「来い、その正義へし折ってやるよ」
銃弾による出血は既になくなり、何事もなかったかのように平然と立つ。
だが、セリューにとってそれはただの痩せ我慢だと勘違いしていた。
「ふん、その傷でどこまで動けるか……!」
帝具ヘカトンケイルが巨大化し、こちらに襲いかかる。
「コロ! まずは一人!!」
ヘカトンケイルが口を広げて正邪に飛び込む。
「……ひっくり返れ!」
瞬間、ヘカトンケイルは前に進まず後ろに下がっていく。
前と後ろをひっくり返したのだ。
「コロ!? ……一体何を!!」
「ひっくり返してやったのさ!」
小槌の魔力を使い、ヘカトンケイルの周りに魔力を送る。
「そして、その帝具を利用する! そいつを殺せ、ヘカトンケイル!!」
「……ギュ……!」
ヘカトンケイルはこちらではなくセリューに向かって歩き始める。
ヘカトンケイルの怒りが正邪に流れ込むが、お構いなしに魔力を送り続ける。
「な、なんて……バカでかい声を……ッ、生物型の帝具はこんなに魔力を使うのか……!!」
「隊長たちだけに飽き足らず、コロまで私から奪うつもりか……ナイトレイドォォォ!!!!」
セリューがこちらに拳銃を突きつけるが、シェーレが一撃で両腕を切り落とす。
「……余計な心配だ。弾丸程度で死ぬほど柔くはない」
「普通ニ、三発も撃たれたら死ぬと思いますけどね」
両腕を失ったセリューはなにも出来ない。
そう思っていた。だからこそ正邪は気付かなかった。
「まだだ……正義は……勝つ……!!」
両腕は銃が埋め込まれていた。おそらく人体改造の結果なのだろう。
しかし、それを使う様子は全く見られなかった。
「先ずはその変な術を使うお前からだ!! コロ、
ヘカトンケイルが更に姿を変える。
その叫びに誰もが耳を塞いだ。
「くっ……こ、これは……!!?」
同時に、正邪の制御元からヘカトンケイルが離れた。
「バカな! かなり消耗していたとはいえ小槌の力を振り払うだと!?」
更に、正邪の魔力切れが近く、自由に身動きが取れずにいた。
その隙を見逃してくれるはずがなかった。
「握りつぶせェェェェ!!!!」
ヘカトンケイルに持ち上げられ、正邪の体が悲鳴を上げる。
その力は、手加減している鬼の力と同等とも言えた。
「うっ……こ、ここまで……なのか……」
正邪はここで握りつぶされて死ぬのだと、実感を……
「……んなわけねえだろ!!」
することはなかった。
正邪の体が消え、ヘカトンケイルの手に残ったのは地蔵だった。
「……なに!?」
「身代わり地蔵、の劣化版だ。とはいえ、私も使える魔力がかなり僅かだ」
ヘカトンケイルが正邪を狙うが、動こうとはしない。いや、動くことが出来なかった。
「……界断糸。とっておきの一本だ」
見れば、ヘカトンケイルはクローステールの糸で巻き付けられ、動けるはずがなかった。
「……今までピンチになることすらなかったけど、これは久々にいいピンチね」
マインのパンプキンが構えられる。
狙いは勿論、セリュー・ユビキタスだ。
「私とシェーレなら確かに手こずったわね。でも、正邪一人にかなりの力を使ったのは愚策だったわね……!」
マインの一撃が、セリューに放たれる。
目の前にはセリューの姿はなく、ヘカトンケイルはセリューを探しに行ったのかどこかへ消えてしまった。
「……ヘカトンケイルの回収は無理だな。追いかければ他の警備隊に見つかりかねない」
「でも、それってまたヘカトンケイルと戦うことになるかもしれないってことでしょ?」
ナイトレイドは生物型帝具の恐ろしさを知った。
だが、本当に恐ろしいのはここからであった。
「……っ!!!?」
一瞬、正邪に悪寒が走る。
何かと振り返るが、そこにはなにもない。
「……どうしたの?」
「い、いや……。何でもない」
正邪たちは即座に帝都から去った。
それとほぼ入れ替えにというべきか、奴はやって来た。
「――一体どこに消えたというのだ、あの女は」
彼女は一人の人間を探していた。
それはかつて戦った強敵だった。
「まさか、どこかで野垂れ死んだ。とかではあるまいな……?」
今、帝都に一人の最凶が帰還した。
「必ず探し出して拷問してやるぞ、鬼人正邪」
エスデス将軍の瞳にはたった一人の天邪鬼の姿しか見えていなかった。