さて、夕香君と手を繋ぎ歩いていたのですが、なんか追われてます。
幸いなことに夕香君は気付いていませんが、これはアレですね。
僕は目金欠流。幅広く手掛ける、正しくオタクです。ただ、こんなところでオタク知識が役に立つなんて思ってもみませんでしたが。
「ねー、まだ?」
「うぅん……こっちで合ってるんですけどね」
なんて言って誤魔化しますけど、そんな確信はありません。それよりどうやって夕香君が後ろを向くのを防ぎましょうか。真面目に説明しても気になるだけでしょうし、かといってこのまま放置もダメ。
今は僕が少し早足に歩く事でなんとかしてます。
「つまんない」
「そう言われましてもねぇ」
周りは真っ暗闇。彼岸花が赤々と光っていて、地平線は黒と赤の二色。幻想的では無いですね。
「そうだ、夕香君のお兄さんの事を教えてくださいよ。もしかしたら僕の知り合いかもしれませんし」
「お兄ちゃんとオタクが知り合い? 有り得ない」
「んぐふっ」
僕の心に
―――この子、さらっとキツイ事を……。
「お兄ちゃんはね。優しいんだよ」
「え、えぇ」
「 や さ し い の 」
「あ、はい」
お、おや? 夕香君の様子が……? 正直まだ心の傷が癒えてないんですけど。
「お兄ちゃんはね。溺れてる私を助けてくれたの。カッコいいんだよ? 『ありがとう』って言ったら『お前の為なら何でもしてやる』って。あの無口なお兄ちゃんがだよ?」
「いや知りませんよ無口だとか」―――なんて言えませんよ。だってオタクだもの。カケル。
「聞いてる? ねぇ聞いてるの?」
「聞いてますよ」
「……」
夕香君は疑うように僕をジトーッと見詰めてきます。そ、そんなに見ても何も無いですよ?
「お兄ちゃんは強いんだ。お母さんが居なくなった時、私はいっぱい泣いちゃったけどお兄ちゃんは全然泣かなかったんだよ?
でも私は知ってる。私だけは知ってるんだ。お兄ちゃんは泣かなかったんじゃなくて泣く姿を見せなかっただけだってこと。お兄ちゃんはね、部屋で静かに泣いてたの。
それからはアイススケートの練習だけじゃなくて料理も作るようになったんだ。凄く美味しいのにお兄ちゃんったら『まだまださ』って笑ってくれたの。
だけど、笑ってたのに悲しそうだったから、こう言ったんだ。『私もお兄ちゃんをお手伝いする』って。お兄ちゃんは驚いた顔をして、それで今度はちゃんと笑って、『ありがとう』って言ってくれたんだ。
それからはいっぱい頑張ったんだ。初めはうまくお手伝い出来なかったんだけど、その内なんとかいくようになって嬉しいんだ。だってそれだけお兄ちゃんを手伝えるんだから。
お父さんは仕事から帰ってこないしお兄ちゃんを怒るしいっつもしかめっ面だから嫌い。でも、おかげでお兄ちゃんと二人っきりでご飯を食べられるんだから、そんなに嫌いじゃないよ? 好き好き。でもお兄ちゃんの方がもーっと好きなんだ。
笑った顔が好き、撫でてくれる手が好き、作ってくれる料理が好き、一緒に寝てくれるのが好き、寝顔が好き、夜トイレに着いてきてくれるのが好き、サッカーしてる姿が好き、試合が終わってタオルで汗を拭いてるのが好き、私に気付いて笑ってくれるのが好き。
―――私、お兄ちゃんに何かしてあげれてるのかな。私、お兄ちゃんを本当に手伝えてるのかな。邪魔してないよね。お兄ちゃんは私を嫌いになって無いよね? 本当はうっとうしいって思ってるのかな。
だったら嫌だな。私はお兄ちゃんに嫌われたく無いよ……もっとお兄ちゃんと居たいよ……。
でも、でも本当に私を嫌っているのなら……私が嫌いなんだったら……だったらこのまま―――」
「あたたたたー! 手、手が潰れるぅーっ!」
黒い空に響き渡れ僕の悲鳴! そう、台所で黒光りする
「えっ、あ!」
「あいたたた……」
夕香君は僕の手を離してくれました。……いや、正気に戻ってくれました。
いやー、危ない危ない。もう少しで追い付かれる所でした。僕とした事がこんな小学生のお話に飲まれるとは。
「……やっぱり私なんて」
「夕香君」
僕は夕香君の前に回り込み、しゃがんで目線を合わせます。肩に手を置いて、目をそらされないように。
「なんでそう思うんですか?」
「……何が?」
「なんで、自分が、君のお兄さんに、嫌われていると、思うんですか?」
ゆっくりと、しっかりと。逃げ場など作らせません。
「だって、私なんて、失敗ばっかりで」
「失敗なんて誰でもします。機械だって失敗するんです、人間が失敗しない訳無いじゃないですか」
「……」
「それに、お兄さんが君を嫌う? そんな事有り得ません。それこそ死んでも、ね」
ウィンク。……ウィンク出来ましたたよね? うーん心配です。家族にはウィンク下手だと言われてますからねぇ……。
「なんでそう言えるの。お兄ちゃんの事なんにも知らない癖にっ!」
「だって一緒に寝てるんですよね? 相当親しくないとそんなことしませんよ。性別が違うなら尚更ね」
そう言うと夕香君は大きな目をパチクリさせました。そして心底不思議そうな顔で、
「え? そうなの?」
―――と、言ってくれちゃいます。ぶちギレですね。うらやまけしからん。
けどまぁ、初めて夕香君の素の表情を見れた気がします。
「えぇ。だから修也君が夕香君を嫌う事なんて絶対に有り得ません」
「……」
「だから胸を張ってください。それで修也君にこう言うんです」
ボソボソと耳打ちします。フッフッフッ、これで面白い顔をするでしょう。あぁ、僕が見れないのは残念です。
「さぁ、起きる時間ですよ」
振り返ると白く光る坂が現れています。……これ、出雲の国に出たりしませんよね?
「さぁ、行くんです。決して振り返っちゃダメですよ?」
「おじさんは?」
「おじさん……まぁ、すぐに行きますよ。大丈夫、僕は目金欠流です」
「……変なの」
最後にそう言って、夕香君は坂を駆け登っていきました。その姿が見えなくなるまで、一度として振り返る事なく。
死神からの逃避行。現在疾走中ですよ。夕香君を帰す為とはいえ後ろ向いちゃいましたし。
さて、僕はどうやって帰りますかね。あの坂は帰りたいと願った夕香君専用のものだったらしく、僕が触れたとたんに粉々になってしまいました。
うーん。帰りたい気持ちですか。執着、未練、願望。特に無いんですよね。
一斗は僕が死んだら泣くでしょうけど、それは時間がどうにかします。
お母さんとお父さんも泣くでしょうが、それはまあ親不孝という事で。
サッカーは……僕なんか居なくてもどうにでもなるでしょう。サッカー星人の円堂守君も居ますしね。
……ん? 僕、この世界に未練無いですね? 待て待て待て、このままじゃ本当に死ぬ!?
「あーもー! 倒したら帰れますか!?」
急ブレーキで回転蹴りぃっ! 顔面にジャストシュート!
まったく効いてませんねっ! これはきっついですよぉ!
「それでも、蹴り倒させてもらいます!」
夕香君にすぐ行くとか言っちゃいましたしね!
僕は目金欠流であり、――――でもあります。オタクだろうが―――だろうが、僕の常識では約束は守るものです!
「あ、おじさん起きた?」
「……おじさんじゃ無いですよ夕香君」
目金がどれだけ寝てた事にしようかな……。
あ、そう言えばさ。夕香ちゃんが起きたのっていつでしたっけ。教えてもらえると嬉しいです。……こ、コメ稼ぎちゃうわ!