読む時間はあれど書く時間が‥‥‥‥‥‥
一夏は教室を出た後、剣道場に来ていた。昼休みの箒との一件は、声が大きかったのと昼食を取るため多くの生徒で賑わっていたことで多くの生徒に知られていた。剣道の全国大会優勝者と世界初の男性操縦者の対決ということで剣道場にはかなりの数の生徒が押し寄せていた。
一夏が来たことがわかると、生徒たちは揃って一夏に道を譲った。その先には剣道着の上から防具を纏った箒がいた。
「来たな、一夏」
「ああ」
箒は準備運動をしていたためか、うっすらと汗をかいていた。一夏は持っていたカバンを道場の端に置き、竹刀置きにあった竹刀をとった。
「待て、一夏。防具は付けないのか?」
「防具は持っていないし、ここには女性用しか無いだろう」
「それでは、せめてジャージに着替えたらどうだ?」
「今日は座学だけだったんだ。ジャージなんで持ってきているわけがないだろう。俺は荷物はまだ家なんだからな」
「しかし、それでは汗をかいてしまったら‥‥‥」
「汗をかく前に終わらせればいいだけだ」
一夏は別にはったりを言っているのではない。一夏にとって剣道は最早お遊びであり、そのお遊びしか経験していない相手に時間をかけたと師の片割れであるスクアーロに知られれば、一夏は3枚どころか原型を留めないまでに擦り下ろされるだろう。
しかし、そんなことは一夏以外が知るはずもない。一夏の自意識過剰とも言える言葉に場内は騒然となる。中には怒りを覚えるものもいる。野次馬の中には剣道部員もいる。当然中学生のときの大会に出場している生徒が殆どで、そんな生徒にとって箒はある意味憧れの存在なのだ。
そんな箒相手に汗をかく前に勝負をつけるなど聞き逃がせるはずがない。
「貴様、私をなめているのか!?」
「やればわかる。さっさと始めるぞ」
一夏は竹刀を正面に構える。箒も怒りで顔を歪ませながら竹刀を正面に構える。先ほどまで騒然としていた場内は静寂に包まれた。先に仕掛けたのは箒だった。
「行くぞ!」
箒は一夏の出方を観察することなく一夏に接近し、竹刀を上段から切り下ろした。一夏は半身をそらすことでそれを回避する。箒はすかさず振り向いて竹刀を横に一閃するが、一夏はバックステップで回避する。箒は果敢に攻めるが一夏はそれを難なく回避する。
時雨蒼燕流守式4之型 五風十雨
相手の呼吸に合わせて攻撃をかわす回避奥義であるこの技で一夏は箒の攻撃をかわし続ける。観客の目には箒の攻撃に一夏が手も足も出ない状況に追い込まれていると写っているだろうが当人である箒はそうは思っていない。攻撃をしてこない一夏に苛立ちを覚えるも、攻撃を当てることを優先した。
しかし、ここまで回避しかしなかった一夏が攻撃に転じた。一夏は箒に接近し、上段から竹刀を振り下ろす。箒はその攻撃を竹刀で防ぐが、その途端両手が痺れて動かなくなってしまった。
「なっ!?」
箒は懸命に両手を動かそうとするが両手は箒の意に反して全く動かない。その隙を逃さず、一夏は箒の喉元に突きを放った。今の箒に一夏の突きを避ける術はなかった。
時雨蒼燕流攻式一之型 車軸の雨
「がっ!」
まともに食らった箒は後方に突き飛ばされた。その光景を見た観客は唖然としていた。今まで防戦一方だった一夏がいとも容易く箒に勝ってみせたのだ。一夏は周りの反応を気にもとめず、箒に背を向け竹刀置きに竹刀を戻す。
「約束通り、今後俺に付き纏うのはやめてもらう」
一夏の言葉に箒は起き上がろうとするがまだ両腕が痺れているため、上手く起き上がることができない。道場の壁を使いながらようやく上半身を起き上がらせた。
「ま、待て一夏!今の動きは何だ!?篠ノ之流にはあのような動きは無いぞ!?」
「当たり前だ。俺が今主流で使っているのは時雨蒼燕流だ」
「な、なんだと!?篠ノ之流を捨てたというのか!?」
「流派の鞍替えをしてはいけないという決まりはないし、技に関しては使えなくはない。時雨蒼燕流の技のほうが精度が上だからそちらを主流としているだけだ」
「ふざけるな!お前には武士としての誇りはないのか!?」
「俺は武士ではなく剣士だ。それにそんなところに俺の誇りはない」
-俺の誇りはあの人達を守ることにある-
それだけを告げて一夏は道場を去った。道場には未だ呆然としている観客と顔をうつむかせている箒が残された。そして道場の影から今のやりとりを見ていた人物がいた。
「……あれが沢斑一夏」
リボンの色からして2年生。服の上からでも分かる抜群のプロポーションを持つ水色の髪をした女性徒は一夏の去っていった方向を険しい表情で見つめていた。
「あの動き……一般人の出来る動きじゃない」
先程の箒の攻撃を交わしていた一夏の動き、ただ交わしている風に見えて箒の剣先から一定の距離を離して回避していた。相手が暗器を持っていることを想定した回避行動……普通なら想定する必要のないことだ。
暗部の一員である彼女だからこそ気付いたのだ。
「調べてみる必要がありそうね……」
彼女はそのまま校舎の方に歩いて行った。
箒とのやりとりを終えた一夏は校門前の駅から公共の交通機関を乗り継ぐこと数時間をかけ並盛駅に到着した。ちょうど帰宅ラッシュの時間帯なので駅は多くの人で賑わっていた。そんな人混みを避けながら駅の外に出ると1台のバイクが止まっていた。白を基調としたボディにオレンジ色のラインが
施されておりその側には黒のジャケットにジーンズを身につけた青年が立っていた。その青年の姿を見て、一夏は笑みを浮かべなから近づいていった。一夏に気づいたのか、その青年は一夏に向かって微笑んだ。
「お帰り、一夏」
「ただいま、ツナ兄」
一夏とその青年…ツナは互いに拳を当てて再会した。