最初に見張り役が見つけたのは、私たちのキャンプに近づく一匹の巨大生物だったそうだ。
蟻の姿を模したそいつが一匹であれば、戦死したEDF隊員から武器を拝借した私たちだけでも、それなりの数(といっても、10人以上で多対一に持ち込まなければ毎度のことのように死傷者がでる激戦だったが……)の同種を倒した経験がある相手であったので、大人たちは逃走を考えず、すぐに戦闘の準備に取り掛かった。
こちらに気づいて仲間を呼ばれてしまえば、100人近いとはいえ一般人の集団である私たちは、その1割以下の数の蟻にだって殲滅させられてしまう。
よって、大人数になってしまったあの時の私たちのキャンプには、逃げるという選択肢は既になかったといえたのかもしれない。
この数で動けばきっと見つかってしまうから。
私たちには拾い物とはいえ武器がある。敵を倒し、この地獄を生き延びてやろうという覚悟だってある。だが、それだけではダメなのだ。
十分な威力を持った銃を撃てば腕が跳ね上がるどころか体ごと転倒し、至近距離で敵を撃破すれば、アーマーの無い彼等は撒き散らされる体液で戦闘続行に支障をきたすことになる。
目をつぶってても当たるぜ……なんて軽口を言いながら銃を乱射するEDF隊員たちとは違うのだ。
だから大人たちは、一匹の蟻相手に万全の準備を整え、キャンプから離れた場所に部隊を展開してその時を待った。
私を含む子供たちは、大人たちの覚悟になんて気づくこともなく、避難場所に指定されている頑丈なビルの中でくだらない話に花を咲かせていた。
だから、その瞬間を見たわけではない。
ただ、駆け込んできたお爺さんの慌てぶりから、何かとんでもないことが起きたのだ、とは解った。
電源の落ちた自動ドアを押し開き、私たちを見ながらお爺さんは叫んだ。
「皆! ここから絶対に……!」
と、そこまで叫んだところで、真っ赤な蟻に咥えられて、お爺さんは自動ドアごと視界から消えた。
消えた自動ドアのかわりにソコに収まったのは、巨大な2匹の黒い蟻の頭だった。
彼らは壁を崩して首を強引にねじ込み、私たちの事を視界に収めると、届くはずも無いのにせわしなく口を動かしていた。
そして次の瞬間、ドン! と大きな音を立てて、反対側、私たちのすぐ後ろの壁に何かが体当たりをした。
壁によりかかっていた私はうつ伏せに倒れ、その先の事はいまだに思い出すことが出来ない。
ただ、子供が大半で誰もがパニックになったであろうその状況で、私に気づいてくれる余裕のある人など居るはずも無く……
ふと我に返ればもう日は暮れようとしていて、周囲には誰もおらず、目の前では一匹の赤い蟻がチマチマとビルの壁をかみ砕いていた。
ああ、この巨大生物はビルを壊してでも私を食べるつもりなんだなあ、などと考えながら周囲を見回してみるが、部屋の中に残っているのは、つい数時間前まで友達と遊んでいたボロボロのトランプやカード。体当たりの衝撃で散らばった期限切れの缶詰。横倒しになった、持ち上げることも出来ない巨大な狙撃銃など……一通り確認して、この状況を打開することは不可能であると、私は悟った。
武器は使えず、出入り口は一ケ所だけで、そこには蟻が居る。
上手く部屋から出たとして、その後どうやってあの蟻から逃げろと……?
人間ってそういう物なのか、或いは私が図太い性格なのかは判らないが、成す術がないと判断した私は、赤蟻から限界まで離れた部屋のスミで横になった。
そして、寝てる間に死ねればいいなあ、なんて考えながら目を閉じた。
背中に感じるのはタイル張りの冷たい床の温度。
まぶたの裏に届くのは、蟻の背中から見え隠れする夕焼けの真っ赤な光。
耳に響くのはガリガリとコンクリートを削る音。
ただそれだけを感じながら、私は最後の瞬間を待ち続けた。
他のみんなは無事に逃げられたのだろうか。
私の死を悲しんでくれる人は、残っているのだろうか。
そして、徐々に近づく掘削音。
状況が変わるまでには、床のタイルが人肌に温まる程度の時間が必要だった。
私が背中をずらして再び冷たい感触を楽しんでいると、ぱららら……と、タイプライターを叩くような音が2度響き、悲鳴を上げながら赤蟻が転がっていった。
そして、慌てて起き上った私の目に飛び込んできたのが、彼だった。
そう……ストーム1である。
「生きてるな、お嬢ちゃん!」
「え……? あ、はいっ!」
「よしっ、じゃあココから出るぞ? 逃げ延びた君の仲間たちが待ってるからな!」
そう言って、笑顔の彼はこちらにその手を差し出した。
突如舞い降りた救いの手に戸惑いながらもその手を掴み、ビルの外に出た私が見たのは、巨大生物に荒らされたキャンプ……いや、キャンプ跡であった。
だが、生活の場所が破壊された悲しみよりも、再び広大な空を目にすることが出来た喜びのほうが勝っていたのは、言うまでもない話である。
しかし、私とストーム1との出会いはコレで一区切り、とはならない。
彼のヘルメットから、無線が流れてくる。
『こちらスカウト4。ストーム1! 新しい巣穴から……クソ、この穴は蜘蛛が出やがる! そっちに向かってるぞ!』
「了解だスカウト4! 本部、いつもどうりに頼む!」
『待って下さいストーム1! 貴方ははもっと自分を大切に……』
「ははっ、了解!」
ストーム1は場違いなほどに元気に叫ぶと、何かの操作をしてから自分のヘルメットを脱ぎ、私にかぶせた。
ヘルメットからはイヤホンサイズの音量になった本部の声が、私の耳に届く。
『……お願いだストーム1、君はこの戦争になくてはならない存在なんだ。ヘルメット無しで戦えばいつか絶対に……』
偉そうな男の人の声が流れていたが、すでに本部からの説得が聞こえていないストーム1は、私を抱き上げてヘルメットに顔を寄せると、楽しげに言った。
「聞こえてますか本部? ストーム1はこれより周辺の巨大生物を殲滅いたしますので、ヘルメットをかぶった要救助者にいつもどうりに避難指示をお願いいたします!」
『……はあ。市民の方、聴こえていますか?』
オペレーターのお姉さんの、諦めまじりの声。
「……はい」
『あら、今回はお嬢ちゃんですか。了解したとストーム1に伝えてください』
『待て、私はそんなこと……!』
『おじちゃんの声は気にしなくていいからね?』
『おじ……!?』
今にして思えば、あのいつも澄ました声のオペ子の可愛らしい物言いはレアだったと思う。
「……了解したって」
「よっしゃあ! お嬢ちゃん、HMDの右上にレーダーがあるだろう?」
私はヘルメットの右上を確認して頷く。
「中央が君、灰色が俺、そして赤が敵だ! 赤がなくなるまで隠れていてくれ!」
「中央が私、敵が赤……解った」
「じゃあ俺は暴れてくるから、君はさっきのビルに戻って隠れているんだ」
「ん……!」
そして私とストーム1はそれぞれに別方向へ……と、私はビルに戻ろうとして、一つ思い出した。
「そうだ、兵隊さん!」
数歩駆け出していたストーム1が急停止してこちらを振り向く。
「どうした? 嬢ちゃん」
「私が居たビルにおっきな狙撃銃があるの。大人でも持ち上げられないんだけど、兵隊さんなら使えないかな?」
「大きな狙撃銃? 面白そうじゃないか」
そして彼に見せた狙撃銃が……
「これは……見たことのないライサンダーだけど…………Z? これアカンやつだ」
「だめそう?」
不安げに聞く私に、ストーム1は苦笑交じりで答えた。
「良すぎてダメそう」
皆さんご存知ですね、ライサンダーZ。
ええ、その時相手の残存兵力は巣穴一つでして、制圧は楽勝でした。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
その後避難先で仲間と再会した私は、あの時何があったのかを聞くことができた。
大人たちの部隊とキャンプの間に突如巣穴が開いて、大量の巨大生物が湧き出たのだ。
これによって戦闘人員は壊滅、生き延びたのは半数に満たなかった。
生存者が偶然近隣で作戦行動中であったストーム1に助けを求め、巣を潰すためにと独断で動いた彼が、偶然私を見つけたのだとか。
こうして、幸運に恵まれて生き延びた私は、そのまま終戦までを仲間と一緒に無事やり過ごすこととなる。
それが私の8年前。
ストーム1と私の最初の出会いであり、私がウイングダイバーになるきっかけであった。
そして今、再びストーム1と呼ばれる彼の前に……!
「○●さん、ようこそストームチームへ。私がこの部隊の隊長を務める……」
そう、全てはこの時のために!
「いやー。まさかウチのチームにレンジャー以外の隊員が来るなんてねー」
何故かヘルメットを被ったままのストーム1……隊長に、私は問いかける。
「あの、隊長。素顔を見せてはくださらないのですか?」
マザーシップとの最終決戦で、伝説の戦士ストーム1は消えたのだと言われている。
なら、私の前にいる彼は別人なのだろうか?
「はっはっは。あの戦争でやんちゃしてたら顔に傷が……ね」
私はそうは思わない。私を助けてくれた彼は……あの戦場にあってなお輝いていた彼は、彼が、あの程度で死んだりする筈がないのだ。
「貴方が私の思う通りの人であるなら、私は貴方のやんちゃに助けられた人間かもしれません」
だからお願いします、その顔を……
「……そうか。君はストーム1に助けられた人間の一人なのか」
そして、彼はヘルメットへと手を伸ばし、ゆっくりと、その顔を見せてくれた……
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
それから何か月かの間に、ストームチームにはもう2人、生え抜きのエリートが入隊していた。
休憩室で寝っ転がった私は、ダンベルをお手玉しているタンクトップのエリート1号に話しかける。
「ねえ、おフェンフェン」
「そんなこと言ってはしたないわよダバ子ちゃん。あんたにそう呼ばれるとお父さん悲しくなっちゃうわ」
おフェンフェンはダンベルお手玉を止めると、今度はペン回しならぬダンベル回しをしながら大げさに肩をすくめた。
「なんでおフェンフェンは本気じゃない時お姉口調なの?」
「なによ、文句あるってんの?」
「大体私のがちょっと先輩だし血縁関係もないし。序列的にお前は敬語つかえよぅ」
別に本気で言っている訳ではないし、彼もソコんトコは解ってる。
そんな事をいいながら、おフェンフェンのタンクトップの中とかを覗いてみると……アラヤダこの子、パンツの中まで日焼けしてるわ! 全裸で焼いてんのかしら?
「あらそんな事言っちゃダメよ? チームってのは言うなれば運命共同体なの」
「……何言い出してんの?」
「互いに頼って、互いに庇い合って、互いに助け合うの。一人がチームの為に、チームが一人の為にってね? だからこそ戦場で生きられるワケよ」
「でも全裸で焼いてるっぽいお姉はキモいから見捨てていい?」
「だからチームは兄弟みたいなものなのよ?」
「なら、私長女でおフェンフェンは末っ子3男よね」
「だから私たちは家族のようなものってワケよ」
「……隊長がパパならあんた次男か」
末の弟がコレ……無いわぁ。
でもなんでこのフェンサーはお姉口調なんだろう。顔はいいのに。
「二人とも笑いどころのない漫才はやめてくださいよ。兄弟家族がって嗤わせますね。暇だったら僕のために死んでくださいよ」
お前喧嘩売ってんのかって事言いながら自前のコーヒーメーカーをもって入ってきたのは、エリート2号のチャラ男だ。
「レイダーはあだ名がないよね。愛されてないんだね」
「はっ! やめてくださいよ、運転免許も持ってない情弱風情が」
嘲る笑いと共にレイダーが機械のスイッチを入れると、全自動のコーヒーメーカーが爆音とともに動き出す。
うるさいからどっか別の場所でやれって言いたいけど、おフェンフェンは楽しげに機械を眺めてるし、一人で動かすのはレイダーも寂しいんだろう。
「空も飛べない奴に言われたくないし」
「はっ! ダバ子さんは僕のスーパーマシン群が見えないほどお目目が節穴のようですね」
レイダーは、おデコに手を当てて『やれやれダゼ』みたいな顔で私を嘲笑う。
「え? あれって射的の的でしょ? ナメクジみたいにノロノロ動いてるし」
でも、私たちは似ている気がする。何故だろう?
みんな、あの戦争で親兄弟を亡くしたからだろうか?
「可哀そうに……エイリアンのブラックボックスに頼る貴方では、あの巨大な構造物が一つの目的に向けてまい進する美しさを理解できないのですね」
「うん」
「ばっさりだーー!」
レイダー愕然の声と共に、コーヒーメーカーが最後の唸りを上げてコーヒーを抽出し終えた。
呆然とするレイダーをしり目に、私はそれぞれのカップにコーヒーを注いでやる。
レイダーはミルクを添えて、おフェンフェンはブラック、自分のはお砂糖ドッサリで。
でも長男がコレ……家庭崩壊は間近だわぁ。
てかなんでこのエアレイダーは普通の銃を持たないんだろう。頭はいいのに。
とまあ気が付けばストームチームは、どう考えてもチームとして成り立たないんじゃないかなって思える程度にバラエティーに富んだメンツが揃っていた。
でも、どいつも一人で1個大隊分以上の活躍をするトップエースだ。勿論、私を含めて。
そして、そんな彼らの中でストーム1の全てを知っている人間が私一人だと思うと、ちょっとドキドキする。
バッサリされておフェンフェンに慰められている上級者向け兵科に、一応男の子の趣味を理解しない長女キャラの義務としてトドメでもさそうかと考えていると、相変わらずヘルメットを被ったまま……というか、フル装備のストーム1が入ってきた。
「お疲れ様です隊長、コーヒー飲みますか?」
「おーう後で貰うぜ、それよりお前ら聞いたか? 巨大生物を見たって通報が入ったらしいぞ」
私たち3人の動きが、一瞬だけ、止まった。
お互いに見合った私たち、最初に口を開いたのはおフェンフェンだ。
「隊長、それって有り得ないんじゃないかしら?」
「おフェンフェンは頑なにお姉だね」
私のツッコミをスルーしてレイダーが挙手をする。
私が言いたいことは二人がちゃんと言ってくれるだろう。
うむ、完璧だよ諸君。
「ですが、悪戯ならしっかりガッツリ速やかにお灸を据えてやらねばなりませんし、真実ならこれも速やかな巨大生物の排除が必要です。現場に向かうのはどのチームなのです?」
「レイダーは…………えと……」
「○●、無理にツッコミいれなくていいぞ。で、出動要請は俺たちにも出てる」
「……え?」
嘘?
え? 私たち、今誰も緊急連絡用の端末持ってないの?
私が目で問うと、おフェンフェンとレイダーが揃って首を横に振った……勿論、私も追従した。
「なあ、俺たちは、何のために集められたんだ?」
固まった私たちの前で、隊長が大きく息を吸い込んだ。
……アカン、コレは怒ってる。
「解ったらさっさと準備せんかーーー!」
『り、了解!』
私たちは慌てて休憩室を飛び出した。
その後に関しては誰もが知っている物語だ。
私たちは、再び現れた巨大生物やフォーリナーと戦うこととなる。
そして……EDFは絶対に負けない。何度でも、どんな相手にだって!
「ウイングダイバー準備完了! みんな準備出来たー?」
「僕はさっきからOKです。ところで、ストーム1は何故顔を隠しているのでしょうかね?」
「こっちも万全よ。で、それはねレイダーちゃん。私を助けてくれた時の傷があるからなのよ」
「え? 嘘っ?」
「あら、もしかして……ダバ子ちゃんもストーム1に縁があるタイプ?」
「いや、え? ホントにおフェンフェンも?」
「僕がサイボーグ怪獣から助けてもらった時には綺麗な顔でしたけど……」
「ええっ? レイダー!?」
「これは、僕たち全員がってことですか? 伝説のストーム1、流石の活躍ですねえ」
「二人だけの秘密だと思ったのにぃ……」
「あらダバ子ちゃん。ああ言うオジサマが趣味だったのかしら?」
「……………………ぽっ」
「……口で言わないで下さいよ」
昔、要救助者にヘルメット被せたせいで最後の一匹が何処に居るか判らずマジヤベェ超緊迫! って感じのスゲェカッコイイSSを見た記憶があるのですが、どなたかご存知ありませんか?