竜と短槍   作:ムラムリ

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 タブンネの癒しの波導でも、骨折となると中々治らなかった。しかも、折れたのは腿の骨だ。ひと月位は安静にしておいた方が良いだろうと言われた。

「何があったんだ?」

 父にそう聞かれるが、俺は、事実をそのまま説明するしか出来なかった。それが何を意味するのかは、獣同士でしか分からないだろう。

 エレザードは俺の上で丸まっている。リザードンに気絶させられた事すらも覚えていないようで、けれど何かに怯えるように目を閉じていた。

 鳥獣使いがそれからやってきた。

「サザンドラを倒したんですってね」

 そう言うと、ラッキーだった、というような安堵とも、不満とも言えるような顔をした。

「……俺達が戦いを挑んでも、殺意を向けて来なかった。あいつは、時間稼ぎに徹しようとしていた。

 そこを突けただけだ。

 本気で殺そうとしてきてたら、どうなったか分からない」

 そんな事言いながらも、鳥獣使いにもピジョットにも、傷は殆ど無かった。

「俺の仕事はこれで終わりかな?」

「……ええ、そうですね」

「あの二匹はどうするんだ?」

「……正直、分かりません。20年前のサザンドラとは全く違う。人間を分かっている。人間を殺していない。

 被害は、ポカブ数匹と、豚舎の壁と、俺の骨折だけ。

 捕えられたなら、殺すまでも無いかと思ってます。……それに、殺すのは勿体ないとも」

 あのチャオブー、エンブオーに殺されそうになったとは言え、それの原因がリザードンだとは言え、リザードン自身は人間には危害を加えようとは思っていなかったし、それをさせないように振る舞っていた。

「同感だ。

 でも、もし手が余るようだったらこちらで引き取ろう。良い竜使いを数人知ってる」

「……分かりました。ありがとうございます」

 そう言うと、去って行った。

 

*****

 

 色んな考えが頭の中をぐるぐると渦巻いていた。

 腕も足も口も縛られて、兄と一緒に暗い場所に閉じ込められた、その間、ずっと。

 兄が幾ら解こうとしても、全く解ける気配はなかった。私の爪も、完全に縛られてどこかの紐を切る事も出来無さそうだった。

 殴られた頭が、頬が、じんわりと痛かった。とても、重い痛みだった。

 私は、私は……。

 その時、がらがら、と目の前の扉が開いた。入って来たのは、数匹のダイケンキと、一人の男だった。エレザードを連れていた男をそのまま老いたようにしたような。父か、祖父といったところだろう。

 兄が怯えた。その前足に収められている脚刀に対してだろう。

 私は、未だに、自分の命すらもどうでも良くなっていた。

 老いたダイケンキが、脚刀を抜いた。老いていても、その脚刀は刃毀れ一つも無かった。

 それで、私の口を縛っていた紐を切った。怯える兄のも切った。

 ――……目的は、ある程度察しはつくが。一応聞く。何でこんな事した?

 私は答えた。

 ――家畜として生きて来て、真実を知ったポカブの生きる姿を見たかった。

 ――何故?

 ――そうすれば、私がどうするべきか、それが掴めるかと思ったから。

 ――それで、そのサザンドラは?

 ――私の、腹違いの兄。

 ――……そうか。

 口が自由になっただけで、手足は縛られたまま。そして、数匹のダイケンキが私達の周りを囲んでいた。脚刀もそれぞれ抜いていた。

 ――それで、どうしてエンブオーを殺したんだ? どうして、その後逃げなかったんだ? 聞くところによれば、その兄を助けようとも、逃げようともしなかったようじゃないか。

 兄は、それを聞いて驚いていた。

 ――……。エンブオーは、壁を破壊して、ポカブ達を助けようとしたんだけれど、でもポカブ達は壁を壊して入って来たエンブオーを見て怯えて、誰も逃げようとしなかった。エンブオーを、味方と誰も思わなかった。それに絶望して……エンブオーは自殺した。

 ――自殺? お前が殺したんじゃないのか?

 ――自殺だった。あれは。

 殴って来た。二度も、三度も。そして、私はもう、エンブオーが狂ってしまったと思った。

 そして、尻尾の炎で怯ませ、そのまま爪で首を切り裂いた。

 切り裂いた、その瞬間、エンブオーの顔が見えた。その顔は、その目は、狂っていなかった。

 悲し気で、悲し気で。

 純粋にただ、それだけだった。

 ――……なんか、分かっちゃった。生まれついた呪いは、ずっとまとわりつくんだと。忘れるとか、無視するとか、解消するとか、そういうのが出来なかったら、ずっとずっと、その呪いを背負って生きていかなきゃいけないんだと。その呪いに負けたら、もう、死ぬしかないんだと。…………嫌だなあ。

 ――……。

 ――私を、殺すの?

 ――……いや。どうやら、それは無い。

 ――そう。

 ――他人事みたいに言って。

 ダイケンキは、怒ったように言った。

 ――死んだら、終わりなんだ。何もかもが終わるんだ。その先に何が待っているかなんて、誰も知らない。死ぬっていうのは、永遠の暗闇に放り込まれるようなもんだ。ずっと、ずっとだ。入り口があっても出口は無い。戻る事も出来ない。そんな完全に真っ暗な、闇だ。そこに自分から入りに行くのか?

 ――完全な、闇……。

 ――ああ、そうか。お前は知らないな? その炎があるからか?

 ――なら、味わわせてやるよ。完全な闇をな。それでも死にたかったら、殺してやるよ。おい、サザンドラは別の所へ連れて行け。それで、目隠しと、口も耳もだ。

 目隠しがされて、耳をふさがれた。

 私はただ、それを黙って受け入れていた。

 目隠しをされる寸前、兄の顔が見えた。こんな私の身を心配そうに案じている顔だった。

 

*****

 

 動けないまま連れ出された。

 ――あんたが、あのダイケンキか。

 ――あの、というのはお前の父親を殺した、でいいのか?

 ――ああ。

 まじまじと見てみれば、もう生気も欠けているほどに、老いている。けれども、老いていても、衰えていない、そんな印象がある。

 ――恨みはあるか?

 ――無いね。妹のように俺は生きていない。……それで、俺と妹はこれからどうなるんだ?

 一番気になるのはそれだった。そもそも、負けるつもりなんて全く無かった。それなのに、あの鳥と人間に、訳の分からない内に抑えられてしまった。

 ――ま、高い可能性で、あのピジョットのようになるね。

 ピジョット……あの鳥の事だろう。確認すれば、その通りだった。

 ――あのピジョット、か……。あんなの見たことなかった。……まあ、ああいうのも悪くはないかな……。

 ――そういうものか?

 ――そういうもんさ。

 ――それで、こっちからも質問だ。お前もサザンドラ、お前の父親もサザンドラ、なのにどうしてああも違う? いや、お前の父親は、何だったんだ? どうしてあういう生き方をしてたんだ?

 ――単なる先祖返りだよ、あれは。

 元々、サザンドラという種族は、全部あんな生き方をしていた。誰もが好き勝手に全てを破壊しながら生きていた。けれど、獣と人間が結託して、反撃し始めて、一気に数が減って行った。

 生き残ったのは、賢かった、恐怖した、珍しかった気性の穏やかな、ほんの僅かなサザンドラだけ。今生きているサザンドラは全て、その僅かなサザンドラ達の子孫である。

 ――俺達の種族にだけ言い伝えられている、大昔の話さ。

 ――人間の中でも言い伝えられてないが、本当か?

 ――俺も聞いただけだ。本当かは知らない。でも、ああして実際に居たんだ。俺は信じている。

 ――……分かった。じゃあ、そろそろ、な。私ももう、とうに寝る時間を過ぎている。

 そう言って、俺の口はまた、縛られた。

 何も出来ないまま、連れて行かれる。殺される事は多分無いにせよ、全く何も出来ないというのは、恐怖だった。

 けれど、会話が終わり、俺も別の場所に連れて行かれる時に一番案じた事はやはり、妹の事だった。

 妹は……どうなるのだろう。俺は妹でもないし、妹の思っている事など、誰も分かる訳ではない。エンブオーが自殺した、とはどういう事だったのだろう。

 あいつは、呪いを解こうとして、もしかしたら新しい呪いを身に受けてしまったのかもしれない。

 そんなの……辛過ぎる。

ポカブ

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