戦姫絶唱シンフォギア~黒紅の騎士~   作:みんふみ

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第一話 始まり

「がっ……はっ……!!」

 

 全身を駆け巡る激痛に、意識を無理やり引き戻された。

 見開いた目に飛び込んできたのは、夕焼けに染まる空と、風に流されて舞い散る灰。

 だが、火事が起こったわけではない。

 

「うっ……」

 

 声にならない声をあげて、わずかに残された力を振り絞って身体を起こす。

 まだぼんやりとして輪郭が定まらないが、それでもこの惨状が、ありありと俺の視界に入り込んできた。

 破壊の限りを尽くされたライブ会場。

 俺は、妹の愛と一緒にツヴァイウィングのライブを見に来て……。

 

「……愛?」

 

 そして思い出す。

 12歳の妹、英賀愛の姿が無いことに。

 

「愛ッ、愛ーッ!!」

「うぐっ……」

 

 俺の声に答えるように、小さなうめき声が俺のすぐ左隣から聞こえてきた。

 慌てて左側を振り向くが、そこには愛はおろか人の姿かたちは見られない。

 いや、見られないのは当然だった。

 なぜなら、声の主は完全にがれきの下敷きになっていたのだから。

 

「お、おにぃ……ちゃん?」

「愛ッ!」

 

 声はすれども、指一本その姿を見ることができない。

 俺は動かせそうながれきを掴んでは後ろへ放り投げ、愛を見つけようとする。

 

「だ、ダメだよ、おにいちゃん……ノイズが、来ちゃうよ……」

「静かにしてろ! 今助けて、ノイズが来る前に安全な場所まで連れ出してやっから……!!」

 

 だが、動かすことができたがれきはほんのわずかだった。

 最後に、両手で持ち上げるのがやっとな重さのがれきを渾身の力でどかすと、ようやく愛の顔が見えた。

 首から下は、人一人では動かすことが難しい大きさのがれきが2つ3つ折り重なるようにして愛を押しつぶしていて、これが限界だという無情な現実を俺にまざまざと見せつけていた。

 

「……ね、ねぇ、おにいちゃん」

「なんだッ」

「わ、私はもうすぐ、死んじゃう、けど……」

「やめろッ、そんなこと言わないでくれ」

 

 自分が持てるすべての力を両腕に込めてがれきを押し上げようとするが、ビクともしない。

 早くしないと、愛が本当に……。

 

「お、おにいちゃんは、わ、私の、分まで、強く……い、き、て……」

 

 その言葉を最後に、愛の瞳がゆっくりと閉じた。

 

「う、嘘だろ……? 目を、目を開けてくれよ、愛」

 

 俺は愛の顔に手を伸ばすと、頬に触れて顔を左右に揺らす。

 まだ温かい愛の頬。

 だが、目は覚まさない。

 最初はゆっくりと揺するだけだったが、無意識に愛の顔に与える振動が大きくなる。

 ただ寝ているだけの人なら、確実に目を覚ましそうなほどの刺激を与えても、それでも愛は、目覚めなかった。

 

 これが意味するものはただ一つ。

 

「……う、うああああああああああああああッ!!!」

 

 身体の芯から湧きあがってくるこの衝動を、抑えることはできなかった。

 これまでの人生の、どの瞬間よりも感情のこもった叫び。

 

「ッッ!!」

 

 そして視界に入り込んできたのは、俺と、愛の亡骸の方へと近づいてくる無数のノイズたちだった。

 こいつ等が、こいつ等さえいなければ、愛は死ななかった。

 そう思った瞬間、全身の血液が沸き立つような、凄まじい熱量が身体を駆け巡った。

 こいつ等を殺したい。

 殺して殺して、さらに殺す。

 人間がノイズに対抗できないとか、そんなことはどうでもいい。

 この殺意を、この衝動を、ありったけやつらにぶつけてやる。

 

『そんなに力が欲しいか?』

 

 突然。

 そんな声が聞こえてきた……気がした。

 

「だ、誰だ」

 

 しかし、周囲には誰もいない。

 いや、正確には二人、動きのある人間が確認できる。

 その二人は俺から遠く離れたところで、ノイズたちのあいだをすり抜けるようにして素早く動き回っていた。

 ノイズと戦っているのか?

 人間が?

 

 ありえない。

 

『力が欲しいか?』

 

 まただ。

 ノイズと戦っている……とおぼしき二人の声が、ここまで遠くに、それもこんなにハッキリと届くはずがない。

 となると俺は、幻聴を耳にしているのか?

 

『もし力が……すべてを打ち砕き、焼きつくし、滅ぼす力が欲しいのなら……手にするがよい』

 

 そして。

 俺の目の前に、それは舞い落ちてきた。

 それは、少し黒を帯びた赤色をしていた。

 それは、空気の抵抗を受けて、左右に揺れながら落ちてきた。

 

「……羽根?」

 

 羽根。

 何の変哲もない羽根。

 こんな色をした羽根は、あまり見たことがなかった。

 だが、しょせんは羽根だ。

 普段なら気にもしないか、そもそも気付かないだろう。

 

 そんな羽根を見て、俺の右手がゆっくりと伸びた。

 こんな時に羽根なんて、とは微塵も考えなかった。

 逆に、この羽根を手にしなければいけない、そんな風に思った。

 

「ぐッ!!??」

 

 炎のような、それとも黒ずんだ血液のような感じの色か、俺はその羽根を手にした。

 その瞬間、ドクンと心臓が大きく脈打った。

 

『そうだ、それで良い。さぁ、怒りに、殺意に、身を委ねるのだ。お前の大切な妹を殺した原因の、あの虫けらどもを殺したいであろう?』

「……殺したい。1万回だろうと100万回だろうと殺したい!! うおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!!!!」

 

 語りかけてくる声にそう答えた瞬間、身体が突然金色に輝きだした。

 それが、俺のここで覚えている最後の出来事だった。

 

 

 

 

 ―――

 

 

 

 

 

「あー、終わったー」

 

 夕陽の差し込む教室で、俺――英賀雄輝(えいがゆうき)は、椅子の背もたれに背中を押しつけてグッと伸びをする。

 今日もまた一日、退屈な時間が過ぎ去ったことになる。

 この後に待っているのは、またしても退屈か、それともお祭りか。

 

「さーて、とりあえず翼先輩のCD、買いに行くとしますか」

 

 俺の独り言が、静かな教室に響いた。

 この教室には俺以外、誰もいない。

 当然だ、この部屋は俺のために割り当てられた、専用の部屋なのだから。

 俺が今通っている私立リディアン音楽院は、女子校だ。

 

 女子校、つまり女子しか入学できない。

 そんな私立リディアン音楽院で男の俺が過ごすためには、人目に付かない場所である種の軟禁状態にならなければならないのは、当然のことだ。

 

「くそッ。いつものことながら、スーツだと動きにくいな……」

 

 当然、制服も俺には存在しない。

 そのため、仮に姿を見られても不信感を少しでも軽減するために、高校生のくせに毎日スーツを着込んでるって訳だ。

 スーツなら、学校関係者か訪問者に見てもらえそうだからな。

 まぁ、顔立ちが男子高校生ぽいって点は、さすがに誤魔化しようがないんだが。

 

「……よし」

 

 廊下に女子の姿は無い。

 この、部屋を出る瞬間さえ見られなければ、後はこれまで培ってきた経験で、校外に出ることは容易い。

 

「翼先輩の特典付きCD、まだ残ってっかな……一応先輩でもあり上司でもあるわけだし、ちゃんと買っとかないとな」

 

 

 

 

 

 ―――

 

 

 

 

 夕暮れに染まる街を歩く。

 そろそろ、お目当ての風鳴 翼の新曲CDが置いてある店が見えてくるはずだ。

 

「それにしても、どことなく静かだな……」

 

 この時間帯であれば、仕事終わりのサラリーマンや買い物に追われる奥さんたちで少し騒がしくなってくるのが普通だ。

 もちろん、日によって人の流れなんかがあったりするだろうし、こういう日もあるのかもしれない。

 でも、それにしても静かすぎ……。

 

 ピーッ!!

 

 突然、耳に付けている通信機から少しばかり過剰な音量の音が発せられた。

 これは、別に俺が電話に気付きにくいから音を大きくしてるって訳じゃない。

 緊急を知らせる本部からの連絡だ。

 

『雄輝君、ノイズの出現を確認したッ!』

「でしょうね。それで、場所は?」

『まだ特定には至っていない。現在、反応を絞り込んでいるところだ。今どこにいる?』

「海に少し近いコンビニの近くです。ここの住所なんだったっけな……ん?」

 

 そんな俺の少し前を、制服の女の子が必死の表情で走っていくのが目に飛び込んできた。

 よく見ると、右手で小学生くらいの女の子と手をつないで、時おり後ろを振り返りながら走っている。

 なんとなく予感のした俺は、制服の少女が振り返る先に視線をむけた。

 そこにいたのは……。

 

「……ノイズッ!!」

『本当か!?』

「本当です。司令、場所は特定できたも同然です。これより戦闘を開始しますッ!」

『待つんだ雄輝君ッ! 君は2日前にもシンフォギアを身にまとっている……週に2回以上のシンフォギア使用は、了子君の許可が降りてない今は……』

「翼先輩が10秒で来るなら良いっすよ。でもそれは無理ですよね? なら、俺が行きますよ」

 

 そう言い残して、俺は通信を切った。

 後で司令から説教を食らうんだろうが、そんなことはどうでもいい。

 

 ノイズ。

 2年前、俺の大切な家族を奪い、多くの人を深い悲しみと絶望の谷底に叩き落した虫けらども。

 ノイズに恨みを持ったり、復讐心を燃やす人は数多い。

 でも、普通の人間の力では、それこそ核でも使わない限りまともに対抗出来やしない。

 

 けど、俺には力がある。

 大切なものを永遠に無くしたその日に、俺は代わりに『絶対たる力』を手に入れた。

 ノイズどもを消し去って余りあるだけの力を。

 

「さぁて、行くとしますか」

 

 俺は着ているワイシャツの内側に、外から見えないようにしていたペンダントを、夕日のもとへさらけ出した。

 赤い、うっすら透明がかっているそのペンダントの中には、1枚の羽根が埋め込まれている。

 右手でそのペンダントをギュッと握りしめると、たちまち俺の身体を黒の闇が包み込む。

 わずかに視界が歪むなか、身体の奥底から湧きあがる破壊衝動に身体の体温が上がっていくのを感じる。

 これだ、この感覚。

 ノイズを躊躇なく葬るために欠かせない、絶対たる力の根源。

 

「ッ……」

 

 俺の身体を包み込んでいた闇が取り払われると、黒の中に紅色が混じった装甲が身体全体を覆っているのが見える。

 これこそが、俺のシンフォギア。

 

「今日は何体狩れるか……なッ!!」

 

 両足に力を込めて、普通の人間では出し得ない速度で走り出す。

 ノイズは人を集中的に襲う習性がある。

 恐らく、さっき逃げていった制服の女の子の方へ行けば、奴らもいるはずだ。

 さぁ、今日は何体殺せるかな?

 

 

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