理想の居場所   作:うぃて

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由比ヶ浜スキーはここで撤退することをおすすめします。


知っているのに知らない人

 聞きなれない電話のコール音で目が覚める。 初期設定でも共通で設定してるものでも無いコール音。プリインストールの中に入っていた気もするがよく覚えてはいなかった。

 寝ぼけ眼をこすりながらディスプレイを見て、そこに表示された『比企谷八幡』の文字に一瞬硬直してしまう。

 彼のコール音を個別に設定した覚えも無ければ、そもそも彼の連絡先を登録していなかったはずだ。

 それでも、と思いとりあえず電話に出る事にする。朝一で彼と話す事になぜだか少し動機が早まった。

 

「もしもし…朝早くからどなたかしら?」

 

 

 

「どなた、とはまたご挨拶だな…おはよう、雪乃」

 

 

 

 今度こそ完全に時が止まった。

 電話の向こうにいるのは誰だ。

 声は彼によく似ているが、自分の呼び方も、気安そうな話し方も、愛情が込められていそうな優しい口調も、全てが自分の記憶と完全に食い違っていた。

 

「え、えっと…比企谷君…よね…?」

 

「比企谷君って、また懐かしい呼び方だな…あれ? もしかして機嫌悪いか? 俺何かした?」

 

「い、いえ、そういうわけではないのだけれど…」

 

 思考がまとまらない。

 すでに手遅れな気もしたがこれ以上無様な醜態を晒さぬよう、時間稼ぎにとりあえず話題を変える事にする。

 

「と、ところでこんな朝早くから何のよう? 急ぎの話でもあったかしら?」

 

「何のようって…昨日の夜に遅くまで会話しすぎたから、朝先に起きたほうがモーニングコールしようって言い出したのは雪乃だろ?」

 

「ひゅい!?!?」

 

 立てなおそうとした思考を逆に破壊された。

 もちろん自分には昨日の夜会話した覚えなんて無い。だが彼の口調にふざけている感覚やからかいの色合いはなく、逆に少し心配されている風だった。

 

「なあ雪乃本当に大丈夫か? なんか今朝のお前変だぞ?」

 

「いえ、大丈夫、大丈夫よ。ただ、まだ少し頭が働いていないようだから早めに顔でも洗ってくるとするわ」

 

「ん、わかった、でも無理はするなよ。辛くて休むようなら帰りに見舞いに行ってやるから」

 

 じゃあまた学校で、と言って通話を切る。

 最後まで彼の口調は優しく愛情が込められているように感じた。それがまた自分をひどく混乱させ、暫くの間ベッドから降りることも出来なかった。

 

 

 

 身支度を済ませ家から出る。

 ベッドの上で放心しすぎたせいか少し慌ただしくなったが、いつもより少し早い時間に起きたせいで気づけば時間は十分に余裕があった。

 登校途中、歩きながらある人に電話をかける。

 

「もしもし」

 

「もしもし雪乃ちゃん? おはよー、こんな朝早くは珍しいね、なんかあったの?」

 

「おはよう姉さん 今度は何を企んでいるの?」

 

 かける相手は姉。朝の珍事は彼女が企んだことだろうと、そうでなくてもなにか知っているだろうと当たりをつけていた。

 

「企んでる? 今は別に雪乃ちゃんに変なちょっかいはしてないつもりなんだけど」

 

「とぼけないで、比企谷君になにか吹き込んだのはあなたでしょう?」

 

「あはは比企谷君ってどうしたの雪乃ちゃん。なんか八幡に変なことされたの?」

 

「だから彼に………? 今姉さん彼のこと…」

 

「なに、まーた呼び方にケチつけるの? 雪乃ちゃんだっていつもは名前で読んでるんだしいいじゃない。そんな心配しなくても取らないわよ」

 

 絶句する。

 注意深く声を聞いてみれば、自分に話しかけてくる言葉にいつも感じていた悪意の色はなく、純粋に可愛い妹をちょっとからかうような、そんな口調だった。そして、その言葉の中に嘘があるとはなぜか全く思えなかった。

 

「話はそれだけ? というか今日は結構時間あるから話があるなら夕方にでも会おっか?」

 

「いえ……大丈、夫よ…ごめんなさい、いきなり変なことを言って」

 

「んー? いや別にそれはいいんだけどさ。んじゃ静ちゃんと八幡によろしくねー」

 

 通話が終わる、だが自分が求めた情報にはかすりもせず、むしろ新たな疑問だけが残ってしまった。

 

「なんだというの……」

 

 益体もない独り言をつぶやき、ぼんやりディスプレイを眺めているとメールが来ていることに気づく。

 

『残り6日』

 

 見たことのない意味不明のメールアドレスに、よくわからない一文があるだけ。スパムかイタズラメールだろう、と結論付け他の考え事に没頭していった。

 

 

 

 

 

 

 学校についてからはいつも通りの日常だった。いつも通り授業を受け、いつも通り勉強に励み、いつも通り日程が終わる。昼休みに由比ヶ浜さんは奉仕部室に来なかったけれど、それだってさほど珍しいことではなかった。

 そして放課後、否応無しに彼と顔を合わせてしまう時間がやってきた。

 まだ困惑は解けきってはいないものの、表面上はいつも通りを装い、席に座り、本を取り出す。彼が来るまでに少しでも感情の整理をしておこう、などと考えていた。

 

「よ」

 

だが落ち着く暇も無く彼が来る。

それでもとりあえずはいつも通りに、まずはそれだけを心がける。

 

「こんにちは比企谷君、今朝ぶりね」

 

「おう、調子は悪くないみたいだな、少し安心したよ」

 

 やはりなにかおかしい、だが彼の声音にからかいの色はなく、朝と同じように優しさと敬愛しか伝わってこない。嘘をつくとは言っていたが、いくら彼とはいえここまで声の調子を自由にすることができるのだろうか。

 うぬぼれでなければ、彼が常日頃から一番大事と言って憚らない、小町さんに向けるレベルの親愛の情を感じてしまっている。

 

「にしてもまだ比企谷君って……俺、本当に何かしたか?」

 

「え、い、いやそんなことは…そ、それよりも今紅茶を入れるわね。今日は由比ヶ浜さんは来るのかしら?」

 

「あーどうだろう? 今日は彩加が何もないって言ってた気がするし、振り回してるかもしれないな」

 

 また彼が変なことを言い出した。由比ヶ浜さんのことを聞いたのに何故戸塚君の話が出てきているのか。それに比企谷君は彼のことは戸塚と呼んでいたのではなかったか。

 疑問点を整理できるよう、何よりも落ち着けるようにことさらゆっくりと紅茶の準備をする。

 

「まあでも、ここでゆっくり二人っきりってのも悪く無いだろ」

 

 落ち着けなかった。今日のこの男は何だというのだろうか。

 乾いた声で「そうね」とだけ返す。何故だか顔がとても熱いが、心の余裕が全くない私にはどうすることもできなかった。

 

 

 しばらく2人きりで本を読み続ける。それだけはいつも通りだが彼の席はいつもの対角線ではなく、手を伸ばせば触れられるほど近くの場所。

 雰囲気も今までに感じたことがないほど柔らかかった。

 本を読むふりをしながら今のこの状況は一体何なのだろうかと堂々巡りに近い思考をしていると、突然ノックの音が聞こえ、返事をする前に奉仕部の扉が開かれた。

 

「邪魔するぞー。ん、何だ由比ヶ浜は休みか?」

 

「平塚先生…」

 

 そこには案の定、というべきか平塚先生が立っていた。

 いつもならここに来るだけでまた厄介事かと思うところだが、今日に限っては救いの女神にさえ思えた。

 

「で、今日はどうしたんです? またぞろなんか頼みごとでもあるんですか?」

 

「いや今日はほぼプライベートなんだが…ちょっと雪ノ下に話があってな」

 

「雪乃にプライベートで話? 何があったんです?」

 

「ああ、すこし陽乃のこ、とで……いやちょっと待て比企谷今お前雪ノ下のことなんて呼んだ?」

 

「は? いや何度も聞いてるでしょうに、先生以外に生徒も教師もいないならわざわざ雪ノ下って呼ぶこともないでしょ」

 

 平塚先生が口をパクパクさせてこちらを見る。どうやら彼女もこの状況に違和感を持っているらしい。

 するとタイミングがいいのか悪いのか、彼と私の携帯が同時に震えた。

 

「ん…ああ由比ヶ浜からだ、『今日はさいちゃんとデートするから奉仕部行けない』ってさ。まあ彩加になにも予定がない日の恒例だな」

 

「「はあ!?」」

 

 先生と一緒に驚愕の声を出す。先程の疑問の一つは解消されたが、また更に大きな疑問が増えてしまった。

 

「君、戸塚のことを名前で呼んでたか……? いやそんなことよりも由比ヶ浜と戸塚が……?」

 

「……平塚先生、そんなことより私に話があるんでしょう? たぶんあまり人に聞かせたくない話だろうと思いますのでふたりきりで話しましょう、比企谷君は終わるまで少し図書室にでも行っていてくれない?」

 

「え、あ? お、おう……?」

 

「ごめんなさいね」

 

 一息で言い切る。

 今、この状況で、一刻も早く、私と感覚を共有出来る人と二人っきりで話したかった。

「俺ホントになんかしたかな…」とヘコんで出て行く彼に多少胸が痛んだが、致し方ない犠牲と割り切ることにする。

 

「………で、先生、先生はこの状況をなにかおかしいと思ってるんですよね?」

 

「あ、ああ…いやおかしいというか少し違和感があったというか…先程のやり取りで違和感なんてレベルではなくなってしまったが」

 

「わかりました…私の話も聞いて欲しいんですが、とりあえず先に先生の言っていた少しの違和感について話してくれませんか?」

 

「私が先でいいのか?」

 

「私の話は少し長くなってしまうと思いますので…先に先生の話でお願いします」

 

「うむ…わかった。いや違和感というのはな、陽乃からのメールのことなんだ」

 

「は? 姉さんからのメール?」

 

「ああ、彼女は結構付き合いが濃い生徒だったとは思っているし、今も君を通して、いや通さずともそこそこ連絡を取り合う仲ではあるんだが…いかんせん今日は質が違う気がしてね」

 

「質…ですか? 具体的には?」

 

「前はたまーに今度ご飯を食べにこう、だの成人したし一緒に飲もう、だのの軽い誘いがあるだけだったんだが…今日は朝起きて何食べた、というのとさっき届いた大学終わって疲れたー、と言う近況報告のようなものがきてね。

 適当に返しておいたんだが日に2件というのも内容が殆ど無いというのも今までになかったことなんだよ」

 

 何か知っていることはないか? と問いかけてくる先生に沈黙で返す。姉さんにしては変なんてレベルでは無いように思えて。だが何処がと問われると明確には言い表せなかった。

 

「……先生、そちらに答える前に少し私の話を聞いてもらえますか?」

 

「聞こう、結論を出すのはそれからでも遅くはないだろう」

 

 そうして私は今朝からあったことを話しだした。

 モーニングコールのこと、姉さんとの会話、奉仕部の空気。

 一つ一つが既に大事件だという私の認識に違わず、先生の顔も一つを聞くたびに険しくなっていった。

 

「それでさっき先生が来た時に戻るんですが…どうでしょうか?」

 

「いや、もう何がなんだかわからん。世界線がズレてるんじゃないかと疑うレベルだ」

 

 また意味のわからないことを言い出した、そして2人だけではこの状況がどうしようもないということもわかってしまった。それでもなにかないか、と解決の糸口を探っているとふいに今朝来ていたメールのことを思い出した。

 

「そういえば今朝は変なメールが来ていました…スパムメールだと思っていたんですけど」

 

 携帯を取り出してメールを見せる、すると先生は少し驚いたような表情をして彼女の携帯を取り出した。

 

「そのメールだったら私も来ていた…アドレスは違うが文面は一緒だな」

 

 一つ不思議な共通点は見つかった、しかしそれだけでは何も進展せず結局すぐに八方塞がりとなってしまう。

 

「……こうなったらもうあれだな! 誰かに聞くしかあるまい!」

 

「……もうそうするしか無いですね…とすると…」

 

「うむ、誰に聞くかだな」

 

 この状況下で、私達の現状を理解し、信じてくれて、知りたいことを素直に教えてくれそうな人…。

 

「小町さん、……それか姉さん、ですね」

 

「ふむ? 比企谷の妹さんはわかるが…陽乃でもいいのか?」

 

「ええ、今ならきっと普通に教えてくれる…助けてくれるってなんとなくそう思ったんです」

 

 朝の会話だけではあるが、姉さんからは全く悪意を感じ取れなかった。助けを求めれば普通に、妹の世話を焼く姉のように手を差し伸べてくれるという不思議な確信があった。

 

「だとすると、時間の都合がつくなら二人共に来てもらったほうがいいのかもしれないな。妹さんも実は状況がわかってない側かもしれないし」

 

「わかりました、連絡してみましょう。場所は…長くなりそうだしどこかに移動しますか?」

 

「落ち着けて長居出来る場所とするなら、君の家とかではどうかな? いいなら妹さんは行きも帰りも私が車を出すが」

 

「ん…大丈夫です、では小町さんに連絡してみます。姉さんの方は先生がお願いします」

 

「ん? ああ、まあいいが」

 

 少し思うところもあって、姉さんの方を先生に任せる。すぐに返信があり二人ともOKとのこと。

 はやく話し合いたいので早速移動することにし、そのついでに比企谷くんにも今日の活動は終了、少し先生と話があるからそのまま帰宅して欲しいと告げておく。

 このまま、のけものしたまま帰らせて、さらにはフォローしてくれるであろう小町さんまで奪われている比企谷君のことを思うと、流石に少しではなく可哀想でとてもひどいことをしている気にもなる。悲しいがこれも原因究明のための致し方ない犠牲だった。

 

「いわゆるコラテラル・ダメージというやつだな」

 

「先生はいきなり何を言い出すんですか」

 

 

 

 

 少し買い物をしてから家に帰ってみれば既に部屋の鍵が開いており、中には我が物顔でお菓子をつまむ姉さんがいた。さらに先生が比企谷家に向かった先にはすでに準備万端の小町さんがいたらしく、集合までに時間はかからなかった。

 4人分のお茶を入れ、姉さんが買ってきたロールケーキを切り分けたところで小町さんが口火を切る。

 

「それで、小町の将来のお義姉さん達が揃ってどうしたんです? うちのダメ兄がまたなんかやらかしましたか?」

 

「そーそー、急にこのメンバーで話があるなんてどうしたの? 雪乃ちゃんも朝から変だったし」

 

「……話をする前に一つだけ、小町さんと姉さんに聞きたいことがあるの。二人の思ったことを、正直に、何も考えずに答えてちょうだい」

 

「へ? 小町たちですか? いいですけど…そんな深刻に、何を聞きたいんですか?」

 

「考えずに答えて欲しいこと? まあ雪乃ちゃんの質問だったら相当際どいところまで正直に答えちゃうよ!」

 

 かたやいつも通りに、かたやいつもと正反対に反応してくれる。

 

 その二人に向かって私は、一番最初の疑問点を投げかけた。

 

「小町さん、姉さん、あなたたちから見て……比企谷八幡にとって、雪ノ下雪乃は何?」

 

 

 

「「最愛の彼女?」」

 

 

 

 二人に揃って即答される。

 

 そうなのかもしれないと思っていた、だがしかしこれで確信が持てた。

 

 この世界は、何かがおかしい。

 

 




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