咲き枯れて星いざないの詩   作:麻戸産チェーザレぬこ

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四  はじまりは大失態

 その人は舐めまわすようにホロホロを見る。

 

「おと、おんな?」

「樹海化が解けつつあったとはいえ、……ふぅンっ、おもしろい。あ、男です」

「アンタが式神つかって俺を追っていたのはそれか」

「ふぅンっ、違うのですな。私の前に来てもらうため、これだけの理由です。……昨日から今日にかけて忙しかった。これから件の三ノ輪家についての(はかり)ですよ! そして今日談論するはずのお題は明日にうつされる、ほんと嫌になりますねぇ」

 

 ほら見てください目に活力がないでしょ? ああ休みたい――そう愚痴を吐き出し近づいてくる男に対して少年は何か考え事をしている顔つきであり、次第に険しくなるのだった。

 足を止めて男は笑みを浮かべた。ホロホロの心の内を察したのだろうか。

 

「三ノ輪家ねぇ、ホントはどうでもよいのです。私も、大赦のいくらかも」

 

 次いで麗人のような男は首を横に振った。

 

「私にとって麻八ちゃんと幹道ちゃんは別ですよ、喪ってしまった痛み……三ノ輪に下されたお役目のために死んだ。(いや)、自分たちの子のためか」

「おやくめ?」

「この時代のある人間たちは神樹様からお役目を頂戴するのです。中身は色々ありましてね、神社、お寺のお掃除、踊りに山車といった奉納、私とは違いお役目で神職に身を置くこと。麻八ちゃんらの人身御供やバーテックスと戦う勇者――等々」

「アンタはどうなんだよ」

「嬉しいことに私にはありません」

 

 狼の双眸を男にむける。

 

「コワひ、コワひ……ふぅンっ。心を鎮めなさい――ありますよ、役目」

 

 人が持つべき色ではない、暗き色に染められた(まなこ)で返す。

 

「お願いですけどキミ、私のところに来ません?」

「ヤダね。お前みたいな掴みどころのないヤツってすんごい疲れるから。けどなぁ、ここが大赦か。あの薄気味悪い仮面どもの。ちょっくら見物させてくんねえか」

「だめ。むやみやたら秘め事に触れると障る。また先ほどの誘いを受けていたとしてもダメですが。そもそも、どうしてどこの馬の骨だか知らない、この世界に土足で上がりこんできたキミを通して良いのでしょうか」

「そこまで知ってるのかよ」

「否ぁ、そこからしか知りません。さぁその青い精霊とともに帰えりなさい」

 

 男は紙の札を取り出し、ホロホロは構えた。

 何事もまず先手必勝――これがホロホロの信条である。

 したがって、ホロホロは男に向かって飛翔し、拳を思いっきり男の顔面にぶちかます。と見せかけ男の目の前で急降下。男は自分を殴るのだろうとしっかりした守りに入っていたためホロホロが股下をくぐらせることを許してしまう。

 しまったと云う驚きとしてやったりの顔が交錯する。

 いざ! 男を出し抜き門から大赦に侵入して駆けだした。その一歩目は外の道路のアスファルトを踏んでいた。ここで彼は驚くがこの隙を狙い男は足を引っ掛け、ホロホロを横転させた。鼻からアスファルトに隕石のごとく衝突。

 

「読みを誤りましたか、いけないことだ。あなたはどうするのです?」

 

 男は動転しているホロホロの腕を掴んでは路上に無理やり立たせ、青の精霊にやり合う意思を問う。

 精霊はピクリともしない。それどころか驚いた顔であった。

 別口から内部に潜入しようと試みたがいつの間にか彼と同じく元いた場所に戻されていたのである。

 S・O・Rは神にも準ずるほどの力を持つ精霊であり、高貴なる霊がちっぽけな人間の術にかかるなどありえないのだが、いとも簡単に狐につままれてしまった。

 大赦の人間は皆、神に近しい者を手玉にとれるのだろうか。

 

「カク、チガウ。イヤ、ボク、ガ。ヨワマッテル?」

「そうでしょうね。神樹様はあなたのような存在がここにいられぬような結界を私ら大赦とともに貼ってますから――」

「スピリットオブレインガ喋ったああああああ!?」

「それと麻八ちゃんの結界も貼られているのに消滅しないとは恐れ入ります……タイミングが微妙ですよホロケウくん」

 

 やわらかなツッコミを入れた後に大赦の男はホロホロを放し、取り出していた札をはさむように拍手を打った。

 瞬間、反撃しようとしていた青髪と青の精霊だけの時間が止まった。目の光が消えていく。

 

「こう立て続けに術を使わせないでください。この記憶いじくるのは借り物だから余計、心身にこたえる」

 

 夕焼けの空を見上げながら漏らす。そして、合わされた手の中で札は緑の炎に包まれていた。

 札が燃え尽きると新たな札を口にくわえ、ホロホロと精霊に手をかざす。

 

「誰そ彼時だ、誰もがお家に帰りましょう」

 

 なるべくそのように聴こえるよう発すと、ホロホロたちは頷きはしなかったが言うとおりに大赦を去ってゆく。

 

「元の世界に還せなくもないが結界がもつか心配ですから、仕方がないかな。でも、あの子今日登校する日なはず。協力者ちゃんたちはどうつじつまを合わせるのでしょうか。それに保護者とかどうなってるんだろ」

 

 小さくなる影を、時間に遅れぬよう気をつけて、麻八と幹道の遺髪が入ったソレを撫でつつ見送るのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 夜が明けた。廊下で、ホロホロは死んでいるように眠っている。さすがに小学生の時の体にはあの移動距離はきつかったのだ。早く元のレベルまで成長し(戻さ)なければならない。

 廊下からみえる居間の、洩れた東の光りがさしこめて、大きな時計をほのかにてらす。針は5時を示している。精霊が漂いながらホロホロへ向かう。なるほど起きなければならない時刻になったようだ。

 精霊は細い眼を更に細め、だらしがないホロホロに手から念を飛ばした。急にホロホロの規則ただしい呼吸が止まった。

 

「ホがっ!?」

 

 目も意識も覚めるが、指一本動かすことも、呼吸すらもままならない――金縛りに、ホロホロはあったのだ。

 朝の身支度を終えて二度目の小学校生活に向かって家を出る。ランドセルの中には全ての教科書とノートが入っており、体を少しでも早く戻したいからであった。よく重量を重くして山を登ったり、父をはじめとした一族の大人たちに稽古をつけてもらい、一日の修行が終われば妹と夕餉をつくっていたことが浮かんでくる。

 足を止めてため息をつき、めんどくせえ――そうぼやく。

 そこは全く車が通らない十字路周辺で、小学生の集団と出会った。1、2年生くらいの子どもたちがほとんどであり、なかでも目立つのが集団の真ん中にいて『神樹様とのお約束、交通安全』と書かれたタスキをかける、一番年齢が高いだろう――女子にしては短く紅い髪をポニーテールに結っては前髪に花びら状の髪飾りをつけている――見るからに元気そうで人懐っこい顔の子。その女の子が少年に気づいて止まれば、他の子たちも止まる。女の子は目と口をまん丸にして春の嵐と化し喋りだす。

 

「もしかして新しく引っ越してきた子!? ウワサの転校生!? いやっそれよりも挨拶からだねっ――わたしは(ゆう)()(ゆう)()! おっはようっ」

「あ、ああ。おはよう。愛称はホロホロ、本名は碓氷ホロケウ」

「カッコいいなまえだー。そうそうっ、ほろけうくん昨日学校休んで体だいじょうぶ?」

「ン? ガッコウ? なんで昨日ガッコ行かねぇといけな……え、ああっ――おう、この通りバッチシだぜいィ!」

 

 その場で親指を立てながら何度も飛び跳ねるホロホロ。ダラダラと冷や汗が流れる。

 その行動は奇異な目でみられるものであるが友奈はそうとは認識せず、元気な子だなぁーと思った。

 

「よかったぁ、でも病み上がりなんだからあんまり無理しちゃだめだよ」

 

 目を細めて緊張が解けたように漏らす。

 

「ほろけうくん、一緒に学校行かない?」

 

 そう訊けば、友奈の周りの低学年の子らが『友奈ちゃんとってくれるなよ』と眼をホロホロに飛ばしてくるが、歳相応で微笑ましい。ちなみに友奈はそれに気づいておらずニコニコと笑みをむけている。

 久々にユルい空気に包まれ、その子どもたちをニヨニヨと見返し、

 

「学校から早く来いって連絡来てな、ワリ」

「そっか、ほろけうくん学校楽しみにしてるから! えへへみんなより最初に転校生と会ったって今日はいい日だよ! またねええっ……おなじ地区の子なんだから一緒にいきたかったな」

 

 当然友奈の小言は聴こえず、ホロホロは一足先に学校へ向かった。  

 それから、校長室にあるソファアの上で校長の冗長な話を聞いてい、児童朝会が始まるまでそこでじっとしていた。偶然朝会と重なったのでならば、という事になったのである。

 ホロホロの反応はうすく緊張しているのかと校長は心配し、自虐を織り混ぜ彼をゆるませようとするけれどもただ同情の眼差ししか返ってこず、困っていた。

 「五分前ですね」と彼の担任が時計を見、そこにいた四人――副担任もほぐそうと奮闘していた――は体育館に足を進める。

 全校朝会は滞ることなく終わり、今は6年4組の教室で朝のホームルーム活動が進められていた。

 

「はいっ朝会でも自己紹介してもらいましたが、もう一度お願いできるかな」

「うっす」

 

 当たり障りのないよう彼は言う。

 さて、小学生というものは『ホロケウ』等の聞きなれない名前と出会ったときひやかすもので、彼のあだ名である『ホロホロ』などは――

 

「どこかのドバカよろしく『なぁーんだ点々つけたらボロボロじゃねーか』って人様を怒らせるもんなんだよな…………あ~イラッとくる」

 

 ――なんか大きなひとりごと言ってるよ、アブない助けて下さい神樹様――児童たちが冷や汗をかき自分たちの身の安全を神樹様に祈る。

 あーじゃ、質問タイムといきましょうか――と担任が機転を利かす。

 ホロホロが予想していたバカにしたそれらは一切飛んでこなくそれどころか『ナイスセンスなニックネームだねぇ』『スポーツ得意そうだね ナニ好き!』『髪ツンツンしてる~っ』『どこ出身』『風邪で休んだんだろ? なんかある前に頼ってくれよな』『わぁ! おんなじクラスだァ! やったーっ』などまっとうな質問と思いやりある言葉が聴こえてくる。

 そしてまっすぐで濁りも穢れも知らない純粋な瞳で彼に質問をするのだ。しかしなぜか、ホロホロを疑う視線が飛んでいたけれどもホロホロは気づいていない。 

 目頭を押さえる。

 

「ほ、ホロホロくん……?」

「いや、おまえら――お前らはそのまんま大きくなれよ! 俺との約束だぞ!!」

――――いきなり泣きながら約束されたよ!! この子をお救い下さい神樹様ッ!?――――

 

 前の世界では扱いが散々であったのだ。あたりまえな事を言った(ホロホロにとっては)だけなのに下腹部を執拗に殴られたり、青髪のチームのリーダーに事あるごとに貶されたり暴力を振るわれたり、彼の友人の嫁にも他二人と同じ事をされたのであった。

 まったく恐ろしい奴らである。

 それに、ホロケウはまともな小学校生活を経ていないことも理由の一つ。良いヤツはいただろう、しかしその子がホロケウと親しい縁を結ぶかはまた別というもの。もしかしたらその頃の自分へ想いを馳せているやもしれない。

 

「……ずびび、――おっと気味悪ぃな。改めて、気兼ねなく『ホロホロ』って呼んでくれ! よろしくッ」

「え~……、ホロケウさんは友奈さんの隣の席に座ってね」

「オッホン」

 

 まばらな拍手が迎える。

 そんななか友奈が気持ちよく、眼を閉じながらこちらに来るホロホロを迎える。ホロホロが窓際で一番後ろの席に座った後、担任が軽く連絡事項を伝える。

 

「まさか同じクラスになるとは~いやーこれは神樹様パワーとご近所パワーのおかげだね」

「面白いパワーだこと」

「フッフンっ――、はじめてなんだぁ、おんなじ地区の同年代の友だちはね。今、心臓が嬉しさでばくばくしていますっ。……よかったらなんだけど放課後私の家で」

「ゆーな今日日直でしょ、そろそろだよ」

「あっ、いっけないッ。ありがと~のっちゃん」

「――ということなので、くれぐれも花火の取り扱いは注意してください。友奈さんお願いします」

「ハイッ! 起立。礼。神樹様に――――拝」

 

 黒板の隣に備え付けられた神棚の上――盆栽のような木にむかって。

 この世界に来てからは、病院や駅をはじめとした施設や公園に、盆栽程度の大きさの木が祀られていた。

 そういえば昨日の朝、銀が『イワシのニボシはあるか』と尋ねられ注文されたニボシを渡した。するとニボシを炙っては細い紐で結び小皿にのせ塩をまぶして神棚に置いて、何やら長い詞を奏上したのである。

 しかしそれは、朝は人間にとって忙しい時である理由で簡略化されて、一般家庭の多くがその作法に則ている。勿論、神世紀の人々は大赦が決めた祭日時、その日の前後は元の作法に沿って感謝を捧げている。

 今、教諭とホロホロを除く児童がさらに簡単ではあるけれども神樹様を模した木を拝んでいる。

 気味が悪いとは思わないどころか、皆が心から崇敬しているのがよく伝わり感心していた。

 しかしホロホロは拝んでおらず、それを友奈が視野の端で捉えてしまう。

 ちょうど、太陽が雲に隠れてゆく。

 

「ほろけうくん……神樹様に失礼だよ…………」

 

 静かな戸惑いが水面(みなも)に波紋を広げた。

 ――え。奇異の目が、ホロホロに集まった。

 

「す、すまん!? あっちゃっ~~お前らに悪いことしちゃったかなっオレ! アハ、アハハハ――なんつって」

「はぁ!? ホロホロくんありえないしっ、ウチらより……すぐ神樹様に謝って!」

「そうだっ、謝れ! 二度とこんなことすんなよな! 死のウイルスから神樹様に僕らは守られてるんだぞっ!!!」

「罰当たりぞっ――神樹様に怒られるぞ!」

「神樹様に見捨てられちゃうの知ってるでしょっ、なんで!? 今すぐ謝りなさいよ!」

 

 謝れッ謝れッ謝れッ謝れッ謝れッ謝れッ謝れッ謝れッ――――

 自分達が信仰する侵してはならない存在を貶され、計り知れない、子のエネルギーの全てが義憤に注がれた。怒気を噴きだした顔、咎めの声の軍勢に圧迫されたため少年は背を窓に貼りつけて冷や汗をかきだして、担任と副担任は騒ぎをおさめようとはせず呆然としていた。

 その状況下で一人だけ、癖っけない黒髪を中背までのばし――パッツンに切り揃えられた――西洋の顔立ちした少女がデモさぁとつまらなそうに遮る。

 

「あれでしょあれ。ホロホロくんって病み上がりでしょ? 頭に血まわってないんじゃないタブン」

「違うぜ(きぬ)()ちゃん。昨日の朝、碓氷くんが神樹館の女子を駅へ連れてったらしいぞ。なぁ」

 

 絹緒のそれを否定したのは先ほどホロホロに怪訝な目を向けていた男子であった。キリリとした端正な顔つきを険しくさせている。

 ホロホロの前に座っている――見た目は気弱そうな男の子がホロホロをちらりと見てありえないといったように質す。

 

「それホントかよ(わか)()ちゃん」

「そうだろ碓氷くん」

 

 若菜と言うらしい男子は自分に来た問いをホロホロに答えさせようとしていた。

 

「……悪いかよ」

「答えはっきり見つけてから口にすれば? そしたら俺もなんかゆー((言う))さ」

 

 冷淡に非難めいた口調を返して若菜は教室を出ていった。そのすぐ後、4人の男子が飼い主の後ろを着いてく子犬よろしく追いかけにいく。

 チャイムが鳴った。

 

「そ、それでは一時間目は理科室での授業だから遅れないでくださいね。それと碓氷くん、五時間目の道徳に僕と(かね)()先生の2人で碓氷くんと話し合いをしたいんだけど、昼休みの後で職員室に来てくれないかな」

「ハイ」

 

 了解をえて担任らも教室を後にすれば、さながらお通夜の空気のなか児童たちがまばらに動きだした。周りを見渡すホロホロと目が合わさると子どもたちは一瞬、圧を放ち、そうして友人または友人たちのもとへ向かう。

 対して、友奈はホロケウに視線を当てていて僅かに瞳は揺れている。小さな口を少しだけ開くもそこまでに終わり、――自分は今なにをしたいのかを見失いつつある友奈を呼ぶ声がした。

 それが幸いな道へ通じたらいい。

 振り向くけれども、友奈が求めている一筋の光は降りてこなかった。

 

「友奈ちゃん早くいこっ」

「そうだよ。いっつも我先にって感じで準備してるのに、ぼーっとしておかしいのお」

「わかった、もしや友奈こいわずらいかね!」

「あら大人の階段を登っちゃったの? 淫らな子ね、ん? この大人めッ……? 淫ら友奈ちゃん?」

「ち、ちがうよ~。ええっと」

 

 切羽詰まりつつ机から一時間目に必要な物を取り出す。教科書等を持ち、女子の友人たちへ正面を向ける。浮かない顔であった。

 

「碓氷くんでしょ。なんか、怖いよね」

「そうじゃ……ない」

「ごめん。でも友奈ちゃん日直で理科の準備の手伝いするじゃん?」

「え、あったけ」

「さきほどノダセンが仰ってましたよ。聴いてない?」

 

 ()()先生は確かにそう伝えていた。

 

「ほおらッ! いっこうーよ」

 

 友奈たちのやり取りを遠くで傍観していた友人の1人が見かねたらしく、友奈たちを引っ張る。

 後ろから視線を感じた。

 友奈の瞳が――()()の瞳に合わせようとしたやさきホロケウが目を逸らした。……声がでない。いつもの友奈なら誰かの時化た空気を春一番の化身となって吹き飛ばすのに、なぜか今は出来ずにいた。

 恐るおそる友奈もホロホロにならってしまう。

 

「うん、早く行かないとだね」

 

 そうして友達と急いで理科室に向かう。

 

 

 

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