ご注文は「残されたわずかな時間」ですか? 作:らんちぼっくす。/ヘスの法則
同時に、だんだん話がディープになっていきますが、宜しくお願いします。
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チノside
「おーい、皆、朝だぞー。」
リゼさんのハキハキとした声で、私の目が覚めた。
普段とは全く違う、フカフカで高級感あふれるベッドの感触で、リゼさんの家に泊まりに来ていたことを思い出す。
まだ重たい目を擦り、辺りを細い目で見渡すと、どうやら私以外も今起きた所のようだった。
·········だが、特にココアさんに関しては、未だにぐっすり眠っている。
ココアさんを起こそうと悪戦苦闘するリゼさんを見ながら、私と千夜さん、シャロさんは先にリビングに向かう事にした。
途中で千夜さんは立ち止まった。
「シャロちゃんとチノちゃんは先に行ってて。ちょっとトイレに行ってくるわ。」
「あ、じゃあ私も行くわ。チノちゃんは平気?」
そう言ってお二人は私を気遣ってくれたけれど、私はそこまで行きたいわけでも無かった。
「私は大丈夫です。それでは先に行ってますね。」
「そう?わかったわ。」
そう言って、私はお二人と別れた。
そして、一人でリビングに向かう。
(確か···この道を左···だっけ···?)
だが、しばらく歩いても、リビングらしき場所には辿り着けない。
────おかしい。ここが右で···
あれ?さっきが右だっけ?
頭の中の疑問が一気に巻き起こって、ようやく私の今の状態に気付く。
「······迷った?」
口に出して、ますます慌てる。
そういえば、私は道順ちゃんと覚えてなくて、シャロさん達について行こうとしてたんだ。
それを忘れて、一人で先に行こうとして迷ったわけである。
ああ、あまりに馬鹿だ···。
(ど、どうしよう···)
正常な思考などできず、あたふたする私の耳に、ふと誰かの足音が聞こえた。
リゼさんが戻ってきたのかと思ったが、歩くテンポはリゼさんのそれより少し早いような気がした。
では、と振り向くと、そこには私が予想していた通りの人物がいた。
「······ん?チノか、おはよう。一人でどうした?」
理久さんは、まだ寝起きから間もないのか、目を細くして頭を掻いていた。
今の私には、誰であろうと会えただけでありがたい。
「···なるほど、迷ったのか。まあこの家は広いし、仕方ないな。じゃあついてこい。」
「あ、ありがとうごさいます···!」
事情を説明すると、理久さんは快く案内をしてくれた。私は感謝の言葉を述べてついていく。
······ただ、特に会話が出来るわけでもなく、少し気まずい。
「···リゼと仲良くしてくれて、ありがとう。」
すると道中、理久さんは不意にそう言った。
「あいつも、昔から少し人見知りな所があったんだ。家柄もあって、口調も普通の女の子と比べて強めではあるしな。だから年頃になって、友達と元気に話したり、協力したり、遊んだり···そういう事が出来るか、ちょっと心配だった。」
懐かしむように下げていた目線を、ふと私に向ける。
「でも、チノみたいにしっかりした奴とか、ココアみたいに引っ張っていってくれる奴とか···いろんな人に支えられて、本当に楽しそうだった。
だから、本当に感謝してる。」
こういう風にベタベタに感謝されたりするのは、私はあまり慣れないというか···苦手ではあるけれど。
でも、温かい顔で感謝の言葉を述べる理久さんを見ると、思わず私も笑顔で答えてしまう。
「···私こそ、私達こそ、リゼさんからたくさん助けられて、たくさん学んで、お世話になってきました。昔は人見知りだったっていうのも信じられないくらいに、誰にでも明るく接してくれてます。
だからこちらこそ、リゼさんに、そして理久さんに感謝してるんです。
リゼさんの心の支えでいてくれて、そして生きていてくれて···ありがとうございました。」
「······ああ。」
理久さんは私の言葉に微笑んだ。
それは何だか、どこか励まされるような、包み込んでくれるような、優しさと力強さを兼ね備えていた。
────それとよく似た笑顔を、私は知っている。
···聞いてみてもいいだろうか。この事を、理久さんに。
馬鹿みたいな問いかけかもしれない。それでも、今ふと浮かんだ疑問は、聞いてみないとどうしても晴れそうになかった。
「···あの、理久さん」
気付けば、その声は口をついて出てきていた。
「ん?なんだ?」
一度声をかけてしまったなら、ここで聞かないのも、かえって不自然だ。
聞くだけだ。この人が知らなければ何も無いのだ。
そう心で唱え、聞く覚悟を決めた。
「···一つ、お聞きしたいことがあるんですが······」
私は、一呼吸置いて、言った。
「······私の、姉を────香風
第4話 戦場のディセイバー
「···············すまない、俺は知らないな。」
「···そ、そうですよね···」
理久さんはやはり、知らない、と言った。
当然だ。知っている方がおかしいくらいなのだ。
ただ、ほんの少し浮かんだ、ちょっとした直感みたいなもの。そんな大雑把なものが、当たるはずもなかった。
「···············」
「···············」
────沈黙が重たい。
遮るものもなくただ響く靴音を聞きながら、私は、なんの脈絡もなしにおかしな質問をしたことを後悔し、顔を赤くした。
「······チノの姉さんがどこに行ったのか、チノは聞いていなかったのか?」
沈黙を破るように、理久さんがそう聞いてきた。
「はい···まだ私が小さい頃、私のことを本当に可愛がってくれていました。でも···私が8歳になった時に、家を出ていったんです。」
答えながら、私は思い出す。幼き日に見ていた、姉の姿を。
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「·········お姉···ちゃん···?」
ある日の朝、やたらと大きな荷物をまとめてラビットハウスのドアを開ける姉を、私は寝ぼけ眼で見ていた。
姉は美しい水色の髪を靡かせながら、ちょっと困ったような顔で、私を見た。
「チノ······おはよう。」
「どこかに、行くの······?」
私が問うと、ええと、と少し悩んだようにして、それから答えた。
「···とても大きな、お仕事に行くの。」
「お仕事って···お医者さんのお仕事?」
姉は昔から、医者になりたいと言って、勉強を重ねてきた。その様子は、まだ小さかった私にも伝わっていた。
「そう。私はね、チノ。傷付いた人を助けに行くの。ここじゃない、ずっと遠くの方まで。
だから、しばらくはここに戻ってこれないの。」
「遠く?お姉ちゃん、いなくなっちゃうの?」
何処に行くのかも分からなかったけれど、姉が遠くに行ってしまうことが怖くて、私は不安で仕方なかった。
そんな私の頭を優しく撫でながら、姉は言った。
「大丈夫。チノを置いて居なくなったりなんてしないよ。必ず戻ってくるから。」
その時の姉の笑顔はまさしく、優しさと力強さを併せ持ったものだった。
「分かった。私、ずっと待ってるよ!ほら!」
その笑顔に安心して、私もまた笑顔になって、小指を差し出した。
姉もそれに応えるように、差し出された私の小指と自分の小指を絡ませる。
────ゆーびきーりげーんまーん·········
そっと指切りをして、私は笑顔で姉を見送った。
いつの間にかそばにいて頭を撫でてくれていた父の温かさと、靄のかかった街を微かに照らした朝焼けを、私は今でも覚えている。
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「そうか···それは逢いたいよな。もう5年経つんだもんな···。」
理久さんがそうつぶやくのを聞いて、私は物思いから覚めた。
「はい···どこにいるんでしょうか······。」
私のその声は、ため息のように出てきた。
すると理久さんは、険しい声で言った。
「···ごめんな、力になれなくて。」
「い、いえそんな!気にしないでください···」
私が慌てて答えると、理久さんは首を横に降った。
「······いや、チノ、俺はな·········」
「あ、チノちゃんに理久さん!おはよう!」
理久さんが何かを言いかけたところで、リビングに先に着いていたココアさんの声がそれを遮った。
寝癖も直っていないところをみると、どうやら起きて間もないようだ。私はそこそこの時間家を歩き回っていたはずだから、リゼさんの力をもってしてもココアさんを起こすのが大変ということだろう。
「···おはようございます、ココアさん。」
「お姉ちゃんって呼んで良いんだよ!?」
「···············」
いつもの様に、ココアさんが妹ねだりをしだす。
···私の本当の姉と、ココアさんは、どこが違う。
姉も明るく、器量のいい人だったけれど、ココアさんのような、誰彼構わず笑顔にできるような人ではなかった。ただ目の前にいる人を、心の底から笑顔にさせる人だった。
どちらが良いとか悪いとか、そういうものではなく、ただ私の姉の像は、後者の様な人であって、どうしてもココアさんとは重ならない。
「·········呼びませんよ」
「え〜??照れなくていいんだよ〜?」
「照れてる訳じゃないです。」
「またまた〜」
·········正直、ここまでぐいぐい来られると、認めていたってお姉ちゃんとは呼ばないだろうけれど。
この事もあってか、さっき理久さんが何かを言いかけていたことなんて、私はすっかり忘れてしまっていた。
「······じゃあ私達は行くけど、兄さんはいいのか?」
それぞれのバイトの時刻になり、天々座家を出ようとした時に、リゼさんは理久さんに聞いた。
理久さんは首を振る。
「せっかくだが···今は疲れもあってな。今日は家でゆっくりさせてくれ。」
ラビットハウスでもゆっくりして欲しかったから、正直少し残念ではある。しかし、壮絶な日々から逃げてきて間もないのだから、久しぶりの我が家で休みたい、というのも無理はないのだろう。
「じゃーねー、理久さん!また今度!」
「ああ、また今度。」
私達が手を振ると、理久さんもまた手を振り返してくれた。
こうして、私達と理久さんの最初の出会いの日は、静かに終わった。
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理久side
────私の、姉を···香風智花という人を、知りませんか?
チノが細い声で放った問いに、俺はすぐには答えられなかった。
覚悟はしていた。
昨日病室で、タカヒロさんの娘がチノであると聞いた時から。あるいはチノから、彼女────智花のことを、聞かれることもあるだろうと。
その時には、自分の知っていること全てを、チノに教えようと思っていた。
けれど結局、俺は嘘をついた。
嘘をついたところで、チノを救える訳ではない事ぐらい、分かりきっていた。
しかし、チノの姿を────あまりに智花に似た、その姿を見ると。
小さい頃からのものであろう、智花に対するチノの祈りを思うと。
どうしても、本当のことを答える気にはなれなかった。
ふと頭に、昨日の夜から日付が変わった頃にかけての、タカヒロさんの顔を思い出す。
昨日、病室を出ていく少し前に、「夜、ラビットハウスに来てくれ」とタカヒロさんから告げられた。
分かっていた。
智花の話だと。
だから周りには、この話に気を引かせてはいけないと思って、みんなが寝付いた深夜に、そっと家を抜け、ラビットハウスに向かった。
ラビットハウスは、バータイムだった。
「よく来たな、理久君。」
ドアの掛札の表示を『closed』に変えてから、タカヒロさんはこちらに声をかけた。
「何を飲む?」
「······アブサン、ストレートで。」
飲んだこともないくらい、強い酒。
でも、彼女のことを、
タカヒロさんもまた、智花の話を酒もなく聞ききれるとは思っていなかったのか、棚から別の酒を取り出した。
2人で軽くグラスを掲げ、静かに飲み始めた。
「···まさか君と、酒を一緒に飲める日が来るとは。」
一口飲んで、タカヒロさんは言った。
俺は首を振る。
「···酒が飲めるようになっても、俺は昔と変わらない、弱虫のまんまです。」
「いや、例え弱虫でも、君は強くなったさ。昔とは比べ物にならない程に、背中が大きく見える。あの時の生意気なチビ助とは大違いだ。」
そう言うと、タカヒロさんはグラスの中身を飲み干した。
「······きっと、強くなったきっかけは、
「···············」
タカヒロさんが、グラスに酒を注ぎながら言う。
俺は答えられなかった。
そして、注いだ酒を今度は一気に飲み干して、タカヒロさんは言った。
「·········聞かせてくれ。智花の話を。
そして、死に際のことも。」
ありがとうございました。
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