ご注文は「残されたわずかな時間」ですか? 作:らんちぼっくす。/ヘスの法則
遅くなったのは、学業が忙しかったのが主な原因です。
しかし、実際に素晴らしい作品を紡がれている方々の作品を見て、自分は果たしてこんなものを書く資格などあるのかと、モチベーションを下げていたのも原因の一つです。
今後も、せめて自分は恥じぬ文を書き続けていきたいなと思います。
それでは本編です。
「はー、やっと終わった···教師って大変だな···」
夜の八時を回った頃、デスクに突っ伏しながら理久はぼやいた。
本来ならもっと早くに帰宅出来たのだが、教頭に突然呼び出されて教育理念がどうだとかという長話を聞かされた挙句、面倒なプリント制作を押し付けられてしまったので、本来の予定より三時間は長く仕事をする羽目になったのだった。
(明日からもこれが続くのか···だとしたら戦場並みにきついぞ、これ)
ぼうっとする頭で、そんなことを思った。
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どうしてこうなったのかと言えば、それは一昨日の夜、書斎での話に起因する。
「つまり、だ。万が一敵の手が学校にまで伸びていたら、人の密集する場所故に、どこに敵の捜査員がいるかもわからない。さらに────これは杞憂だと信じたいが────もしもリゼの友人のことについて把握されていたら、例の四人の娘達も危ない。」
神妙な面持ちで理央が話を進めている。
「そこで、タカヒロを含むこのメンバーで、なるべく広範囲にわたって怪しい人物を監視しておきたいんだ。
タカヒロは、娘さんの通う中学に。ファビオは、ココア君、千夜君のいる高校に。そして理久は、リゼとシャロ君の高校だ。」
パッと聞くと、あまりに突拍子もない作戦だと思える。しかし、極端な話、あらゆる場所に顔が広く財力も高い理央が取る手としては、確かに的を射ているのかもしれない、と理久は思った。
「もう、それぞれの学校の知り合いに頼んで、しばらくの休業と、それに際して臨時の教師として皆が入ることをその他の人間にも説明してもらった。
ちなみに俺は、これからは基本的にそこの病院に寝泊まりする。理愛も心配だからな。」
理愛、とは理央の妻────すなわち、理久とリゼの母親だ。
昔から理愛は身体が弱く、入院と退院を繰り返す状態だった。
しかし、その症状が決定的に悪化し始めたのは、理久が戦場に出て間もない時頃だった。元々身体の弱さとは別に心配症もあったからなのか、精神的なダメージも合わさった症状だったので、理久がどこにいるかも分からないことが気負いとなって身体を締め付けていたのだろう。
理愛はその頃から、かつては家にいる時間より少なかった入院期間を徐々に長くしていき、今となっては家にほとんど帰れていないらしい。
そんな状態なのだ。理央が傍にいるのは当然の事だろう。
「以上で説明終了だ。皆の健闘を祈る。」
理央の厳粛な声がそう告げた。
第14話 母と息子、そして宿命
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「よう、理久。随分遅くまでこき使われてたみてえだな。」
「総隊長!?なんでここにいるんですか!」
あれからさっさと帰り支度をし、校門をくぐろうとしたところで、そこにもたれ掛かりながら腕を組むファビオに声をかけられた。
ファビオは怪訝そうな顔をして答えた。
「なんでもクソもあるか。あんだけ電話したのに気付かなかったのはお前だ。」
「え···」
予想外の返答に、慌てて携帯を開く。
そこには確かに、最近登録したばかりの番号からの不在着信が何件もあった。着信を示すバイブレーションはずっとカバンの中で起きていたのだろうが、普段なら気付けたその音にも気付けぬほどに、仕事に入り込んでいたらしい。
画面を見つめながら呆然とする理久を見て、ファビオが呆れたようにため息をついた。
「···まったく、お前はいつも張り詰めすぎなんだ。何かやろうと一度決めたら、自分なんて顧みずにやりきってしまう。お前のいい所でもあるが、それは短所でもあるんだぞ。誰からの期待にも応えようとして、結局お前が倒れちゃ世話がない。」
ため息混じりのその説教を一度切り、低い声で付け加える。
「ウィステリアの時もそうだ。あの後お前、全部自分の責任みたいな顔しやがって、誰の声も聞きやしなかった。あの件は仕方ない、どうしようもないことだったんだろう?」
ウィステリア、という名を聞いた瞬間、理久の脳裏に美しい水色の髪の少女が浮かび、胸に悲しげな痛みを生みながら消える。
ファビオは理久から、すでにウィステリア────智花の事情を聞いていた。なかなか心の晴れない理久を、なんだかんだ気にかけてくれていたのだった。
「いえ、あれは俺が気付いていれば···敵の異変をもっと早く察していれば、防げたことだったんです。俺のせいで、彼女は···」
零れるように口から自分を呪う言葉を吐く。もう何度目か分からない。
口を固く結び、拳を強く握る俺を見て、ファビオはまたも小さくため息をついた。このため息をつかせたのも、何度目か分からない。
「···まあいい。こんな話題じゃないんだ、俺が電話した案件は。」
口調は少し軽くなっていた。
「理央さんがな、今奥さんに付いて病院にいるんだが、そこで同時に敵について調べてたんだ。そこで、敵軍の要注意人物のうち、何人かの面が割れた。その写真も手に入れたから見に来い、だそうだ。
そろそろお前も、母親と会うべきだろうしな。」
「···なるほど、了解です。じゃあ急いでいきましょうか。」
「ああ。」
母、という響きに鼓動が早くなるのを感じながら、理久は歩き出した。
その鼓動は、不安と期待と、その二つが混ざりあったものだったはずだ。
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理愛の病状の悪化は、理久に起因する────
最初に理久が理央にその話を聞かされた時、果てしない罪悪感に襲われた。
いくらこちらも心に余裕が無かったにしろ、あまりに生きる事に一所懸命で、周りへの気遣いなどまるで出来ていなかった自分を呪うしかなかった。
だから、ここへ帰ってきてからすぐに理愛と会うことに、深く怯えていたのだ。
結果的に無事ではあったが、あの戦いで失ったものの多さは、自分を自分たらしめていたなにかを破壊してしまった────そんな妄執に憑かれていた部分が、理久のどこかであったからだ。
心のどこかで、母に見放されるのを恐れていたのだ。
気付けばもう、実に重たげな病室のドアの前だった。
「天々座 理愛」と書かれた古ぼけたネームプレートが、静かで確かな存在を主張している。
(でも、もう逃げちゃいけない────)
自分の不甲斐なさから、目を背けることはもうしてはいけない。
そう覚悟し、スライド式のドアにゆっくりと手を掛けた。
力を込めると、当然拒むこともなく、呆気なくドアは開いていった。
病室の中には、二人の人物。
ベッドの横に座る、父の姿と────
「···お、着いたか。おい理愛、来たぞ。」
「······来た?」
────ベッドに横たわる、ほっそりとした母の姿だ。
一歩一歩、ベッドに近付いていく。やがて、すぐ隣に辿り着く。
そこで、散々迷った挙句絞り出した精一杯の笑顔を向けながら、理久は言った。
「ただいま、母さん。······帰ってきたよ。」
途端、理愛の顔が歪み、すぐに大粒の涙がその竜胆色の瞳から零れる。
「変わってないわ···理久、ちゃんと無事だったのね···」
そして満面の笑みを浮かべて、力の限り理久を抱き締めた。
理久は照れくさそうに笑いながら、心配かけてごめん、とゆっくり詫びた。
理愛はそれに応えるように、理久を抱く力をよりいっそう強くした。
それがきっと、理久に対する全ての言葉の代わりとなる、そんな答えだった。
(···生き延びて、後悔したことなんて山ほどあったけど)
理久は心の底から思った。
(────やっぱり、生きててよかったな。)
「······さて、理久、そしてファビオ。そろそろ本題に入りたいんだが、いいか?」
静かに先程までの光景を見守っていた理央が、ようやく声を上げた。
このやり取りを見られていたことにようやく意識がいき、理久は慌てて理愛から顔を離した。
「ああ、そうだった。お願いします、理央さん。」
ファビオが促すと、理央は小さく頷いてから、ノートパソコンを開いた。
ダブルクリックの音が小気味よく響いてから、理央が画面を理久達へ向ける。
「···よくこいつらの顔を覚えておけ。いずれ敵対することになるかもしれんし、何よりこいつら、元々は殺し屋として裏で名の通った人間達だ。奇襲や騙し討ちなら、こいつらの十八番だからな。用心するに越したことはない。」
理久はゆっくり、その画像の群れに目を向けていった。
「なるほど、敵の中にはA級の殺し屋の群れですか···。
しかし、殺し屋は元々は軍属ではないでしょう?これらを従えるとは、一体敵軍のボスとは何者なのか···?」
ファビオも写真を見つめながら呟く。
理央は首を横に振って言った。
「残念ながら、これ程ビッグネームを従えるような男であるにも関わらず、黒幕についてはどれだけ探りを入れても何の跡もない。もしこうなることを見越して、何の話題性も起こさずにこの地位を手にしたのなら、とんでもない頭のキレだな。」
とんでもない男がいたものだ、と理久が感じた、その時だった。
その画像群の中の一人が、理久の目を釘付けにした。
(こいつは···!?)
顔の半分を覆う、大きな傷。
ふてぶてしい目。
伸ばしっぱなしの無精髭。
それは
智花を殺した男の顔だった。
(···奴は殺し屋だったのか。)
画像の横には、「ジル」と表記されていた。
それが名前なのだろう。
頭の中に、静かに恨みの炎が燃える。
今にも何かを破壊したい、そんな衝動に駆られるほど頭が熱くなったとき────
「ただいま、夕飯買ってきたぞ···お、アルドミーさんも兄さんも着いたのか。」
病室のドアをガラガラと開けて、リゼが入ってきた。
「あれ、リゼ、どうしてここに···」
「私が呼んだのよ。」
疑問の声を上げた理久に、理愛が答えた。「久々に皆で食卓を囲みたかったの。病院の人には許可を貰ったから、ここで食べましょう。」
「ああ、それでは私はお邪魔ですな、失礼します···。」
「いえいえ、アルドミーさんもここにいらして。食卓は賑やかなほうがいいわよ。」
空気を読もうと退散しようとしたファビオを、理愛が留めた。
その有無を言わさぬような口調に、ファビオは頭を掻きながら、「ではお言葉に甘えて···」と再び席についた。
「···あら、アルドミーさん、うちの子がそんなにお世話をおかけしまして···」
「や、やめろよ、母さん!」
「ええ、ええ。本当に世話のかかる男で」
「あんたも余計な事言わないでください、総隊長!」
コンビニの弁当や寿司を囲んで、理久達は賑やかに話した。
互いに他愛もない笑い話を、かつて失われた時間を埋めるようにしあった。家族達と本当に楽しそうに話す理愛の顔は、実際よりもずっと若々しく、美しかった。
やがて、そんな和やかさの中、笑いすぎで目尻に浮かんだ涙を指で拭いながら、理愛が言った。
「···やっぱり楽しいわね、大勢の人と、家族も揃って食卓を囲むのって。
私も、早く退院して···ご飯も作って、それでまた話していたい。」
母の言葉に込められた切望を感じ、理久の胸が締め付けられる。
理愛は満面の笑みで、続けた。
「だから、私も頑張っちゃおう!こんな病気なんて、さっさと治して、また皆で楽しく話すんだから!」
そう言いながら妙なファイティングポーズをとる理愛を見て、皆が思わず笑った。
やっぱり、俺達の母はこんな人なのだ、と理久は思った。
こんな何処までも奔放で、しかし強い人なのだ、と。
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何度も繰り返される。悪夢のような、その映像が。
智花は最後まで懸命にもがき、助けを求めている。しかしそれすら許さないとばかりに、凶弾がその華奢な体を貫く。
涙が落ちる。無念の、悲しみの、怒りの────
「────ッ!?」
ベッドから跳ね起きる。
背中を流れる、嫌な汗の感覚に顔をしかめながら、理久はそのままベッドの上で体育座りになった。
病院から帰った後は、正直記憶も朧である。
疲労のせいでベッドに倒れるままに眠ってしまったような、そんな事だろうとは思うが。
しかし、そんなクラクラの頭でも、あの悪夢のごとき一瞬は、ふとした拍子に馬鹿正直に現れる。
(······『ジル』。)
智花を葬り、自分を嘲り、今もなお人を殺しているやもしれない、あの男。
正体がわかったところで、疑問はやはり消えない。
何故あの時、智花は殺されなければならなかったのか。
何故理久は、殺されなかったのか。
しかし、今はその事は重要なことではない。ただ今の理久には、燃えるような復讐心があるだけであった。
「お前はいつか、俺が······!」
夜にも関わらず、蝉が煩く鳴いていた。
~病院にて(オマケ)~
理央「そういや理久、教師になってどうだった。」
理久「まあまあかな。英語なら慣れててやりやすいし。」
リゼ「ああ、兄さん凄く評判良かったぞ。『カッコイイ』ってさ。」
理久「そりゃ嬉しい。ところで、総隊長は···」
ファビオ「何も聞くなっ······!」
理久(···あ、強面のせいで距離置かれたな、これは。)
ファビオ「くっ···なぜよりによって女子高に···」
理久(わりと効いてんな、こりゃ······)
↑なんとなく入れたかった会話。
ありがとうございました。また次回。
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