危険になった少女二人を助けた後、再び西の山脈まで歩いていた。
目の前には仮想世界とは思えない立派な山と大草原が背景になっていてその光景自体が一つの芸術作品のようだ。
まぁ、その大草原に狼型や猪型のモンスターがいなければの話だが。
直ぐ近くに山脈に着くため、このまま歩いていけば5分といった所だろう。
山脈と言っても現実世界にあるような物凄くデカイ山脈とは少し違う。
マップには山脈と付いているがどちらかと言うと小さい山を隣同士でくっつけたような形をしていて、それほどデカイものではない。
次の第2層行けばコレ以上に大きい山など沢山あるのだが、この第1層は層によって決まっているテーマが決まっていなく、森、草原、山などなどが小規模な物もあるが、全て揃っている。
話を戻すと、目の前にある山脈はβテストの時は訪れる人は殆どいなかった。
何故か? 理由は単純この山には特にクエストがないのだ。
少なくとも攻略攻略で頭がいっぱいだった人が多かったであろうβテストの時には好んでこの山に来たがる人はいなかった。
一つ訪れる要素があるとすればこの山の天辺付近に平らな部分あって、そこには小さいが洞窟もある。
そこから見える第1層の景色は正しく絶景と言えるだろう。
だから、今回は行く場所をこの山にしたのだ。
ざっと経緯を説明して来たが、その山に行く途中ちょっとした事件が発生した。
《始まりの街》から出てきた初心者がフィールドで狩りをしていたのだ。
初心者二人にフレンジーボア3体、雑魚モンスターのフレンジーボアが一体増えた所で倒す分には何ら支障はないのだが、今の状況はこの世界の
こんな状況でしかも初心者が冷静に戦えるわけがなく、危ない所を俺とイヴが助け出したというわけだ。
そう、この世界の体力――命は脆い。
こういうMMORPGはレベルによって強さも大きく変わる。
レベルが低いとその分ステータスが低くなって危険度も増す。
なので、今この第1層の特に初心者はレベルがまだそんなに高くない人が多いはずだ。
つまり、この第1層の時期が一番死亡数が高いと俺は踏んでいる。
その分レベルが上がればレベルが自分より低いモンスターに大きく有利が取れるという利点があるが、そこまでなるまでがまず難しい。
そして今、無事に人助け的な事もしたし、まぁ数分前の自分の行動に少し後悔はしているが、少し気分が良くなっている反面。
普段は歩幅が違っていつも俺よりも後ろか隣で付いてきているイヴが今は俺の前をずかずかと歩いていた。
しかも少し早歩だ。
それは俺が必然的に身につけてしまった相手の瞳を除いて感情を予想するという特に居ることもない特技を使わなくとも、歩いている後ろ姿を見ているだけでも分かる。
―――あー、何か機嫌悪いな。
一生懸命自分の記憶を探って何かイヴにしてしまったかを数秒たっぷり使って考える。
―――心当たり、か。…特に無い、はずだよな……。
決して自分の記憶力を疑っている訳ではない。
記憶力に関しては自身があるくらいだ。
どの位かというと、《トールバーナ》で見た人達の顔を全員覚えておくくらいには良いはずだ。
しかし、何かイヴの機嫌を悪くしてしまった理由は分からない。
これは聞いてみるしか無いか。
俺は意を決してイヴに話しかけた。
「えーと、イヴ? 何か機嫌悪いけど、どうした?」
「……特に…何も、無いけど……」
段々イヴの声が小さくなっていって、いきなり言葉が途切れた。
そしていきなりイヴが立ち止まって俯きながら少しの静寂が流れる。
すると今度は浅く息を吸い込んで確かに聞こえる声で話し始めた。
「けど…けどっ……あの青髪の子……抱きしめてた」
「―――ッ」
痛いところを突かれた。
この所ポーカーフェイスを貫いてきた俺だったが、流石に今のは少し顔を引きつらせてしまった。
そんなことよりも、速く弁解する為に頭の中で必死に言葉を探す。
「あれは、えっと、いきなり泣いた女の子の対応なんて知らないから、何とかしようとイヴにするみたい思ってしただけであってだな……」
さっきので俺がそういう趣味の気持ち悪い兄、とか思われたら嫌すぎる。
弁解をしてみたものの、イヴは俺に顔が見えないようにそっぽ向いてしまった。
「お、おい! はぁ………何ていうかまぁ、抱きしめたのは焦っていた失敗だと認めよう。だが、あくまで俺はイヴにするみたいに思ってやっただけであってな……流石にあそこまでしたのは反省しているが、別に安心させる為にはアレが最善だと思ったんだ。俺も一回イヴにその事を教わっている。それなのになんでイヴが怒る必要があるんだ?」
とりあえず今思っている事を全部ぶちまけてみたが、どうせまた怒られる覚悟で言ったので、また怒鳴り声が飛んでくるると思っていたのだが。イヴの反応は俺が思っている予想を大きく覆すものだった。
「えっ!? あ……えっ………やっぱり……変、だよね………」
イヴは自分でも顔が赤くなっているのが分かった。
そしておおきく深呼吸、唾を飲み込んで何事も無かったかのように俺の方に首だけ振り向いた。
「もう許してあげるから。速く行こっ!」
イヴはそう言いながらいつも通りに可愛らしい笑顔を見せた。
俺はイヴが振り返る寸前、瞳の中を目を細めて凝視する。
―――ん? 少し焦点がズレているような………?
だがそれ以上は何も分からず、振り返ったイヴは再び目的の山脈の方向に歩いていってしまう。
初めて見る感じだった。
特に怒っている時に怒る現象は確認できなかったし、焦点がズレている以外特に変な所もなさそうだった。
俺はそれ以上深くは考えず、とにかく許してくれたことに感謝しようと決め、先を歩いているイヴに追いつこうと走り出した。
西の山脈 頂上付近。
「んしょっ! っと」
イヴは踏ん張る声を出しながら最後の岩石の自分の身長の腰辺りまである段差を片足で登りきった。
これもゲームのステータスの影響なのかなぁ、と思いながら俺も同じように最後の段差を登る。
登った先には半径20メートル程度の円形のスペース。
奥は白い霧が重なってよく見えないが、それもそのはず、ここはあくまで頂上付近。
ここは一番雲が濃い場所なのでその影響でよく見えないのだ。
「えー、何かここまで頑張って来たのになんも見えなーい」
俺の前で辺りを見渡していたイヴが唇を尖らせながら言った。
まぁ分かる。ここまで登ってきて達成感がほしいのだろう。だが、その達成感を得られるのはもう少し先だ。
「ここはまで頂上じゃないからな。後はこの辺りにある洞窟を探してそこを抜ければ頂上だ。ここは雲が集中する場所だから辺りが余り見えないけど、頂上にいけば丁度雲の上に行けるからな、下の光景も見やすいだろう」
「えー!? あともう一回登るの、もう疲れたよー」
俺はため息を吐きながらだるそうに座り込んでしまったイヴの頭を軽くチョップをかました。
「仮想世界に肉体的疲労はないだろ、後もう少しだから頑張れよ」
「はーい。あっだったらシャドウがおんぶして連れてっ………て…………」
イヴは気軽に口にした発言が余りにも恥ずかしい事を悟った時、激しく後悔した。だが、少し遅かった。
俺はそんな事を思っているイヴを知る由もなく言ってしまった。
「イヴがしたいなら別にしてもいいけど?」
「えっ!? あ、あの………大丈夫………です……………」
「そうか、なら速く行くぞ」
「…………はい」
イヴは顔を赤く染めながらシャドウの後をついて行った。
頂上付近は霧が多いため、視界が見える範囲で洞窟を探さなくてはならない。
なので、探すのに求められるのは本来は自分の足で端から端まで歩いて探すのが良いだろう。
だが、ベータテスターの俺は当然洞窟の場所も覚えているため、難なく探し当てることが出来た。
俺が洞窟の方向に歩きながら目を凝らしていると、突然霧の奥に薄っすらと人影が見えた。
それを見た途端足を止める。
当然いきなり止まったため、後ろに付いてきていたイヴが俺とぶつかった。
「わっ!? ちょっとシャドウなんで止まって―――」
「しっ!」
俺はイヴの言葉を人差し指を唇に軽く当てながら小さく言い放つ。
その行動でイヴが真剣な表情に変わり、音量を小さくして俺に話しかけてくる。
「………どうしたの?」
「奥の方に人影が見える。ゆっくり近づいてみよう」
俺はなるべく足音を消しながら霧の中の人影に近づいていく。
すると、段々人影がくっきりしたものになってきて、人影の頭の上に何か浮いている物が―――
「……ぷっ」
俺は、人影の正体がわかった瞬間、おかしくて思わず吹いてしまった。
「はぁ、俺達は一体何をしてんるんだ………」
「ちょっ、なに立ち上がってるの!? 危険なんじゃ……」
俺が、呆れながらも立ち上がると、イヴが慌てて止めてきたのを、スルーし、人影に近づく。
イヴも不思議に思いながら、立ち上がり、俺についてくる。
そして、イヴも近づくと、人影の正体がわかったらしく、走り出した。
俺は隣で走りながら横切っていくイヴを見つめながら言う。
「全く、どうしてこんな所にNPCが居るのか分からんが、βテストの時はこんな所にNPCなんかいなかったんだがな」
話していると、正体のNPCに追いついて、対峙する。
NPCは後ろで束ねた青髪に渋い色合いの特徴的な服を着ている少女だった。
どこかの民族衣装を参考にしたのだろうか?
とりあえず、何か話しかけてみようと、俺は口を開く。
「えっと、どうしたんだ。こんな霧だらけの所で」
すると、NPCは静かに口を開いた。
「私は、この山の妖精、マウと申します。実は、あなた達に頼みたいことがあるんですが……」
「ああ、なんでも言ってみろ」
「実は、私は一人前の妖精では無いのです。一人前の妖精になるには、この山の山頂にいる、翠色のドラゴンを倒さねばなりません。……ですが、何らかの理由でドラゴンが暴走してしまったのです。とても私では手におえません。助けてくれますか?」
俺は口元を緩めながら頷く。
「ああ、もちろんだ」
「ありがとうございます」
すると、ピコンッという音と共に、目の前にホロウウィンドウが現れる。
クエスト内容と、下にNOとYESの選択肢があり、クエスト内容は―――
―――翠のドラゴンの討伐、そのまんまだな。ん? 二人限定クエスト……?
俺はイヴも一緒で条件は満たしているので、特に気にする事もなく、OKを押す。
すると、マウの頭上にある【?】マークが【!】マークに変わり、クエストが開始された。
「じゃ、行くか」
「うん……でも、ドラゴンって大丈夫? 危険じゃない?」
「大丈夫だろ、レベルも迷宮区のモンスターより高くなってるんだしな。だが、危険になったら逃げろよ?」
そんな話をしながら、俺達は山頂へと上がっていった。
山頂は、霧がすっかり晴れて、円形の土地だった。
奥には大きな空洞がポッカリと空いていて、そこからジロリと二つの閃光が光り―――
「―――ッ! 不味い、避けろ、イヴ!!」
瞬間、空洞の中から輝かしい物体が高速で近づいてきて、俺とイヴは左右に別れるようにして、それを避けた。
横から聞こえる風を斬る音と風圧に、背筋が冷たくなる。
「あれが……翠のドラゴンか………」
突進を避けられて空を貫いたドラゴンが、姿を現す。説明通りの鮮やかな翠の
ドラゴンにも見えて、鳥にも見える。言うならば、正しく
翼竜が曲線を描きながら天に登り、シャドウ達に見せつけるように翼を広げた。
鮮やかな翠の鱗が、夕焼に照らされて紅がかかり、神々しく翼竜が輝く。
「ごぁぁあああああああしゃあああああああああーーーッ!!」
竜の鳴き声の後に、鳥の鳴き声が続き、声音だけで痺れてしまうそうになる。
シャドウの隣にイヴが並び、天に佇んでいる翼竜に対峙する。
すると、いきなり翼竜が更に体を反らせた刹那―――
一瞬。されど一瞬、たかが一瞬。だが、その一瞬で翼竜は高速で急降下し、俺達に突進してきた。
その一瞬で俺が出来た事は、イヴを突き飛ばしたぐらいだ。
瞬間、目にも留まらぬ速さで翼竜はシャドウを通過した。
「えっ………あっ………」
いつの間にか、腹に横線のダメージエフェクトが散って、体力が一気にイエローまで無くなる。
ガクンと体から力が抜け、地面に膝を付く。
「シャドウッ!!!」
シャドウに突き飛ばされて回避できたイヴが慌ててシャドウに近づく。
そして、肩を貸しながら何とか立たせた。
「……イヴ、俺はしばらく動けそうに……ない。速く……逃げろ……ッ!」
「何いってんのッ!! そんな事出来るわけ…‥ッ!!」
「はぁ、はぁ、なに言ってる。来る前に約束しただろうが……ッ!」
―――思ったより傷が深いな……ははっ、割と不味いかもな………
これが現実ならば今頃、とんでもない血がでている事だろうが、ここは幸い仮想世界。
だが、傷を負った時に感じる重さ、痺れは現実とは変わらない。痛みがない分、重みと痺れが重くのしかかり、体の自由を制限する。
イヴは息を飲む。
そして、背後の空洞の壁にクチバシが突き刺さって、抜けなくなっている翼竜を睨みながら、近づき、佇んで腰の細剣を引き抜く。
ジャキッと金属が擦れる音がなり、空を斬りながら先端を鳥竜に捉える。
「イヴ……なにを……!?」
「いいから、速く回復して! ここは私が何とかするから、速く!」
―――私は今までレベル上げをしながら戦闘の特訓を重ねてきた、ここで、やらなきゃ、一体何の為に特訓したの!!
イヴが自分自身にそう言い聞かせる、が。
―――なんで……なんで、こうゆう肝心な時に足が竦むのッ!? なんで、足が震えるの………
体は正直で、シャドウを一気に戦闘不能にまで落とした怪物の恐怖に過剰に反応していた。
「……イヴ………」
シャドウが、重い腕でウィンドウを操作し、何とか回復ポーションの所までたどり着き、それを実体化させる。
遠くでは、翼竜が刺さっていたクチバシを抜き、再び天高く舞い上がる。
そして、翼竜の目がギラリと閃光を放った刹那、イヴを標的に急降下して突進してきた。
「―――ッ」
喉を鳴らしながら右にステップし、突進をギリギリで避ける。
チッとイヴの鮮やかな朱色の髪が翼に当たり、風圧と風を切る音が隣から聞こえてきた。
―――まてよ、まさか、もしかして………ッ!
回復ポーションを飲んで、徐々に体力が回復しているシャドウが重い体に思い切り鞭を打って動かして、叫んだ。
「イヴッ! 今すぐ空洞の中に進め!」
「えっ!?」
「速くしろッ!」
真剣な表情でイヴに叫んでいるシャドウを見て、従うしかなかった。
イヴが空洞の中に走り出すのを眺めながら、俺は立ち上がり、翼竜に向き直る。
背中から引き抜いた剣の先端を翼竜に向け、威嚇する。
「さぁ、さっさと来やがれ―――ッ!!」
再び炎を灯のような閃光を放った後、その翠の鱗をぎらつかせながら一回転した後、俺に向かって急降下突進をしてくる。
おそらく、最初の内はこの突進しかしてこないはず、βテストにはこんなクエストなかったから、保証はできないが、さっきから突進ばかりしてくるので、そうに違いない。
もはや慣れたもの。あっさりとステップ回避をして避けるが、まだ、完璧なわけではく、多少服に翼がこすれる。
そして、案の定背後の空洞の壁にクチバシが突き刺さりしばらく動けない翼竜に振り返りイヴに指示した。
「イヴ、今だ!」
「わかってる!」
すでに、イヴの細剣の刀身がミスグリーンのライトエフェクトに包まれている。細剣基本技《リニアー》だ。
続けて細剣のソードスキルをたたき込むイヴ―――だが。
「なにこいつッ!? 硬すぎない!?」
そう、この翼竜は途轍もなく硬かった。
イヴがソードスキルを放つたびに派手なダメージエフェクトが翼竜から散るが、実際減っている体力は些細なものだった。
そして、ついにタイムリミットが来て、クチバシを抜くと、シャドウの方に振り返り水平に突っ込んでくる。
今、分かった気がする。このクエストが二人限定な理由が。
俺は、さっきの急降下よりも遥かに遅い突進してくる翼竜の通りざまに単発水平斬り《ホリゾンタル》を放ち、翼竜の頭の先端から足まで水平なダメージエフェクトの傷口を負わせる。
「ぎぁぁああああああ―――ッッ!?」
流石に聞いたのか、上擦った方向を上げながら天に昇っていく翼竜。
残り体力―――半分をきった。
もう少しで倒せる。翼竜はさっきと同じような動作で、大きく翼を開きながら体を反り……
「……ッ!」
シャドウは瞬間、今までにない違和感と得体の知れない嫌な感じに襲われた。
そして、半衝動的に俺は後ろにバックステップしていた。
背後の空洞で待機しているイヴも驚いた声を上げる。だが、こちらの行動は済ませてしまった。このくらい速い戦闘ならば、RPG方式で攻撃できるのは一回限りしかできない。
つまり、このタイミングで、翼竜が突進をしてくれば、俺は剣でガードするくらいしか打つ手がない。俺の体力も、徐々に回復してはいるが、耐えられる保証など、どこにもない。
自分のあまりに無計画な行動に歯噛みしながら翼竜を睨んでいると―――翼竜がしてきた行動は違った。
翼竜は自分のクチバシから炎々に燃えるブレスを放ってきたのだ。そうすると、俺がバックステップした行動は正しく正解、もしもさっきのまま横に回避しようとしていれば、間違いなくブレスに巻き込まれていただろう。
―――なんで、ブレスが来るってわかったんだ? ………咄嗟に動いてしまったから分からんが、結果オーライだ。
翼竜のブレス攻撃が終わり、天から見下す鷹のような鋭い目つきで俺を睨んでくる。
すると、今度は予備動作全くなしに突進してきた。
それは、明らかにさっきまでの突進とは数倍は速く、避けるのが限界だった。
「わあっ!?」
突進をギリギリで避けた俺に続き、背後からイヴの驚いた声が聞こえてくる。
………今、決められれば、決めといたほうがいいか……
俺は、覚悟を決めて空洞に走りながらイヴに指示する。
「イヴ! 全身全霊で目一杯ソードスキルをたたき込め! もっと体力が減ったらそいつは何をしてくるか分らんぞ!」
「う、うん分かった。セァァアア――ッ!!」
イヴのソードスキルが翼竜の鱗をダメージエフェクトを散らせながら削っていく。それに伴って体力も段々と減ってきていく。
行ける、俺が失敗さえしなければ、いけるはずだ。
「おおおお―――ッッ!!」
俺は叫びながら翼竜の背後に突っ込みながら、片手剣基本突技《レイジスパイク》を放つ。
威力さえ望めないものの、多少ダメージを与えながら相手に距離を詰められるのは便利だ。
俺は剣が翼竜に深く突き刺さる前にシステムに抗いながら引き抜く。そして、それと同時にライトエフェクトが薄れていく―――俺はライトエフェクトが完全に決めるその前に動いていた。
《レイジスパイク》のモーションから最も近いモーション、それが《スラント》だ。俺はそのまま腕を持ち上げ、《レイジスパイク》のライトエフェクトが消える前にソードスキルのモーションを作ることに成功し、再び刀身がミスグリーンのライトエフェクトに包まれる。
それに上乗せしてダメージを上げて、翼竜に放つ。体力が一人が与えるダメージとしては多いダメージを与え、希望が見えてくる。だが、問題はこの先。
さっき俺がやったソードスキルの硬直が来る前にモーションを作って再びソードスキルを発動する技は、絶対条件としてその前に放ったソードスキルのモーションと限りなく近いモーションのソードスキルでなければできないのだ。
まだ使えるソードスキルが少ない今、最もこの技をするのに必須なのは《レイジスパイク》と《スラント》だが、それ以外の組み合わせは現段階では不可能だ。
何せ、ソードスキルが発動し終わって硬直が来るまでの時間、僅か一秒未満。
βテストの時に偶然、この技が出来た事から始まり、それからずっと練習してきた。勿論、βテスト時代の俺だったら使えるソードスキルも多く、組み合わせももう少しあったのだが、練習の果てにやっとできたのが《レイジスパイク》と《スラント》の組み合わせなわけだ。
そして現状、組み合わせのソードスキルを使い切ってしまった俺は、硬直に縛られた。
その間もイヴが攻撃してくれていて、もう少しで倒せるまでいっているのだが……
――今のイヴのソードスキルじゃ体力を一気にゼロにするほど火力の高い物はない。やはり、俺がもう一度あの技を成功させれば………!!
俺が硬直から解けたのと、翼竜が壁からクチバシが抜けたのは、同じタイミングだった。
「行か……せるかよッ!」
今から組み合わせのソードスキルをしても、逃げられる隙を作ってしまいかねない。
だが、クチバシが抜けたことで当然翼竜は天に舞おうと後ろを向くわけで。
「ここだ!!」
俺は、完璧に翼竜の振り向きざまに頭を捉えた、そして、左の肩に乗せるようにした剣の刀身が鮮やかな青に包まれる。
俺は剣を振りかぶる寸前に力を上乗せして威力とスピードを上げる。幸い、イヴが頑張って最後まであきらめずに体力を削ってくれていたおかげで、これが決まれば倒せるだろう。
頭を捉えた剣が少し斜め下気味に振り下ろされた後、今度は右から水平斬りが翼竜の頭を切り裂いた。片手剣水平二連撃斬り《ホリゾンタル・アーク》。
そして、最後に断末魔のような唸り声を上げながら翼竜はガラス片となっ四散していく。
終わった、一度はもう終わりかと思ったが、何とか倒せた……
そう思った途端、体の力が抜けてその場に座り込む。
「はぁーー、つっかれた……」
イヴが寝っ転がって疲れ切った体を休ませる。そして、俺は寝っ転がっているイヴと目が合った。
すると、言葉は要らないかのようににこっと笑顔だけ見せた。
それから数十分後、休憩し終わった俺たちは空洞から出てくると、眩しい日差しが迎えてくれた。そして、クエストをクリアしに行こうと下へ下がると、
「うわぁ………」
「……霧が晴れてるな」
モンスターを倒したからか知らないが、不思議と来るまではあんなに濃かった霧が嘘のように無くなっていた。
これなら、ここからでも第一層の誇大な景色を見れるはずだ。
そう思いながら依頼人のマウに声を掛ける。
そして、マウは明るい表情で、
「ありがとうございます! 私の代わりにモンスターを倒してくれて、これ、差し上げます」
目の前にウィンドウが現れるそこには【翠の片鱗】というアイテムが十個くらいもらえた。さっきのドロップアイテムに竜の鱗だとか普通のドラゴンを倒した時共通のアイテムだけだったから、ここで限定アイテムを貰えたらしい。
しかし、何かの防具や武器に使うのだろうか? このアイテム。
俺はウィンドウのOKを押し、アイテムは自動的にアイテムウィンドウの中へ送られる。すると、マウの頭上にでていた【!】マークが無くなった。
「あなた達二人にはとても感謝します。それでは、私はこれからモンスターを倒したと報告してきます」
直後、マウの体が段々薄くなり始め、やがて完全に消えた。
「マウは妖精だからあーやって帰って行くんだ……」
そういえばそんな設定あったな………翼竜との戦闘が激しすぎたせいで、そんな事忘れていた。
長かったクエストを終えた俺はイヴの腕を掴んで端に歩いた。
「えっ!?」
少しばかり強引な行動にイヴの頬に紅が浮かぶ。
俺は後ろに振り向かずに歩きながら言う。
「クエストを頑張った俺たちに褒美があるはずだ」
そう言いながら、山頂の端に付いて足を止めた。
そこには、絶景と呼べる程の美しい景色が広がっていた。
隣に居るイヴの顔がぱぁ、と明るくなる。
「わぁ………」
山頂から見える第1層のフィールド、遠くには始まりの街がうっすらと見え、何よりフィールドの一部の浮遊島から滝が落ちて、夕日が滝や湖を朱色に反射されていた。
浮遊島が重なった奥に見えるオレンジ色の眩い夕日が第1層を照らしていた。
もうすぐ日が暮れる。夕日が何処かに薄くなり始めて月光が輝く夜に変わるのだ。
「よし、少し遅くなってしまったが、本当の目的を果たすか」
「うん!」
それから俺たちは山に来た目的であるピクニックをした。夕飯をトールバーナから持って来た食べ物で済ませて、いつの間にか夕日が隠れて月光が第1層を照らしていた。
幸い、ここはモンスターがPOPしない場所なので、ここなら寝袋を広げて寝れる訳だ。
もう日が降りて、上層の地面に輝く星々が煌めいている。
俺たちは並ぶようにして寝袋に入って煌めく空を見ていた。
これもたかがテクスチャだろうが、現実と大差ない程に美しく、目が奪われる。
数十秒たっぷり見た後、隣からイヴの声が聞こえてきた。
「すごい綺麗……このゲームでも、こんな景色が見れるなんて……」
「ああ、来てよかったろ?」
俺は振り向いてイヴの顔を覗く。夜空を見上げて目を見開いてその光景を目 に焼き付けようとするイヴの横顔は、月明かりに照らされてより一層朱色の髪が綺麗に輝いて見えた。
いつまでも見ていたい程だったが、流石にさっきの戦闘の疲れからか、どっと疲れが体を押しつぶしそうだ。
俺は向き直って再び夜空を見上げる。美しい大小輝く星たちを見ていたこの時だけは、ここがデスゲームていう事を忘れてしまいそうになる。
俺はそのまま、ゆっくりと瞼を閉じて、深い眠りに付いた………
突然吹いてきた冷たい風が頬を撫でる。その冷たさに体をぶるっと震わせながらイヴは瞼を開けた。
今何時だろう……、そう思うがまま片手を寝袋から出して空中に縦線を描く。
すると、ちりりんと軽々しい音が響いて紫のウィンドウが現れた。
時刻は午前2時半。何故こんな時間に起きちゃったんだろうと思いながら、再び眠りにつこうとね右に寝返りを打つーーーと、横には気持ちよさそうに寝ているシャドウの姿が目に入った。
どうやらちょうどシャドウもイヴの方に寝返りを打っていたようで、お互いが見つめ合いながら寝る状況になる。
イヴも成長はする。何とか意識を停止させるのを一瞬に抑えるのに成功したイヴは深く深呼吸をする。
ーーー出しちゃったこの手……またしまうの面倒だよね………
と、自分に言い聞かせてシャドウに手を伸ばす。そして、出ていたシャドウの左手を握った。
その時、心臓の鼓動が大きく跳ね上がった。途端に恥じらいが込み上げて来て顔が熱くなる。
もう、認めざるおえないかもしれない。やっぱり、私はシャドウの事、好ーーー
「……〜〜〜〜〜!?」
声にならない唸り声を上げるイヴ。
ーーーち、違う……好きって言っても、あくまで気持ち兄としての好きであって、決して異性としての好きでは………! わ、私はか…海斗の妹なんだから! 義理だけど………
段々考えていると頭の中ぎぐちゃぐちゃになってきて考えられそうにないので、思考はそこで終わった。
今まで私は恋なんて物を本とかでしか見たことが無かった。だから、分からない。この、気持ちが、一体海斗を兄としての好きな気持ちなのか……それとも本当に異性として好きなのか………
ーーーでも、私は本当の好きの方が、いいな………
私は、シャドウの寝顔を見つめた。
現実世界では、顔のせいで皆に怖がられてたらしいけど、私はそうは思わない。だって、その奥にある色んな海斗の顔を見つけたから。
私は、シャドウの顔を見つめながら目を閉じた。
「お休み……」
そして、シャドウには聞こえない極小の声で囁くように言った。
「……大好きだよ……」
遅れてすみません、リアルの事情でかなり遅れてしまいました。次はなるべく速く投稿する予定です。