破軍学園の劣等生(偽) 作:ニッパー界の劣等生
こんなに長くかかってしまって申し訳ありません。
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達也と珠雫が再開した週の日曜。達也と珠雫は破軍学園近辺の大型ショッピングモールに来ていた。
達也は珠雫の入学祝いを買ってやろうと考えたのだ。「プレゼント」ではなく「入学祝い」と言われて珠雫は若干ふくれていたのだが、名目は何であれ贈り物をもらうのが嬉しいようで、現在は上機嫌に彼の隣を歩いている。もっとも、単に贈り物をもらうのが嬉しいのではなく、
女性が買い物好きというのは伐刀者においても変わらない、常識とも言える傾向で、特に若い女の子は学生騎士となってもショッピングが大好きだ。ただ、女の子によってショッピングの行動パターンは三つに分かれると思われる。
一つ目は、本命の買い物を真っ先に済ませるパターン。
二つ目は、本命の買い物を最後に取っておくパターン。
三つ目は、多分これが一番多いと思われるが、本命がありながらあちこちに目移りして行きつ戻りつするパターン。
珠雫はそのどれでもなかった。珠雫にとっての本命とは、達也とショッピングをすること自体が本命であり前提条件が違っていたのだ。目的を決めずにあちこち往き来する様子は強いて当てはめるのなら、三つ目に近いかもしれない。
フードコートに映画館に、達也は珠雫に手を引かれるままに着いていった(映画館で視聴を提案された『私は妹に恋をした※R-15』は流石に拒否したが)。
そのような曲折はさておき、彼らはファッションコーナーに来ていた。どうやら珠雫は本命―――贈り物の、という意味で―――を新しい服に決めたらしく、多様な服を着せられたマネキンをじっくりと見ていた。
カクテルドレスやイブニングドレス等は一般的だが、ロリータ系やそれに類する物も置いているあたり、この店の趣向はなかなかに尖っている。普段着としての使用は難しいが、妹もたまには冒険して良いんじゃないか、と達也は珠雫に合うと思われるサイズのドレスを見て思った。
一方の珠雫は、達也と同じものを見て、少し怯んだ表情を見せた。だが、珠雫が怯んだのはそのデザインにではなく、マネキンに着せられたドレスに付いている値札にだった。
「遠慮はいらないよ、珠雫。俺の収入はそれなりだから」
達也も値札に目を向け確認している。そこに記された価格は、彼の予想から外れたものではなかった。
珠雫のお眼鏡に適った店なのだ。
安物を置いているはずなど無い、というよく分からない確信を彼は抱いていた。
それに、達也が珠雫に告げた言葉は、決して強がりではない。高いと言っても所詮はショッピングモールのプレタポルテ。オートクチュールほど法外な価格ではない。とある副業で稼いでいる彼にとっては、まるで負担に感じない金額だった。
財布をちらつかせる行為は、相手によって反応が分かれるが、珠雫はそれで踏ん切りが付いたようだ。遠慮するのはかえって兄に失礼だと考えたのかもしれない。躊躇いを棄てた顔つきで、珠雫はマネキンや立体ハンガーでディスプレイされたドレスを吟味し、試着室へ向かった。
少しして、試着室の扉が開く。
「お兄様、如何でしょうか……?」
かろうじて背中も見られる一面鏡をバックに、珠雫がはにかみながら問い掛ける。彼女が身に着けているのは淡いグレードを基調としたジャンパースカート。
「上品なデザインがよく似合っているよ。でももう少し華やかでも良いかな」
膝下丈のシンプルなデザインは品が良く可憐な珠雫にマッチしていたが、いささかおとなしすぎるように、達也には感じられた。
「そうですか……?では、少々お待ち下さい」
会釈をして、扉を閉める。微かに聞こえる、衣擦れの音。無音の間は、裾や袖を整えているのか。
「お待たせしました。こちらは如何でしょう?」
今回の珠雫の衣装は白が基調のコットンワンピース。首もとと肩がむき出しだが、涼しげさと上品さが感じられる。避暑地のお嬢様のような印象だ。
「うん、良いね。目が離せなくなりそうだよ」
「そんな……」
達也のストレートな感想に、珠雫が頬を赤らめた。(世間一般に照らせば)妹相手にいささかミスマッチな熱いセリフだが、この兄妹にとっては平常運転だった。
「もう一着あっただろう?そっちは気に入らなかったのかい?」
「いえ……では、そちらも見ていただけますか?」
再度繰り返される着替えのプロセス。
今度の衣装は、露出度で言えば最初の物と同じくらい。
「あの……どうでしょう?」
だが、今度ははにかむと言うよりハッキリ恥ずかしそうな顔で、視線をさ迷わせながら意見を求める珠雫。いつも着ている服とは傾向が全く違うから恥ずかしいんだろうな、と達也は思った。
今回の珠雫の衣装はゴシックドレス。ビスクドールを思わせる珠雫の雰囲気に調和し、ミステリアスな色香を醸しましていた。
「とても良く似合っているよ。自分だけのガラスケースの中に、こっそり飾っておきたいくらいだ」
「お兄様がお望みになるのでしたら、珠雫はいつでも……」
頬を赤らめてもじもじとそう言う珠雫に、冗談だと受け取った達也は微笑みを向けた。当の珠雫の瞳には、本気の色が見え隠れしていたが。
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《
伐刀者を『選ばれた新人類』とし、それ以外を『下等人類』とする明確な選民思想を持ち、『選ばれた新人類』である伐刀者が『下等人類』を支配する彼らにとっての楽園を作り出すべく現在の社会構造を破壊しようと目論む世界屈指の反社会勢力である。
そんな世界中で話題の犯罪組織である《
―――はずなのだが。
「珍しいものに出くわしたな……」
達也たちは今、その世界屈指の反社会勢力の活動現場に居合わせていた。より正確を期すなら、達也が同ショッピングモールでの《
フードコートに人質が集められ、それを囲むように黒い戦闘服の男が配置され、また、施設内を分隊が巡回している。
「お兄様、どうされますか?」
珠雫が顔を上げて、いつもどおりの声で問う。
「まずは分隊を制圧しよう。そっちには伐刀者はいないから大した手間でもないさ」
《
近年、伐刀者の存在によって戦争において数と質の優位が逆転しているが、組織運営において数はいまだに無視できない要素だ。
数少ない伐刀者の、中でも社会からドロップアウトした人物に限るとどうしても犯罪組織として成立させるための頭数が足りないのだ。
達也と珠雫は普段通りの気安い足取りで制圧に向かった。
◇ ◇ ◇
「ここにいる人質を代表して、アンタ達の親玉と交渉させなさい」
偶然ショッピングモールに居合わせたステラが凛とした振る舞いで≪
彼女が本日この場所に居たのは全くの偶然である。偶然達也の部屋の周りを散歩していたら、偶然達也と珠雫が出掛けるのを発見し、偶然進行方向が一緒だった為に後ろを着いていき、偶然二人の会話をが聞こえてくると、偶然買い物をしようと思い立ってここにいるのだ。
恐ろしい偶然である。
最も恐ろしいのは、本当に偶然の結果だと心から信じきっている―――そう思い込むのに成功した―――ステラだろうが。
ともあれ、そのような経緯でここに居合わせたステラは≪
「な、何言ってるんだこの女。テメェに何の権利が」
だが、兵士達はステラのことを誰か分かっていないらしい。どうやらメディア露出によって割れている自分の顔を隠す為に店から拝借した鍔の広い帽子が機能しすぎているようだ。
そう当たりを付けたステラは帽子を脱いで顔を見せる。
「アタシは―――」
「おやおやおや~?これはとんでもないお方が紛れ込んでいたもんだぁ」
ステラが名を明かそうとすると、離れた場所から男の声が割り込んできた。
その方向に目をやると、後ろに十人ほどの完全武装した兵士を連れた男が、顔に薄い笑みを張り付けて近付いて来ていた。
「ヴァーミリオン皇国の第二皇女、ステラ・ヴァーミリオン殿下じゃありませんかぁ。ヒヒヒ」
「金色の刺繍が施された黒い外套……解放軍の≪使徒≫が着用する法衣よね、それ。つまりアンタがそこのバカ共の親玉ってことで良いのかしら?」
「ヒヒヒ、よくご存知で。ええ、その通りです。名はビショウと申します。お見知りおきを、お姫さま」
ビショウは恭しく頭を垂れて名乗った。その大仰な、自己陶酔の気がある口調と仕草のその奥に、暗い深淵が顔をのぞかせている。そこから恒間見える濃密な狂気は、テロ集団のリーダーに相応しいものだった。
礼節を気取っていたビショウは、一転部下達に剣呑な眼光を向ける。
「おい。何をガタガタやってんだ。てめぇらぁお留守番もまともにできねえのかよ」
「ひっ」
「俺は大人しくしてろつったよなぁ?大切な人質には傷付けんなつったよなぁ俺ぇ?」
「お、俺は、俺たちぁ止めたんスよ!でもヤキンの奴が言うことを気かなくって!」
「ヤぁキン……。この騒ぎはテメェが原因なのかぁ?」
「い、いや、ち、違うんですッ!あ、あのガキが俺のズボンを汚しやがったから……」
射殺されそうになった小学生の抵抗とは、溶けかけたアイスクリームを投げつけることだった。当然それに攻撃力など有るはずもなく、投げられた男、ヤキンのズボンに広範囲に渡って白いシミを付けるのにとどまっている。
「アァ!?ズボンだぁ?たかがそんなことでガタガタ―――……いや」
突然黙り込んで何かを思案するような仕草をすると、
「……ヒヒヒ」
「び、ビショウさん?」
「……アァ、ヤキン。そりゃ災難立ったなァ。同情刷るぜ俺ァ」
数秒前とは全てを豹変させて、親身な様子でヤキンのりょうかたを叩き、
「だが安心しろ。おめぇら≪名誉市民≫の名誉は俺たちが守ってやるからな」
拳銃を取り出して銃口を親子へと向けた。
「な、なにをするつもり!?」
「何をって、そりゃ決まってまさァお姫さま。このガキに自分がやらかしたことのケジメを付けさせるんですよォ。……そりゃァ大事なことでしょう?人として」
「人質には手を出さないんじゃないの!?」
「そりゃ大人しくしていればの話でさァ。だが、残念ながらこのガキは大人しくしていなかった。ああ、まあ大人じゃないんだから仕方なかったかもしれませんが……それでもこのガキがやったことは罪だ。≪名誉市民≫であるこいつらの名誉を傷つけた罪。それは命をもって贖われる必要がある。罪には罰を。罰には許しを―――ソレは俺のモットーでしてね……ッ」
自分に酔っているような口上を上げたビショウの手に力がこもる。
「―――――ッッ!!」
ステラは躊躇しなかった。ビショウの狂気を宿した目は本気で引き金を引くとステラに確信を抱かせた。
ステラは即座に≪
「はぁあああああああああああああ!」
跳躍し、ビショウに斬りかかった。
―――それを見て、ビショウがせせら笑う。
(誘われた!?)
だが、ステラは引くことができない。跳躍してしまったからには方向を変えること物理的に不可能だ。そして、自分が引いてしまえば親子は射殺されてしまうため心理的にも不可能だ。
相手の思惑ごと断ち斬る覚悟で放った≪妃竜の罪剣≫の渾身の振り下ろしは、その刀身をビショウの左手の人差し指と中指で挟まれ―――
「……え?」
声を漏らしたのはステラか、≪
「ぎゃあああああ!!うで、俺の腕がぁあああああああああああああああああ!!!!ど、どうして≪
予想外に容易に両断された左手に、ステラは何かの策略かと疑ったが、本気で悶絶するビショウの様子を見るとそうとは思えない。威厳を取り繕う余裕も無くなった道化の姿にただただ困惑してしまう。
「てめぇら、何ぼさっとしてやがる!撤退だ!人質を撃って隙を作れ!」
(ま、マズイッ!)
部下達はビショウの姿に困惑しながらも人質に銃口を向けてトリガーに指をかける。
配置された戦闘員が一斉に射撃を始めればいくらステラでも対処は間に合わない。冷たいものがステラの背中を流れた。
だが―――
「な、な、……」
「何だこれはッ?何が起こったんだッ?」
―――弾丸は一発も発射されなかった。
パニックが、フードコートを満たした。
床には、バラバラに分解された銃器達が散乱している。
戦闘員達が引き金を引こうとした瞬間、彼らの武器は、部品に戻っていた。
パニックの中、それを鎮めようともせずに、ビショウが、逃げ出した。
彼は背後を、仲間を、一顧だにしなかった。
「逃がすわけ無いってのッ!!」
即座にステラがビショウを捕らえ、残りの戦闘員達もほどなくして鎮圧された。
その後に、人質の中に紛れていた戦闘員が中年女性のこめかみに懐から取り出した拳銃を突き付けるという騒動があったが、取り出した拳銃は
その戦闘員を取り押さえたステラの表情は何とも言えない脱力したものだった。
◇ ◇ ◇
「お兄様は至高の御技を以て人々を絶望からお救いになりました!わたしはこの奇跡を齎したお兄様の妹であることを、誇りに思います!」
「ありがとう、珠雫。……ところで、たかが複合魔法に、御技は言い過ぎじゃないか?」
「……もう!良いではありませんか、そのようなこと。私にとって、お兄様の魔法は、御技なのです!」
珠雫は花がほころぶような笑顔を浮かべて達也の左腕に抱きついた。
いささか過剰ぎみではあるが、純粋に好意を向けて慕ってくる妹に達也の口元も優しく緩む。
テロ組織との遭遇も、彼ら兄妹にとってはちょっと変わった日常の一コマでしかなかった。
入学間もない休日の一日に経験したこの
お兄様をお褒めする為の語彙力を増やしたい……!(切実)