竜と短槍   作:ムラムリ

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12.

 耳鳴りがする。何も音が聞こえない時に聞こえるアレだ。

 それ以外、何もない。尻尾は固定されて動かせない。目隠しをされて何も見えない。手足も動かせない。体を少し、捩れるだけ。

 ただ、それだけ。

 真っ暗だった。ただただ、真っ暗だった。

 死は、こんな感じなんだろうか。真っ暗。何も無い。いや、私はある。私は。私さえもが無くなるのが死だ、これは死ではない。

 私は、生きている。私は考えている。

 でも、それだけだ。こんな所で、拘束されている。

 ……あのダイケンキは、どうして私にこんな事をするのだろう。私は、死んでも良いと思っていた。ダイケンキはどうしてか、私を殺したくはなかったみたいだ。あの男を危険に晒したのに。ポカブを連れ去ったのに。色々と、人間にちょっかいを出したのに。人間にとって、私は悪なる存在なのに。どうして。

 …………あ、駄目だ。

 この暗闇の中で動けないと、何も出来ないと、思考を止めてしまうと、何か、駄目になる気がする。駄目だ。何か考えなきゃ、何か。とても怖い。

 エンブオー……私は結局、何をさせたのだろう。呪いが掛かっている事を自覚させて、そしてその呪いに打ち勝てるか見たかったのか。エンブオー……あれは、呪いに打ち勝てなかった。後ちょっとの所で。そして、死んだ。死んだ。私に殺させるように仕向けて、死んだ。

 あの目を、私は忘れる事は出来ないだろう。見てしまったあの目。ただただ、悲し気で、悲し気な、悲し気な目。絶望、恐怖、諦め、そんな先にあるような、虚ろな目。あのまま生きるより、死ぬ事を選んだ。エンブオー。

 兄に、生きている意味を聞いた事がある。そんな事、兄は考えたりしなかったようだった。享楽的に生きている兄。羨ましかった。私は、この呪いを背負ったまま生きたくなかった。あのクソの父親が荒らしたここら一帯から逃げる事は、出来なかった。忘れる事は出来なかった。

 私を殺そうとした母。壊れてしまった母。私に父親の面影を感じ、逃げる野生の獣達。私は……、私は……負けたくなかった。でも、勝つ方法が分からなかった。ずっと、ずっと、そして、今も。

 勝つ方法は、きっと、無いのだろうとも思う。忘れる事も出来ない。逃げる事も出来ない。その父親はもうとっくに死んでいる。

 多分、私はこれまで、いつか、この呪いに打ち勝てると思っていたのだろう。打ち勝てないと思ってしまった今、それを突きつけられてしまったような今、私は、もう本当に、呪いに負けてしまった。

 この呪いと一生付き合っていく覚悟なんて、出来ない。したくない。

 ああ……。…………。駄目だ、考えなきゃ、考えなきゃ。

 やだ、でも、死ぬのは、嫌だ。こんな真っ暗の中、消えたくない。

 嫌だ。消えたくない。……死にたくない。死にたくない。あんな死んでからも見せしめのような骨になるのは、嫌だ。死ぬなら、ちゃんと死にたい。何か、してから死にたい。私はまだ、何もしてない。

 何か、何か、何をしたいんだ、私は。ああ、そうだ。私は、何をしたいかなんて、呪いに打ち勝ちたい以外、何も考えて来なかった。私は、私は、他に、何かしたい事は、あるんだろうか。

 私は、何をしたい?

 私は。

 

*****

 

 獣同士の会話を聞く事は出来ない。どこかにそんな力を持つ人間が居るとも聞いた事があるが、俺はそんな特別な人間じゃない。特別な力なんて、何一つ持っちゃいない。獣の扱いだって良くない。

 ただの、一般市民だ。獣を家畜として扱えるという点だけが、取り得の。

 寝ていると、父とダイケンキがやってきた。

 ダイケンキは心なしか、怒っているように見えた。

「こいつが、リザードンとサザンドラと話してきた。あのリザードン、生きる気力を失くしているみたいでな、こいつが目も耳も塞いで体も縛って、暗い場所に一匹で閉じ込めた」

「……随分とした事を」

 それは、ポカブを泥棒しようとした人間や獣にやる罰だった。一日でも閉じ込めておけば、もう本当にげっそりとする程に、衰弱しきる。

 何もされない。何も出来ない。

 それによるストレスは、とてつもなく大きいものらしい。

「それで、サザンドラは別の場所でまあ、普通に監視している。

 ……リザードンに一番接していたのはお前だろう。お前にとってあいつは、どういう奴か分かるか?」

 そう、唐突に聞かれて、少し悩んだ。

 けれど、あの死んだサザンドラに対して執着をしている事、そして悩みも抱えている事は分かっている。

「賢い、とても賢い奴で、そして、それ故に、あの死んだサザンドラに対して強い悩みを抱え続けている」

 そこまで言って、その悩みを解消する為に、今回のような事を起こしたのだろうとも、何となく思った。

 ダイケンキは、俺の返答に対して、否定するような素振りは見せなかった。

「そうか。……ダイケンキは、リザードンを試しているんだと思う。

 あれをされても、死にたいかどうか。

 そうなのか?」

 ダイケンキは軽く頷いた。歯が抜け落ちても、体が皴々でも、肉体が衰えても挙動には一つ一つ、芯がある。きっと、死ぬまでそうなのだろう。

「それで、だ。

 その後、どうする?」

「もう、そのまま返す訳にもいかない、か」

 人的被害も物的被害も、意外なほど少ない。けれど、こうして色々と仕掛けてきたのだからそのまま黙って野に返す訳にもいかない。

「……やっぱり、その専門の竜使いに渡すしかない気がする。

 俺達家族、それにこの村の誰も、あの二匹を抑え込めはしない」

 ダイケンキは、俺の事をじっと見ていた。

「……嫌なのか?」

 ダイケンキは、反応しなかった。俺の事をじっと見たまま。

 ただ、それは肯定と大体同じだった。

 その時、父がおもむろに口を開いた。

「……俺達は(・・・)そうするしかないんだ」

 ダイケンキが、父の方を向いた。

「……小さい頃から、長い付き合いだったな、お前とは。けれど、お前があの二匹に対してどう思ってるか、長く深く付き合って来た俺でも分からないし、そしてお前にとって、それ以上の最善があるのかもしれない」

 ダイケンキは、最善じゃない、というように首を振った。

「良いんだ、別に。お前の意志を俺は理解出来ない。

 それに、あの20年前から、ずっと思ってたんだ。お前に助けられた事はあっても、お前を助けた事は無いな、って。

 そんな事、お前は気にしてないかもしれないが、俺は、ずっと気にしていた。ありがとうとか、そんな言葉だけじゃ、貸しを返せない。そう思ってた。

 ……お前がしたい事があるなら、してもいいさ。俺が全て責任を持つ。

 そんな事が、貸しを返す事になるか、分からないが」

 ダイケンキは、何度か瞬きをして、そして一足先に部屋を出て行った。

「……父さん」

 父は、何も答えなかった。

 無言のまま、暫く立っていた。それから一言、寝るか、と言って出て行った。

 骨折の痛みも、タブンネの癒しの波導である程度は和らいでいる。俺の隣のエレザードが寝ぼけまなこで、俺を見ていた。

「…………」

 何か問いかけようと思ったが、何も問いかけられなかった。

 頭を撫でて、蝋燭を消した。

 月明かりが、窓から差し込んでいた。

「…………賢いって、嫌だな」

 ふと呟いたそれが、誰に対しての事なのか、俺自身分からなかった。

ポカブ

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