ご注文は「残されたわずかな時間」ですか? 作:らんちぼっくす。/ヘスの法則
それではどうぞ。
ちなみに、今回からside形式を試験的にストップしてます。
その辺の意見を頂けると嬉しいです。
「親父、話ってまだか?」
「もう少し待て、そろそろアイツも来るはずだ。」
食事を終え、テーブルが片付いてから、リゼがそう聞くと、理央は低い声で返した。
「アイツ?」
リゼが首を傾げると、今度は理久が答えた。
「総隊長だよ。さっき呼んだんだ。」
「ああ、アルドミーさんか。そういえば最近会ってなかったなぁ。」
言いながらリゼは、あの強面のスキンヘッドを目に浮かべていた。
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四年前、戦場から理央宛に届いた手紙を、リゼはよく覚えていた。
差出人は「ファビオ・アルドミー」。誰だと聞くと、軍の総隊長だと知らされ、リゼは大層驚いていた。
一体何の話なのかと、張り詰めた表情で手紙を読む理央をドキドキしながら見ていると、しばらくしてから理央は呆然とした表情になった。あまりに不安になり、どうしたのかとリゼが聞くと、ゆっくり教えてくれた。
「…どうやら総本部が襲撃に遭って、ファビオは戦闘不能の怪我を負ったそうだ。それで、総隊長が交代になった。」
「交代?誰に?」
リゼがそう聞くと、理央は重たい声で言った。
「…理久だ。」
「え?」
「理久が新しい総隊長になった。つまり、軍事責任は全て、あいつが負うことになる。」
「…うそ……兄さんが…?」
兄が軍の総隊長になった。
それだけでリゼには、消しようのない絶望感を孕んでいるように聞こえた。
いや、理久が戦場で戦い続けているということは、理解していた。
でもそれはリゼにとって、どこか平和と大差ない世界のように思えていて、実際に兄がいなくなってしまうかもしれないという不安は、これまで強く感じたことがなかったのだ。
しかし、総隊長ともなれば、嫌でもその重みがわかってしまう。
軍を一番上から動かすということ。
それがどれほどの責任を負うのか、どれほどの覚悟を要するのかは、『人の上に立て』を家訓とする我が家で育ってきた、そして父の総隊長としての過去を知るリゼにとって、想像に難くなかったのである。
(……兄さん………)
リゼの胸中に漠然とした不安がこみ上げた。
もう理久は、自分の知っているところにはいないのかもしれない、そう思った。
「ファビオはどうやら、この街の病院に搬送されたらしい。詳しくはそこで話す、だそうだ。
…おそらくもう運び込まれただろうから、会いにいく。
リゼ、お前も来い。理久が関わっていることだ。」
「…うん」
不安で潰されそうな心を抑えながら、リゼは父の言葉に頷くのだった。
病院に着くと、消毒液の強い香りが香ってきて、リゼは思わず顔をしかめた。
しかし、普段ほどそれを気にする余裕もなく、理央の袖を少し強く握って廊下を進んだ。
しばらくして、理央が一つの病室の前で立ち止まる。
軽いノックの後、ドアを開ける。
「久しぶりだな、ファビオ。」
「…ああ、電話をちょうど今入れようとしてたんですが、先に着かれてしまいましたか。
お久しぶりです、隊長。」
父の挨拶に低く返した、その声の主の姿を見た瞬間、リゼは息を飲んだ。
顔にも、腕にも、服が少しずれて露になった胸元にも。
そこにはあまりに生々しい、大きな傷が群がっていたからだ。
「もう隊長と呼ぶのはよせ。そう呼ばれるには、あまりに俺は老兵だ。」
「ハハ、違いない。俺も衰えましたからな。でなきゃ、こんな傷は負わなかったろうに。
…ところで、そのお嬢さんは?」
ファビオは、青ざめたリゼに目を向けた。
突然こちらに向けられた厳つい顔に、リゼは思わずたじろぐ。
「おお、そうだ。紹介しないとな。コイツが娘のリゼだ。
ほら、リゼ。」
理央に挨拶するよう促され、リゼはぎこちなく頭を下げた。
そんな様子を見て、ファビオはにこやかに笑った。
「なるほど、娘さんでしたか。
よろしく、リゼ君。」
ファビオが手を差し出してくる。
リゼは、震える手でその手を握った。
その時のファビオの手は、ざらついていて、ゴツゴツしていた。
リゼはそれを感じた瞬間、身体がこわばった。
違う。この手は兄さんとは違う。
傷ついて傷ついて、それでも使い抜いた、戦場の何たるかを語るような手だ。
いつも自分の手を握ってくれた兄の優しい手とは違う。
硬く、怖い手だ。
(…兄さんの手も)
いつか、こうなってしまうのだろうか。
人の上に立って少しもすれば、傷つけ傷つけられ、別人のように成り果てた兄になってしまうのだろうか。
「…隊長さんッ!」
そう思った瞬間、リゼの胸中で思いがこみ上げてきて、思わず叫んだ。
突然上げた大声にファビオも驚いていたが、リゼはそれに構わず、続けた。
「兄は…兄は、いなくなってしまいませんか!?」
一度声に出すと、止まらなかった。
湧き出す不安や恐れの全てが、口をついて飛び出す。
「私、怖いんです…兄が総隊長なんて立場に立ったら、兄が兄ではなくなってしまうんじゃないかって…
私の知っている兄は、戦場で死んでしまうんじゃないかって…!」
自然と大粒の涙が落ちる。
リゼにはそれを拭うことすらままならなかった。
「私は…どうしたらいいんですか…?兄さんにはもうどこにも行って欲しくない…変わって欲しくないんです……!」
「………」
顔を覆い、泣くばかりのリゼを、ファビオはしばらく黙って見つめていたが、やがてまた微笑み、リゼの頭に優しく手を置いた。
「…確かに、『ワイルドギース』という兵士が今受けている傷は、生半可なものじゃないだろう。
傷つけられて、仲間を殺され、自分もまた人を殺している。それに加えて、今後は軍の存亡すらも背負うことになる。身も心もガタガタになっているだろう。」
言いながら、置いた手に少しだけ力を入れて、リゼの小さい頭を撫でる。
「でもな、その中にいる『天々座 理久』という人間は、確かに成長してるんだ。ずっと強く。
それは腕っ節なんかじゃなく、自分を捨てない心の強さだ。自分が『生きる』ための強さだ。その彼の強さを、俺は買ったのさ。」
「…わかりません。」
「ああ、今はわからなくていい。それでも、あいつの心の強さは本物だ。それを信じてやってくれ。
君みたいな素敵なお嬢さんを置いて、あいつが自分を見失うわけないさ。」
そして、ファビオはそっと頭から手を離した。
リゼにはその手の感覚が、確かに残っていた。
ごつい手だ。
大きい手だ。
でも、確かな暖かさがあった。
その暖かさが理久とどこか似ていて、リゼはなんだか安心した。
その後、ファビオは軍のことや理久のことを、細かく二人に語った。
リゼはもう恐怖を忘れ、ただ理久に近づこうと、懸命に話を聞くのだった。
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結局、あの人が言っていたとおりだったなと、リゼは感じていた。
ここへ帰ってきた時、理久は傷だらけだったけれど、理久は理久で、変わらず昔のままだった。
願わくば昔と変わらない平穏が、また訪れてくれれば。
リゼはそう思う。
────でも、これから話すことはきっと、平穏とはかけ離れているのだろう。
第10話 開かない時計
程なくして、インターフォンがポーンと鳴った。
少し経ってから、使用人が件の男を連れてきた。
「ご無沙汰しております、皆さん。」
にこやかに紳士的な挨拶をするファビオに、三人もまた軽く笑った。
「4年ぶりですかね、総隊長…いや、元・総隊長か。」
「ああ、そうだな、今のその役はお前だ、理久。…久しぶりだな。」
理久もまた、敬礼しながら挨拶をする。
それを見届けてから、さて、と理央が切り出した。
「タカヒロは仕事で来れんらしいから、これで役者は揃ったな。
…それじゃ、理久。」
「……うん。」
理央の促しに、理久は頷いた。
そして一度深く息を吸い、語り始めた。
「俺は知っての通り、奴らの手から逃れてきたワケだが…
そのせいで今、俺達の軍は事実上壊滅。バラバラになってるんだ。
つまりは、既に領地を奴らには奪われそうになってる、ってことだ。もしもフェルティシアの国王が降伏を宣言すれば、俺達の負けだ。」
理久は自らに親指を指してから、続けた。
「だが、奴らには簡単にそうさせることが出来ない。奴らの間でも俺は厄介な指揮官として定着してる。だから、俺が生きているということが抑止力になっているんだ。事実、奴らになにか動きがあれば俺はすぐに潰しに行くことは出来る。
だから奴らは、確実に俺を殺そうとしてるんだ。俺が捕えられてた時も、奴らは『軍に有益な情報を吐かせてから殺す』と言ってた。奴らはもうこの戦いを、俺を殺すことで終わらせようとしている。
…その為なら、奴らはどんなことだってするだろう。それこそ、皆に対しても。」
理久の淡々とした口調を聞きながら、リゼはやはり、と思った。
理久が帰ってきたその時から、予感していたのだ。まだ理久が、命を狙われているということを。そして、その枷に自分たちがなりうるということを。
リゼが顔を曇らせると、理久がだが、と付け加えた。
「俺達も何もしてないわけじゃない。仲間は今も呼び集めてる。こちらが整い次第、すぐに奴らを潰しに行くさ。
…問題なのは、その時間、どうやってみんなを守るかだ。もう明後日には、皆夏休みが明ける。そうなれば、見守れない時間が出てきてしまう。
俺の身は俺で守るとして、みんなを守る術を考えなくちゃならない。そこで……」
そこまで言うと、理久が理央に目配せした。
理央が頷き、それに続ける。
「…今から言う指示に、従ってもらいたい。
ただし、これは他言無用の話だ。」
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「…という訳だ。」
「お、親父…兄さんはともかく、アルドミーさんにそれは無理があるんじゃ…」
話を聞き終えて、リゼが苦笑する。
「…お嬢さん、仕方ない。策はこれしかないんだ。
それと、本人の目の前で無理があるとか言わないでくれ。意外と辛い。」
今度はファビオがちょっといじけたように言う。
これはちょっと言い方にトゲがあったか、とリゼは少し反省する。
それを見て愉快そうに理央が笑ってから、言った。
「リゼ、ファビオの言い分はもっともだ。こういう事は出来るだけ信頼出来る人間に託すべきだからな。」
「まあ、確かにそうだな…。私は口出しできる立場でもないし。」
リゼが納得すると、理央はよし、と一声あげた。
「さて、話は以上だ。すっかり遅くなってしまったな。
作戦開始は明後日からだ。よろしく頼むぞ。」
理央の呼び掛けに、皆が強く頷いた。
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(……寝れない………)
リゼはベッドの上、一人唸っていた。
あの後話が終わり、ファビオも帰って、いざ就寝となったのだが、なかなかどうして寝付けない。バイトでそこそこ疲れてたというのに。
(……多分)
寝れないのはそのせいだ、という検討はついている。
それは、さっきの話を聞いたからだ。
実際に間近にある恐怖というのに直面して、リゼは改めて感じたのだ。
自分は、理久や理央のいた「戦場」という世界を全く知らないのだ。
一人蚊帳の外に置かれ、でも肝心な時には守ってもらうだけ。そうなってしまうことが、どうにも落ち着かなかったのだ。
(…会いに行くのは簡単だ。)
理久のいる部屋は、すぐ隣。声ならすぐにかけられる。
しかし、兄とはいえ、年頃の男女である。夜に同じ部屋でゆっくり話すというのは、どこか変な気もする。何より、もう既に理久は寝ているかもしれない。
そんなことがあり、リゼはやたらと葛藤していた。
(…あ)
どうしたものかと悩んでいるリゼの目に、机の上で輝くものが映った。。
すぐにそれが昨日、理久を見つけた時に見た
そういえば昨日、後から理久に返そうとして机の上に置いておいて、結局忘れていたのだ。
(……返しに行かなきゃ。)
そう思い、リゼは立ち上がった。
どこか口実めいてしまったが、返さなきゃいけないのは事実だし、と言い聞かせるのだった。
理久の部屋からは、わずかに光の粒子が漏れている。
まだ起きているとわかると、リゼは嬉しいやら緊張やらが混ざった心境だった。
少し緊張しながら、白い扉を二回ノックする。
「兄さん、私だが…ちょっといいか?」
できるだけ冷静な声で、ドアの向こうに問う。
ややあって、ああ、という声が中から聞こえてきた。
「…どうしたリゼ、こんな夜中に。」
ドアが開かれると、理久は少し不思議そうな顔でこちらを見ていた。
リゼが来るとは思っていなかった様子で、さっき応答に間があったのもそのためなのだろうと思われた。
「い、いや…預かり物を返しに来たんだ、ほら、これ。」
「あ……」
リゼは少したじろぎながら、それを────銀色の時計を、差し出した。
「どこに行ったかと思ったら…お前が持ってたのか。」
「ご、ごめん…渡し忘れてたんだ、タイミングが合わなくて。」
そんなことを話しながら、時計を理久が受け取る。
リゼは頭を掻きながら、続けて言った。
「兄さんが倒れてた時、それがあったから兄さんだって分かったんだ。」
「ああ、確かに、これが『証』だもんな…」
そう言いながら、理久は手でその時計を転がした。
その時計はいくら握られようと、押されようと、開かなかった。
この銀時計について、リゼは理央から聞いたことがあったのだ。
あの軍では隊員全員が、その証として同じデザインの時計を持っている。
しかし、総隊長の者の時計だけは、あるものが違う。
その時計だけは、時計でありながら持ち主に時間を伝えない。
フタが接着され、開かなくなっているのである。
どうやらそのフタの中では、一応時計は動いているらしい。しかし、その奇天烈な時計は、今まで一度もその針を見せたことがない。
この開かない時計が、歴代の総隊長からバトン形式で手渡されてきて、実に200年にもなるらしい。
リゼはこの時計を見て、正確には手にとった時に、持ち主が理久であると確信したのだ。────押しても開かぬ時計であったから。
しかし。
リゼが知っているのは、これだけ。
この時計が真に持つ意味や歴史は、一切知らない。
理久のことと一緒で、何も知らないのだ。
「…兄さん。」
聞くなら今だと、リゼは部屋に押し入った。
それに驚いた理久をよそに、後ろ手にドアを閉め、深く息を吸う。
「私に、教えてくれ。その時計のことと、兄さんの過去を。」
「……」
途端、理久の顔が曇る。
構わずリゼは続ける。
「私は…あまりに何も知らなすぎる。兄さんのことも戦場のことも、何も…。
だから、知りたいんだ、全部。…お願いだ。」
しばらく理久は何も言わなかった。
しかし、やがて首を横に振って、言った。
「…知らなくていい。お前はまだ子供だ。妙に重いものまで、お前には背負わせたくない。」
その言葉に、リゼの中の何かが切れた。
自分が、一人外に置かれている。
それがあまりに腹立たしくて。
「…ッ!!いい加減にしろ!!」
気付いたときには、リゼは叫びながら、理久の頬を打っていた。
痛烈な音が、部屋の中に残響を残すほどに響く。
あっけにとられたような顔の理久を見ながら、リゼはまた叫んだ。
「子供だから、妹だから、あれもこれも知らなくていい、なんて…ふざけるな!」
湧き出る感情に呼応するように、涙がこみ上げてくる。それをこらえ、続ける。
「私だって当事者じゃないか!それなのに、何も知らずに都合のいい時だけ守られて、私が何も請け負えないなんて、不公平じゃないかっ!
…もうひとり、外に置かれるのは嫌だ。もう…置いていかないでよ、兄さん…」
涙が止まらず、ぐしゃぐしゃの顔を覆って、リゼは訴えかけた。
そんなリゼの頭に、ぽんと手が置かれた。
驚いて見上げると、理久が申し訳なさそうに、リゼの頭を撫でていた。
「…ごめんな。リゼの気持ちなんて、まるで考えてなかった。いつまでも子供扱いして、大事なことを忘れてた。ごめんな。」
そして手を離すと、ほんの少し微笑んで、言った。
「話すよ、今。話せること、全部話す。
残念ながら、本当に今は俺の過去はあまり語れないんだ。それはリゼがどうとかじゃなくて、ただ人に話すには、まだ勇気が足りない部分があるから。でもいつの日か、必ず話す。だから今は、必要なことだけ話すから、それで勘弁してくれないか?」
その言葉に、リゼは泣くのをやめる。
そして細い声で言う。
「…約束、だからな?」
「ああ、約束だ。」
そうして互いに頷いた。
それでようやくリゼはようやく笑えたのだった。
それを見て理久も笑い、ベッドに腰掛けた。
「…それじゃあ、話そうか。
ひとつは、この銀時計のことだ。
それからもう一つ、これは昨日親父と話してたことだが…
この戦いの黒幕についての話だ。
まずは、こっちを先に話そう。」
次回へ続きます。
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