の優秀さは、むしろ今まで無かったものの有用性を論理的に説明し関係者を納得させた点にあるよ」

 

 技術営業やらせても十分イケそうだな、と中将の話を聞いていた橘川特佐は考え込むように顎髭を撫でている。立場上声には出せないが、個人として大尉には負けて欲しくない…と無言のまま視線を送る。特佐からは後姿しか見えないため日南大尉の表情は伺えず、そのままC4ISTARのモニターをーに視線を移すと、表示される敵味方の輝点の動きは一層激しさを増している。

 

 「そろそろ…始まるだろうか」

 

 中将の言葉通り、いよいよ2-5最奥部での戦いが幕を開ける。

 

 

 

 吹き抜ける強い潮風に長い黒髪を預けながら、赤城は離れた位置に立つ瑞鳳にちらりと目を向ける。薄茶色の長い髪を高い位置でポニーテールにした瑞鳳は、膝に手をついて屈伸を繰り返すと、『よしっ!』っと気合を入れ直すと両手でガッツポーズを作り航空隊の操作に集中し始める。夜明けすぎから始まった作戦も、瑞鳳の航空隊と敵の航空隊が接触を開始し、いよいよ本格的に交戦開始となる。

 

 撃たせずに撃つーアウトレンジ攻撃の本質は距離ではない、と赤城は考えている。敵にどこまで気付かれずに近づけるかが全て。気付かれたら、撃たれない代わりに撃つこともできない。その点で条件は整っているはずなのに、なぜか不安が打ち消せない。

 

 「()()()()()決戦距離はもっと近かった…」

 

 赤城の言う私達の時ー還らぬミッドウェーを振り返りながら、日南大尉の作戦を反芻する。航空隊の長距離進攻で敵を叩き、その間に水雷戦隊が接近して残敵掃討と夜戦で決着をつける…だけど、不確定要素は敵の空母ヲ級。ある意味では戦艦ル級三体の方が与しやすかった。火力は脅威だが、射程と指向性ー一度放たれた砲弾は真っ直ぐ進むだけ。一方航空攻撃は、航空機が攻撃手段を運搬する特性上、航続距離の制約はあるが、目標も距離も方角も投射量も自在に変えることができる。空母ヲ級も動き出した。スコールに紛れて姿を晦ましながら展開した航空隊。自分たちの機体より航続距離は短い。一体何を狙っているのかーーーー?

 

 ごうっと吹き抜けた強い潮風に赤城の長い黒髪が踊る。自分に近づいてきた毛先をヒョイっと掴んで、ぱっと手を離す。ヲ級の狙いが何であれ、自分の攻撃隊はすでに発艦し、敵の航空隊も接近している。とにかくヲ級の位置を特定しないと。

 

 「大尉、ヲ級の補足までもう少しお時間を頂きたく。発見し次第必ず…」

 「涼ちゃんが本調子なら、電探探知と組み合わせてもっと効果的に索敵できたのになぁ〜」

 「瑞鳳、過ぎた事は言っても意味がありません。今できる最善を尽くしましょう」

 

 大尉が焦っているように感じられる理由は…と赤城はすうっと目を細める。瑞鳳の言う通り、涼月の状態は気掛かりだ。

 

 初戦第二戦と活躍した涼月だが、その代償として頭部に裂傷を負い、結構な量の出血を起こしている。気丈な彼女らしく、何事も無いように振舞っているが、怪我の位置が良くない。電探や射撃管制を司る部位の損傷は、走査距離や精度の低下として現れている。

 

 赤城は瑞鳳に視線を送る。視線に気づいて小首を傾げながらこちらを見返す瑞鳳は、小柄な軽空母だが、かつての自分がミッドウェーで沈んだ後も、戦いに戦いを重ね、栄光も挫折も飲み込んだ歴戦の勇士だ。きっと分かってもらえるはず―――。

 

 

 「…瑞鳳、お願いがあります」

 

 

 おそらくは同じような事を考えていたのだろう、瑞鳳は少しも驚かずに、ふふーんといった表情で胸当てをトンと叩くと、赤城の提案に賛成した。

 

 今ならまだ間に合うーー赤城と瑞鳳も最大戦速で最前線に向かう。先を行く瑞鳳がくるりとターンして赤城を振り返ると、えへへーと笑いかける。

 

 「赤城さんから言ってくれて、助かっちゃった。どうやって説得しようかな、って思ってたから。瑞鳳、()()()()()経験あるから、うまくやる自信あるし」

 

 それは私の知らない、エンガノ岬沖での海戦。栄光の空母機動部隊は、戦艦部隊のレイテ湾突入を助ける囮役として米軍と激戦の末に壊滅した。私がやろうとしているのは、水雷戦隊の突入を助け、敵の攻撃隊の標的を分散させるため前線に出ることだ。長い黒髪を大きく風になびかせ、体を前へ前へと推し進める。こんな時なのに、ふと浮かんだ思いに我ながらくすりと笑ってしまった。

 

 「そうですね…無事に帰ったら…間宮さんの所で大尉に何を奢ってもらおうかしら」


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