魔法先生ネギま! ~麻帆良に舞い降りた天才~   作:水槽

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血塗れの歯車

「ううむ……、やはり出てこんか」

 

 複数存在する学園長室の1つ、女子中等部に設置されたその一室で、近右衛門は唸る。

 

(刹那君からアカギについての情報を受けてから、早10日……、その間に収穫がまるでなしとはの……)

 

 近右衛門は知る由もないが、アカギと刹那の邂逅より3日が経っている。自らの豊富なネットワークを駆使し、アカギについて調べていた近右衛門だが、不気味なほどその情報量は少ない。詠春を打ち破るほどの実力者についてここまで裏に関する情報が出てこないとは、異常であると言う他にない。

 

「学園長、失礼します」

 

 放課後になり、近右衛門が物思いに耽っていると、何やら疲れた表情のタカミチが現れた。無理もない。生徒と違い、教師陣は麻帆良の警備に回される頻度が多く、タカミチはその中でも頭一つ以上優秀であるため、その比重はさらに重くなる。

 

「おお、タカミチ君か……」

 

 だが、それは近右衛門にも言えることだった。最も、近右衛門はアカギに関する事案も抱えているためでもあるが、タカミチはその様子を少し不思議がりつつも、自分と同じように疲れているのだろうと特に気には留めなかった。

 

(そろそろ限界かの……)

 

 アカギのことはまだタカミチにも伏せてあるが、それももう限界である。ここが分岐点。タカミチと協力し、アカギに接触する。これ以上泳がせるのは危険だと近右衛門は判断していた。

 

「刹那君のことなんですが」

「なんじゃと?」

 

 刹那と言えば、アカギに関しての情報を最初にくれた人物である。何かあったのかと思い、近右衛門はタカミチに先を促す。

 

「実は一昨日から授業を無断で休んでいるんですよ。彼女の事情に関しては学園長の方が詳しいですし、何か知りませんか?」

「ま、まさか」

 

 近右衛門が行き着くのは最悪の可能性。刹那がアカギと接触した可能性である。

 

(在り得る、十分に……! もっと早くに此方からアカギにコンタクトを図るべきだったか……!)

 

 クラスで何かあったのなら、それこそタカミチ気付いているはず。無断で休むということはやはりかと、近右衛門はとりあえずの結論を下す。

 

「タカミチ君、心して聞くのじゃ。実はな……」

 

 

 

 

 

「あわわわわ、どないしよ……」

 

 和泉亜子は焦り、迷っていた。原因は目の前で行われている卑劣な行為。

 

「いいじゃねぇか、ちょっとくらい。遊びに行くのに金が足りねぇんだよ」

 

 高校生くらいの不良たち4人が気弱そうな少年に絡んでいる。所謂カツアゲというものだ。

 

「そんな……、ちょっとって……」

 

 どうみても少しの金額では済まされない雰囲気である。少年は涙を滲ませながら、最後の、ささやかな抵抗をする。

 

「いいから早く出せや! 教師どもが駆けつけてきたら面倒になるだろうが!」

 

 通りを歩く者達全員に聞こえるような声で不良の1人が怒鳴った。そうでなくとも、その辺りにいる者達はこの状況が目に入っている。通りの端とは言え、目立つ髪色の男たちが少年に絡んでいるのだ。嫌でも目に入る。

 

(だ、だれか……! 助けてあげて……!)

 

 亜子は心の中で必死に叫ぶ。全員が見て見ぬふりをし、歩き去っていく中で、亜子は立ち止っていた。助けることもできず、かといって逃げることもできずに。

 

(そ、そうだ。先生に連絡すれば……!)

 

 平常時ならばすぐ思いつきそうなことだが、人間実際にその場に遭遇してしまうと、中々それを実行するのは難しい。

 

「痛い目にあいてぇようだな!」

(ッ……!)

 

 男が拳を振り上げる。亜子の行動はとてもじゃないが、間に合いそうにない。

 だがその時、亜子の脳裏に自身のクラスメイト達の姿がよぎった。2-Aの皆の姿が。自分とは比べ物にならないほど優秀で、そして強い心を持っている者達。亜子はいつもその陰に隠れるようにしてきた。しかし、自分は脇役でいいと思いつつも、亜子は憧れていた。舞台で主役になれるであろう彼女達に。

 彼女達ならどうするだろうか。そう自問した。答えは既に決まっていた。

 

「やめてください!」

 

 気付けば声を上げていた。自分でもこんな大きな声が出るとは思っていなかったほどに。

 

「あぁ?」

 

 男達が自分の方を向く。8つのギラギラした目がこちらを見つめている。

 

「あ、あぅ……、やめてください……」

 

 亜子は後悔した。舞台に上がり、観客の目がこちらを向いてしまったらもう無理だった。男達の悪意は今自分に向けられている。その悪意を傍目から見ているだけだったらまだよかった。しかし、それが自分に向けられると、もうだめだった。

 

「はっ! てめえが俺達の遊びに付き合ってくれるってんならいいぜ?」

 

 下衆な言葉と笑みと共に、男が亜子の腕を掴む。

 

「い、嫌や! 離して!」

「っ! このアマ……!」

 

 男の握力は強かったが、全身に力を込めて、亜子はそれを振りほどく。だが、それこそ全力で振り払ったため、体勢を崩し、横のビルの壁へと頭をぶつけてしまう。

 

「い、痛い……」

 

 ぶつけたこめかみの辺りを手で触る。ぶつかった衝撃自体は強いものではなかったが、どうやら擦り傷を作ってしまったようで、亜子の手に自身の血が少量ではあるが、付着していた。

 

「あ、あ、あぁ……」

 

 それこそ少量ではあったが、精神が極限状態だったこと、血が苦手であったことも相まって、亜子はその場に倒れ込むように気絶してしまった。

 

 

 

 

 

(どこにでもいるもんだな、ああいうのが3、4人で固まって)

 

 亜子が声を上げる少し前、彼女の後方をゆっくりと歩きながら、先程の状況を笑みを浮かべながら観察していた男がいた。白髪の少年、アカギである。

 

(ククク……、どいつもこいつも見て見ぬふりか)

 

 ほとんどの者が関わらない、傍観者として歩いている。ただ1人、亜子を除いては。

 

(さて、あいつはどうするのかね……)

 

 アカギは亜子の背中を凝視する。ひ弱い、あまりにもひ弱いその背中を。

 

「やめてください!」

(お……?)

 

 勇気を振り絞った亜子の言葉はアカギにもしかと届いていた。弱い者が自分より力の強い者に挑む、その瞬間を確かにアカギは見届けていた。

 

「ふーん……」

 

 だが、それも最初だけ。徐々にその気概が薄れ、ついに亜子は気絶までしてしまった。

 

(やるじゃん)

 

 それでもアカギは亜子を褒め称えた。最後こそ情けなかったものの、彼女は強かった。4人で気弱そうな少年からカツアゲをする不良達、それを1人で止めに入った亜子。どちらが気持ちの面で勝っていたか、強かったかは明白である。最初だけだったが、彼女は自分より力で勝る、それも4人いた不良達に、確かに勝ったのだ。

 

「そこのお兄さん方」

 

 既にすぐ近くまで歩いてきていたアカギは不良達に話しかける。

 

「ここらでやめにしておきませんか? 怪我人も出てしまったことですし」

「あ? んなことで済むと思ってんのか?」

 

 無論、アカギもこれで済まそうなどとは毛ほども思っていない。そして、一歩二歩と不良達い近づいて行く。

 

「あ、あぁ!? やんのか、こら!」

 

 不良達は臨戦態勢に入る。白髪の少年が薄ら笑いを浮かべながら迫ってくれば、そうならざるを得ない。

 アカギは素早い動作で不良の1人の腕を掴む。

 

「て、てめえ……!」

 

 当然、その男は拳を振り上げ、アカギを狙う。

 

「これで手打ちにしませんか……?」

 

 それより早くアカギはポケットから何かを取り出し、男の手へと押し付けた。

 

「は、はぁ?」

 

 男は拳を下げ、逆の手に握られたものを見る。それは札。福澤諭吉の肖像画が印刷された一万円札。それがパッと数えられないほどの枚数握られていた。

 

「へ、へへ……、話が分かるじゃねぇか」

 

 へらへらとしたいやらしい笑みを浮かべそう言うと、不良達はそそくさと走ってどこかへ行ってしまった。アカギはそれを冷え切った目で見送った。

 

「あ、あの……、ありがとうございます」

 

 そう礼を言う気弱そうな少年だが、その顔には誰の目から見ても明らかなほど申し訳なさそうな表情を浮かんでいる。無理もない。自分を助ようとした少女は怪我をし、助けてくれた少年は大金を失ったのだ。

 

「礼ならこの娘に言いなよ。って言いたいところだけど気絶してちゃあしょうがねぇよな」

 

 金を失ったことはたいして気にしていないアカギだが、気絶している少女を見つめ、珍しく困った顔をしていた。

 

 

 

 

 

「何故もっと早く僕に伝えてくれなかったのですか、学園長!」

「す、すまぬ」

 

 アカギの件を一通り説明されたタカミチは珍しく、人に対して声を荒げていた。

 

「わし自身で調べてからタカミチ君に相談するつもりだったんじゃ……、刹那君から話を聞いたとき、その男が怪しいと思ったのはわしの勘だったからの……」

 

 組織の長である以上、ある程度証拠がなければ報告すべきだはないと近右衛門は考えた。さらに、今はいつも以上にどたばたしているため、余計な心配を掛けたくなかったという思いもあり、勘で部下を動かすことはできなかった。

 

「とにかく、今は刹那君に話を聞こう、タカミチ君」

 

 そう言うと、近右衛門は腰を上げた。こればかりは自分の失態である。部下に任せ、自分は椅子に座っているなどできるはずもない。

 

「随分と面白い話をしているじゃないか」

 

 それと同時、扉が乱暴に開かれ、1人の少女が現れた。いや、正確には少女の形をしたものか。

 

「エ、エヴァンジェリン……、どうしてここに……?」

「なに。今日は茶々丸がメンテナンスでいないんでな。たまには貴様と将棋でも打ってやろうと思っただけさ」

 

 足元にも届きそうな長く美しい金髪を揺らしながら、彼女はその碧い瞳で狼狽している近右衛門とタカミチを見据える。

 

「そのアカギとかいう小僧、私に任せてもらおうか。ついでに刹那の方も面倒を見てやる。ああいう奴には私の方が適任だ」

 

 

 

 

 

「ハッ……! こ、ここは?」

 

 冷たいベンチの上で、亜子は目を覚ました。

 

(た、確か、ウチ。血を見て……)

「ああ、起きましたか」

 

 横たわっている亜子に背もたれに手をつき、彼女を覗き込んでいる少年が声をかけてきた。亜子と同じ、色素の薄い髪を持つ少年である。

 

「あ、あの。あなたは?」

「アカギという者です」

 

 アカギの自己紹介を受けながら、亜子は自分のこめかみに手を当てる。だが、痛みはない。いや、傷自体がないのだ。

 

「あ、あれ? ウチ、確かにここを怪我したはずやのに……」

「何のことかわかりませんが、あなたはカツアゲをしているチンピラに立ち向かって気絶したんですよ。よほど怖かったんでしょうね、気絶してしまうなんて……」

 

 アカギの言葉に少し疑念を抱きながらも、亜子は事がどうなったのかが気になった。

 

「あの人たちは?」

「ああ、追っ払いましたよ」

 

 あまりにも涼しげな顔で言うので、亜子は驚いてしまった。体格だけで言えば確実に相手の方が上であり、さらに4人もいたのだから、どう考えてもおかしい。

 

「ククク……、なに、ちょっとばかし金を握らせただけですよ」

「ええ!?」

 

 表情から亜子の疑問を感じ取り、アカギは答えた。しかし、その答えは亜子にとって納得できるものではなかった。血が流れるのは嫌だが、それでもお金で解決するなどと。

 

「あ、あかんやん! そんな、あなたのお金やのに!」

「別にかまいませんよ。それよりもあそこは穏便に済ます方が得策だった。ただそれだけのこと……」

 

 武力で黙らせてもよかったアカギだが、やはり衆目監視の場でそれをするのは躊躇われた。

 

「他に何もなければ俺はこれで失礼しますが、1人で帰れますか?」

「は、はい……」

 

 辺りを見れば少し暗くなっている。2時間ほど気絶していたのだろうか。

 

「あ、あの。ウチは女子中等部の2-A、和泉亜子です」

「では和泉先輩、さようなら」

 

 そう言うと、アカギは帰路を歩き始めた。

 

「後輩だったんか……」

 

 亜子の目にはそうは見えなかったが、正真正銘、アカギは亜子より年下である。

 

(すごい人なんやろうな……)

 

 この極短時間話しただけだが、亜子は自分にはないものをアカギに感じていた。主役に、物語の主人公になれる資質。それこそ、脇役すら舞台の上から叩き落としてしまうかのような強烈な印象だった。

 

(2-Aというと確か古菲とかいうのと同じクラスか)

 

 アカギは歩きながら考える。そうなると必然的に木乃香や明日菜とも同じクラスである可能性が高い。2人のクラスは知らないアカギだが、おそらくそうだろうと踏んでいた。

 

(ということはあの剣士もそうか……)

 

 先日アカギに突っかかってきた未熟だが、才能を感じさせる剣士。名も知らぬ女だが、アカギの記憶には残っていた。

 

(まぁ、俺が考えてもしょうがないことだ)

 

 この時のアカギはまだ知らない。自分を取り巻く環境が急激に動き始めたことを。そして彼女らと同じクラスに籍を置く、麻帆良に住まう最強の吸血鬼、その者との対決が避けられないことを……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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