(あれから一週間か……)
刹那がアカギを初めてその目で見た日から既に一週間が経っている。近右衛門に心配するなと言われた刹那だが、それでもアカギのことが頭か離れなかった。それほどまでに刹那にとってアカギの印象は強烈なものであった。
(何か進展はあっただろうか)
この一週間、アカギが木乃香に接触した場面はなかった。しかし、常にアカギの存在を気にしながら木乃香を護衛するのにも、刹那は少し辟易していた。なにより、アカギに気を取られている自分が許せなかった。
しかし、転機は不意に訪れた。
「あ、あれはっ……!」
放課後、木乃香が部活動中であるため、手持無沙汰でとぼとぼと歩いていた刹那の目の前に現れたのはアカギ。この一週間刹那を悩ませ続けたアカギである。
(これは良い機会かもしれない)
思い立ったが吉日、刹那はアカギを尾行することにした。幸いなことに刹那は尾行には慣れている。アカギに気付かれるかもしれないという発想はこのときなかった。
ブレザーは着ていないが、制服姿でこの学園都市を歩くこと自体は何も不思議なことはない。だが、ことアガキに関しては事が違う。刹那の目にはその姿が明らかに異質、この学園という空間から浮いて見えていた。
(やはり、この男には何かある)
後ろからアカギの正体を見破ろうする刹那だが、やはり分からない。
だが、そうこう考えている内にある違和感に気付く。
(ま、まさか……、気づかれたか……!?)
少しずつ、少しずつではあるが、アカギは人通りの少ない道へと進んで行く。それだけなら特に気にも留めないが、今尾行している相手はアカギである。尾行に気付き、こちらを誘っているのかもしれないと疑心暗鬼になる刹那だが、それでも止まらない。
気が付けば既に周りに人気はなく、舗装された道もない、林の中である。この時点でアカギが十中八九自分に気付いていると考えた刹那だが、それでも退くことはできず、距離を十分に取り、息を潜めているだけだった。
と、その時。標的が止まった。アカギがその足を止めた。
刹那の額に汗が浮かぶ。極度の緊張状態に、既にいつも持ち歩いている自身の愛刀を握りしめていた。
「ハァ……、いい加減やめにしようぜ、こんなこと」
瞬間、刹那の全身に衝撃が走った。それこそ物理的に攻撃されたと思わず錯覚しそうになるほどの。
(くっ……! どうする……!?)
ここがそれこそ最後の分岐点だと刹那は確信した。ここで退かねば、その先はない。だがそれでも、刹那は退かなかった。何故かは自分でもわからない。
「いつから、気付いていた……?」
刹那はアカギとの距離を、会話ができるほどまで詰める。その手にはすでに抜身の太刀がある。
「さて、どうだろうね。まぁ、本当の最初は一週間前と言っておこうか」
「まさか……、あの時既に気付いていたというのか……!」
木乃香の護衛中、偶然アカギを視認した時、既に自分の存在に気付かれていたという事実に刹那は驚愕する。
「貴様っ……! 木乃香お嬢様を狙う刺客か!?」
刹那にとっては自分が危機に瀕していても、やはり気にかかるのは木乃香のことだった。
「ククク……、さぁね……?」
それを聞いた瞬間、刹那は自分でも驚くほどの速度でアカギへと近付き、太刀を振り下ろす。
「どうした? そのままいけば俺を殺せるぜ?」
刹那の太刀はそれこそアカギに触れるか触れないかのギリギリで止まっていた。躊躇したのだ。仮にも人の姿をしているものを殺すのに。
刹那は震えていた。目の前の男を殺す覚悟がなかった自分に怒りを感じて、ではない。アカギの異常性に震えていた。
確かに自分はこの男を殺す気で太刀を振り下ろした。少なくともギリギリまでは。しかしアカギは動かなかった。少しの恐れ、震えもなくただ止まっていた。自分の太刀筋が見切られていなかったという考えは刹那にはなかった。この男の顔がそうではないことを物語っている。
(何故だっ……!?)
普通ならば、いやそうでなくとも震えるだろう。自分が死なない、あるいは強固な魔法障壁が張ってあって、刹那の斬撃が自分に届かないと思っているならば別だ。しかしこの男は違う。自分がこのままでは死ぬと分かっていて、眉一つ動かさなかった。それが刹那には理解できなかった。
「ククク、あんたに1つ教えてやる」
太刀がまだ自分の目の前にある状況でアカギは口を開いた。
「何をだ……!?」
「あんたの俺に対する敵意の出所だ……!」
刹那はその言葉に怒りを感じる。そんなものは決まっている。お前が木乃香お嬢様に危害を加える可能性があるからだと。
「さっき言っていた木乃香お嬢様とやらに関係することじゃないぜ……? あんたのその理屈の通じない、理不尽な敵意はもっと別のところから来ている……!」
「き、貴様っ……! なにを世迷言を!」
刹那の手にさらに力が籠る。しかし、怒りと同時にその答えを知りたいとも思ってしまった。
「俺は既にいくつか修羅場を潜り抜けてきた。そしてその過程で、弱い人間は俺に恐怖するということがわかった」
「それがどうしたっ……!」
「あんた、純粋なヒトじゃないだろ……?」
その時、刹那の中で何かが崩れ始めた。自分に関することで、最も人に知られたくない秘密。それをたやすく見抜かれてしまった。
「そしてあんたはヒトに憧れを抱いている……! だから俺が許せないんだっ……! 普通の人間は、人間でありながら、人間的でない俺に恐怖する……! だが、あんたは逆だ。人間に憧れているから、人間でありながら、人間的でない俺に怒りを抱く。何故私が人間でなくて、こいつが人間なんだとっ……!」
アカギの言葉と共に、刹那の全身から力が抜けて行き、ついにはその場に膝をついてしまう。
「結局あんたの怒りは、敵意は、自分の劣等感の裏返し……。そんな三流の怒りじゃ俺が相手をするまでもない……! このままじゃあんたは誰かに殺されるまでもなく自滅する……! 自決するほどの意志もなく、ただ自滅するのみっ……!」
へたり込み、俯く刹那を尻目にアカギはその場を立ち去る。この瞬間、桜咲刹那はアカギに完全に敗北した。闘うことすら叶わずに……。