「CM!?」
れいなは目を輝かせる
「あぁ… ネット限定のだけどな」
プロデューサーはソファーで長い足を組む
「それでも凄いですぅ!」
みいなはその側で、全身を使い喜びを体現する
「し・か・も… 今回のCMは何とソロよ! 様々な業界のリーディングカンパニー3社に一生懸命捩じ込んだの! このブレイクチャンスは本当にチャンスなのよ!」
担当アイドルの初の大仕事に、麻美さんの声も否応なしに弾む
「ソロですか~…」
しいなの笑顔だけはちょっぴり弾けなかった
芸能界に生きる者の宿命とは言え、大好きな仲間達と、このじゃんピンガールズとしてずっと活動して行きたかったのだ
ソロのCM出演が即座にユニットの解散を意味する訳では無いが、これまで片時も離れなかった自分達が初めて離れ離れになる事に、一抹の寂しさを感じたのだ
いつかこんな日が来る事は分かっていた
だけどそれは、もっとずっと遠い日のいつかだと思っていたのだ
「それで… 貴女達にはそれぞれ、自分の出演したいCMを選んで欲しいの 先ずは内容を紹介するわね」
麻美さんはそう言うと、3通の企画書をテーブルの上に広げた
「先ずは… キョーラク飲料社様のスタミナドリンク、"レッドゼブラ"よ」
「凄~い! あのキョーラク飲料!? アタシ達で務まるかな!?」
「レッドゼブラ… 聞いた事があるのですぅ!」
「この商品には当然、元気溌剌はキャラクターが求められる事になるぞ」
「次はサヤマ製薬社様の醤油味歯磨粉、"ケロケロロケット"よ」
「醤油味歯磨き粉!?」
「これ! みぃが子供の頃に使っていたやつですぅ!」
「この商品のターゲットは子供だ 親しみやすいキャラクターか求められるぞ」
「最後はアリガトネット社様の、超強力デオドラントスプレー、"スゴスギ"よ」
「……………………この……」
「何だか凄く効きそうですぅ」
「この賞品のコンセプトは、この世に終末をもたらす悪臭を越えた悪意… 二日酔いの悪魔の起き抜けの息、と書いての悪臭… とも言うべき強烈な体臭の持ち主を、徹底的に制裁して征伐する、正義のデオドラントスプレーだ それ相応の臭そうな女でなければ、映像化など到底無理だぞ」
「このぉ… ドクサレェェェェェェェェッッッ!!」
『バコンッ!!』
突如雄叫びを上げたれいなが立ち上がり、拳を企画書の並ぶテーブルに叩き突けた
その凄まじい衝撃に、ガラスの天板にヒビが走る
「なっ!?」
「ひぃぃぃっ!?」
「きゃっ!?」
「ヒッ!?」
何が起きたのか分からない面々… プロデューサーは目を丸め、麻美は悲鳴を上げ、しいなは竦み上がり、みいなに至っては失禁に及んだ
「このぉ…! このぉぉぉぉぉっ!!」
呆気に取られる衆目を尻目に、れいなはテーブルを飛び越えて、プロデューサーに掴み掛かる
真っ赤に頬を紅潮させた彼女の怒りは凄まじく、プロデューサーのシャツの襟首を締め上げると、そのまま激しく左右に振り回した
先日はチンピラ相手に無双を披露したプロデューサーも、リミット外れの彼女の怒気に、ただ為す術もなく振り回わされているだけだった
「や、やめなさい、れいな!」
「れいなちゃん、ダメですぅ!」
漸く我に返った麻美とみいながれいなに飛び掛かり、何とか引き離そうとするが、彼女の怒りの力はそれらを上回った
「お前っ! お前はしいなの気持ちを考えた事があるのかっ!?」
お前とはプロデューサーの事である
「しいなだって女の子なのよっ! それを事ある毎に臭い臭いって!! いい加減にしなさいよっ!!」
れいなの言葉尻はもう、怒りを超越した先のピュアな感情に震えていた
「……朝、事務所に来るとね… グスッ… ドアを開けただけで、"あっ もうしいなが来てる"って分かるの… "しいな、もう朝のトレーニング済ませてる… 偉いな"って肝心する時もあるの…… ズクッ」
トーンの低下と共に、急激に湿り気を帯始めたれいなの声
それが周りの人間の琴線も刺激していく
「ウゥ… "あぁ しいな、最近お肉ばかり食べてるな"とか… "多分、3日ぐらいお通じがないな"とか… 顔を見なくたってわかるのよ… グスン…」
彼女の頬を伝って、透明な滴がカーペットに零れ落ちた
「れいな……」
「れいなちゃん……」
れいなを掴む麻美とみいなの手は、最早彼女を慰める為に添えられている、と言っても過言では無かった
「……それが… それが私達のしいななの…… 誰が何と言おうとも… 例え炎天下に半日放置された鰹のそれとか… 生ゴミの袋から飛び出したニンニクの欠片のそれとか… どんなヒドイ事を言われようとも… しいなはしいななのよ!」
部屋の空気が微かに揺らめいた
「…………れいな… 否、しいな… 本当にすまなかった…… 許してくれ……」
れいなの手を解いてプロデューサーは立ち上がり、深々としいなに頭を下げた
その目には鈍く光る物があった
「れいな… プロデューサーを許してあげて… プロデューサーは貴女達の為に……」
「れいなちゃん… みぃは仲間思いなれいなちゃんが大好きですぅ!」
「うぅ… ごめんなさい、プロデューサー… アタシ… アタシ……」
方々で上がる嗚咽
みんな泣いていた
しいなも泣いていた
ただ、しいなの涙の成分は、他のみんなとは大分異なる物だった
しいなは悲しかった
ただただ悲しかった
何の為に自分は生まれ…
どうしてこんな身体に生まれ…
いったいこの先自分の人生にはどれ程の…
悔しくもあった
口惜しくもあった
涙が止めどなく溢れてきた
軈てその涙が枯れる頃、れいなと麻美に肩を抱かれ、しいなはスゴスギのCM撮影現場へと赴いた
しいな主演のCMは好評を博し、スゴスギの売り上げ倍増に貢献する事となった
しいなはこのスゴスギのCMを、この後実に40年務める事になるが、それはまた別の物語である