その時、ザンクは今まで感じたことのない経験をしていた。
体の麻痺、幻覚、そんなチャチなものでは断じてなかった。
世界が、ひっくり返ったのだ。
「……複数の帝具持ちだと!?」
「ニヒヒヒ、この程度の弾幕でくたばってくれるなよ?」
それだけではない。
正邪から放たれる無数の弾幕はバラバラに放たれるが、どれもしっかりと観察すれば回避が可能なものだった。
だが、それは左右の感覚が正常であるならばの話だ。
左に動こうとすれば右に動き、右に動こうとすれば左に動くという事態にザンクは対応出来ないでいた。
「おらどうした。こっちに来ないのか?」
「……ッ、いいや、その能力には時間制限があるのだろう?」
「……ちっ、読まれてたか」
ザンクはただ逃げていたわけではない。
正邪が時間を気にしていることを読んでいたのだ。
そこから時間制限があることを察し、避けることに専念した。
「それだけ強力な帝具だ。もう一度使うのにどれだけ時間を要するのかな?」
スペクテッドで心を読む。
しかし、正邪は心の中は「誰が教えるかよバーカ」としか思っていなかった。
「……心を読まれることに慣れている? いや、そんなはずはない……」
「ふっ、動揺しているな?」
正邪の発動していた弾幕が止み、体が自由に動く。
どうやら、時間が切れたようだ。
「っ、この一瞬を狙うしかない……!」
ザンクは一切の油断もなく、未来視を使い、正邪の次の行動を見る。
正邪の動きには何も見えない。
「……お前は妙な技ばかり使うからな……奥の手をつかわせてもらう!!」
正邪は動こうとはしなかった。
どんな手も、今の正邪には効かないと慢心していたのだ。
スペクテッドの奥の手はその慢心を消す行為だと、ザンクは知らなかった。
■ ■
「……そういうことも出来るのか」
正邪の前に現れたのは針妙丸だった。
さとり妖怪はトラウマを呼び起こすことが出来るという話は知っていた為、こういうことは可能なのだろうと納得する。
小槌の魔力を使い、針妙丸を一気に殴りつける。
「……なにぃ!?」
「強者の匂いがしたが、私の勘違いだったか?」
ザンクは寸前のところで回避し、距離をとる。
仕留め損なったと正邪は舌打ちをした。
「ふん、そんな手に引っかかるほど私は甘くねえよ」
「なぜ……一番大切な者が見えたはずだ……」
その言葉に、先程までの笑が消える。
過去にあった人物の姿を、トラウマを映し出すといえば納得できた。
しかし、ザンクの能力は大切な者が見えるというものだった。
それはつまり、正邪は少名針妙丸のことを大切だと――。
「……違う!!」
陰陽玉で背後に移動し、短刀を手にする。
「……ほう、急に動きが乱れたな」
「それ以上喋るな……!」
短刀が首筋に近付いたところで弾かれ、逆に腹部を斬られてしまう。
「くっ……!?」
小槌の魔力で回復しながら次の攻撃の手を考える。
しかし、冷静さが欠けていた正邪の心は安易に読むことが出来ていた。
「愉快愉快。やっぱりお前も大切な者は斬れないよなぁ?」
「違う! あいつが大切な奴なわけ……」
「正邪! 近付きすぎだ!!」
正邪とザンクの間を割って入るかのように二人の男が現れる。
「ブラートとイエヤスか……。邪魔するな、こいつは私の目標だ」
「その傷じゃまともに動けねえだろ!!」
ブラートが無言で頷き、ザンクを見据えている。
その姿で、正邪も冷静になる。
だが、冷静になったからといってザンクを取られるわけにはいかなかった。
「……落ち着いた。もうヘマはしない」
再びスペルカードを手にし、宣言する。
「逆矢「天壌夢矢」」
背後から襲う矢にザンクは仕留められる。
この世界ではスペルカードが適用される為の結界などは存在しないため、当たれば死ぬ時は死ぬ。
「声すら出せない間に殺してやる」
天壌夢矢は的確に頭を狙い、ザンクは即座に回避する。
次にザンクの反撃が行われる。
「いいや、これで終いだ」
……が、正邪に突き刺された短刀のナイフで動きが止まる。
「どうだ? 村雨の呪いは苦しいだろ」
ザンクの剣を砕き、手に取る。
それを躊躇なく頭に突き刺し、一気にトドメをさした。
「スペクテッドは回収する。道具は多い方が……」
ふと思い出した。
あの時見えた針妙丸の姿を。
「……関係ない。私は、私の理想郷を作るために戦う」
首斬りザンク、死亡。
殺されたというのに、その口は何故か笑っているような気がした。