クリスちゃんが登場するまでは盛り上がりがないかもしれません……
「あったかいもの、どうぞ」
特異災害対策機動部二課のオペレーター、友里あおいさんが、シンフォギアをまとった女の子に、温かい飲み物を渡す。
「あ、あったかいもの、どうも」
女の子はギアを装着したまま、友里さんから飲み物の入ったカップを受け取ると、湯気の立ち上る水面に、ふーっと息をかけて冷まし始める。
俺と翼先輩によるノイズ殲滅戦は、3分22秒で終了した。
施設の破壊という被害は出たが、幸いなことに人的被害は出さずに済んだ。
いや、この表現は間違いか。
正確に言うなら、俺と特異災害対策機動部二課がノイズの出現を検知してからの被害者は0、だ。
どうやらノイズどもはその前にコンビニを襲撃していたらしく、そこでは被害者を出してしまった。
しかもそのコンビニは、俺がもう少しで通りかかる場所にあった。
俺がもう少し早くコンビニの近くを通っていれば、被害はもっと少なくできたはず。
クソッ、ノイズどもがッ!!
「雄輝、悔いているのか?」
隣で特異災害対策機動部の人たちが後処理に追われているのを見つめていた翼先輩が、俺に言葉をかけてきた。
気付けば、俺の両こぶしは固く握りしめられていた。
どうやら、翼先輩に俺の心境を感じ取られたらしい。
「……まぁ、悔いてないと言えば嘘になります。俺が後1分でも早くノイズに遭遇した現場にいれば……」
「気持ちは分かるが、流石にそこは不可抗力だ。ノイズが常に私たち装者の近くに出現するならばともかく、いつどこに現れるか分からない以上、まったく犠牲を出さないというのは不可能に等しい」
「でも、俺はノイズをぶっ殺すことを標榜して特異災害対策機動部二課にいるんです。ノイズをぶっ殺し、愛のような犠牲者を出さないために……」
「ノイズが出るたびに悔いていては、心がもたないぞ。それより、お前が駆けつけた後のあの二人が無事なこと、そちらの方が大切だ」
そう言うと翼先輩は、二人の女の子の方へ視線をむける。
小学生くらいの女の子は、母親とおぼしき女の人と、時おり笑顔を見せながら話している。
一方、リディアンの制服の女の子は、いまだにギアをまとったまま飲み物をゆっくりと飲んでいた。
「ガングニール……」
「え?」
翼先輩がポツリと呟いたその言葉は、感情をむりくり押し殺したような、普段では聞かない感じの言葉だった。
それに、今のガングニールという単語、どこかで聞いたような……。
「……え? うわぁッ!?」
記憶の海の中でその単語を引っ張り出そうとしていたその時、ギアをまとっている女の子の身体が白く輝きだした。
俺は、ギアを解除する時に発生するもの。
だが、女の子は自分の身に起こっている変化に、明らかに戸惑いを見せた。
そして次の瞬間、ギアが完全に解除されて元の制服姿に戻った……のは良かったが、解除にわずかに起こる反動を予想していなかったのか、女の子はバランスを崩して背中から倒れかかる。
「おいおいッ」
翼先輩も動き出そうとしたが、それより一歩俺の方が早かった。
手からすべり落ちたカップの中身までは流石にどうしようもなかったが、なんとか女の子の方は肩を掴んで後ろから押さえることに成功した。
「大丈夫か?」
女の子は慌てて俺の方を振り返ると、わたわたとした感じで深く頭を下げた。
「あ、ありがとうございますッ! えっと、私とあの子を助けてくれた男の人……ですよね?」
「ああ。俺は英賀雄輝、後ろにいるのが……」
「風鳴翼さん、ですよねッ!?」
「流石は有名人な翼先輩、知名度は抜群って訳だ」
「違うんですッ! 私、翼さんに助けられたのは、今日が2回目なんですッ!!」
「……2回目?」
その言葉に、下を向いてなにやら険しい表情を見せていた翼先輩が、驚きの声をあげた。
確かに、同じ人に2度助けられるなんて、しかもそれが有名人の翼先輩とは、確率的には恐ろしく低いはずだ。
なにかこう、運命的なものを感じる人が出てもおかしくはない。
それより俺が気になっているのは、さっきから翼先輩の様子が変だということだ。
どこがどう変とは上手く言えないが、普段と様子が違うことは間違いない。
「あ、自己紹介がまだでした。私は立花響、リディアン音楽院高等科1年生ですッ!」
「じゃあまだ入学したての新入生って訳だ。さっきも名乗ったけど、俺は英賀雄輝。立花の一個年上だ」
「雄輝さん、ですね。よろしくお願いしますッ! ……ところで、どうして同じ高校生なのにスーツなんですか?」
「あ、あーっと……少ししたら話す。それより、出会って早速で申し訳ないんだが、立花には一つ協力してもらいたいことがある」
「協力……ですか? あれ、なんかいつの間にか黒服の人たちがいっぱい……」
そう、俺と立花が話している間に、俺たちの周囲を黒服の男たちが取り囲んでいた。
キョロキョロと左右を見渡す立花に、翼先輩が感情のこもらない、事務的な声をかける。
「……あなたには、特異災害対策機動部二課まで、同行して頂きます」
「ど、同行ッ!? えーっと、あの、それって、『にんいどーこー』ってやつですか?」
「悪いな立花。これは任意同行じゃなくて、強制同行なんだわ。ね、緒川さん?」
俺は非情な現実を立花に告げると、気配を殺して俺たちの横に立っていた『忍者』、緒川慎次さんに確認した。
この人は二課のエージェントで、アーティストである翼先輩のマネージャーでもある。
「ええ、そうなんです。すみませんね」
緒川さんはにこやかな笑顔で謝りながらも、立花の両手に電子ロックの手錠をガッチリとはめ込んだ。
「う、うそおおおおおおおおおおッ!!??」
この夜、立花響の悲鳴が天高く木霊した。
―――
「ようこそーッ!! 特異災害対策機動部二課へッ!!」
「……へ?」
リディアン音楽院の地下深く。
陽の落ちかけているこんな時間に学校を訪れた俺たちは、エレベーターを使って重要区画へとたどり着いた。
そこで待っていたものは……。
「はぁ……」
「流石は司令、準備が早い」
「あはは……」
デカデカと掲げられた「熱烈歓迎 立花響さま」「ようこそ2課へ」の横断幕。
直前に翼先輩は立花に対して、「これから行く場所に、微笑みは必要ない」とかなんとか言っていたが、大人たちは皆満面の笑顔で出迎えてきた。
その光景を目の当たりにして、翼先輩は思わず頭に手を当てて下を向いた。
というか、本当に準備早いなおい。
この横断幕とか完全に手書きだぞ。
それに、自己紹介された俺や翼先輩は別として、なんでここの人たちも立花の名前を知ってるんだ……?
「さーさぁ、笑って笑って? お近づきの印に写真でも撮りましょ?」
そう言って立花の肩を抱き、ツーショット写真を撮ろうとし始めたのは、二課でも随一の天才研究者、櫻井了子女史だ。
……そういえば俺、司令や櫻井女史の忠告を無視して、シンフォギア使ったんだったな。
どこかのタイミングで逃げ出さねーと、面倒なことになりそうだ。
「ま、待ってくださいッ! こんな手錠された姿で写真なんか撮ったら、きっと悲しい思い出として残っちゃいます。それに、皆さんとは初めて会うのに、どうして私の名前を……」
立花が当然の疑問を口にすると、二課の司令塔である風鳴弦十郎司令が答える。
「我々二課の前身組織は、大戦中の特務機関でね。こういった調べ事は、造作もないことなのさ」
「そうなのよー? はいこれ」
「あーッ!? 私のカバンッ!!」
ドヤ顔でさもそれっぽいことを言った司令の隣で、櫻井女史が一つのカバンを立花の方へ差し出した。
……なるほど、中身を確認して生徒手帳あたりでも少し拝借したのか。
そりゃ名前も分かるわけだ。
というか、それって犯罪だよな?
ツッコミを入れたいところだが、変にツッコんで司令と櫻井女史の話の矛先が俺に向くのは避けたいので、ここは黙っておこう。
「……さて、我々が君をここに招いたのはほかでもない、君に協力してもらいたいからだ」
「協力……? あ、ありがとうございます」
緒川さんに手錠を外してもらい、手首をさすりながら立花は司令と櫻井女史と話しはじめた。
「そうだ。君は今日、ノイズの前で特異な力を見せた」
「あのッ、あれ……一体何だったんですか?」
どうやら、本当にシンフォギアを身にまとったことについて、何一つ知らないようだな。
それなら、装者が所有している赤いペンダントも持っていない……?
「そうねぇ……貴女の質問に答えるためには、二つばかりお願いがあるの。一つは、今日のことは誰にも口外しないこと。そしてもう一つは……とりあえず脱いで?」
「な、なんでーーーッ!!??」
もちろん、櫻井女史の言葉はそういう意味じゃない。
いや、この人の場合は何考えてるかイマイチよく分からないから、ひょっとするとそういう意味……やめておこう。
つまり、脱ぐというのは身体を調べさせろ、メディカルチェックのことだ。
恐らく、シンフォギアを使用したことによる身体への影響を調べたいんだろう。
……待てよ、これって俺もヤバいんじゃないか?
よし、三十六計逃げるに如かずだ。
「君もよ雄輝君?」
「ヒッ」
しかし、エレベーターの方へ背を向けた瞬間、少し離れていて手など届かないはずの櫻井女史が、いつの間にか俺の両肩に白い手を置きガッチリと捕らえていた。
あ、終わったわ俺。
「私と弦十郎君の忠告を無視してギアを使ったこと……忘れてないわよね?」
「は、はい、しっかりと覚えております……」
「じゃあ、逃げようなんて考えずに、雄輝君もしっかり脱いでもらうからねー?」
「ぬ、脱ぎます……」
―――
その夜。
俺は夢を見た。
いや、正確にはあの声が聞こえる夢を見た、だ。
『感じる……破壊の時は近い』
誰だ、と問いかけることは、最近では無くなった。
この声の主が誰だか分かっているからだ。
2年前、ノイズどもが突如現れ、ライブ会場を襲撃、その余波で愛が死んだあの日。
空から舞い落ちてきた赤い羽根を掴んだ時に俺に語りかけてきた声だ。
だが、声は覚えているが、夢に出てきたのはかなり久しいことだ。
ここ最近はずっと、鳴りを潜めていたのに……。
「破壊の……時?」
俺は今、完全に暗黒が支配している空間に一人立っていた。
この声が俺に語りかけてくるときは、いつもここだ。
『お前が助けたあの少女……あやつの覚醒が、この世界に闇をもたらす』
「立花が……?」
『だが喜べ。闇は同時に、お前にとっては光でもある』
「どういうことだ?」
『この戦いと破壊の先に、お前の大切な妹を殺したあの虫けらども……それだけではない、さらにその先、諸悪の根源とも言えるものが待っているであろう』
「ッ!? それは、本当かッ!?」
『私もお前に力を貸す。存分に暴れ、存分に殺せ。そして、存分に滅ぼせ』
「ああ……やってやるさッ!!」
俺は、この声の言うことに疑いは持たなかった。
声の主が実際に誰とかは関係ない。
恐らくあの羽根が関係しているんだろうが、シンフォギア関係の細かいことは櫻井女史に任せておけばいい。
ただ、あの羽根、そして俺が『ムア・ガルト』と呼んでいるあのギアは、俺に絶対的な力を与えてくれている。
それだけで十分だった。
この復讐劇に身を投じることこそ、俺が生きている唯一の意味なのだから。