ご注文は「残されたわずかな時間」ですか?   作:らんちぼっくす。/ヘスの法則

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過去編最終話です。
上手くまとまってると嬉しいです。


第8話 メランコリーグラス

「······そうか。」

 

 時は今に至り、ラビットハウスのバータイム。

 俺とタカヒロさんは、向かい合って話をしていた。

 

「智花は、最後まで自分の仕事を全うしていたんだな。」

「はい······」

 

 あの後、医療班の人から聞いた話だと、怪我人を戦火に巻き込まないように、智花が別の場所へ避難させようとしていたらしい。

 その途中であの男に襲われ、それでも何とか患者は逃がすことが出来たようだった。

 最後まで人の身を案じ、優しく、強くあり続けたのだ。

 

「それが分かっただけ、親の私としては幸せだ。あの娘は私の誇りだよ。」

 

 至って穏やかに、タカヒロさんは言った。

 そして、懐かしむような口調で語った。

 

「······チノも智花もまだ幼い頃にな、妻は────あの子達の母親は亡くなってる。だからあの子達には、出来るだけ楽をさせてやりたかった。

 でも、智花は真面目な子だったから···自分が母親のような存在にならなきゃいけないんだと思っていたんだろうな。だから年頃に合わない、大人びた子に育っていた。

 それでもある日、夢を私に語ったんだ。

 危険な場所でする、危険な仕事だ。私は反対した。でも、智花の努力する姿を見て、私は何も言えなくなった。これまでずっと自分を追い込んでいた智花が、夢を追おうとしていたんだ。それを見てしまっては、親には何も言えない。」

 

 言いながら、また酒を呷った。

 

「それでも、あの子が定期的に送ってくれる手紙の中に、君のことが何度も書いてあった。

 自分のことを分かってくれるいい人だ、といつも書いてあったよ。」

 

 俺は思わず笑った。

 俺ができたことなんて、無いに等しいっていうのに。

 

「君にはお礼を言わなきゃいけないな。」

「やめて下さい、俺は本当に何も出来てませんから。」

「いや、君は紛れもなく智花の支えになっていたさ。

 それに、その他にも礼を言わなきゃならないことがある。」

「······?」

「智花の手紙を毎日送ってくれたのは、君だろう。」

 

 そう言われて俺は、ああ、と思った。

 そして、すぐに首を横に振った。

 

「あれは、智花の言葉を守ったまでですから。」

 

 

 

 

 ーーーーーーーーーーー

 

 

 

 智花の死後、医療班の人間が俺を訪ねてきた。

 どうやら、智花が遺した遺品がある、との事だった。

 何かと思って見てみると、それは山積みになった大量の手紙だった。

 その手紙の殆どは、このラビットハウス宛のもの。しかし、その中に一通だけ、俺宛のものが入っていた。

 震える手で手紙を開くと、そこには美しい智花の文字が並んでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 第8話 メランコリーグラス

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ────理久くんへ。

 残念だけど、これを読んでいるってことは、私は死んでるよね。

 まあ、当然だよね。遺書なんだから。でも、やっぱり死ぬのって怖いし、悲しいや。

 でもそんなことは言ってられないよね。それじゃ、要件を伝えます。

 

 まず、あなたの元には手紙の束が届いていると思います。

 それは全て、私の妹のチノに宛てたものです。

 その手紙には、毎日の記録────とはいっても、本当の事じゃないけど────が書いてあります。これまでも毎日、同じように手紙を送って来ました。

 ここでお願いです。それを1枚ずつ、毎日送ってほしいんです。

 嘘をつきたいわけじゃないよ。ただチノはまだ小さいから、私が死んだってことは知られたくないんだ。まだ子供のうちから、母親も姉も亡くすっていうことは、きっとすごくショックなことだと思うから。

 だから妹のために、引き続きその手紙を送ってあげてください。

 

 それから、二つ目。

 お父さんにだけは、本当のことを伝えなきゃいけません。でも、自分がどうして死んじゃうかも分からないから、そこだけは、迷惑かもしれないけど理久くんに頼みたいんです。

 理久くんだったら信用出来るから。私のこと、そして理久くんのこと、お父さんにありのままに伝えて欲しいと思います。

 

 いくつも頼んで申し訳ないけど、最後にもう一つだけお願いです。

 とは言っても、きっと理久くんなら言わなくてもやってくれるよね。

 

 生きてください。

 最後まで、生きてください。

 そしていつか、チノが大きくなって、本当のことを話せるようになったら、理久くんの口で全てを伝えてあげてください。

 

 理久くんならきっと平気だよ。私なんかよりもずっと強いから。

 勝手なお願いと期待だけど、私は理久くんを信じています。

 

 お願いしたいことは、これで全てです。

 一番信頼出来る理久くんに託します。

 

 それと、これはお願いじゃなくて、ただ言いたいこと。

 私、理久くんに初めて会った時、すごく優しい人なんだなって思った。人を守ろうと思えるし、自分をちゃんと顧みれる。

 そんな姿に何度も慰められてたんだよ。

 私が何度泣いても、もっと力強く生きている姿に励まされて、何度でも堪えられたんだ。

 

 その姿が、私は大好きです。

 いつだって前を向ける、かっこいい理久くんの姿が大好きです。

 理久くんが、大好きです。

 

 ···手紙でも緊張するな、これを書くの。今だって、手がすごく震えてて、ようやく書けたって感じだよ。

 誰かを好きになったことなんてこれまで無かったから、慣れてないんだ。

 この手紙を読んでるんだとしたら、きっとこれは私の人生最初で最後の恋なんだろうけど、その相手が理久くんで、私は良かった。そう思っています。

 

 

 最初に言ったとおり、これは私が死んだ時のための手紙です。

 でもこれは、絶対死ぬから書くとか、そういうものでもないんです。

 ただ万が一私が死んでしまったら、傷付けてしまう人に申し訳ないから。本当に念のため、この手紙を書きました。

 

 願わくば、この手紙を誰も手に取ることがありませんように。

 最後のプロポーズも、私の口から直接言えますように。

 

 智花より。

 

 

 

 

 

 

 この手紙を読んですぐ、また俺は泣いた。

 声を絞って泣いた。

 

 それでも俺は前を向いた。

 せめて智花の最後の言葉を守り抜こうと。

 本気で好きになった人の頼みなのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 ーーーーーーーーーーー

 

 

 

「···俺にとって智花は、決して死ねない理由の一つです。だから彼女は俺の恩人なんです。その言葉を守るのは、俺の当然の義務です。」

 

 グラスを持つ手に自然と力が入った。

 タカヒロさんはそんな俺を見て、そうか、と頷いた。

 

「君はやはり良い兵士だ。義を掲げ、なお強い。私の娘が惚れるのも納得だな。」

「······それより、大事な話がもう一つあります。」

 

 慣れない褒め言葉に小っ恥ずかしくなり、話題を逸らした。

 タカヒロさんも真面目な顔になり、頷く。

 

「分かっている。さっきの話のおかしな所だな。」

「ええ、その通りです。

 断定は出来ませんが、あの襲撃はこちらの軍を疲弊させるのが目的ではなく、智花を殺すことが目的だった可能性が高いんです。」

 

 

 そう。部下から聞いた話によると、智花が死んだ直後、敵軍の攻撃がパタリと止んで、急速に離れていったのだそうだ。おまけに、医療班を襲ったあの十数人とは別に、最初に俺達の前に現れた大軍も、その後襲撃を仕掛けることもなく、どこへともなく消えていった。

 医療設備を破壊してから本軍で攻撃、というやり方をするのかと思ったが、その推測も外れた。

 

 少なくとも、あの襲撃は医療班の内の()()を標的にしていたのだということは間違いない。

 そしてその()()が智花であった可能性が、タイミング的には非常に高いという事だ。

 

「智花自身が恨みを買っていたのか、或いは我々に恨みを持った人間の襲撃か···だな。」

「はい。しかし智花を殺した男は、俺に向かって『()()殺さない』と言っていました。『ボスの命令』とも。

 最終的には俺を殺す気なのでしょう。そしてその関係者となれば、タカヒロさんも危ないです。常に注意しておいてください。」

 

 俺がそう忠告すると、タカヒロさんは深く頷いた。

 

「ああ、肝に銘じておこう。

 ···さて、もう遅くなってきた。そろそろ切り上げようか。」

 

 タカヒロさんにそう言われて時計を見ると、時刻は既に午前3時前というところだった。こちらもそろそろ帰らねばならない時間だった。

 

 でも、最後に聞かなければならないことがある。

 

「···タカヒロさん。」

「なんだい。」

「···チノには、もう智花のことを話すべきでしょうか。」

 

 その質問にタカヒロさんは少し悩んでから、言った。

 

「···あるいはもう伝えた方がいいかもしれないな。

 でも、まだ必ず知らねばならない歳でもない。

 話す話さないは、君の判断に任せることにしよう。」

 

 釈然としない答えだったが、俺は分かりました、と答えておいた。

 

「それじゃ、失礼します。」

「ああ。」

 

 そう言って俺は立ち上がった。

 タカヒロさんは二人分のグラスを片付け始めていた。

 

 

「···理久くん。」

 

 俺がドアに手を掛けたタイミングで、タカヒロさんが俺を呼んだ。

 

 振り返ると、タカヒロさんは目頭を押さえ、俯いていた。

 

「生きていてくれて、ありがとう。

 君は智花と同じ強さと優しさを持っている。

 智花の思いがまだ生きているんだ。こんなに嬉しいことはない。

 ···これからも、強く生きて欲しい。智花の分もな。」

「·········」

 

 タカヒロさんの声が震えているのを聞いて、俺は何も言えなかった。

 深く頭を下げてから、そっとドアを開けて、夜の街に歩き出していった。

 

 

 

 

 

 

 

 ーーーーーーーーーーー

 そして夜が明け、チノと会ったけれど、俺はやはり事実は言えなかった。

 チノの為にならないから、とあれこれ理屈はこねてみても、結局は怖かっただけなのかもしれない。

 俺がまた、事実に向き合うということが。

 

 

 

 リビングのソファにだらんと横たわる。

 日はとっくに登っているが、昨夜はずっとラビットハウスにいたから、全く眠れていなかったので、眠気が一気に襲ってきた。

 次第に意識もとどめておけなくなって、そうして心が闇の中へと落ちていった。

 

 意識が途絶える瞬間に見えた智花の顔が、印象強く残っていた。




いかがでしたかね?
次回から現在(というか現実というか)に戻ります。
ご意見・ご感想をお待ちしております。
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