「学園長、それは本当ですか!?」
すでに夜の10時を回った頃、出張から麻帆良学園都市へと帰ってきたタカミチ・T・高畑であったが、突然の呼び出しを受け、今こうして近右衛門と対峙している。
「全て事実じゃ」
近右衛門も出張から帰ったばかりのタカミチと同様、いやそれ以上に疲弊した様子。無理もない、和平を望む組織の長が倒れただけでなく、彼は義理の息子でもあるのだから。
「いいか、タカミチ君。この情報は他言無用じゃ。少なくとも今はな……」
何故、とは言わない。タカミチも詠春ら『紅き翼』と呼ばれる英雄集団と戦争を戦い抜いた猛者である。その経験から大方の理由は察することができるだろう。そしてそのタカミチを信頼しているからこそ近右衛門も彼だけには真実を告げた。
「西の方は今どうなっているのですか?」
「まだ何とも言えんの。おそらくはかなりどたばたしているじゃろう。長が倒れたこともそうじゃが、あそこも一枚岩ではないからの」
関西呪術協会にはいくつかの派閥があり、特に過激派と呼ばれる者達と詠春との折り合いは悪い。この様な状況のため、組織内での情報伝達等も一歩遅れることもあり、現在は混乱を極めているだろう。
「ッ!?」
2人の間を緊張の糸が張りつめている時、再び近右衛門の携帯電話が着信音を発する。今度は近右衛門の娘ではなく、詠春の直属の部下からのようだ。
「何じゃと!? 目撃者が!?」
その言葉に近右衛門だけでなく、タカミチの目も見開かれる。
「そ、そうか……。情報、感謝じゃ、ありがとう……」
しばらく興奮気味に応対していた近右衛門だったが、電話を切る頃にはすっかり疲れ切ってしまった様子だ。
豪奢な椅子に深く腰を落とす老人にタカミチは詰め寄る。
どうやら、過激派の1人が賊を目撃していたらしい。横目に捉えただけだったそうだが、その特徴的な髪の色をしっかりと覚えていたようだ。
「それで、その賊の特徴は!?」
狼狽するタカミチに近右衛門は静かに口を開く。
「白じゃ……」
「何ですって?」
はっきりしない近右衛門にタカミチはさらに問う。
「白髪の、少年のような、あるいは青年のような風貌だったそうじゃ……」
その言葉にタカミチの顔から血の気が引く。そう、彼らには心当たりがある。英雄を超える力を持ち、白い髪を持つ『人間のようなもの』に……。
麻帆良の実力者2人が戦慄しているのと時を同じくして、京都のどことも知れぬ道を1人の少年が歩いていた。
年の頃は12か13、身の丈は160程、深く被ったフードから覗くのは色が抜け落ちたような白い前髪、そして底なし沼のような深く、暗い瞳……。
「足りない……」
嵐の中、独り歩きながら、少年は呟く。吹き荒れる風が大粒の雨と共に少年に叩きつけられるが、少年はそれを意に介せず、ただ自然と歩いて行く。
「こんなものでは、まるで満ちない、満たされない……」
不満のような言葉を漏らす少年だが、それを言い終えた瞬間、自分の歩みを止める。今まで俯き気味だったその顔が前を向く。少年は口を閉ざし、ただ前を見つめていた。
「僕の気配に気付くとは……、やるね、君」
賞賛の言葉と共に、どこからともなく傘をさした少年が現れた。傘の下から覗くのは白い髪、無機質な瞳。見た目だけなら10歳前後の子供のようである。
「見たところ、肉体的にはただの人間のようだけど、君は何者だい?」
肉体的にはただの人間……、しかし気配が違う。ただの人間とは一線を画す存在であることは一目瞭然であった。まるで少年のいる場所だけ深海であるかのような、この嵐の中でも一際温度が低いように感じる。
「……」
人間である少年は答えない。それに痺れを切らしたのか、人間でない少年がさらに言葉を紡ぐ。
「そうだね、まずはこちらから自己紹介といこうか。僕の名前はフェイト・アーウェルンクス。魔法使いとだけ言っておこうか」
「名前などどうでもいい。見たところ、肉体的には人間でないようだけど、あんたは何者だ?」
人間である少年がフェイトの自己紹介に返したのは挑発の言葉だった。フェイトは眉を少し上げ、感心した様子だ。
「へぇ、思った以上にやるようだね。近衛詠春を倒しただけのことはある」
「随分耳が早いじゃないの、フェイトさん?」
「別に呼び捨てでも構わないんだけどね。君と近衛詠春の闘いを見たわけではないけど、それぐらいは知っておかないとね」
会話の内容にさえ目を瞑れば、まるで世間話でもしているかのような穏やかな雰囲気である。
「じゃあ僕はこれで失礼するよ。君の実力のおおよそを掴めただけでも収穫だ」
そう言い残し去ろうとするフェイトだが
「ククク……、何言ってやがる。俺の前に出てきて何もせず帰るだって? 俺はあんたと命の取り合いがしたい……!」
先程と全く同じ雰囲気のまま、少年が言い放った。まるで、命を賭した勝負を日常としているような、そんな歪な印象を受ける。
「今はその時じゃない、君だって分かるだろう?」
「……」
フェイトの言う通り、少年もいまが勝負の場でないことは分かっている。だがそれでも、目の前の相手――フェイト・アーウェルンクスと闘いたいという欲求は大きい。少なくとも、近衛詠春よりは楽しめる、そう少年は確信している。自身が命を賭すに値すると。
「安心しなよ。またいずれ、近いうちに会うことになるよ。君と僕は」
少年も興が削がれた様子で、これ以上の引き留めはしないようだ。
「そういえば、まだ君の名前を聞いていなかったね」
「――」
少年が名を告げると同時に雷鳴が轟く。だが、フェイトの耳にはしっかりとその名が届いていた。
「ではまた会おう、アカギ君」
そう言うと、フェイトは水の転移魔法を使い、消えて行った。
「ククク、楽しみだ……」
アカギは独り呟き、再び歩き始めた。嵐の吹き荒れる闇の中へと……。
主人公の名前に関しては、下の名を描写せず、苗字のみで表そうと思います。