ご注文は「残されたわずかな時間」ですか? 作:らんちぼっくす。/ヘスの法則
計4話、この物語に重要な意味を成すパートが続きますが、どうぞお付き合い頂けると幸いです。
親父は元々心配性なところがあって、俺にもそれが受け継がれているのかもしれない。
まだ俺がガキの頃から、親父に護身用だと言われ、普通使いもしないような武術やら格闘術やらを教えられてきた。
そんな事もあって、俺は昔から『社会は恐ろしいもの』という認識を植え付けられていた。
だからなのか、俺は幼少期からかなり怖がりなところがあって、親父の手を焼いてきた。
とはいえ、親父の武術教室に対する気持ちの入れようはやたらと強く、そのお陰で、13歳になる頃には大の大人も転がせる程強くなっていた。
そしてそういった教育を受けたのは妹のリゼも同じで、母もその教育を容認していた。
そんな、普通の家庭とは明らかに違う育ち方をした俺達だが、だからこそ俺達家族全員に、特殊とはいえ強い絆があったのだと思う。
少なくとも俺は幸せだった。
ある年の3月の初めの事だった。
いつもと同じように、途中でリゼを拾い、学校から帰ってきた時、男の大声が聞こえた。
「······んだと!?じゃあ·········か!?」
所々聞き取れない部分があったが、それは紛れもなく親父の声だった。
「お兄ちゃん······お父さん、なんで怒ってるの?」
隣でリゼが、怖がってふるふると震えていた。
「なんでもないよ。先に部屋に行ってな。」
リゼを怖がらせないよう、努めて優しい声で声を掛ける。
それでもリゼは不安そうだったが、最後には頷いて部屋に戻っていった。
親父の声が聞こえた方に行ってみると、今度は親父とともに母さんの声も聞こえてきた。
ずっと病弱で、病院にいることが多かった母は、大事な日には家に戻ってきて家族と話したりする。
今回は、俺の誕生日が近いからということで家に帰ってきていたのだった。
何を話しているのかと、ドアに耳をつけ、話を聞いてみる。
「···そういうことだ。またメツキンドは吹っかけてきたんだ。」
「そんな···じゃあ、また紛争が始まるの···?」
「ああ、多分な······」
聞こえてきたその会話は、俺に衝撃を与えるには充分すぎるほどだった。
俺が生まれるよりも昔、親父が戦場にいた事は知っていたし、交流の続いていたタカヒロさんからも、その話は何度も聞いていた。
だが、それはもう終わった話だと思っていた。
「でも、あなた······」
「···分かっている。身体の具合は帰国の頃より随分と良くなったが、それでも昔のようには動けない。おまけに、今回は長期線も予想されてるから、簡単には戻って来られない。
······もしもう一度軍に行けば、今度はどうなるかわからん。」
親父が最後に呟いたのを聞いて、俺は思い浮かべた。
親父が戦場に行ったあとのことを。
もし親父がいなくなったとしたら、離れ離れになったとしたら、俺達はどうなる?
俺達は、父のいない暮らしを強いられることになるというのか?
そう思うといてもたってもいられず、俺は部屋のドアを勢い良く開けた。
「理久·········」
入ってきた俺を見て、親父も母さんも、驚きの顔を浮かべた。
その時の俺に、確固たる覚悟が出来ていたかといえば、確かには頷けない。
でもその一言は、自然にこぼれた。
「俺が軍に行く。」
第5話 それぞれの傲慢
その時の両親の驚愕の表情は、未だに覚えている。
驚くのも当然だ。それまで俺は、大きな意思表示をした事がない子供だったから、自分が一人で戦おうと宣言するなど、言った本人の俺ですら驚いたほどだ。
けれど、俺はこの言葉に対する後悔など微塵も感じなかった。
「ふざけたことを言うな!お前、自分が何を言ったかわかってるのか!?」
刹那、親父が怒鳴り声を上げながら歩み寄ってきた。
しかし、俺は怯むこともなく言った。
「分かってるさ。親父からは武術も射撃術も指揮法も、戦場に必要なものは教わったし、想定訓練だってしてきた。」
そう言うと、親父はいよいよ激怒した。
「バカをいえ!まだお前は泣き虫のガキのくせに!戦場に行ったって役立たずにしかならんだろう!自分を過信するな!」
ただ慌てるばかりの母さんをよそに、親父の言葉は留まるところを知らなかった。
けれどさすがに言われっぱなしで、俺もカッとなってきた。
だからその言葉は、ほとんど無意識で飛び出していたと言っていい。
「······親父こそ老兵じゃねえかよ!」
そう言った瞬間、親父の肩が跳ねた。
そして、俺の胸ぐらを思い切り掴んで、鬼の様な形相で言った。
「理久、お前······ロクに軍にいたわけでもなく、戦場経験もないお前が···誰に口を聞いてるんだ!」
激昂して親父は怒鳴る。
「俺は経験してきたんだ!お前が知らないほどの戦場の恐怖も、絶望も!
お前のような弱虫が、戦場で生き残れるとでも思うか!?戦場に行くのは、ベテランとして俺の当然の仕事だ!」
親父の言葉は正しい。
何も言い返せる論理などない。
けれど、親父は何も分かっていない。
理屈なんかじゃない、本当に単純明快な、俺の決意の理由を。
不意に、これまで味わったことのないほどの興奮と激昂の中で、ひたすらに怒りに似たものが湧き出てくる。
俺もすかさず、親父の胸ぐらを掴んだ。
「それ以前にお前は父親だろうが!
お前がこの家からいなくなったら、俺はまだしも、リゼはどうすんだ!まだ7歳のアイツを親無し子にする気か!」
子供の事を────リゼの事を考えていたのは、親父もだった。
親父の表情が固まる。
それに釣られてか、俺の心も少しずつ鎮まっていった。
だんだんと、心の奥にある本音が、染み出るように外に出ていく。
「·········頼む、親父·········俺達は、まだ子供だ。親のいない中で生きていくなんて、嫌だ。
せめて、せめてリゼには······親のない日々を味わわせたく無いから······!」
言いながら、眼から涙が溢れてきた。
「だから···だから、命を捨てるのなら俺でいい。俺が命を捧げれば······」
────バチンッ!
『皆が幸せになれる。』
そう言いかけた時、耳をつんざくような響きと共に、頬に激しい衝撃を受けた。
驚いて顔を上げると、そこには涙目で右の手を抑えた母がいた。
「そんな事言わないでっ!あなたこそ、私達の子供なのよ!命を捨てるとか、簡単に言わないで!」
母さんが悲鳴に近い声で叫ぶ。
その姿に俺は驚愕した。
元々母さんは、体が弱いためなのかそこまで気の強い人ではなく、厳しい物言いなどこれまでしてこなかった。
そんな母さんが、俺を叩き、叫んでいる。
それを見て、俺は俺のやろうとしていることの大きさを知ったのだった。
応えることが出来ず、呆然としていると、不意に、母さんの細い身体がぐらついた。
はっとした時には、母さんは真っ直ぐに地面に倒れていった。
「母さん!」「大丈夫か!?」
俺も親父も叫び、母さんに駆け寄る。
「理久!俺が看てるから、お前は執事に車を用意させろ!」
「わ、分かった!」
親父から指示を受け、俺は慌てて部屋を出ようとした。
そしてドアの方を見て、瞬間、心臓が跳ねた。
「お、お兄ちゃん······?おかあさん、どうしたの·········?」
「············ッ!」
ドアのそばに、リゼが立っていた。
俺と親父の叫び声を聞き、思わず付いて来てしまったのかもしれない。
そして、母さんが倒れたのを見てしまったのだろう。
目の前のリゼは、今にも泣き出しそうな顔だった。
「お兄ちゃん······おかあさん、大丈夫だよね·········?」
不安に耐えかねたように、リゼが聞いてくる。
けれど俺は答えられなかった。
大丈夫、などと、簡単に言いきれるような強さなど、少なくともこの時は持っていなかったのだから。
俺が黙っていると、リゼはとうとう泣き出した。
それでも俺は、直面した事態の数が余りに多く、しばしの間動けないでいた。
病院に着き、医師の診断を受けたところ、元々持っていた病状に加えて、精神的な疲弊があった事が原因だという事だった。
とりあえず問題はなかったが、しばらくは目を覚まさないと言われた。
それだけの事をリゼに伝えると、今度はほっとしたからか、またも泣き出してしまった。
皆、どっと疲れがでて、待合室の長椅子に座り込んだ。
しばらくすると、「執事に電話を掛けてくる」と言って、親父が席を外し、外に出ていった。
俺とリゼ、二人で長椅子に座っていると、泣き止んだリゼが不意に口を開いた。
「······お兄ちゃん、どこかへ行っちゃうの?」
「······え?」
「さっき、おとうさんとおかあさんと話してた。お兄ちゃんは、どこか遠くへ行っちゃうの?」
さっきの会話は、全部聞かれていたようだ。
という事は、最初から俺の後をつけてたのか。
とりあえず、言葉を探して問いに答える。
「·········まだ、分からないんだ······。もしも親父が行けない、ってなったら、俺が行かないと······」
「行かないでよ。」
俺の言葉を遮り、リゼが言った。
「わたし、お兄ちゃんがいなくなるの、いやだよ。だって、まだこわいものがいっぱいあるもん。人とおはなしするのも、夜にひとりでいるのも、まだこわいよ···。
だから、お兄ちゃん、お願い、行かないで······!お願い、わたしを、ずっと守って·········!」
絞り出すような声を出し、俺の裾に掴まるリゼを見て、胸が締め付けられる思いになった。
リゼはまだ7歳。
誰にだって甘えたくて、誰にだって愛されたい。
そういうワガママが、まだ許される年。
だから俺には行かないでいてほしいだろうし、俺が行く道理を理解しきる事も難しいだろう。
俺にとっても、リゼは大事な妹だ。だからリゼには、今の内は辛い思いなどしてほしくはなかった。
でもだからこそ、俺は行かなきゃならなかった。
もしも親父がいなくなってしまったなら、今だけでなく、周りからの『父親無しの子』というレッテル貼りもついてまわり、一生辛い思いをする。
どれだけ辛い選択でも、行かない、ということが出来ないなら、割り切らなければならないのだ。
「リゼ。」
努めて優しく、声をかける。
「······大丈夫さ。俺はいなくなったりしない。行くことになったって、ただほんのちょっとの間、出掛けるだけだ。その間も、すぐ側じゃないけど、必ずどこかにいるから。」
「お兄ちゃん······」
リゼは目を潤ませながら、こちらを見ている。
俺はそれに応えるように、最大級の笑顔を浮かべた。
「リゼ、お前は決して、一人じゃないんだ。いつだって俺がついてるんだ。」
それを見て次第に、リゼは笑顔になっていって、最後には大きく頷いた。
そのリゼの笑顔を見て、俺の思いが固まった。
俺はきっと、行くことになる。
でも俺が戻って来ないと、リゼは一生悲しむだろう。
驕りかもしれない。
傲慢かもしれない。
それでも、生きよう、と心に誓った。
この小さな笑顔一つ守り抜くために。
「·········理久。」
声をかけられた方を向くと、いつの間にか親父が目の前に戻って来ていた。
「·········話がある。こっちに来い。」
「·········ああ。」
すっかり落ち着いたリゼを置いて、少し離れた所へ向かう。
「············お前、意志は変わらんか。」
誰もいないことを確認し、親父は言った。
俺は力強く頷いてみせる。
「·········何があっても、命を手放したりしないと誓えるか。」
俺は胸に手を当てた。
さっきの決意が、胸に燃え上がる。
「·········誓うよ。みんなの為に、俺は絶対に生きる。」
俺がそう言うと、親父はついに観念したように溜息をついた。
「···出発は三日後だ。今日はもう遅い。明日と明後日で戦場のノウハウを叩き込む。覚悟しておけよ。」
「ああ、分かった。」
俺は再び気を引き締めて、頷いた。
それから、三日後。
街は少しずつ明るみ始めていた。
大きなカバンに家族写真を最後に詰め、部屋から出る。
リビングに向かっても、まだ明かりは点いていなかった。日も登っていないのだから、まあ誰もいなくて当然だ。
きっとこの家を見ることは当分ない。
しっかり目に焼き付け、忘れないでいようと目を閉じた。
────その時。
パパパァァン、と、軽快な破裂音が続けざまに起こった。
「へ?」
状況が飲めず、間抜けな声を出すと、リビングの明かりが突然点った。
そして、見慣れた家族の顔が目の前に現れた。皆、手にクラッカーを持っている。
「「「お誕生日、おめでとう!!!」」」
「あ·········」
そういえば、そうか、今日は3月14日────俺の誕生日だ、と、ここでようやく気づいた。
「···てか、母さん、病院いたんじゃないのかよ···?」
まだ病院で安静に、と言われていたはずなのに、俺の目の前には母もいた。
「何言ってんのよ、せっかく誕生日だからって戻って来てたのよ?ストレスなんかでお祝い出来なかった、なんて言ったら一生後悔するわよ!
病院の一つや二つ、簡単に抜け出してみせるわ!」
「いや、それはおかしいだろ···」
当たり前のようにとんでもないことを言う母に、俺は心底呆れていた。
元からぶっ飛んだ人だったが、ここまでとは恐れ入る。
そんなことを考える俺の前に、リゼがトコトコとやって来て、両手を前に差し出してきた。
その中を見ると、赤い小包みが乗せられていた。
「お兄ちゃん、行ってらっしゃい。これ、私が選んだんだ。」
リゼは笑顔でそう言うと、俺に小包みを渡した。
「あ、ありがとう······開けてもいいか?」
「うん!」
目頭が熱くなるのを必死に堪えながら、丁寧に包装を開いていく。
その中には、真っ白な箱が入っていた。
そっと箱の蓋を開けると、中には銃をモチーフにした、かなり野性的なデザインのネックレスが入っていた。
7歳の女の子が選ぶものでもないだろと心中で苦笑するも、嬉しくてついにやけてしまう。
「ありがとう、リゼ。お守りにするよ。」
「うん!」
ここでふと、大事なことを思い出した。
「あ···そうだ。リゼに渡したい物があったんだ。」
「え···わたしに?」
「ああ、ちょっと待ってな。」
そう言って、急いで自分の部屋へ戻り、
「おまたせ、リゼ······ほら、これは俺からのホワイトデーギフトだ。」
「え?······わぁぁぁぁ···!かわいい·········!」
親父のような黒眼帯を巻いて、背中に銃を担いでいる。
リゼのためにわざわざ、この三日間は合間を縫ってこれを作っていた。喜んでくれるか不安な所があったが、この反応は上々だろう。
「······こいつの名前はな、俺のもう一つの名と同じなんだ。」
「お兄ちゃんの、もうひとつの名前?」
「ああ、そいつの名はな······」
そう言いながら、一昨日、親父から最初に教わった事を思い出す。
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『いいか、まず俺達の軍において、自分の本名を周りに明かすのはタブーだ。』
『え?何で?』
『俺達の軍には昔から、ならず者から富豪まで···訳ありの奴含めて色んな奴がいた。その時、素性がバレると、予期せぬ不和を生むことがある。だからずっと昔から、この軍では、二つ目の名前を皆がもってた。』
『二つ目の···名前?』
『ああ。お前も例外じゃない。お前には特別に、俺の名前を継いでやる。』
『親父の名前···なんだったんだ?』
『俺のもうひとつの名前はな···』
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「······『ワイルドギース』。誰もが憧れる兵の名だ。俺がそうなれるかは分からないけど·········」
そこまで言って、俺はリゼの頭に手を置いた。
「······もし悲しくなったなら、そいつに話しかければいい。そいつは俺の分身みたいなものだ。きっと、リゼを支えてくれる。」
そう言うと、リゼは本当に嬉しそうに、満面の笑みを浮かべた。
「ありがとう、お兄ちゃん!ワイルドギース、ずっと大事にする!」
その笑顔を見て、なんだか心が満たされたような、そんな気分になった。
(······本当に、良かった。)
これで俺は、悔いなく前に進める。
「······みんな、ありがとう。行ってくるよ。」
暖かい気持ちでリュックを背負い直し、ドアに手をかける。
「···くれぐれも、自分を大事にな。」
「ずっと待ってるわよ。」
「元気でね···!」
目の前で手を振ってくれる、
笑ってくれている、
かけがえのない人たち。
いつかまた、この笑顔を見れるように、何が何でも生きていこう。
そう誓って、俺はドアを開けた。
置いていったのは、平穏な日々。
受け取ったのは、確かな愛情。
また戻ってくる。
必ず戻ってくる。
その為に戦うのだ。
気付けば、すっかり日は登っていた。
過去編続きます。
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