盗人からお金を守りきったことはかなり幸をそうしたといっても過言ではなかった。
「おお……!!」
少し値段の張る宿だったが、そこが思っていた以上に綺麗だったのだ。
輝針城と比べると可哀想だが、それでも泊まってよかったか思えるほどには綺麗だった。
「こいつはいい! もう何日も布団で寝てなかったんだ!!」
更に、それはふかふかのベッドだった。
ベッドというものを一度も体験したことのなかった正邪は無邪気な子供のように飛んだり跳ねたりしていた。
「……っと、その前にやることあったや」
ベッドから起き上がると服を脱ぎ始める。
そして、様々な道具の入った袋の中から針と布を取り出す。
「……姫さまから教わって正解だったな。いつまでもボロボロの服なんか着てられるか」
正邪はかなり器用な方だった。
破れていた箇所を難なく縫い終えるとかなり汚れていた為、風呂場で洗い、乾かす。
ここまでゆっくりとしたのは輝針城で力を蓄えていた頃以来だろうと物思いにふけていた。
「さて、タツミのところに行くか」
かなりの休息が取れていた正邪は自室を後にし、隣のタツミがいる部屋に向かう。
この場所のことを詳しく知るためにタツミから話を聞きに行くのだ。
「おーい、入るぞ」
……返事がない。
試しに二度ノックをし、扉を開けると中には誰もいなかった。
「鍵もしないとは不要人だな。私なら家の中のもん盗んでいくぞ……」
しかし、盗むものもなければ盗む必要もないので仕方なく部屋で待つ。
前々から感じていたが、ここはおそらく外の世界というより、異世界なのだろう。
この世界にはビルというものもなければ全員の服装が守矢で盗み聞きしたものと全く異なる。
さらに極めつけはあの妖怪共だ。
あんな妖怪は見たこともなければ聞いたこともなかった。
「ったく、これもあのスキマ妖怪の仕業か?」
八雲紫。
妖怪の賢者である彼女でさえ遂には正邪を捕らえることは出来なかった。
そこで八雲紫は幻想郷から追放という形をとったのかもしれないと考えられる。
「はっ、考えられない話じゃないな」
この予想が当たっていたとすれば幻想郷に戻れる可能性はかなりゼロに近い。
しかし、必ず戻らないといけない。
このままこの場所で過ごしてしまうのは逃げてしまったのと変わらないではないか。
世界をひっくり返す。それだけは何としてでも成功させる。
「……しっかし、遅いな」
全ての荷物を置いているのに剣だけは所持していることを様々なことが考えられた。
「何にしても、きな臭いな」
正邪本人には力がない。
タツミレベルの人間が倒されるとなると節約はしながらでも道具を使わざるをえない。
そんなのをわざわざ相手にしてまでタツミを助ける気はなく、見捨てるのが妥当だろう。
■ ■
「……たしか、こっちに向かって……」
タツミは走っていた。
正邪には悪いと思ったが一声かけているうちにいなくなってしまいそうな気がしてとにかく走った。
「っ、下にいたのは確かにサヨとイエヤスだった……!」
呆れた顔をしたサヨに何かを笑いながら話すイエヤスの姿を見たのだ。
必死に走り続け、倒れている悪そうな人間を目印に前に進む。
「……今日はここで野宿して明日タツミを探しましょ」
「そうだな。タツミのことだし、俺たちより先に着いてても仕官出来なくて困ってそうだけどな」
いた。橋の近くにサヨとイエヤスがいた。
「――サヨ! イエヤス!!」
別に心配しているわけではないと思っていたが、実際に彼らに会ってみると涙腺が緩んだ。
いくら彼らが強いからといっても、やはり心配だったのだ。
「……タツミ?」
「おぉ! やっぱタツミも来てたのか!!」
三人は心の底から再開を喜んだ。
サヨとイエヤスもそれぞれ多少はあれから金を集めていた為、タツミの持ち分と合わせて同じ宿に泊まることになった。
「……げっ、急ぎすぎて閉めるの忘れてたか」
「ちょっと、それじゃあ何か盗られてたりしてるんじゃないの!?」
サヨが少しは気をつけなさいとタツミを叱る。
それが妙に嬉しかった。
「うっ……昼に正邪にも言われたばかりなんだけどな……」
「「……正邪?」」
二人は知らない人物の名前にハテナを浮かべた。
一先ず部屋に入ってから説明しようと中に入る。
そこには
「……え」
下着姿の
「……タツミ、お前……」
「……」
正邪が
「んっ、帰ってきたのか?」
ベッドで横になっていた。
……タツミの意識が飛んだのはその数秒後である。
「っててて……なんでこんなことに……」
「ご、ごめん! てっきり帝都に来て早々あんなことやこんなことしてるとばかり!」
「ま、タツミにそんな度胸はねーよな。ビックリしたぜ」
知らぬ間に人が増えたことに面倒そうにしながらも、正邪は下着姿で男の部屋に入ることはおかしいことを覚えた。
しかし、それは反省の意味ではなく、今後人をからかう時に使えるという意味だ。
「……それにしても、あんた正邪っていうのか」
「あぁ、色々あってタツミと一緒に行動してるさ」
「まさかもう一度貴女に会うなんてね」
もう一度という言葉に反応する。
正邪は二人に会った覚えなどなかった。
「ちょっと待て、私はいつお前たちに会った?」
「え、覚えてなかったの!?」
「ほら、夜盗に襲われてた時に助けてくれただろ!」
そう二人は話すが、そもそも襲われた回数が多すぎる上に全員弱かった為、一々覚えてはいなかった。
「……とにかくあの時は助かった。あの後礼でも言おうと思ったけど、速いしあのままだと帝都から遠ざかるってサヨが言うから言えなかったんだ」
助けるつもりもなく、ただ自分が助かるために目の前の敵を倒していたのが誰かの助けになっていた。
そう考えると正邪はかなり気分を悪くした。
(……ま、その分駒としてしっかりと利用させてもらうか)
それでもここはそう考えて割り切るようにした。