ご注文は「残されたわずかな時間」ですか? 作:らんちぼっくす。/ヘスの法則
この章で完結するかもしれないし、しないかもしれないです。つまり未定です(なら言うな)。
今回主となるキャラクターは、リゼに憧れるあの方です。
それではどうぞ。
第13話 作戦開始
シャロは、あまり自分に自信が持てないことが多い。
勉学だって人の何倍もやってようやくある程度。
体つきも、女子の中で恵まれている方ではない。
家も貧乏だから、服装にもさほど気を遣えない。
そんなシャロにとって、強さも可憐さも、頭の良ささえも持っているリゼは、憧れの先輩という存在にほかならなかった。
だから、少しでもその姿に近づきたくて、シャロはひたすらに努力してきた。
その結果、完璧とは言えないし、僅かな進歩でしかないかもしれないが、前よりもずっとスマートな人間になれたと思う。
それこそ、ちょっとやそっとの事では動揺などしないくらいに。
でも、この時ばかりは動揺を隠さずにはいられなかった。
「···どうも、今日からしばらく英語の担当教員となります、久石 天理です。」
(な、なんでえぇぇぇぇぇ!?)
久石 天理。
そう名乗った男は、紛れもなく、
この間会ったリゼの実の兄・理久だったからである。
第13話 作戦開始
「···それで、どうしてここにいるんですか、理久さん!?」
完全に日陰となっている放課後の校舎裏にて、シャロが理久に問い詰めた。
ついさっき、突然新米英語教師として爽やかに登場した理久だが、シャロにしてみれば全くわけがわからなかった。
それもそのはず、つい先日まで軍属だった男なのだと本人に語られ、非現実的なものを数多く見せられたのに、今日になって突然学校の教師など、奇想天外もいいところだ。
ちなみに、理久自身も、担当の教室にシャロがいた事に驚いたようで、窓際の席に座るシャロを見つけると一瞬目を見開いていた。
しかし、それ以外のリアクションを一切取らなかったので、顔見知りであることは隠したいという意思が見てとれた。
シャロもそれを察し、とりあえずその時間は閉口していた。
そして放課後、ようやくチャンスが来たので、わざわざ偽名を名乗ってまでここに来た理由を問い詰めるべく、校舎裏に理久を呼び出したのだった。
驚きと若干の怒りを孕んだシャロの追及に、理久はどうにも申し訳なさそうに答えた。
「いや、リゼと同じ学校にシャロがいるのは知ってたんだがな···しかし学年も違うのに、まさか担当クラスが被るとは···こっちも驚いたんだ。
残念ながら俺がここに来た理由は、シャロにもちゃんとは話せない。」
その返答が来た瞬間、シャロは考慮していた可能性のうち一つを思い浮かべた。
「···リゼ先輩に、何かあったんですか?」
「······!」
発した声が想像以上に重く、禍々しい響きとなっていて、シャロは自分自身で驚いた。
でも今のシャロに、それを気にする暇はない。
シャロの考えは、予期される最悪の事態なのだから。
「リゼ先輩が理久さんの軍事に巻き込まれて、命の危機さえある。理久さんは、それを監視して守る為にここに来た。違いますか?」
「···考え過ぎだ、シャロ。」
シャロから目を背け、隠すような理久の言い方に、シャロは更に疑いを強くする。
「本当に何も無いんですか、理久さん?
先輩には何も起こらないって、本当に断言出来るんですか?」
理久はシャロに向き直ることもせず、ため息をついた。
「···無理に隠したら、逆に事態は良くないかもな。
確かに、ここに俺が来たのは軍でとある問題が発生したからだ。
だが、直接リゼが関わっている訳では無い。俺が敵の標的になっているだけだ。奴らが俺とリゼの関係に気付いていなければ、リゼには被害は及ばない。」
「でも······!」
100%なんて無い、と言おうとしたシャロを、理久が手で制した。
その目は先程と違い、とてつもなく鋭くシャロを見つめていた。
「その『もしも』を起こさない為に、俺がここにいるんだ。万が一にもリゼに手が回ったら、すぐに俺が対処できるように。
···こういう言い方はしたくないが、俺が最大限に警戒している以上、みんなに出来ることは何も無い。むしろ、俺やリゼと関わりがあると万が一バレたら、そっちに被害が及ぶ可能性だってあるんだ。」
そこまで言うと、理久は挙げていた手を下ろした。
そして、静かながらも有無を言わさぬ厳格な口調で、言った。
「リゼを心配してくれているのはよく分かった。
だからこそ言っておく。これ以上この事について俺に話しかけることも、詮索することもするな。他でもない、リゼとシャロ自身の為だ。」
シャロは言い返したかった。
そう簡単に信用できる話じゃないんですと。
しかし、理久の尋常でない雰囲気に気圧されて、何も言う事が出来ず、ただ拳を握りしめて黙っていた。
「···話は以上だ。俺は戻るぞ。」
何も言わないシャロを見てもういいと判断したのか、理久はそう言ってシャロの脇を通り抜けた。
シャロは最後に言うべき言葉を、その間に探した。
「···また明日······英語の授業で会いましょう。」
結局出てきたのは、そんな何の変哲もない一言だった。
理久は一瞬足を止め、すぐに言った。
「そうだな。小テストをやるから勉強はしておけ。」
気が付けば、その口調は軽いものに戻っていた。
シャロはただその場に立ち尽くしたまま、理久の足音が遠のくのをぼんやりと聞いていた。
シャロが我に返り、帰り支度をやっと整えたのは、17時を告げるチャイムが鳴った頃だった。
どうにもならない虚無感のようなものが漠然と心を覆う中、ただでさえ小さな歩幅を更に小さくして校門に向かっていると、後ろから聞き慣れた声がした。
「お、シャロも今帰るのか?」
「り、リゼ先輩!?」
思いがけずリゼに会ったことで、シャロの声が上ずった。
同時に、モヤモヤとした心情が一瞬だけ晴れる。
「どうして先輩までこの時間に?今日は6限だから、授業は15時頃には終わってますよね?」
「あぁ、今日も部活の助っ人に呼ばれちゃってさ···」
頭を掻きながら、はにかんで言うリゼを見て、なるほど、とシャロは納得した。
リゼが憧れの存在であることは、何もシャロに限ったことではない。この学校の誰もが、リゼについて知っていると同時に、羨望の眼差しを向けている。それはリゼに欠点が何一つとして無く、何でもそつなくこなしてしまうからだ。それ故リゼは、様々な部活から助っ人に入ってくれ、とよく頼まれる。事実、リゼが助っ人に向かった部活内の技術、意識は、何処も格段に向上している。
「そうだったんですね···お疲れ様でした。」
「おう、ありがとう。
···で、シャロはどうしてこの時間まで学校にいたんだ?」
今度はリゼに聞き返されて、シャロは思わず言葉に詰まった。
「せ、先生に、掃除を手伝って欲しいと言われたので···」
一瞬の後、そんな言葉が口をついて飛び出した。私は何を言っているんだ、という脳内の叫び声は無視した。
理久が教師としてここに来ているぐらいリゼは知っているという推測は立っていた。しかし、理久とあんな話をしていたことは、何故か言わない方がいい気がした。
「アハハ、そうかー、それは災難だったなぁ。」
人の良いリゼは、当然こんなくだらない嘘をいちいち疑ったりせず信じてしまう。こういう所が誰からも愛される所以なのだろうと思う一方で、シャロはどこか不安を感じる。リゼにもし危険が迫っていても、彼女自身は簡単に言いくるめられてしまいはしないか。そんな不安がやって来てしまうのは、さっき理久と話したことが原因なのだろうと感じた。
「···先輩。」
「ん?どうした?」
「大丈夫ですか?」
「え?」
思わず、そんな事を言ってしまった。
シャロが自分の言った言葉を悔いていると、案の定リゼは首を傾げていた。
「···私、何か変なところあったか?」
「い、いえ!ただ、最近リゼ先輩頑張りすぎて、疲れてないかなって···い、いや、余計なお世話とは分かってますけど!」
こうも自分の口から嘘が出るものだったかと、シャロは驚きながらまくし立てていた。
リゼの身体に気を遣っているように言っておいて、結局は全部、リゼが何かに巻き込まれてどこかへ行ってしまうのが怖い自分の、自己満足で塗り固めた方便に過ぎないのだ。
シャロがそんな自己嫌悪からくる呪詛を心の中で唱え続けていると、リゼはそんな事など知らず、華やかに笑ってみせた。
「なんだ、心配してくれてたのか?ありがとうな、シャロ。でも私は平気だよ。」
そう言った後、少し頬を赤くして、照れくさそうに続けた。
「···今は皆も···兄さんもいるからな。」
兄さん、という言葉を大事そうに言うリゼを見て、シャロの胸が痛んだ。
リゼ自身は、理久のことをこんなにも信頼しているのだ。
いや、きっと彼に信頼を置けていないのは、自分だけだ。
リゼを守れるほど強くもないのに、その周りの人間を信じきれていない。間違っているのは自分なのだと、冷静な声が告げていた。
────これ以上この事について俺に話しかけることも、詮索することもするな。他でもない、リゼとシャロ自身の為だ。
さっきの理久の言葉が、シャロの脳内で残響を伴って駆け巡る。
自分に出来ることは何も無い。どう足掻いてもそれが真実だ。それを突きつけられた。
それは、この状況になってもその件について何も言ってこないリゼの様子を見れば明らかだった。
「···そうですか。でも、くれぐれもお大事に、ですよ、先輩。」
平静を装い、まるで普段と変わらぬ口調で、シャロはそう言った。
「ああ、ありがとうな。
······お、もうお別れか。それじゃあまた明日な、シャロ。」
いつの間にかお互いの別れ道まで来ていた。夏の日差しを浴びて輝く紫髪を美しく揺らしながら、リゼはシャロに軽く手を振った。
「············」
「···?シャロ?」
手を振るリゼに、シャロはしばらく何も言えなかった。
「また明日」。
明日、という言葉が、こんなにも信じられなくて、空虚で、恐ろしく感じた事はこれまで無かった。
少しでも気を抜けば、すぐに心が崩れてしまうほど、恐ろしかった。
「···何でもありません。では、また明日ですね、先輩。」
「あ、ああ。」
痛む心を必死で押さえつけながら、精一杯の笑顔を作って、シャロはようやく手を振り返した。
最後までリゼは心配そうにシャロを見ていたが、何も言わずに手を振るシャロを見て、考えるのをやめたようにゆっくりと歩き去っていった。
その後ろ姿を悲しげな目で見届けてから、シャロも家に向かって重たい足を踏み出すのだった。
ダークな話は十八番(笑)。
ありがとうございました。
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