ご注文は「残されたわずかな時間」ですか?   作:らんちぼっくす。/ヘスの法則

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今回は第1章最終話です。12話でキリよく終わらせたかったので。
何を書こうかと思ってたんですが、戦闘描写あり、としてあるのに、戦闘描写入れてないんじゃね、と思ったのでぶっ込みました。
同時に、どこに入れるか迷ってたシーンを入れられたので、ちょうど良かったですね。
それではどうぞ。


第12話 理久の休日

 無駄に装飾の凝った窓の隙間から、心地よい木漏れ日が差してくる。

 昨日の酔いの残る目覚めとは対照的に、非常にいい目覚めだな、と理久は思った。

 欠伸をしてからベッドを降り、軽く服装を整えてからリビングに向かった。

 

(さて······今日はどうしたものかな。)

 

 リビングに向かう途中、そんな事をぼんやりと考えていた。

 ずっと、その日何をするかなどを自由に考える暮らしから離れていたから、改めてやることが無いと何をしていいか全く分からない。

 今日はリゼの学校の夏休み最後の日だ。明日から計画は本格的に始まるが、いかんせん今日は何もすることがない。

 リゼもバイトでいないし、それはあの残り四人(無論、チノ達である)にしても同じことだろう。かといって、今更父と遊ぶような歳でもない。

 この街をうろつくにも、一人ではどうも心許ない。

 いっそのことまた眠りこけてやろうかなどと、少々下世話なことを考えていた、その時。

 

「おはようございますっ、理久様!」

「···ああ、おはよう。やっぱり、用意が早いな、黒崎。」

 

 人によってはまだ眠っている人もいるような時間から、身だしなみも態度も完全に仕上がっている黒崎に言葉を返すと、彼はこれまたきびきびと敬礼しながら「当然のことであります」と答えた。

 これはもはや職業病とも言えるのかもな、と苦笑していると、そういえば、と黒崎が言ってきた。

 

「理久様に、お頼みしたいことがございまして。」

「俺に?」

「ええ、朝食の後で時間を頂けたらと!」

 

 理久は少々不思議に思いながらも、頷いた。

 むしろ暇を潰すには都合がいいかもしれない、とプラスに考えることにした。

 

「分かった。何をすればいいんだ?」

 

 そう答えると、黒崎は「はっ!ありがたき幸せ!」と、もはやどこの身分制度かもわからぬほどキビキビと礼をし、それから言った。

 

 

「我々護衛隊に、近接戦闘の手ほどきを教えて下さいませ!」

「·········」

 

 とりあえず、のどかな休日には一番聞きたくない頼み事だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 第12話 理久の休日

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「···まあ、結局俺が鍛えてきたのは戦闘術というより護身術、というか殺人術だ。自分がいかに危機的状況でも、速攻で相手を殺して切り抜ける。それが俺の戦い方の本質だ。」

 

 天々座家の一角、武道場の中で、黒服の男たちに囲まれながら、理久はそんなレクチャーをしていた。

 あの後、ため息混じりにレクチャーを始めたのだが、隊長をしていた頃はこんな事をよくやってたこともあり、これが案外やり心地の良いものだった。

 とはいえ、やはり皆腕の立つ者達ばかりで、さほど理久が教える必要も無いほどに、実技は申し分なかった。

 そんな訳で、SP的な活動とは少しずれているかもしれないと思いつつ、理久の持つ戦闘術の本質を教えている。

 

「分かってほしいのは、これは本来人を守るものではないってことだ。俺がいた世界は、死ぬか生きるか、それ以外の答えがない世界だから、殺すことが正当化される。でもここの秩序はそれとは違う。それ故、あくまでこの技術を応用した『護衛』にのみ使う事を誓え。」

 

 低い声でそう念を押してから、理久は自らの護身術の手ほどきを開始した。

 

 

 

 

 

 

 

 

「···さて、そろそろ終いにしようか。最後に志望者とは実戦形式で確認をしよう。」

 

 防御、回避、攻撃における最低限のことを教え終えてから、理久はそう提案した。

 実戦形式、と聞いて、ちらほらと手が上がってくる。

 実際に死線をくぐり抜けた人間と手合わせができるとあって、腕に自信のある者達はこぞって手を挙げるわけである。

 ···ちなみに、すっかり理久の軍人スイッチが入りきっているため、この提案は本人もノリノリでやっていた。

 

「よし、では一人一人かかってこい。」

 

 そんな訳で、理久主催の格闘大会のようなものが始まった。

 最初に出てきたのは、この中では最も横も縦もでかい、巨漢の男だった。

 

 

 理久はそっと目を閉じ、深く息を吸った。

 

 久方ぶりの戦闘の感覚に身を浸す。

 

 そして心と体が戦場の感覚に舞い戻るのを感じてから、理久はゆっくり目を開けた。

 

「────始め。」

 

 開始から、高速で間合いを詰めてくる巨漢の男。

 最初には誰にもあまり見られなかった積極的なアプローチは、理久の指導をちゃんと聞いている証拠である。

 

 戦闘はマラソンなどではない。

 継続的な集中力より、瞬間的に身を固める力が必要だ。それはいつ殺されるかもわからぬ中では尚更だった。

 それ故、このような場では、一気に接近することを一番重要視しておくべきなのであるが、そこに全力を出すことをせず、拳を叩き込むチャンスを()()()しまう人間は、結構多い。

 

 間髪入れず、男の大きな身体が突っ込んでくる。

 理久はそれをごく小さく左に動いてかわしてみせ、同時に男の足に自分の足をからませ、バランスを崩す。

 前方への移動を妨害され、男は前につんのめった。

 この形で対策されることは予想はしていたのだろう、すぐに反撃の体勢に入り、左の拳を振りかぶった。

 

 ────だが、理久の動きがあまりに小さく、一瞬のものであったために、その対応は少し遅れた。

 

 巨体から振り下ろされる形となった左拳を右手で軽く捌き、そのまま男の勢いを利用してバランスを崩しながら、即座に両腕で男の左腕を固めた。

 二度目の攻撃も完璧に避けられて、とうとう男は倒された。

 巨漢が地面に沈む轟音が響いたと思った時には、既に男の左腕は理久によって関節を極められていた。

 その鮮やかさに、周りからおぉ···という感嘆の声が漏れた。

 

「···巨体と、それに見合わない機動力を生かして、間合い詰めとプレッシャーを同時に成立させる···最善手に限りなく近い攻め方ではあるが、最初のタックルが少し単調だな。間合いを詰めたらその後はもっと慎重に行くべきかもな。」

 

 アドバイスを終えてから男の腕を解放し、お互いに礼をした。

 男はどこか、感嘆と興奮の入り混じった顔をしていた。

 

「次は私が!」

 

 今度はスキンヘッドの男が、興奮冷めやらぬ様子で手を挙げた。

 今度は体格がすこぶる良いというより、剽悍な獣を思わせる小柄な男だった。

 

「いいだろう···

 ────始め。」

 

 軽く頷いてから、理久が号令を出すと、こちらの男も一気に近付いてきた。

 そして、軽いフットワークと柔軟な体を活かし、上へ下へと巧みに攻撃を打ち分けてくる。

 予備動作の見えずらい右の正拳突きが飛んできたかと思えば、姿勢を低くしてのローキックなど、なかなかに器用な攻撃法である。

 その猛攻をストップさせようと、丁度ボディのあたりに飛んできた左拳を、理久の右手が野球のミットのようにがっしりと捕らえた。

 しかし、それを男は待っていたように、その理久の右腕を足で蹴り上げた。理久の右腕が頭上に放り出され、右半身に大きな隙が生まれる。

 チャンスとみて、男が空いた右腕で横薙ぎの裏拳を繰り出す。

 理久は上体を海老反りにし、すんでのところでそれを交わした。

 しかし、理久の重心はこれで完全に後ろに崩れている。男はそれを見るや、決定打のつもりのタックルを仕掛けてきた。

 

 ────しかし、理久は重心を崩してなどいなかった。

 理久の柔軟さと強靭な体幹は、無茶な体勢でもボディバランスを崩させなかった。

 

 男のタックルが飛んできた瞬間、理久は海老反りのまま膝を急速に曲げ、仰向けのまま両手両足を地面についた。

 いわゆる、ブリッジの体勢である。

 仰向けの理久の視線が、タックルを仕掛けた男の驚愕した視線と交差した────

 と思われた刹那、理久は両足を蹴り上げ、男の身体に両足を回し、がっちりと捕まえた。

 その一秒後には、男は理久の両足に身体を掴まれ、自由を失ったまま床に横たえられていた。

 あまりの動きの速さに、観衆は言葉を失っている。

 

「超人的な動きと頭のキレだ。まさかあんなに即座に右腕を弾かれるとは思ってなかった。

 だが、タックルに行くには焦りすぎだな。もっと絶対的なチャンスを、相手の雰囲気から察することも覚えるべきだ。」

 

 ややあってから、またも歓声が上がった。

 それに比例して、次は私が、いや私が、という声が増えてきていた。

 こりゃあもう少しかかるかな、と理久は内心で苦笑しながらも、心のどこかではこの軍隊の日常のような一コマを楽しんでいた。

 

(······お前らとも、もう少しこんな日々が欲しかったよ。)

 

 既に逝った仲間達の顔を浮かべながら、理久はそんな事を思っていた。

 

 

 

 

 

 しばらく経ち、全員との手合わせを瞬殺の形をもって終えた。

 そろそろお開きにするかと思っていると、お待ち下さい、という暑苦しい声がした。

 少し嫌な予感がして声の主を見ると、案の定黒崎だった。

 

「最後に、私ともお手合わせをお願いします!」

 

 そして予想通りの要求に、理久はやっぱりとため息をついた。

 ただでさえ普段から暑苦しい男だというのに、戦闘形式ともなればただでは終わらなそうで、正直断りたいのが本音だった。

 とはいえ、ここまで全員の要求に応えてきたのだ。黒崎一人蚊帳の外というわけにもいかず、理久は渋々ながら頷いた。

 

「分かった···これで今日最後だからな。」

 

 そう念を押して、黒崎と向かい合う。

 

(···こうしてみると、なかなか凄みがあるよな、この男。)

 

 向かい合って戦闘形態に入ってみると、黒崎には物言えぬ威圧感があることを理久は感じた。

 これがこの男の信頼と強さを裏付けるものか、と合点がいこうとしていた時。

 

 

 

 理久はその威圧感の裏に、何かが潜んでいるのを感じた。

 それはどこか、悲しみに似ていたような気がする。

 

 

 

「···では、参りましょう、理久様!」

 

 黒崎の声に、はっと正気を取り戻した。

 しっかりしろ、余計なことを考えるなと自分に言い聞かせるように、今一度深く息を吸った。

 

「────始め。」

 

 開始宣言と同時に、黒崎が近付いてくる。

 この中の誰よりも速かった。

 流石に親父の信頼を買ってるだけあるな、と思いながら、高速で飛んできた上段蹴りを躱す。

 理久が少し間合いを取ろうとすれば、黒崎がその身体を入れてくる。

 その判断力も速度も、何を取ってもトップクラスだった。

 だが、理久が捌けぬ速度の攻撃ではない。一度死に目に合った事があれば、世界などスローに見えてくる。

 

 黒崎の右拳の戻りが、一瞬だけ遅くなったのを理久は見逃さなかった。

 そういう大きな一打こそ、ごく小さな動きで躱し、ゼロ距離まですぐに迫る。

 がら空きの右脇腹から、黒崎を捕らえようとした────

 

 

 ────その時。

 理久はその一瞬、背筋が凍る感覚を覚えた。

 体勢的にも、反撃は考えられない。

 視線もこちらを向いて、殺気を放っているわけでもない。

 考えてみれば、思い過ごしだと言われてしまいそうな、()()()()()()()()()()

 なのに理久は、黒崎からその「謎の恐怖」を感じた。

 

 身体がそれに怯えたと分かった時には、既に理久の拳が出ていた。

 しまった、とすぐに後悔してももう遅く、理久の拳は黒崎の脇腹に突き刺さっていた。

 

 直後、黒崎が「うぅっ···」と呻きながら、その場にうずくまった。

 

「す、すまん!殴るつもりはなかったんだ···大丈夫か!?」

 

 慌てて理久が黒崎に近寄ると、黒崎は身体を震わせながら笑った。

 

「はは···大丈夫です。天々座家を守る者として、この程度ではへばれませんから。手合わせ、ありがとうございました。」

 

 こんな中でも律義な態度を崩さない黒崎に、理久はつい少し笑ってしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 「理久様。」

 

 武道場を出て、リビングに戻る俺に、隣の黒崎が声を掛けてきた。

 その声は、これまでとは打って変わって穏やかだった。

 

「一つ、あなたに感謝したいのです。」

「感謝?」

「はい。あなたは、リゼお嬢様の笑顔を増やして下さいました。」

 

 そう言うと、黒崎はそっと俯いた。

 その表情には、これまで見たこともないような悲しみが混じっているように見えた。

 

「私は···子供の頃、捨てられていたのです。この街に。

 行く宛もなく、金もなく、とうとう死にそうな所を、ご主人様に救われました。

 それから私は、この家の為にいつまでも仕えようと誓いました。

 一度は死んだこの私に、居場所と食べ物、強さまでも授かったのですから。

 だから私は、いつもお嬢様のそばにおりました。元からあまり人と話すのが得意ではないお嬢様の、せめてもの心の支えになれればと。お嬢様の笑顔を見ることが、私の何よりの望みだったのです。

 そして最近になって、お嬢様にはたくさんのお友達も増え、笑顔がだんだん増えてきました。でも、家に帰ればお嬢様はまた一人ぼっちに。そうやって寂しそうにするお嬢様を見るのは、たまらなく辛いものでした。」

 

 ゆっくり、黒崎が理久を見る。

 その目にはうっすらと涙か浮かんでいた。

 

「でも、理久様に帰ってきていただいたお陰で、お嬢様は一人ではなくなりました。笑顔が絶え間なく続いておりました。余計なお世話と言われても、私にはそれが、たまらなく嬉しいことだったのです。」

「···言われなくたって」

 

 理久は黒崎の顔をしっかり見つめながら返す。

 

「俺は、リゼの隣にいるよ。そうしてあいつを支えることを、俺は約束したんだから。

 ···でも、見ての通り、俺はそんなに大層な男じゃない。」

 

 理久はクシャッとした笑みを浮かべて、言った。

 

「···だから、もっと強くならなきゃな。俺も、お前も、リゼを支えられるように。

 よろしく頼むよ、黒崎。」

 

 それを聞き、黒崎は少し驚いたような顔をした。

 そしてすぐに、涙もそのままに、いつもの様な堅苦しい様子で敬礼した。

 

「もちろんです!天々座家のため、これからも全力を尽くしてまいります!」

 

 その声が想像よりもずっと反響して、廊下の端から帰ってきた。

 それがどうにも可笑しくて、理久と黒崎は目を合わせて笑った。

 

 理久のこの日は、こんな風にして終わった。




第1章完。
次回から新章、作戦に向けて動き出します。
乞うご期待。
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