竜と短槍   作:ムラムリ

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1.

 肥えたポカブを連れていく。

 何も知らない、愛嬌のある顔で俺に付いて来る。紐を付けずとも、俺を信頼している。

 こいつはまだ、何も知らない。そして力もそう強くない。

 知恵も無い。そして、美味い。

 ひく、ひくと鼻を動かして回りの臭いを嗅ぎ始めた。

 それと同時にそのポカブの足取りが重くなる。

「どうした?」

 俺は振り返って聞いた。

 ポカブは俺を初めて、疑うような目で見て来た。

 しかし、後ろから、エレザードが近付いているのに気が付かない。

 その体に溜められた電気がバチッと音を立ててポカブに当たり、痺れて倒れる。

「よし、もう良いぞ」

 陰に隠れていたダイケンキがゆっくりと体を現す。老い、衰え、痩せたその体からするりと刃を抜いて、息を吐く。その一連の動作は、間違い無く、老い、衰え、どちらも感じられる。ゆっくりとした動作だ。

 けれども不思議と、速くもある。ゆっくりしていても、無駄が全く無い。

 後ろ脚で立ち、脚刀を前脚でしっかりと掴み、振りかざす。そして、ポカブが痺れに意識を囚われている間に、息を短く吐き、体重を乗せて、静かに振り下ろす。

 鋭い切り先は、いつものようにポカブの首をすっぱりと切り落とし、地面にさっくりと裂け目を入れた。

 ごろごろと頭が転がって行く。

 そして血がどばどばと出て来て、俺はその後ろ足を紐で縛り、近くの滑車で釣り下げた。

 血をバケツで受け止めていると、近くに住むヤミカラス達がやってきた。

 

 慣れたのは意外と早かった。心が痛まなくなるのはそれから数年が経った後にふと振り返ったらそうなっていた。

 家業だから、という問題ではない。

 俺の父親は、長男ではなかった。三男だった。長男と次男は、こんな血生臭い仕事とは全く無関係の仕事に就いている。

 進化すれば普通に、いや、優秀なパートナーともなれるこの獣を、美味いからという理由で殺すこの仕事は、誰にでも出来るものじゃない。

 割り切れる、いや、割り切れてしまう、持って良いのか悪いのかそれすらも分からないある一種の才能が必要だった。

 俺も、俺のパートナーであるエレザードも、そして俺の父親のパートナーである老いたダイケンキも、その才能を持っていた。

 俺は、次男だった。そして、友達は居ない。居なくなった。

 俺達のその才能は、疎まれて当然のものだった。

 そして、その代わりにやや高めの金を貰って、俺達は家族で緩やかに生きている。

 

 血が粗方抜き終わった所で場所を移し、そこで解体に移る。肥えたポカブの肉は、身体の小ささからすると以外な程多い。

 それらを部位毎に切り分け、塩漬けにしたり、挽肉にしたり、そのまま売りに出したりする。

 残りのくず肉を血と多めの香辛料、それから繋ぎとなる乾燥させてすり潰した木の実やらと混ぜ、腸に詰める。そして、腸が千切れないように優しく低温で茹でる。

 ……都に近い方では、もっと効率化が試みられているらしい。

 そのせいか、都の方に遊びに行った人達は、皆口を揃えて肉が安いと言う。ただ、そこには後ろめいた感情が隠せない。

 効率が良い。安い。そこから導き出される答は、ここよりももっと、このポカブ達をパートナーともなる獣と認めないという事だ。

 感情を廃し、ただ、美味さの為だけに、ただ、安さの為だけに、冷酷になっていく。

 俺達がそれを否定する権利はもう無いが、それでもそこまでは行きたくないと思う。

 この片田舎に住む皆も、それを思っている。

 けれども、それはその内終わるのだろうとも、俺は予感している。

 人は、効率を追い求める生物だ。

 楽に生きたいし、楽しく生きたい。ストレスなく生きたいし、嫌な事なんて無い方が良い。それはどこにでも波及していくだろう。

 片田舎のここにまでそれが来たとき、俺達の仕事は終わりを迎える。

 強い予感だ。

 

 今日作った血のソーセージが今日の夜飯になった。

 母がそれを小さく切り分けて、ダイケンキの前に置く。ダイケンキの歯はもう、大半が抜け落ちていた。脚刀も自身で研いで、そして未だに首を落とす役割を買って出ているが、いつ死んでもおかしくは無いように思えた。

 野菜と共に浸されたスープを、ゆっくり飲んで行く。その体は、もう無駄なものが無かった。寒さを凌げるような脂肪もほぼなく、剥き出しの筋肉が辛うじて肉体を守っている。

 そしてそれは祖父も同じだった。

 父は、パートナーであるそのダイケンキと、祖父をほぼ同時に亡くすであろう事に対して、ゆっくりと飲み込んでいた。ツヤも無く、垂れさがった髭を撫でて、残り僅かな時間を大切に過ごしている。

 そんな静かな夜、口数は少ないながらも家族での会話が途切れずぽつぽつと続く中、シャンデラが今日は良く光っている。その度に、時々思い出す事がある。

 子供の頃の記憶。

「ねえ、ポカブの魂ばっかり食べてて、飽きないの?」

 シャンデラは揺れるだけだった。それが何を意味したのか、俺は今でもはっきりとは分かっていない。

 四代前がこの仕事を始めて安定し始めた頃に勝手にこの家に住み着いたヒトモシは、時間を掛けてゆっくりと成長して、俺が生まれた頃にとうとうシャンデラになったらしい。

 ただただ、何も知らずに幸せに生き、そして察した所で首を落とされるポカブの魂だけを食べて、生きている。

 魂の味を、俺達は知らない。

 けれども、何となく想像はつく。

 都会の近くで屠殺されるポカブよりも、ここで屠殺されるポカブの方が、少なくとも好みなのだ。

 魂をより多く求めたかったら都会の方に行けば、いつでもどこでも何かしらは死んでいるだろう。

 けれども、中々恐ろしい言い伝えも持つこの霊獣が、都会に比べれば格段に死が少ないこの片田舎にふらっとやって来て静かに暮らし続けているのだから、その位は合っていると思う。

 

 飯も食い終える頃、台所からカチャカチャと音が聞こえる中、父が聞いて来た。

「どうだった? こいつの今日の仕事は」

 意識を痺れに囚われている内に、首を一振りで断つ。それだけの仕事だ。けれども、それが肉の良し悪しも決める。

 恐怖に囚われてしまった肉の質は、落ちる。

 幸せなまま、来る不幸を頭から追いやっていられるその僅かな時間に、そのポカブ自身も気付かないままに殺す。

 肉の質を最も左右するのは、このダイケンキなのだ。

「相変わらず、見事だよ」

 それを聞いて、ダイケンキは特に何も反応しない。それが当然だというように、耳を軽く立てたまま眠りに就こうとしていた。

「そうか」

「ソーセージの味はどうだった?」

「悪くない」

「悪くなかった」

「そうだ」

 中々良い評価、悪くない評価だった。

 エレザードの顎を撫でながら、聞いてみた。

「お前はどうだった?」

 舌で口の周りを舐めた。

「美味かったか」

 ……さて、今日も寝るか、と思ったところで、ふと、外に目が行った。

 牧場の遠くの方に炎が見えた。

 ゆらゆらと、僅かに揺れるその炎は、ポカブの炎では無い。そもそもポカブ達は夜、頑丈な小屋に入れている。

 その炎は、別の何かの炎だった。

「……ちょっと、出て来る」

 何も言わずともエレザードも付いて来る。

「俺も行くか?」

 父が聞いて来た。

 俺は、ちょっと悩んでから答えた。

「大丈夫だと思う」

 僅かに揺れるその炎からは、明確な敵意を俺は、感じなかった。

 けれどもそれは自衛しないという事でも無い。その直感を信じ切る訳でもない。

 俺は手に馴染んだ短槍と、シャンデラの青い炎で火を付けた、そのまま青く光る松明を持って外に出た。

 外は、暗闇に満ちている。

 炎に向って、俺とエレザードは慎重に歩き始めた。

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