魔法先生ネギま! ~麻帆良に舞い降りた天才~   作:水槽

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狂気の法

「あ! 亜子、おかえり! どこ行ってたの?」

 

 無事寮への帰還を果たした亜子を待っていたのは、ルームメイトである佐々木まき絵。新体操部に所属する天真爛漫な少女である。

 

「今日はサッカー部休みやったし、マネージャーの仕事もなかったから買い物に行ってたんよ」

「亜子が1人で? 珍しいね」

 

 亜子は自分を弱い人間だと思っている。事実そうだろう。何をするにも友人の同意や後押しを必要としているため、1人で何か行動するのも稀である。

 

「で、何を買ってきたの? 何も持ってないけど」

「え!? あはは……。特に目ぼしいものがなかったんよ」

 

 特定の何かを買おうと思って出かけたわけではなかった。ただの気まぐれで出かけ、適当に店を見て、何か欲しいものがあったら買う。そんな程度でふらふらしていただけだった。

 

「ふぅん、まぁいいや! それよりご飯食べに行こ! 部活で頑張っちゃったからもうお腹ぺこぺこだよ~」

「そやね。ウチもぺこぺこや」

 

 帰ってきたばかりだが、その足ですぐ食堂へ向かおうと、扉を開ける。自室の外に出た亜子の視界の隅に、美しい金色の何かがちらりと入った。

 

「あれ? エヴァンジェリンさんやん。女子寮におるなんて、珍しいなぁ」

「え? 本当だ、珍しいね。あ、でも時々だけど寮の大浴場を使いに来ることもあるみたいだよ」

 

 挨拶をする間もなくすたすたと歩いて行ってしまう。クラスの中でもかなり小柄なエヴァンジェリンだが、その背中にはそうとは思えないほどの貫録を2人に感じさせていた。

 

 

 

 

 

「ここだな……」

 

 エヴァンジェリンはある部屋の前で立ち止まる。入居者の名札プレートには龍宮真名、そして桜咲刹那と書かれている。

 何の遠慮もなくエヴァンジェリンは扉を開けた。どうやら鍵はかかっていなかったようだ。

 

「情けない面だな、桜咲刹那よ」

 

 どかどかと入り込んだ先に見えたのは、部屋の隅で膝を抱えている刹那。その顔からは生気が感じられない。明かりが点いていない暗い部屋の中でも、刹那のいるところだけさらに暗く感じてしまうほどだ。

 

(まったく、忌々しいな)

 

 エヴァンジェリンは今の刹那の表情、そして纏う雰囲気を知っている。それはかつての自分のものと同質であった。自分が吸血鬼であることを受け入れられず、世界を呪った弱い頃の自分。エヴァンジェリンにとっては反吐が出そうなものだたった。

 

「何があった?」

 

 エヴァンジェリンが不愛想に聞くが、刹那は答えない。

 

「では質問を変えよう。アカギという小僧を知っているか?」

 

 その言葉に刹那の表情が動いた。彼女の心に引っ掛かったのはアカギという名前。

 

「どこで、その名前を……?」

「なに、少し盗み聞きしただけだ。もう一度問うぞ。何があった?」

 

 追及は避けられぬと感じたのか、刹那はアカギについての情報を語りだした。その表情には感情が窺い知れない。努めて感情を殺し、刹那は語っていた。

 

「なるほどな。それぐらいのことで、そこまで気分を沈ませるとは、全く以って情けない」

 

 その言葉に、あなたに何が分かると口にしそうだった刹那だが、何とか思いとどまる。彼女は吸血鬼だ。自分よりも人間と相容れない存在。それこそすべて分かっているだろうと刹那は考えた。

 

「ふん。明日土曜日の昼前、11時くらいにここへ来い」

 

 そう言うと、エヴァンジェリンはその行き先が描かれた紙を刹那に投げつけた。

 

「いいものを見せてやる」

 

 不敵に笑い、エヴァンジェリンはその場を去った。

 

 

 

 

 

「ん?」

 

 土曜日の朝、自室で朝食をとろうとしていたアカギの元へ、客人が1人訪れた。

 

「はい」

 

 ノックの音が響いた後、扉を開けたアカギの目に飛び込んできたのは異様な人物だった。そもそも人物と言っていいのかも分からない。

 

「これはこれは、一体何の御用でしょうか?」

 

 目の前にいるのは人形のような、ロボットのようなもの。

 

「絡繰茶々丸と申します。少しお時間よろしいでしょうか?」

「今ちょっと忙しいですね。申し訳ない」

 

 茶々丸の自己紹介と提案を聞いた後、アカギは扉を閉めた。

 だが、その後もノックの音はしつこく続く。

 

「わかりましたよ。ささっと朝食を済ませますから、待っていてください」

 

 そのしつこさに、さすがのアカギも折れたようだ。

 

 

 

 

 

「朝食は何を召し上がったのですか?」

 

 アカギをとある場所へ案内する最中、茶々丸がそう問う。

 

「カップラーメンですよ。あんたが来た時まだ3分経っていなかった」

「もっと栄養のあるものを召し上がった方が良かったと思いますが」

 

 その言葉に少し違和感を覚えたアカギ。

 

「たまにはそういうのを食っておくと、栄養のあるものを食った時のありがたさが大きくなるのさ」

「なるほど。一理ありますね」

 

 そのような会話を続けていると、随分と学園の外れの方まで来ていた。既に周りに人通りはなく、代わりに木々が生い茂っていた。

 

「こちらです」

 

 そこにあったのは簡素だが、落ち着いた佇まいのログハウスだ。

 

「ふーん。趣味が良い家ですね」

「ありがとうございます。私の主も喜ぶでしょう」

(俺に用があるのはその主様って訳か)

 

 ログハウスの中へ通され、そのままの足で地下室へと案内された。茶の1つでも出してくれればいいのにとアカギは思ったが、特に口には出さない。

 

「この中で我が主がお待ちです」

「ククク、なるほど。こいつは面白くなりそうだ」

 

 そこにあるのは水晶のような球状の物体。おそらくこの中には異空間のようなものが広がっているのだろうとアカギは当たりをつけた。その中心にはこの中に広がっているであろう建物を模したミニチュアも浮かんでいる。

 

「それじゃあ、御邪魔させてもらいますよ……」

「ええ、お気をつけて」

 

 茶々丸の意味深な言葉を耳に残し、アカギはその異空間へと足を踏み入れた。

 

 

 

 

 

「ッ!」

 

 そこでアカギが最初に味わったものは、強烈な蹴りであった。それこそ容赦のない、下手をすれば死んでしまうような一撃だ。首を狙ったその蹴りを、アカギは腕を使い防ぐ。

 

「随分待たせてくれたじゃないか、小僧」

 

 アカギが視界に捉えるのは、蹴りを放った張本人。金髪の吸血鬼である。

 

「こんな蹴りを喰らわなければならないほど、遅れたとは思えないが」

「しっかりとガードしていたくせに何を言う。それに外での1時間がここの24時間、つまり1日に相当する。1分遅れるだけでここでは24分待たされることになるんだよ」

 

 外で待っていればいいのにとアカギは思ったが、それを言えば今度は先程以上の攻撃が飛んでくるだろう。

 

「それで吸血鬼が何の用?」

「察しが良いな。その通り、私は吸血鬼の真祖、エヴァンジェリン・A・K・マクダウェル。聞いたことくらいあるだろう?」

 

 闇の福音。悪の魔法使いの代名詞だ。当然アカギもそれくらいは知っている。

 

「人間と仲良くできないから、人形と仲良し小好しってか?」

「無駄口が過ぎるな。これから何をするか分かっているだろうな?」

 

 エヴァンジェリンの言葉にアカギは言葉では答えず、行動で答える。

 ポケットの中から1枚の札を取り出したアカギ。それを見てエヴァンジェリンは感嘆する。

 

「ほう。パクティオーカードのアーティファクト召喚システムだけを流用した護符か。さぞ高値だっただろう」

「なに、安い買い物だったさ。来たれ……」

 

 アカギが呟くと、その手に持つ札が光だし、アカギの武器へと変化する。

 

「何だ。剣士だったのか?」

 

 アカギの右手にあるのは両刃の片手剣。誰でも扱いやすそうな簡素な造りの剣だ。

 

「いや。ただ剣っていうのが武器として分かりやすいものだから使っているだけだ」

 

 剣士でも何でもないと言うアカギを、エヴァンジェリンは観察する。

 

(どうやら魔剣、聖剣の類ではないようだな)

 

 何の変哲もない剣だが、かえってそれがエヴァンジェリンの警戒を強める。

 

「まぁ、これで終わりじゃないぜ……」

 

 そう言うと、アカギは剣の柄に近い刃の部分に親指を押し当て、その指に傷をつける。

 

「ほぉ、血液を介した武器へのエンチャントか」

 

 アカギの親指から流れ出た血液が、剣の刃へと吸収される。まるで剣がそれ飲み干したかのように血液自体は消えていた。

 

(なるほどな。あの剣は武器と言うよりただの受け皿か。奴のほんとうの『武器』はその付与された効果そのもの)

 

 エヴァンジェリンはその豊富な知識と経験からアカギの『武器』の本質を捉える。そして、その答えは正解だった。

 魔法や呪術と血液が切っても切れない関係であることはエヴァンジェリンが自身の存在を以って証明している。強力な契約にも使われる血液は、使い方によっては強力な武器になるだろう。

 

「さぁ、来いこぞ――」

 

 小僧、と言い終えることはできなかった。その前に不測の事態が起きる。エヴァンジェリンの左腕が宙を舞っていた。

 

「な、に……!?」

 

 エヴァンジェリンは後ろを振り返る。自身の鮮血が飛び散り、赤いベールを作っている、その向こう側にアカギは立っていた。先程まで反対側にいたはずのアカギが。それも余裕の表情で、左手をポケットに突っこんで立っている。

 

(どういうことだ!? この私が、実力の半分以下の力しか出せない身とはいえ、全く視認できないなど……!)

 

 エヴァンジェリンは斬られた腕を再生させながら、考える。

 

「一体……!?」

 

 と、言い終えた時、エヴァンジェリンはあることに気が付いた。

 彼の薄皮の下、体内で、相反する2つの力が暴れ回っていることに。

 

「貴様、咸卦法の使い手だな!? だが、何故……!?」

「驚いてばかりだな、吸血鬼。程度が知れる……」

 

 アカギの挑発の言葉にも特に反応せず、ただただエヴァンジェリンは驚いていた。

 咸卦法。本来、相容れないはずの魔力と気という2つの力を融合させ、自身のポテンシャルを飛躍的に高める究極技法。その体得は極めて難易度が高い。

 

「だが咸卦法は魔力と気を融合させ、それを身体の内と外に纏う技法のはず、何故貴様は『外』に纏っていないのだ……!? そもそも融合させるモーションを行う暇もなかったはず……!」

 

 それがエヴァンジェリンが気付かなかった理由。咸卦法の使い手を、それを習得するまでの道のりを見てきた彼女の目を欺いた要因。アカギは身体の外にその力を纏わず、ただ内にのみ宿している。

 

(いや……)

 

 そこでエヴァンジェリンは驚愕の事実に行き着く。

 

「貴様、死にたいのか……?」

 

 魔力と気は相反する。だからこそ、それを無理やり融合させる咸卦法は強力無比なものなのだ。それに使う魔力と気が強ければ強いほど、力は相乗し強くなるが、失敗の代償は大きい。通常ならば身体の内だけでなく外にも纏っているため、失敗しても力が霧散するか、軽い怪我で済む。

 

(だが……)

 

 アカギの咸卦法は通常のそれとは違う。本来身体の外に纏うはずの力を無理やり内へと押しこめている。その全てを自身の『内』にのみ。そもそもが無理矢理な技法である咸卦法をさらに無理矢理なものとしている。

 

「制御を少しでも誤れば、それこそ死ぬかもしれんのだぞ!?」

 

 その上、アカギが咸卦法に使っている魔力と気の量はかなり多い。それはアカギが元々持って生まれた容量。才能である。

 

(少しでも精神が乱れれば、その制御は瞬く間に失われるはずっ……!)

 

 咸卦法は精神を無、平坦なものにすることがなにより鍵となる。

 そしてアカギがその精神を乱し、鍵を落とせば、その圧倒的な力に食い殺される。大怪我どころでは済まないだろう。

 

「腹の中に爆弾を抱えて戦うようなものだ……! 正気の沙汰ではないっ……!」

 

 しかもアカギのそれは外の力がないため、スピードなどの身体能力は、通常の咸卦法とは比べ物にならないほど上がるが、防御力は相当低い。敵の攻撃に対して無防備な状況下でなおその精神は揺れない。

 

「正気の沙汰で買える人生に、興味はない……!」

 

 それがアカギの答え。

 アカギが元々手にしていた才能はかなり高いものだ。それはエヴァンジェリンも感じている。それこそ、順当に成長すれば、肉体のピーク時には英雄と肩を並べられるほどに。失うには惜しい才能だ。

 その才能が一瞬の気の緩みで水泡、無に帰す。だが、アカギにとってはそんなことはどうでもよいことだった。普通の者が喉から手が出るほど欲する才能。それをアカギは簡単に捨てられる。

 

(狂人め……!)

 

 正にその在り方は狂人であった。人間の命の脆さと尊さを知っているエヴァンジェリンにはその在り方は許せないものだ。

 

(狂っている……。しかし、この強靭で、狂気さえ感じる精神力ならば、可能かもしれない)

 

 自然エネルギーを従え、自身の力とする魔力。自身の内から練り上げる生命エネルギーである気。その2つを何のモーションもなく融合させ、本来外に纏う力を内に押し込み、それを制御する。

 

(これほどの精神力……、まったく揺れぬ心。咸卦法とは、そもそもこいつのためにあるものなのかもしれない……)

 

 エヴァンジェリンは恐怖していた。その狂気の沙汰、糸のように細い橋を渡るような行為、それを眉一つ動かさずにこなす、アカギの在り方に。

 

(やはりじじいの勘は正しかったようだな。前線から退いた近衛詠春では相手にならないだろう……)

 

 心のどこかで、どこの馬の骨とも知れぬ小僧が、大戦の英雄を倒したなどという近右衛門の勘を疑っていたエヴァンジェリン。しかし、その勘が正しかったことを痛感していた。

 

(私ですら、全力全開の状態で臨まねば倒せないかもしれない……)

 

 既に切り落とされた左腕は再生しきっているが、今の状態では勝てないことを、エヴァンジェリンは悟っていた。

 

「今回はここでやめておこうぜ」

「は?」

 

 アカギの提案の意味が分からない。今の状態ならばエヴァンジェリンを倒し得るのにそれやめると言うのだ。

 

「あんた、何かの呪いをかけられているんだろ? そんな状態じゃあ俺もつまらない……。命の取り合いはお互いベストコンディションでやるべきだ」

 

 エヴァンジェリンはその言葉に驚きつつも、今までの言葉、行動からアカギの本質を視ようとする。

 

「ふ、ふはははは! 面白いぞ、小僧!」

 

 この男は全力のエヴァンジェリンと戦いたいという。それも魔法史に名を残す伝説級の魔法使いとだ。

 

「それで、ここからはどうやって出るんだ?」

「この中に一度入ると1日、つまり現実で1時間が過ぎるまで外にでることはできん。それに客人も呼んでいるから大人しくしていろ」

 

 どうやらここで1日暇をつぶさなければならないようだ。

 

「誰が来るんだ? 暇なんだ。教えてくれても良いだろ?」

「桜咲刹那。お前が闘わずして負かした女だ。本当は貴様をいたぶってその無様な姿を見せてやろうと思ったんだがな。当てが外れてしまった」

 

 アカギは刹那の情けない顔を思い浮かべる。

 

「案外面倒見がいいんだな。で当てが外れてしまって、その次はどうするんだ?」

 

 アカギの言葉にエヴァンジェリンは頭を抱える。どうやら自分が勝てない相手だとは思っていなかったようだ。

 

「いいぜ、俺があいつを立ち直らせてやる。俺に負ける前、それよりも高く飛び立たせてやる」

「自業自得とは言え、お前も中々面倒見が良さそうじゃないか」

 

 2人とも笑ってはいるが、何かあればすぐ血が流れるようなことになってしまう雰囲気だ。

 

「じゃあ、どこか寛げる場所に移動しようぜ」

 

 アカギがそう言うと、エヴァンジェリンは別荘内部の案内を始めた。

 しかし、2人はそんな状況でも考える。相手の心理や本質を。待ち人が来るまでの間、互いが互いの本質を見極め、倒す方法を模索する、壮絶な腹の探り合い。2人の対決の第二幕が始まろうとしていた。

 

 

 

 

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