そう思っていた。けどそいつはいた。背後に居たんだ。
ずっと機をうかがっていた。
課金上限という悪魔が。
小鳥が囀り、朝日が窓から差し込む。その眩しさに氷川日菜は目を覚ました。ベッドから上半身を上げると気持ちよさそうに伸びをする。
「ん~♪」
う~ん!よく寝たぁ!!――昨日はいろんなことがあったなぁ…。
昨日起きたあの薬の一連で日菜と紗夜の関係は少しばかり進展?といったほうがいいのかわからないがよくなった気がする。
そうだ、リサちーに電話しとかなきゃ。バンドの誰か一人でも事情知っとかなきゃ面倒くさいことになるしね~。
そう思いながら日菜は携帯のコールボタンを押す。プルプルと軽快な音を立てるとわずか数コールで目的の人物が出る。
「ん…日菜…どうしたの…?」
「あ、おはようリサちー!朝からごめんね?」
「ほんとよ…、今何時だと思って…」
「朝の6時!!」
「そこまで清々しいと逆に怒りづらいよ…」
いやぁ、やっぱりこの時間はリサちー寝てたかぁ。
まぁ、今は夏休みだし別にいいよね?早寝早起きは体にいいし。けど、どう切り出そうか…。ん~、よし!
「リサちー!」
「ちょ!?いきなり大声出さないでよ!!で、何?」
「お姉ちゃんと喧嘩した!!」
「あぁー、はいはい。―――はい?」
「喧嘩した…」
「いや、言い方とかよく聞こえなかったとかそういう問題じゃないかなぁ…。何があったの?」
流石はリサちー。すぐに相談乗ってくれる当たり流石は皆のお姉さん。
「実は――」
そして、日菜は全てを話した。昨日、変な店で変な薬見つけてそれで起こった変な出来事すべてを。
「つまり、今紗夜は本音を口に出しちゃうってこと?けど、なんでそれで喧嘩に?日菜の事だから上手く誤魔化しただろうし」
「あはは~、それがお姉ちゃんにバレちゃって」
「――あぁ、なんかもう頭痛くなってきた…」
「そう、あれはね今から大体17時間ぐらい前のことなんだけど」
「長くなる?」
「ちょっとだけ」
あれ、リサちーが携帯の画面越しにため息ついたのかな?雰囲気が明らかに気怠い感じが漂って…。
まぁ、そんなことは関係なしに喋るんだけどね。
■■■
「――どうしたの、日菜。何が私もなの?」
両親から預かった伝言を日菜に伝えようと戻ってみたら日菜が泣いていたわ。流石にあの冗談という嘘はやりすぎちゃったかしら…。
「お姉ちゃん、私もお姉ちゃんが大好きだよ」
「ッ!?」
日菜は何を言っているの?私は好きといったことは誤魔化した。いえ、疲労で間違って口走ってしまったことを隠そうとして…。
日菜は、何か知っている――?私の口走りは人為的に起こされたと知りうる何かを。
待ちなさい、氷川紗夜。考えて、あの時吟味した可能性全てを。0に近く切り捨てた可能性も。わかりきった可能性を。
そこでハッとなる。一つだけ。
ありえないかもしれない、だから即刻切り捨てた可能性。
「あの、瓶の粉なの…?」
「うん…。あ」
「ううん!お姉ちゃんいきなりどうしたの?瓶の粉?私、ちょっとよくわからな」
「誤魔化さないで」
日菜は誤魔化そうとしたけどもう明らかに遅いわよ。そう、あの粉に何か秘密があるのね。
「んとね―――」
日菜はポツリポツリとその時の状況を紗夜に話していった。
「つまり今の私は制限があるけれども本音を喋ってしまうってこと?」
私が訊いた話は信じられないことだった。○○駅の近くにある店?そんなものは断じてない。その駅に私たちRoseliaの練習場所があるからあそこの店は大体理解している。だからこそ断言できる。あと、その粉の作用も。まるで自白剤じゃない。
「まったく過ぎてしまったことはしょうがないわね…」
そう、日菜の話を聞く限り非はない。寧ろ零してしまった私のほうが悪いかも知れない。
「許してくれるの!?」
「えぇ、けど次からはそんな怪しい店に入らないで頂戴。ただでさえ貴方は可愛いのだから変な店に入って恐ろしいことに手を出されたら嫌だもの」
「か、かわっ!?」
――なるほど、こういうことね。勝手に口が動くというのがこんなにも嫌だとは思ってもみなかったわ。
え、じゃあちょっと待って。
『私は日菜のことが好きだから』
あっ、あれが私の『本音』だと日菜は気付いて――ッ!?
なら、言うしかないわね。私の想いを。
「日菜なら気付いているかもしれないけど確かに私は貴方を嫌っていないわ。寧ろ、好きと言っても過言ではない」
「―――」
「けど、私は貴方が好きであるから、天才である貴方にどう接していいかわからない…。不器用で平凡で、そんな私は日菜に劣等感を抱いて当たってしまっていた。情けないわよね、私は貴方のお姉ちゃんのなのに」
「そんなことない!お姉ちゃんは情けなくないよ!!誰よりも努力して、誰よりも強くて、誰よりも優しくて…。そんなお姉ちゃんが情けないなんて絶対ない!私はお姉ちゃんがいたからここまで来れたの!」
「日菜…」
「だから、お姉ちゃん。自分を情けないだなんて言わないで…」
日菜がまさかここまで私を思ってくれていたなんて…。いけないわね、涙が出そう。
想いがあるならそれに答えなくちゃいけない。
なら、もう一歩踏み出してみようかしら。階段を上がるようにゆっくりと。
「――ごめんなさい、私は今まで通りにしかこれからも接することは出来ない。一種の戒めなのかしらね、ギターを上手くなるためには何故か不可欠なことだと私が認識してしまっている。優しくなってしまったらここで止まってしまうかもしれない。そんな気がするの」
「うん、大丈夫。わかってる」
日菜が悲しそうな顔をする。本当にごめんなさい。まだしっかりと向き合えるほど私は強くないの。
けれど、『切っ掛け』は得た。
紗夜はゆっくりと歩き日菜の前に立つ。そして、ゆっくりと顔を近づけた。
コツン。
額と額が重なった音がした。
「だから、待っていて日菜。私は絶対貴方に追いついて見せる。そうしたら心から語り合いましょう。そして一緒に笑って、たまには喧嘩して、そういう普通の姉妹に――日菜?」
紗夜が最後まで言い終わる前に日菜が抱き着いた。
「うん!うん!!」
日菜、そこまで嬉しそうな声を出さないで頂戴…。私の決心が揺らいでしまうわ…。
けど、こうやって日菜の頭を撫でていると昔を思い出すわね。
ふふっ、まったく日菜は昔から
「甘えん坊さんなんだから」
■■■
「――ということが合ってね!」
「それ本当に紗夜?話を聞く限り別人じゃん。というか喧嘩してないよね??」
「――ほんとだ!!」
「お休み、日菜」
ちょ!リサちー電話切ろうとしているよね今!!
「ちょっと待ってリサちー!!」
「朝からノロケ話聞かされてるこっちの身にもなってよ!――あっ、ごめん友希那。起こしちゃった?」
ちょっと待って。今リサちーお泊り会しているの?というか、もしかしてこれって…
「ちょ、ちょっと日菜!」
あ、あれいきなりリサちーが慌て始めた!?
何かあったのかな?
「どうしたの?」
「ゆ、友希那が寝ぼけてにゃーんって言いながら私の胸元に!!ねぇ、どうすればいいの!?」
「じゃあ、リサちー。そういうことだからよろしくねー」
ピッ。と日菜は躊躇なく通話終了ボタンを押す。伝えたいことは伝えておいたし案の定リサちーも壊れたし。
「はぁ、全く。こっちは真剣な話しているのにノロケ話聞く羽目になりそうだったよ…」
ナレーションがいたらこういうだろう。
『それをお前が言うな』と。
■■■
拝啓、お父さん、お母さん、私氷川紗夜は絶賛悶えております。ベッドの上で。それはもう激しく。
なぜあんなことをしてしまったのかしら…。額を合わせる必要なんてどこにもなかったじゃない!!!
羞恥心で死んでしまいそうです…。
あのあと話し合って今井さんだけには教えることになったけど本当に大丈夫かしら。
ちなみに。
湊さん→「練習に影響が出そうね…しばらく休みにするわ」
あの人ならやりかねい。私のせいでバンド全体に迷惑をかけるなんて絶対いやだわ。
あこさん→「紗夜さんって今本音を言っちゃうんですか?―――あ」
あこさんはすぐに口に出しそうね。
白金さん→「ぁ…あの…」
せめて何かを喋ってください。
ということで消去法で一番まともな今井さんになったのだけれど…。日菜は上手く伝えてくれたかしら。
はぁ…。日菜と顔を合わせづらいわね…。
今日はバンドの練習もありますしそろそろ準備しましょうか――あら、これは?
紗夜が準備しようと立ち上がるとギターケースからはみ出したチラシに気が付いた。
「そういえばこの前ここでライブがあるから勧められたわね…」
チラシにはバンドのライブ情報。小さい規模だがそこそこ有名な、知人も所属するバンドも出ている。Roseliaはその日は別の場所でのライブがあるため辞退したが。
出演バンド名を眺めていくと下のほうに無視できないバンド名があった。
―――ィ―タイム ⑩Pastel Palettes ⑪リヤン・ド・ファ―――
日菜の所属するバンドの名前がそこにあった。
パスパレ前後のバンド名?あぁ、元ネタアリだよこんちくしょう!!!!!!!!