主人公にならないと 作:舎遍路
兄は僕のことが嫌いだ。少なくとも、いい感情は抱いていないと思う。
「おい、エトワール。昨日の授業もダメだったらしいな。お前はラヴラン家の次男なんだから少しはまともになってくれよ」
毎日の日課であり、僕の貴族としての修行でもある家庭教師の講義を終えて廊下を歩いていると兄であるソレイユに出くわした。
二年前、兄は齢九歳にして、あの王国で最も優秀だと噂される王立学院の入学試験の問題を解き、合格確実な点数を叩き出したらしい。年齢制限により入学は許可されなかったけど、いまでも兄の優秀さを伝える逸話として家では語り続けられている。
「お兄様はこの間倒れられてから頑張っていらっしゃるでしょう? それを理解しようともしないあなたの方がよっぽどラヴラン家に相応しくないわ」
兄からの皮肉を黙って聞いていると後ろからやってきた妹のリュンヌが僕のことを擁護した。
僕自身は自分がダメなことは分かっているからそんなことで争って欲しくない。
妹も優秀で、僕よりも二つ下でありながら講義などでは僕よりも断然筋のいい発言をしているらしい。
そんなことを思っているうちに兄はどこかへ行ってしまったようだ。
「ソレイユ兄様も困ったものだわ。お兄様はこんなにも頑張っているのに」
「リュンヌ、いつも言ってるだろう? 兄さんが全面的に正しいよ。僕はもっと優秀でなければならないよ」
ほんの二、三週間前、僕は高熱を出して倒れた。仮にも国内でも有数な侯爵家の次男だ。王都から医者が呼ばれたり、他の領地から見舞いの品が来たりと大変だったらしい。
その間、僕はずっと夢を見ていた。
ある一人の女性の生涯を。それはもはや夢というよりも彼女とともに一つの人生を生きていたといっても過言ではなくて。
そうして彼女の生き様にすっかり魅せられてしまったのだ。
太陽のように皆を導き照らす彼女がこの世界にいないなら、僕がその立ち位置にいるならば、彼女の居場所を奪ったならば。
僕が彼女になるしかない、とそう強く思った。
まだ怒りがおさまらないらしいリュンヌをなだめてから、剣術の授業に向かった。
どうやら僕は剣術の才能もないらしい。彼女は剣も素晴らしかったのに。
「エトワール様、今日も一段と身が入っていますね。良いことです」
剣の師匠に声をかけられた。こんなことは彼女になろうと決意をする前にはなかったことだ。僕もこの苦痛の時間が流れるのをただ待っていただけだし、師匠もそれに気づいている節があった。
「僕も侯爵家の一員として恥じることのないように精進しなくてはなりませんからね」
「そうですね」
師匠は頷いたと思うと、
「とはいえ、無茶な鍛錬は意味がないですよ」
昨日も夜中まで頑張っていたようですがね、と苦笑交じりに続けられた。
彼女と違い、才能のない僕が彼女になるためには努力を増やすしかないのだ。とはいえ、やめたくはないので見つからないように努力しよう。
そう思う僕を眺めて、師匠はただ優しく笑った。
剣の授業を終えると、最後に魔法の授業がある。これも手を抜くことはできない。
優れた魔法を操ることは貴族としてのステータスになるし、なにより彼女は魔法にも通じていた。
「それでは、いつものように手に魔力を集めてください」
魔力の流れを感じて手に集める。これは魔力操作の練習として、必ず行うウォーミングアップのようなものだ。
頷いて先生の指示に従うと、手が銀色に光り出した。
「いつものように心地よい銀色ですね。やはり、月属性は素晴らしい」
先生がうっとりと呟く。それに対して僕は苦笑するしかない。
魔力は七属性に分類できる。そして属性ごとに魔力の色が決まっているのだ。
赤の火、黒の水、青の木、白の金、黄の土、そして白銀の月と黄金の日だ。そして、月属性と日属性の持ち主は極端に少ないのだ。
「先生、今日もお願いします」
そう先を促すと、いつものように慌てて先生が授業を始めた。
「今日は属性間の魔力の親和性についてですね……」
講義をメモを取りながら聞きつつ、他のことを考えていた。集中していないと上達の遅い僕には珍しいことだけれど。
僕はこの授業が嫌いだ。何よりも僕と彼女の違いを感じさせるから。
未だ近くを漂う銀色を見つつ思った。
彼女の色は