それでも僕は提督になると決めた   作:坂下郁

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 2019年のご挨拶
 あけましておめでとうございます(今更感。さあ、今から冬イベ…。

 ※2019年一発目ということもあり、これまでの話を見直した結果、少しですが#94と#95に手を加えました。合わせてお読みいただけますと幸いです。


096. パンドラの海

 「鹿島教官、特異種……ですか?」

 

 目的達成のための方法論が作戦であり、現場での具体的な運用が指揮。だから作戦行動には必ず指揮官の意図が反映される。目的は欲求とも言い換えられ、それは意思の現れだ。指揮命令系統の所在が判然としない深海棲艦は、本能のように存在意義のように、強烈な破壊衝動で軍民問わず海を行く全ての存在に敵対する、それが長年の定説となっている。

 

 しかし、今2-5の海域最奥部で相対する敵の動きをみると、それが何かまでは掴めないが、行動に意図があるように見える。

 

 だからこそ引っかかる、腹落ちしないモヤモヤ感に与えられた名前--特異種。作戦遂行の真っ最中で、長々と話をしている暇などない。それでも鹿島が持ち出してきた情報に無視できないものを日南大尉は覚えた。時間を稼ぐ意味でも、間髪入れずに水雷戦隊を率いる神通に指示が飛ぶ。東方から接近中の打撃部隊と撃ち合うのでも、北方に姿を見せた敵航空隊に備えた防空戦でもなく、南方への退避を装い進路変更を命じる。

 

 その間に--。

 

 「手短に言いますね、大尉。『特異種』とは海域再編後に出現が確認され始めた深海棲艦のことで----」

 

 今回の敵の動きを見るとその可能性が濃厚です、といったん言葉を切った鹿島はちらりと日南大尉を見て、ためらい勝ちに上目遣いで反応を伺うように説明を続ける。

 

 「装備や能力は既出の艦と変わりませんが、交戦した部隊の多くが…全艦轟沈を含む甚大な被害を受けています。まるで優秀な指揮官に率いられているかのように、統制の取れた動きや精度の高い砲雷撃、巧みな戦術…戦闘詳報を見れば見るほど、鹿島には敵の作戦が…その…何らかの戦術教義に基づいているように思えてしまいます。サンプル数が多くないので、『敵を侮り油断した』『想定外の反撃』『敗北した部隊の言い訳』みたいな感じで今の所は片づけられちゃってますけど…。ああ、私何言ってるんだろ…でも、やっぱり不可解な点が多くて」

 

 うがーっと頭を掻きむしりながら、自分で言ってることに自分で困惑して銀のツインテールを揺らす鹿島だが、日南大尉は胸の前で腕組みしながら難しい表情で目を伏せ何かを考え込んでいた。やや間があって、唐突に何か閃いたというか思い出したというか、文字通り血相を変えながら、手元にあったレポートパッドに乱雑かつ大量に数式と図形を書き込んでいる。一通り確認し終えると、大尉は艦隊に指示を出す。

 

 

 「みんなよく聞いてくれないか。これは作戦とは呼べない、ある仮定に基づいた推論でしかない。それでも…信じて動いてほしい。まず赤城、航空隊の進路を北西に変針し、突入準備開始。そこから一〇分以内の地点にヲ級はいるはずだ。そして神通、敵は海域を周回して、時計回りの円運動を続けている。最大戦速で突入、敵の最後尾を突くぞ」

 

 作戦司令室から遥か彼方の沖ノ島沖に展開する教導艦隊は、それ以上何を問い返すでもなく、整然と行動を開始した。答えは簡単で、声の調子だけで分かる。大尉は落ち着きを取り戻した。さっきまでとは違う、いつも通りの冷静さの中にも熱さを感じさせる口調とトーン。ああ、もう大丈夫だ。安心して全てを賭けることができる----。

 

 

 「そうだね…進むしかない」

 短い一言に万感の思いを乗せ静かに高揚する時雨。

 

 「雪風は沈みませんっ!」

 中破したものの意気軒高、ふんすと両手でガッツポーズを決める雪風。

 

 「…合戦、準備!」

 血の滲む白い鉢巻を締め直し、決意を固めた表情で主機の回転を上げる涼月。

 

 「水雷戦隊…主機全開、増速しながら単縦陣へ移行。神通に続いてください!」

 返事の代わりに三人の駆逐艦を引き連れ行動に移った神通。

 

 「そっか。じゃぁ瑞鳳がみんなのこと守るね!」

 自らの役割を明確に理解した瑞鳳が力強く宣言する。

 

 

 「あの…日南大尉…?」

 日南大尉は、恐る恐る呼びかける鹿島の声に反応しない。自分の指示に沿って動き出した艦隊と航空隊がモニター上の輝点として動き回るのを無言のまま眺めていた。むぅっと頬を膨らませた鹿島がもう一度呼びかける。自分の説明のどこにヲ級の居場所を特定したり敵艦隊の動きを見破る余地があったのか、まるで分からない。さらに暫くして、困ったような表情を浮かべながらようやく大尉は鹿島の方を振り返った。

 

 「…自分の想像通りなら、これで行けるはずです」

 

 さらに問いかけようと鹿島が口を開きかけた時、日南大尉は艦隊にさらなる指示を送る。聞く限りでは、大尉は敵の動きを把握しているようにしか鹿島は思えず、小首を傾げながら頭の上に?を浮かべてしまう。

 

 

 「最後尾の駆逐ロ級に集中砲撃! 射程距離に捉え次第全艦取舵大回頭、一瞬だけできる丁字の態勢を逃さず斉射後、最大戦速で離脱っ!! 忘れるな、周回する敵の内側に入ると丁字で集中砲火を受けることになる、それが敵の陣形の狙いだ。敵航空隊は円周上の一点、着弾予定地点に我々を足止めするのが役割だ。瑞鳳は北方に展開している敵の航空隊を食い止めろ! いずれにせよ、赤城の航空隊がヲ級を叩いてからが本番になる」

 

 

 指示を矢継ぎ早に出し終えた日南大尉は、ようやく隣り合う鹿島の方を向く。何とも言えない苦い表情で語られる内容に、鹿島はそれを偶然とすべきか、何らかの意味を見出すべきか、判断できなかった。

 

 「鹿島教官の話の中にあった『戦術教義』で思い出したんです。兵学校時代に読んだ論文…狭隘な、擂鉢状に狭くなる海域を背に防衛線を展開する戦術考察でした。海域最奥部に空母を配し、打撃部隊は円を描いて周回…航空隊は常に相手を円周の内側、つまり打撃部隊が常に丁字有利の態勢で砲撃を加えられる位置に釘付けにする、……今回の敵は、その理論を実戦で試したかのような動きに見えました。卒業席次(ハンモックナンバー)第一位…いえ、第一位になるはずだった男の手によるものでしたが…」

 

 

 

 例え甘くても、何かを切り捨てることなく、全て抱えながら前に進もうとする。それが日南大尉の強さであり弱さであると気づいたのはいつだったろうか。過去に縛られ俯いていた自分に、再び前を向くきっかけをくれた。その後も、教導艦隊の航空戦力の中核として、寄せられる信頼がありありと分かる。

 

 「大尉! 空母ヲ級(白い魔女)を捉えましたっ! 赤城攻撃隊、突撃開始しますっ!!」

 

 信頼には結果で応える--航空隊の燃料残量は僅か、だがようやく捉えた。教導艦隊だけでなく宿毛湾全体が大歓声に沸く中、長い黒髪を靡かせる赤城は、艦隊最後尾を疾走し水雷戦隊の進撃についてゆきながら、襷をキュッと締め直し鋭い目で遠い空に視線を送る。

 

 -私は…大尉を未来へと運ぶ翼になる。だから…邪魔をしないでくださいっ!

 

 赤城の脳裏に、航空隊の妖精さん達からの情報が次々とフィードバックされる。水平線にぽつんと立つ白と黒の人影。頭には大きな艤装を纏いステッキをもった姿-空母ヲ級。赤城の号令一下、七二機全て発動機が一斉に唸りを上げ沖ノ島最奥部に轟音を響かせる。先に飛び出した二〇機の烈風隊が、落下式増槽(ドロップタンク)を切り離し戦闘態勢に入る。荷物がなくなると、当時のレシプロ機としてはトップレベルに低い空気抵抗の流線型の機体は軽やかに大空に舞い上がり、後続の流星改の部隊をみるみる引き離し加速してゆく。

 

 烈風の接近に気づいた空母ヲ級フラッグシップは、秀麗だが無表情な顔貌を空に向け、右手を頭上まで持ち上げると手にしたステッキを振り下ろす。上空に展開する直掩の深海猫艦戦は十五機程度で、南東方面に姿を現し急上昇中の烈風に挑みかかる。優位な高度から急降下で攻め寄せる猫艦戦に格闘戦で対抗する烈風の戦いは激しさを増し、青空にいくつもの弧が描かれ、あちらこちらで撃墜された機の爆発と炎の花が咲き乱れる。やがて数に勝る烈風が徐々に混戦を抜け出して空母ヲ級に激しい機銃掃射を敢行する。

 

 マントの裾を左で掴むとぶわっと巻き上げ体を覆い隠したヲ級は、二〇mm機銃の集中砲火に耐えながら頭部の巨大な艤装の左右に装備する対空火器で、突入し頭上を翔け抜ける烈風に応戦する。だが直掩機の三分の二を失い、さらに対空兵装にも少なからず損害を受けてしまった。

 

 その間に本命が突入態勢を整えきる。海面スレスレを一糸乱れぬ編隊行動で迫る、腹下に魚雷を抱える八小隊三二機と、爆装の五小隊二〇機で構成される流星改。このうち爆装した四小隊一六機が高度を七〇mに調整し、発動機の回転をさらに上げ過負荷全開で増速する。艦上攻撃機ながら二〇mm機銃二門の重武装の流星改は、ヲ級にさらなる機銃掃射を浴びせながら急接近する。

 

 残存の対空火器で必死に応戦するヲ級は、手を伸ばせば届くように思える二〇〇mを切る距離まで肉薄してきた相手の動きが理解できず、魅入られたように流星改の動きを見つめていた。爆弾倉の扉が胴体内側に畳み込まれ、水面に投下された尾羽のない五〇〇kg爆弾--反跳爆撃(スキップボミング)

 

 水しぶきの中から猛烈な速度で五〇〇kg爆弾が回転しながら姿を現す。直ちに高度を上げ逃走を図る流星改よりも--ヲ級の目には、黒い大きな円筒状の物体が迫るのがスローモーションのように映っていた。海面を跳ねながら襲い掛かる五〇〇kg爆弾を次々と被弾し、真っ黒な煙と炎に包まれながらヲ級は爆沈した。

 

 

 「ごめんね、みんな…」

 

 赤城からの情報を受けヲ級撃沈の知らせに沸き立つ宿毛湾の作戦司令部とは裏腹に、瑞鳳は悲痛な表情で即座に航空隊に指示を出す。皆いい笑顔でサムズアップを見せながら、彗星隊の妖精さんたちは急上昇してゆく。

 

 任された守り、そのためにも打って出る。急上昇から一転、角度五〇度の降下で空気の壁を切り裂きながら彗星隊が一気に敵打撃部隊へと突っ込んでゆくが、瑞鳳の脳裏に齎される妖精さん達からのフィードバックが次々と消えてゆく。ぎりっと悔しそうに唇を噛みながら、自らの直掩隊の制御にも意識を向ける瑞鳳。

 

 敵の第一波では後手に回った艦隊防空で想定以上の被害を受けた今、自分が動かせる機数は限られている。十分な護衛を付けられなかった艦爆隊は、迎撃に向かってきた敵の艦戦に食い荒らされてゆく。その分、教導艦隊へ向かってくる敵攻撃隊の守りが薄くなり、間隙を突いて乱舞する瑞鳳の零戦隊が次々と撃墜数を重ねる。瑞鳳に粘り強く守られた水雷戦隊は一瞬のチャンスで駆逐ロ級後期型を屠り、さらなる攻勢のため大回頭から再び単縦陣へと遷移、敵打撃部隊に突撃を開始した。敵も空母ヲ級の異変を察知したのだろう、周回を止めて完全に撃ち合う態勢に移行し、機動力の教導艦隊と火力の深海棲艦艦隊がついに正面から砲火を交える。

 

 「赤城航空隊、第二次攻撃に入ります!」

 

 ヲ級への攻撃を終えた流星改の部隊のうち、雷撃隊が突入を開始した。八〇〇kgにも及ぶ航空魚雷を抱えた長距離飛行の結果、燃料は残り少なく、敵艦隊の猛烈な対空砲火を回避しながら射点に着く余裕はない。いくら高性能な機体とはいえ、真っすぐに敵艦隊に突入すれば的でしかない。次々と撃墜され爆散したり海面に叩きつけられる流星改だが、少数の機が雷撃を命中させ、敵艦隊の痛撃に成功した。

 

 朝から続く激戦も日暮れを迎えた現在、戦況はいよいよ最後の局面、夜戦へと舞台を移す----。




 みなさまお久しぶりです。約三週間ぶりに帰国しました。そのあたりのお話は活動報告をアップしましたので、もしよろしければご覧いただけますと幸いです。

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