希実さんの店を出た後、ただひたすら貰った時計を眺めていた。
記憶を奏でる、どういう意味かはよく分からないがきっと俺にとって必要な物な気がする。
試しに懐中時計の蓋を開けてみるが、希実さんが言っていたように記憶が流れ込んで来るという事はなかった。
俺が懐中時計であれやこれやとしている間、響は先程のヌイグルミで遊んでいた。
エリを開いたり閉じたり、偶に抱きしめたり……なんだろう、ヌイグルミ自体はそんな可愛くないのに(むしろ少し気持ち悪い…)響とセットで可愛く見えてくる。不思議。
「気に入ったのかそれ?」
「あぁ、とても良い。力を感じる」
「そうか」
力ってどんな力なんだろ?萌え力的な?ソルラルですかい?分かる人いるかな…
「哲也はその時計気にいったのかい?」
「まぁ、それなりだな。多分、大事な物のような気がするし」
「ふーん…そんなに良かったんだ、希実さん」
「何故そっちにいった…」
ジト目を向けられながら、そんな風に呆れられる。
希実さんへの風評被害がすごい…。
今の俺達が何をしているのかと言うと、ショッピングモールを離れ遊園地に来ている。
しかし、この話のおかげで響の機嫌がすこぶる微妙なのだ。
こんな不貞腐れた顔で観覧車乗る女の子初めて見た。
「電に何されても知らないよ」
「怖いこと言うなよ…」
まだ記憶戻ってなくて電がどんな子か知らないんだから…そんな脅さないでください。
あと響、いつになったら機嫌直してくれるの?正直すごく気まずいのですが…そろそろ、そのふくれっ面を治めて欲しい、可愛いけど。
「そう言えば、今更だけど電ってどんな子なの?」
「テツコン」
なんだそりゃ、テツコンなんて初めて聞いた。
「何かのコンプレックス?」
「哲也コンプレックス」
「俺かよ…」
なぜに俺何ですかね…このコンプレックスって、ロリコンとかシスコンのコンプレックスでしょ?
哲也コンプレックス……会いたくて会いたくて震える的な?ダメだわかんねぇ。
「で、その哲也コンプレックスってのはなんなんだ?」
「文字通りの哲也LOVEさ。哲也一筋ゾッコンラブ」
「へぇ」
『俺』…結構幸せそうにしてたんだな、なんかちょっと安心した。もし戦い漬けの日々で恋人に相手にされて無かったらどうしようかと思ってたわ。
「そして性格も豹変した、悪い方に」
「待って怖い」
性格豹変…腹黒くでもなったのか…はたまたヤンデレ化でもしたのか…急に怖くなってきた。
あと響、そんな「可哀想だなー」って感じの目で見ないで…本当に魂抜けるから。
「最初は「敵さんも助けたい…」って言ってたのに、気付いたら自分から敵と戦うようになって……まぁ、犠牲は出さないって言ってたけど」
「そっか…」
良かった…優しさは残ってた……何かの拍子に今の状態で電に会ったら逃げ出す自信がある。
そうならないためにも早く記憶戻さなきゃ…。
しかし、まさか『俺』の存在がそこまで艦娘に影響するとは。
恋は人を変えると言うが、『俺』の場合もっと別の力が働いてそうだな。
「お、そろそろ1周終わるぞ」
観覧車の乗り場がもう目前に迫っていた。
係員の指示に従い俺達は観覧車から降りる。数分しか乗っていないが妙に地上が懐かしい感じがした。
俺は響の手を取り手を取り、転ばない様に気をつけながら慎重に下ろす。
「さて、じゃぁ行くか」
「うん……あ、その前にトイレ行きたい」
「おう、わかった。ここで待ってる」
響は小走りをしながら俺の元を去っていく。どうやら我慢していたようだ。
変な気を使わせていたのだろうか…。
取り敢えず何してよう?
「……あ、懐中時計」
希実さんから貰った懐中時計。
さっきは何もなかったが、やっぱり気になってしまう。
もしかしたら何かあるんじゃないか……なんかもう道具に頼り始めてるあたり、俺終わってる。
でも仕方ない、すがれる物にはすがりついて置かないとやっていけないのだ。
ただでさえ何も手がかりがない中、手探りで記憶を見つけようとしてるんだ。
仮に記憶が本当に戻るとして、どうやったらそれが起動するだろうか?
どこかに隠しスイッチ的なものがあるのか…それとも何か手順をふむと動き出すのか。
「…」
うん、さっぱりわからない。
ボタンらしき所は全て押したが反応無し。
厨二心をくすぐって、時計の針を回わす算段かとも思ったが全然違った。
それからも色々試してみたが何も起きない、やはりおとぎ話の存在だけなのか…
「いや、まだだ…まだ終われない」
もしかしたらこれだけじゃ起動しないのかもしれない、他のアイテムも探してみるか…。
時計と一緒に使いそうなアイテム…時計…クロック…ウォッチ……妖怪ウォ…これ以上はいけない不思議な力で殺されてしまう。
まあ、おふざけはこの辺にして真面目に考えよう。
やはり起動には、鍵かパスワード的なものが必要と考えるのが妥当なところか。
時間…それも俺が欲しいのは過去の記憶。
この世は対価交換の原理で成り立っている、それに習い俺も支払うべきか…。
だとしたら何を支払う?
カエルの目玉か、トカゲの尻尾か、はたまた感情とかか。お願いだから命と言う事だけは無いようにして欲しい。それでは元も子もない。
「そう言えば前に少しだけ記憶が戻った事あったよな?」
あの時は確か…そうだ。
『俺』の記憶が無理矢理出てとこようとしたんだ。けど、そうすると俺の記憶が薄れていって…。
俺の記憶が薄れるかわりに、『俺』の記憶が戻ってくる…。
「あっ…」
そっか、俺の記憶が代償なんだ。
でもそうするとこの時計の意味が…。
「あ〜わっかんねぇ!」
頭を掻きむしりながら俺はうずくまる、道行く人からの「こいつ大丈夫か?」的な視線を感じるが今はなんでもいいか。
それより響遅いな…何してるんだろ?
____________
哲也が記憶について苦悶している中、響は1人遊園地の中で人気の少ない路地裏のような場所を歩いていた。
決して迷っているわけではなく、響自信がこの道を選び進んでいるのだ。
何故、こんなところに来たのかと言うと、響にもよく分かっていなかった。
いや、哲也から1度離れるためと決めたためなのは響は理解しているが、なんで離れようとしているのかが分からないでいた。
「胸のあたりがとても熱い……」
熱いと言う表現で良いのだろうか?
胸の奥から高鳴る鼓動に響は戸惑っていた。
自分は決して哲也を(恋愛的な意味で)好いてはいない。
つまり、これは恋慕ではないのは明白だった。けれど、不思議な事にこの鼓動は哲也の傍にいると勢いが増してしまうのだ。
そんな意味のわからない矛盾が響の中を駆け巡っていた。
一体これはなんなんだろう。
「はぁ…私はどうしたら…」
2日前にあった時からそうだった。
自分の中のわからない感情が、自分に喜々を感じさせる。
哲也とデートと知った瞬間、わけもわからず胸が高鳴った。
そして、こんな服を仕入れて来てしまうほどに自分は気分が高揚していたのだ。
しかし、響はこれだけは分かっている。
この感情が決して恋では無い事を。
これは友情……そう、友情なのだと。そうやって自分自身に言い聞かせる。
「ラブじゃない、ライクだ。うん」
1人ブツブツと言い聞かせながら、響は人気のない道をズンズン進んでいく。
ふと気がつくと、周りには錆び付いた公園の遊具のような物がある場所までやって来ていた。近くには「遊びコーナー」と書かれた古そうな看板。
おそらく、昔この遊園地で使われていたのだろう。
全体的には錆びているが、見た感じまだつかえそうだ。
「ちょうどいい、気分転換に遊んでいこう」
試しに近くのブランコに座ってみるが、砂や小石などが変な見た目を醸し出し、垂らされている鎖からは錆と劣化した鉄の臭いが付着しており、最悪そのものだった。
やはり乗るのはやめよう。響はそう決意しここから離れるため来た道を戻る。
「……あれ?」
響は来た道を戻ろうとしたところで足を止めた。
頭の中に一つの疑問が浮かび、周囲をキョロキョロと見回す。
そして再び頭の中で自問自答する。
ここどこだっけ?…と。
「まさか迷ったのか?私は…」
いや、そこそこ離れた場所まで来たのは確かだが、こんなに迷う程歩いた覚えはない。
響は必死に来た道を思い出そうと、目の前に広がるたくさんの道を行ったり来たりした。
中には雑木林へと繋がるおかしな道もあったが、さすがにそこは行かないようにする。
と言うより遊園地内の道なのに、なんであんな場所へと繋がるのか?
響はそんな疑問を浮かべながら、また別の道を行こうとしたところで、ある一つの方法を思いつく。
「そうだ、哲也から緊急用にスマホを貸してもらってたんだ」
そう思い出し、響はポケットからスマホを取り出し電源を入れる。
しかし、スマホ画面に出てきた「圏外」の2文字に酷く落胆してしまう。
「……いや、おかしい…」
確かにここは人の気配はまったくしないし、周りの施設も死んでいる。
けれど、それでもここはまだ遊園地の敷地内。混雑で電波遅延などなら納得できるが、受信不可はありえない。それに、さっきまで少々曇り気味だった空も今は清々しい程の快晴になっている。しかも遠くまで続いるのだ。
「私は本当に異世界へと迷い込んでしまったのか?」
「お嬢さん迷子なのかい?」
「?」
響が非日常的な事を考えてると、急に背後から声が聞こえてくる。
振り返るとそこには、哲也と同じぐらいの身長に天パ、ジーパン、無地の白Tシャツという味気ない格好をした青年がいた。
さっきまでいなかった青年に戸惑いを覚える響。
しかし、全てお見通しと言わんばかりに青年は話しかけて来る。
「おいで、君の恋人の所まで案内してあげる」
「!…こ、恋人じゃない」
「そうか」
響は恋人の部分を強く否定した。自分は決してそんなものじゃないと。
しかし、青年は興味無さそうに早足で歩き出す。
腑に落ちないところもあったが、この現状が少しでも変わるならと響はしぶしぶ後ろをついて行った。
_______________
響が手洗いに行ってからだいたい一時間程が経った。
最初はトイレが混んでるか遠い場所にあり時間がかかってるのかとも思ったが、スマホに連絡を入れても返答が無い事に焦りだし、今は遊園地内を走り回っている。
「おかしい…」
すれ違いが起こってるのかもしれないが、遊園地内を隅々詮索しても見つからないなんて…。
それに度々道行く人に響のような子を見なかったか尋ねたが、そんな子は見てないという。
もしかしてデートが嫌で帰ったのかとも考えたが、響がそんな事をするとは考えられないので即却下した。
額に数滴の汗がつたい、いっそう焦りが増す。
もう一度冷静になり、周囲を見渡しながらなんとか響の影を見つけようと俺の目と脳を懸命に働かせる。
「ダメだ…見つからない」
しかし、そうやって懸命に自分の器官を動かしたところで響は見つからなかった。
「響、一体どこに…」
((ピロリン,ピロリン♪♪
響の捜索に苦難している中、俺のスマホからメールの着信音が鳴り響いた。
こんな大事な時に…と愚痴りたいところだが、鎮守府からの緊急連絡等の可能性もあるため一応確認をしておく。
「なっ!?」
俺はメールの内容を見て絶句する。
理由は簡単、届いたメールの内容が俺の探し人に関するものと、その身なりについての情報だったから。
その差出人不明のメールには、短い文と写真2枚が添えられてるだけだった。
2枚ある写真のうち、1枚は赤い点が記されてるどこの場所だか解らない地図、そしてもう1枚は…。
「…響」
両腕を柱に縛り付けられ、服の前面部分が削がれた状態で気を失う響の写真があった。
そして、画面に表示される文にはこう書かれている。
『この娘の命は預かった。返して欲しくば写真の地図に示してある場所まで辿り着け。期限は今日が終わるまでだ』
響の傷ついき疲弊した姿を目に写し、心の中に業火のような抑えきれない感情を滾らせる。
そして俺はスマホを握りしめ、その場から走り出した。