竜と短槍   作:ムラムリ

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7.

 誰がどうして生まれたのか、どうやって生きるのか。

 そんな事考えないで生きられる奴は幸せだよ。お前達だって、きっとあの場所に居たままならそうだったんじゃないか? 死ぬ直前まで、そんな事考えないで居られるんだからさ。

 ……。

 答えられないよな。こんな事知った後じゃな。

 私はな、私自身がどう生きていくべきなのか、分からなくなってしまったんだ。

 私の事はこの前話しただろう? 自分の事しか考えないクズが、成長しきっていない雌を犯して生まれた子供だと。

 私はな、そいつの、父親の全てを否定したかったんだ。でもな、この前気付いたんだ。

 そいつの全てを否定するって事は、そいつをより深くまで知るって事だ。そいつを忘れないように心に刻むって事だ。

 私は、その父親の呪縛から解き放たれたいのに、解き放たれようと足掻けば足掻くほど、逆に引きずり込まれているんじゃないか、と思ったんだ。

 でも、私はどうしたら良い? 私は、父親の呪縛から解き放たれる為に何をしたら良い?

 私にはまだ、分からない。忘れて生きる事なんて出来ない。そのクズの為に、私はどれだけ苦労してきたか。私の心にはもう、しっかりと刻まれてしまっているんだ。

 刻まれたまま、解放される事は可能なのか?

 やっぱり、私には、分からない。

 だから、私は他の誰かの生きざまを、進むべき方向を見ようと思ったんだ。

 お前のような運命を持った奴が、この先どうしたいか私が見る事で、何か掴めるんじゃないか、とね。

 ……。

 まあ、ゆっくり考えるといいさ。

 お前は(・・・)、私は食わない。

 

*****

 

 ことり、と目の前に皿が置かれた。

 分厚いハム。テカテカと光る脂身と、引き締まった赤身。流れ出るアツアツの肉汁。昼、吐いたと言うのに、美味しそうに見える。

 腹が鳴っている。何故だろう。

 何故、僕は、腹が鳴っているんだろう。

 ――食べないのか?

 隣で父さんが聞いて来た。身体の至る所に皺があって、髭にハリは無く、身体を支える筋肉さえも衰えている、僕の父さん。でも、その目はまだ、死んでいない。

 僕は、そんな父さんを見て、突拍子も無く浮かんで来た疑問を聞いた。

 ――生きるって何なの? ……人間と生きるって、どういう事なの?

 父さんは、少しの間、黙った。そして、言った。

 ――それは、多分それぞれによって違う。私と、お前でもな。でも、私にとって、野生ではなく、人間と生きる、という事は、無駄の為に生きる、という事だった。

 ――無駄の為?

 ――私は野生の暮らしをした訳じゃないがね、それでも何となく分かるんだ。野生の獣達は、生きる為に生きているんだと。生きている事こそが、生きる事を繋ぐ事こそが、そこへの過程全てが幸せなのだと。それを邪魔するもの全てが不幸なのだと。けれど、私達はそうじゃない。生きている事は、当たり前だ。

 ――当たり前。

 ――生きている事は、当然な事なんだ。争いなんてちっぽけもない、この町ではね。だからこそ、人間はそれ以外に物事に生きる価値を見出す。野生の獣達からしたら馬鹿らしいものに見出す事だって勿論たっぷりとある。

 僕は、目の前のハムに目を戻した。

 このハムも、それ以外の物事に当たるんだろうか。当たるんだろう。

 そうじゃなきゃ、僕は吐いたりしていない。

 ――人間と生きるって事は、その生き方に身を委ねる事だと、私は思う。だからこそ、野生の獣にとっては馬鹿らしい事でも、無駄に思えるような事にも、私自身が価値を見出せる事ならば、人間達が価値を見出す事ならば、それは十分、生きる意味になる。

 ……。

 ――僕自身が、それに意味を感じられれば、……幸せを感じられれば、それは生きるって事になるの?

 ――……誰しもがそうではないと思うが、私は、そう思う。

 ハムに齧り付いた。

 ……美味しい。とても、美味しい。

 幸せは、そこにある。

 ――でもね。忘れちゃいけない事がある。

 ――忘れちゃいけない事?

 ――この幸せは紛れも無く、人の手によって作られたとても多くの死の上にあるって事だ。

 …………。

 それでも、美味しいのだ。

 ――……父さんは、それに対してどう考えてるの?

 ――……結局、曖昧なままさ。命の重さなんて、誰にも決められる事じゃない。

 …………。

 人は、……いや、僕達は、人と、その人と一緒に暮らす僕達は、命の価値を、決めつけているように生きているんだろうか。

 それは、どういう事なんだろう。

 分からない。

 でも、人達は、僕達は、このポカブのハムを食べる皆は、ポカブの命を、立派に成長出来るその命を、食べ物として見ている。態々育てて、殺して。

 それは、どういう事なんだろう。

 命の重さなんて、誰にも決められる事じゃない。でも、人は、それを決めつけている。人と暮らす以上、僕達はその決めつけられた命の重さに従って生きる。

 だから、この美味しいハムが食べられる。

 考えれば、いつの間にか、堂々巡りになっている。

 結論が出るようなものじゃないのだと思った。

 ――食べるなら、熱い内だぞ。

 父さんが、言った。

 ――……うん。

 僕は、もう一口、小さく齧り付いた。

 やっぱり、美味しい。とても。

 ――父さんは、いっぱい、悩んだ?

 ――……いや。ほら、この前言っただろう? 私はお前より小さい頃から、進化する前からポカブを殺し続けて来たんだ。物心ついた時から、と言っても差し支えない。その位からずっとやって、体が何度も血だらけになったり、沢山の悪夢を見たり、それでも必死こいて主人の役に立とうとしている内に、悩むような余裕が出来る頃には慣れてしまっていたんだ。

 ――……そう。

 ――でもな、私はお前じゃない。悩むか悩まないか、それも自由だ。

 ――……分かった。

 結論が出ないとしても、悩む事に価値はあるんだろうか。

 僕は、もう一口、食べた。

 

*****

 

 なかのいい友だちだって、たくさんいたんだ。

 いっしょにすなあそびしたり。いっしょに追いかけっこしたり。いっしょにお昼ねしたり。いっしょにご飯を食べたり。いっしょにねて、いっしょにけんかして、いっしょになか直りして、またいっしょにご飯を食べて。

 それい外の事なんて、何も考えなかった。

 それで、ぼくはとても幸せだったんだ。

 ニンゲンはご飯をくれる。ぼくたちをねらう何かがいれば、それを追いはらってくれる。

 たまに、ニンゲンは大きくなった友だちをつれていくけど、それはみんな、大きくなったらべつのばしょに行くんだ、って思ってた。もっと、いい、べつのばしょに。

 でも、その大きくなった友だちがつれて行かれたあとに、たまに、へんなにおいがする時があったんだ。

 ある時まで分からなかった。でも、ころんで足から血が出ちゃった時、それが分かったんだ。血のにおいだったんだ。

 でも、ぼくはそれとそれをすぐにはむすびつけなかった。

 ここに連れさられるまで。

 だって……だって……ぼくたちを食べるために育ててたなんて、そんな事なんて、思うはずないじゃないか!!

 友だちが連れて行かれたあと、みんな、ころされて、食べられてたなんて、そんな、そんな事、そんな!

 ああ、ああ!

 …………。

 それで、ぼくは、これからどうしたいかって?

 助けたいけど、むりに決まってる。ぼくは、あなたみたいに強くない。空を飛べないし、足もおそい。力はちょっと強くなったけど、それでもみんなを助けられるほど強くないし、あのがんじょうな小屋をこわせるわけでもない。

 ぼくが、これからどうしたいかって?

 どうしたいかなんて決まってる。でも、何が出来るかも決まってる。

 ここで、生きるしか出来ないよ。ぼくは。

 何もかもをあきらめて。

 うう。うう……。

 …………。

 …………え?

 今、何て言ったの?

 ……本当に? 本当に!?

ポカブ

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