竜と短槍   作:ムラムリ

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4.

 次の日から、町の腕っぷしの強い獣を持つ人達に要請して、代わる代わるに見張りをして貰った。

 ポカブ達が小屋の外に出ている間の時間に、複数人での体勢で。

 けれど、俺は何となく、来る事は無いだろうと思っていた。あのリザードンは、そこまで危険を冒してまでここには来ないだろう、と。

 一日、二日が経った。やっぱり、リザードンは来なかった。

 空を何度も見たが、あの赤みがかったオレンジ色の姿は、見えない。

 別の町の牧場にも姿を現していない事は、三日目で分かった。

 サザンドラの二の舞にならないように、リザードンはずる賢く人間から食い物を奪っていくつもりだとしても、それをどれだけ慎重にやっていくのか、という事まではまだ分かっていない。

 ただ、味を占めて隙を見せる、という事はまず無さそうだった。

 

 念の為、一週間は取り敢えず見てもらう事にしていたが、森の先から姿さえも見える事が無いとなると、監視している側の緊張も薄れていく。

 金属も使った強靭な大弓と燃えにくい金属の矢を背に番えた、初老の男性と、それに仕えるバルジーナ。

 長剣を持つやや初老一歩手前の男性と、その隣でじっとしているドサイドン。

 リザードンが一匹を連れ去ってからと言うものの、ポカブ達は少し落ち着きがない。見張りの有無に関わらず、夜、小屋に近付いてみれば、上手く眠れていないような唸り声が少し聞こえる。

 リザードンは、もう一度来るだろうか? あの一回だけしか、ポカブを奪いには来なかった、という事はあるだろうか?

 翼を持つ種族だ。噂なんて全く届かないような遠くに行って、そこでまたポカブやらアチャモやらを奪っているかもしれない。

 三日が経ち、四日が経つ。

 リザードンは姿を現さない。全くと言って良い程、遠くから様子を窺うような事すらも無い。噂もどこからも聞かない。

 ポカブ達は落ち着きを取り戻してきた。落ち着きを取り戻すまでの間も、屠殺して肉にしていたが、それには気付いていない。

 取り敢えず、見張りは効いているようだ。ただ、問題は、見張りが居なくなった瞬間、また奪いに来るなんて事があり得そうだという事だ。

 実際、そう来たら本格的に対策を練らなければいけない。

 あのリザードンを、空からも追い掛け、二度と来る事が無いようにする。

 戦士のように鍛え抜かれた体を持つリザードンに対して、それが可能かどうかは別として。

 

*****

 

 そう、そうだ。前足で柄を優しく握れ。強い力はそんなに必要ねえ。力んでいると、流れがそこで止まっちまう。力が刀まで伝わらん。

 それから、頭の上まで振り被れ。人間のように直立するのは俺達にゃ苦しいが、数瞬の間で良い。その数瞬の間で、自分の体の軸をしっかりと固めるんだ。

 震えるな。息を整えろ。落ち着け。自分を空っぽにしろ。

 吸って、吐いて、そして、体重を掛けて。目の前だけを見て、重力に任せて、すとん、と振り下ろせ。

 さくっ。

 薪に向って振り下ろされた脚刀は、後少しで真っ二つになるまで食いこんでいた。

 うん、中々良い。でも、まだまだだな。

 次。

 柄を握って。そうじゃねえ。包み込むようにだ。優しく握ると言ったが、すっぽ抜けちゃいけねえ。そう、この指をこっちに回して……。

 

 もう一度、手本だ。私ももう先は短いからな、ちゃんとと見ておけ。

 刀を抜いて、前脚で握り直す。優しく、だが、しっかりとだ。それでいて、力まないようにな。

 そして、刀を立てて立ちあがる。私はもう、立ち上がるのも一苦労だがな。でもまあ、まだ大丈夫だ。

 振り被り、息を整える。体の軸を感じて、その中心に刀を揃える。

 そして、息を吐いて、振り下ろす。

 とんっ、からから……。

 そうだ、力が無くとも、薪位ならぱかっと割れる。この刀の鋭さに、自分の重みをちゃんと乗せる事が出来れば、それだけで薪位なら割れるんだ。

 じゃあ、今日は誰かに実際にやってもらうからな。

 緊張する事だろう。最初はそれでも良い。いや、そうじゃなきゃいかん。殺すって事は食うって事だ。それをちゃんと、身体の中に刻み込め。

 人間と生きる俺達はそれを忘れがちだ。狩りもせずに生きていたら尚更な。

 ちゃんと出来るようになるのは、それを身体に染み込ませてからで良い。

 あ、あとな、"これ"は戦う技術じゃねえ。心を無にして楽にしてやる技術だ。実戦にゃ全く役に立たない。そこははっきりさせておけよ。

 ……まあ、楽にさせる、なんて結局人間達のそして私達のエゴでしかないんだけどな。

 

 一回目を閉じろ。そうだ。心を落ち着かせろ。色んな事が頭の中をぐるぐると渦巻いているだろうが、やると決めたならばやるんだろ?

 ……私は最初は、貝刀で切り裂いていたんだ。その立派な刀でなく、あの小せえ貝刀でだ。痺れて動けなくて、何も考えられない、涎をだらだらと垂らしながら白目を剥いているポカブの目の前に行って、首の血管を切り裂いたんだ。

 その度に私の顔に血が跳ねたさ。

 でも、私はそれをやった。……私は、生まれた時からあの主人と共に生きて来たからだ。兄弟も居たが、どれもこの仕事には合わなかった。

 私だけが慣れる事が出来た、主人の力になれた、そんな薄汚さもある優越感もあったが、それ以上にこの役割は、誇りを持てる。

 そう毎日村の人達が食える程の量を捌いている訳じゃないがな、祭りとかそういう時に、人も獣も私が切った肉を美味しそうに食べている所を見るとな、誇りが湧いて来る。

 この刀を血塗れにする価値がある。

 そう思った。

 それも、薄汚い優越感かもしれんが。結局、私は、こうして人と暮らし、互いに力になれる獣を殺す事を受け入れた。

 長く続けて来て、殺す事が日常になって、ほぼほぼ何も思わなくなったが、それでも私も、全てを完全に割り切れている訳じゃねえ。

 主人だってそうだろう。

 ああ、……そろそろ来たな。

 大丈夫か?

 何とかなる、か。そうだな、その程度で良い。

 エレザードがポカブに近付いて行ったら刀を抜け。

 分かってる。そうか。

 力んでるぞ。息を吸って、吐け。もう一度、ゆっくりと、吸って、吐くんだ。

 よし、抜けた。

 そら、痺れさせた。行け。

 ざっ、ざっ、ざっ、ざっ。

 時間無いぞ、でも急ぐなよ。

 おお、中々良い構えだ。そして、振り下ろす。

 最初にしては、うん、かなり上出来だな。

 さて、と。近付いてみると、ちゃんと首が切れている。骨もすっぱりと。でも、肉が潰れてるな。

 まあ、上出来上出来。

 どうだった? そんな顔するなよ。誰だってやってる事だ。やってない奴は、肉を食わなくて良い奴だ。それか、こういう事から目を背けてるだけの奴だ。

 お前は、やったんだ。目を背けていない。それは、偉い事だ。

 ほら、息を落ち着かせろ。吸って吐いて、吸って、吐いて。

 よし、段々落ち着いて来た。さて、これで終わりじゃない。刀を洗わないとな。洗わないと血がこびりついて、切れ味も悪くなる。

 ほら、若いんだから、動け。動いている内に気も少しずつ解れる。

 動く気にならない?

 そうか。でもな、そうするとな、記憶がこびりつくんだ。悪い方向にな。

 夢を見るんだ。切った首がぐるり、と動いて、俺の顔にじりじりと近付いて来る夢だ。血をどばどば流しながら、どう見ても頭にある以上の血が地面に溜まって行って、真っ赤に染め上げて行って。そして俺は動けない。

 首も動かせなくて、ただ只管に、時間を掛けて、じりじりと、な。足が血に浸されて。ぴちゃぴちゃと音が鳴って。びくびくと震えながら、白目を剥いたまま俺を睨み付けるようにしたり。

 そして、目の前まで来て、口をぱっかりと開けて、ピギィィィィィィィイイイイイイイイイって、叫ぶんだ。

 ほら、そうなりたくなかったら、空でも見て、……。リザードン。

 あ、手に持ってるの、俺はもう見えないが、まあ、ポカブだろう?

 やっぱりか。

 追い掛けていく。

 私はもう、戦える身じゃないからな、結構悔しい。でも、あれは……アレとは別物だな……。

 アレ? まあ、近い内に話してやるよ。

ポカブ

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