それでも僕は提督になると決めた   作:坂下郁

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 前回のあらすじ
 二人、夜空の下で。


099. 飄々とエモーション

 「ってな感じで色々あったんだよ~、でもホント、いい部隊だと思うよ。私もさ、2-4の初戦を落とした時は、ガラにもなく泣いちゃってさ~」

 

 丈の短いクリーム色のセーラー服からはおへそが完全に見えていて、同じ色のミニスカートをひらひらと揺らしながら歩くのは球磨型軽巡洋艦三番艦、というよりは重雷装巡洋艦の北上である。棒付きの飴(ロリポップ)を咥え、ゆるい笑顔を浮かべお下げ髪を揺らして甘味処の間宮へと向かう道すがら、頭の後ろで両手を組んで歩きながら、隣に並ぶ艦娘にこれまでの教導艦隊の歩みを語り聞かせている。

 

 2-5四戦ストレートでS勝利、と結果だけを言えば圧勝に聞こえるが、内実は全て紙一重、参加した艦娘のほとんどが甚大な損傷を受け、一歩間違えば誰かが轟沈していても不思議ではなかった。そんな激戦でも勝利は勝利、教導艦隊は2-5で新たな仲間を加えていた。北上が連れているのはその一人である。

 

 話が厳しい条件を課せられた2-4と2-5の攻略に及ぶと、北上はいつもののんびりした表情を少しだけ曇らせたが、すぐににへらっと隣の艦娘に笑いかける。だが隣にいる、大きなポケットの付いたモスグリーンの半袖セーラー服を着た艦娘はぴたりと足を止める。俯きながら肩を揺らすと、ハイライトを目から追い出して叫び出す。

 

 「北上さんを…泣かす? …傷つけるの…誰?あの若造かぁぁぁぁっ!?」

 「いや大井っちの指揮官だからね。てかテンション高いね~」

 

 まぁまぁと北上が宥めているのは、いきなり艤装を展開して一四cm単装砲(じょうご)を構えだした同じ球磨型の四番艦、大井。既に第二次改装まで済ませ重雷装化された北上に対し、着任したての大井は言うまでもなく無印。話の流れガン無視で北上が泣いた所だけに喰い付き黒いオーラを背負う大井は、すでにアレな気配を余す所なく漂わせている。

 

 「まーまー、そう熱くならないでさー。ほら、これでも食べなよ~」

 「はぅっ!? 北上さんの唾液に塗れたロリポップがっ! 口の中で私の唾液で混じり合い溶け合い一つになって…!」

 「何してんのさ大井っちー、置いてくよー。間宮さんトコでひなみんに差し入れ買うんだから。攻略終わったのに忙しいんだってさ」

 

 お前もう喋るな、と思ったのかどうかはともかく、ちゅぽんと音を立て口から出したロリポップを、ふにゃぁっと微笑みながら大井の口に突っ込むとスタスタ歩き出す北上に対し、真っ赤になった頬を両手で挟みながらイヤイヤとクネる大井は、腰が抜け立てないようで道にへたりこんでいたりする。

 

 

 

 その日南大尉は、第二司令部の執務室で珍しく難しい顔。秘書艦席とL字に組み合わせられる自席でラップトップに向かい合い、目の前のモニターに集中している。取り組んでいるのは、教導課程の締めくくりとなる書類作成。

 

 教導課程における拠点運営の評価指標は大きく二つ、まずは戦闘部隊としての戦果。期間中に所定の海域を解放するのだが、これはクリアしている。そしてもう一つ問われるのは拠点運営の健全性。

 

 部隊の資源資材は無計画に使えばあっという間に散財してしまう。教導課程の制度上、不足の際には宿毛湾地本隊から必要な分を借りることができるが、それはそのまま教導艦隊の負債となり、借りた以上は補給と遠征、任務等で得る資材で返済する必要がある。軍事拠点として機能不全に陥るのを避けるため、借り入れが嵩んでも赤字経営に追い込まれないが、負債や返済は全てが記録される。結果、教導期間中にどれほど戦果を挙げようとも、拠点が財政破綻と認定されれば失格となる。

 

 教導艦隊の財務状況は、借対照表(B/S)損益計算書(P/L)キャッシュフロー計算書(C/F)で多角的に評価される。この三種類の書類の作成に流石の日南大尉も悩まされていた。例えば弾薬一つとっても、砲の種類ごとに弾薬の種類があり、それを艦娘毎にどの作戦でいつどれだけ消費し、どの遠征や任務でどれだけ補給を受けたのか…これを全て管理する必要がある。もちろん燃料や鉄鋼、ボーキサイト、高速修復材(バケツ)改修資材(ネジ)、さらに食料、加えて膨大な一般消費財もある。提督と秘書艦の仕事の殆どは書類作成と言われる所以がここにある。

 

 基本的にいいんちょ気質の大尉は、資源資材のINとOUTをきっちり管理しているが、それでも完璧という訳にはいかない。塵も積もれば山となる、の言葉通り、細かな誤差の積み重ねが最終的にP/L上で数字のタテヨコナナメが合わない状態となって跳ね返ってくる。なので大尉は誤差のある勘定科目を過去に遡って調べ直し、データの修正と再集計と整合性チェックを繰り返している。

 

 こんな時頼りにしたい教導艦隊の秘書艦はというと、時雨メインで涼月サポート、最近では朝潮も加わった体制に落ち着いているが、三人は倉庫に出向いて資材資源の棚卸の真っ最中。彼女たちから寄せられるアイテム毎の備蓄状況を元に日南大尉がシステムデータをチェックしている。秘書艦ズ不在のそんな執務室だが、それでも何名かの艦娘が詰めている。

 

 

 「そのような些事、任せる部下はいないのですか? ヒナミ、将の役割は人を育てる事ですよ」

 いつもと変わらず玉座から涼やかな声を掛けるウォースパイト。いや、貴女も部下なんですけど…。

 

 「確定データの遡り修正(VOID処理)って面倒…それに…炬燵様が動くなって…」

 褞袍(どてら)を着て炬燵でぬくぬく中の初雪。怠惰を炬燵のせいにしてはいけない。

 

 

 そして--。

 

 

 「司令かぁ~ん、遊んでくれないと~、つまらないぴょーん…ぷっぷくぷー!」

 

 

 秘書艦席から身を乗り出して日南大尉とラップトップの間に顔を突っ込んでいる、少し癖のあるピンク色の長い髪の駆逐艦娘--睦月型駆逐艦四番艦の卯月が変顔を繰り返している。彼女も2-5攻略戦で邂逅した艦娘の一人である。仕事に集中している(集中したい)大尉が適当に流しながら相手にしないので、卯月は実力行使に訴え始めた。

 

 「…卯月、画面が見えないんだけど」

 「これ触ってほしいぴょん。そしたら満足だぴょん」

 

 自分の長い髪で隠すようにラップトップの画面を覆った卯月は、うりゃうりゃと毛先をまとめるウサギの髪留めを大尉の方に押し付けている。はぁっと軽く溜息を吐いた大尉は一旦仕事の手を止めると、椅子を少し引いて卯月の方に体を向け、髪留めを触ろうと指先を伸ばす。

 

 「アイッタァー! 噛んだ、これ噛んだっ!!」

 「えへへ♪ひっかかったぴょん」

 

 髪留めが噛むはずがない。卯月がクリップを動かして大尉の指を挟んだのだが、反射的に指を引っ込めた大尉が椅子を大きく引いた隙に、するりと机と大尉の間に潜り込んだ卯月は、そのまま膝の上を占領してにんまりと笑みを浮かべる。といっても大尉から見えるのはピンク色の頭と紺色のセーラー服の背中だが。

 

 「卯月、自分は今「『忙しい』って言うぴょん? そんな時ほど卯月を愛でるぴょん。数字ばっかり見てると、大事なものが見えなくなるぴょん」

 

 卯月に言葉を遮られた日南大尉だが、虚を突かれたような表情になる。今は数字の整合性を取るのが大仕事だが、少し煮詰まっていたかもな…と、大尉は自分の膝の上で目の前で、はよ撫でろと言わんばかりに左右に揺れるピンクの頭に柔らかく笑いかけ、そっと手を載せ左右に動かす。むふーっと満足そうに微笑んだ卯月は、くるりと九〇度大尉の膝の上で回転し横座りに態勢を変える。

 

 「背中もなでるぴょん」

 「はいはい」

 「あんまり触ると、ウサギは偽妊娠するぴょん」

 「はぁっ!?」

 

 ウサギは周年繁殖動物で、明確な発情期を持つ他の動物と異なり年中繁殖することが可能だが、艦娘の卯月にこの生態が当てはまるかどうか定かではない。またひっかけたぴょん、とニヤニヤ顔の卯月にかなーり引き気味に大尉が顔をヒクつかせていると、丁度よくドアがノックされる。卯月を膝から降ろして入室を許可するとドアが開き、両手でお盆を持った艦娘がにっこりと微笑んでいる。

 

 

 「こんにちわあ。肉じゃがが出来たのでお持ちしましたあ」

 

 2-5で邂逅可能な中でトップクラスにレアな艦娘、白と紺のセーラー服にクジラのイラストが入った白のエプロン姿、潜水母艦の大鯨もまた一連の作戦の中で教導艦隊に合流していた。特務艦娘の一人で、現時点の正面火力は残念ながら前線に立たせられるものではないが、練度が上がると軽空母の龍鳳へと大規模改造が可能となる艦娘である。潜水母艦のまま練度を高めることも勿論可能で、そのあたりは指揮官の方針による。

 

 赤い瞳を優し気な微笑みの形にしてすたすたと室内へ進んできた大鯨は、ラップトップや様々な書類やファイルが山積みになった執務机をちらりと見て、応接テーブルの方へ方向転換し応接テーブルにてきぱきと食事の準備を整える。いつも抱えているバケツに入っている玉葱に馬鈴薯を活用し、それに牛肉や白滝、人参なんかを加えれば肉じゃがの完成、ということのようだ。

 

 「あ、ありがとう大鯨。でもさっき昼食を済ませたばかりで…」

 「本当はフーカテンビーフがいいかなあって思ったんですけど、それは先のお楽しみということで。あ、それとも、このままの方がいいですかあ? 潜水母艦、いいですよね?」

 

 大尉の困惑を華麗にスルーしつつ、すとんとソファに腰を下ろした大鯨は、ぽんぽんと自分の横のシートを叩いて無言のうちに大尉を呼ぶ。見ればテーブルには二人分の食器が並んでいる。というかこういう場合は向かい合わせではないのか?

 

 「結構大きめのテーブルですから、前からあ~んするには距離がありすぎなので。今日のは自信作ですから、冷めないうちに召し上がってくださいねえ」

 

 にっこりと微笑んで小さくガッツポーズをする大鯨。その拍子にエプロンで抑えられていても抑えきれない部位が大きく揺れる。はよ来いや、と瞳をきらきらさせて熱視線を送り続ける大鯨に、どうしたものかと大尉が逡巡していると、今度はノックなしでドアが開く。

 

 「頑張ってる~? ひなみんに差し入れ持ってきたよ~」

 「北上さんっ!? ひなみんと挿し入れですって!?」

 

 ふりふりと手にした包みを揺らし笑顔とともに現れた北上と、驚いた表情で北上の顔を見た後、返す刀で噛みつきそうに日南大尉を睨みつける大井。話の腰は複雑骨折させられた模様。さらに秘書艦ズも倉庫から戻り、卯月の様子を見ていつものように時雨がぷんすかし始め、大鯨の肉じゃがを見た涼月は「そうそう、カボチャの煮物が残っていました」と自室にダッシュする。朝潮は何事もなかったように秘書艦席に向かうと席について仕事に取り掛かる。

 

 

 「…どう? こんな艦隊だけど…やってけそ?」

 「うっ…うーん、弥生も活躍…できると…えーっと、うれしい…かな」

 

 一連の様子をずっと見守っていた、やはり2-5で邂逅を遂げた一人の艦娘-初雪と共に炬燵に浸かりこんでいた、薄紫色の髪に三日月型の髪飾りを付けた紺セーラー服の睦月型駆逐艦三番艦の弥生が、訥々と、頬を赤くしながら一生懸命言葉を繋ぐ。


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