ということでサラッと投稿します。
――あらゆる事象に動揺し、他者の記憶と心象風景に飲み込まれた幼少期。
――心象と肉体を癒す優しさを持つ少女との出会い。
――教会による、命を捧げることを当然と刷り込ませる教育。そして、寿命を削る虐待よりも過酷な修行。
――人間界を侵略する悪魔との戦闘。迎撃に成功しながら、本格的な戦争になることを恐れ、追撃を禁じられた任務。
――人を護る、聖槍の担い手との共闘。
――守護も、弁明も、懇願も、何も出来なかった、幼馴染である聖女の異端認定と追放。
――無力に狂い、力に縋り、叩き伏せられた末の影の国での修行。
――聖書の教義に有り得ぬ、旗の聖女の転生。再びの異端認定の追放。過去の失敗と成長、決意。
――聖槍の担い手との対人外組織の設立。
――堕天使幹部との戦闘、聖剣争奪戦。
――幼馴染との再会。
「――夢?」
ジェイルはベッドの中にいた。カーテンから零れる陽射しから早朝だと悟る。今回の任務で使ったホテルの天井を見つめて、夢心地のぼうっとした感覚の中でだらだらと思考を巡らせる。
確か自分は、白龍皇を見送った後ホテルに戻りベッドの上で気絶するように寝込んだのだ。
――それにしては、精神と肉体が充実しすぎているような?
更に気づく。左手から伝わる、布団とはまた違う温もり。
――顔を横に向けると幼馴染の寝顔が見えた。
左手がアーシアの両手に包まれている。それに羞恥を覚えるが嫌悪は無くただその手の温もりを受けて――覚醒する。
夢の続きではないかと頭によぎる考えを振り払えずに、しかし何もしないことも出来ず恐怖に背を押されながら声を出した。
「……アーシア?」
「ひゃ、はい! 寝てませんよ」
肩を跳ねるように動かし、目を何度も瞬きしながらの第一声がそれだった。
「……くっ、くくく」
「もう! ジェイル!」
ジェイルは思わず噴出してしまった。顔を赤くしながら怒るアーシアを見て、笑いが止まらない。思い出すのは駒王学園での再会。
強制的に引き離されてから再会に至るまで、彼女に何を言えばよかったのか、変化が恐ろしかった。その恐怖が、コカビエルという分かりやすく重大な問題を優先させ、彼女から目を背けさせた。
しかし彼女は成長こそすれ、気質は変わらずに居たのだろう。
であるならば、
「ごめん、ごめんなさい。」
ジェイルは頭を下げた。
アーシアは慌てて頭を上げるように言うが、そのまま言葉を続けた。
「お前が悪魔になっているなんて想像もしなかったんだ。どうしようもなく動揺してしまって、お前を上級悪魔の眷属悪魔として見る事でしか現実を受け入れなかった。
アーシアが悪魔であることは事実だけど、それでもアーシアは俺の大切な人だ。だから、ごめん。俺の対応はお前を傷つけただろう?」
頭を下げたまま、ジェイルは一息に言い切った。ジェイルは会う事に必死で会えた後のことなど考えて居なかった。そのくせ顔を合わせた結果、頭の中が真っ白になり何をすれば分からなくなった。任務に託ける事しか混乱したジェイルには出来なかった。
「顔を上げてください。」
緊張の数秒後、アーシアが口を開いた。ジェイルは顔を上げない。
「人の顔も目も見ないで話すつもりですか?」
声質が変わる。
この状態のアーシアに逆らうとまずい。魔術の暴走を繰り返し、心配を掛け続けた際の説教が思い返される。慌てて顔を上げたジェイルの視界。そこには涙の笑顔を浮かべる彼女が居た。
「ゼノヴィアさんから話を聞きました。ジェイルが私を探そうとしてくれたことを。ずっと諦めないで居てくれたことも。だから、本当に、私に会いに来てくれて、ありがとう」
笑顔がより魅力的になり涙が頬を伝う。ジェイルはそれを拭える位置に居てそれをした。アーシアが自分の手と頬で男の手を挟み温もりを享受した。
アーシアから異端認定直後の放浪の様子と悪魔になった理由を聞いたジェイルは改めて彼女を肯定する。
彼女は死んだ後、強制的に悪魔にさせられたのだ。悪魔リアスへの怒りが積もるが、それが無ければそのまま死んでいたことを教えられると文句は言えない。
同時に彼女は悪魔のままの方が幸せなのかもしれないとすら考えた。事実、リアス・グレモリーは上級悪魔で有りながら眷属に甘い。虐げられる事は無く魔女と蔑む教会や人間側に居る必要も理由も無いのだ。
そして最後にジェイルは渇く喉を鳴らして最も重要な事を口にする。
「アーシア、君はこれからどうする?」
徹夜看病の負担と安堵から寝入ってしまったアーシアをベッドに寝かせた後、隣室へと移動したジェイルは任務を共にした仲間の初めての一面を目にした。
「どうせどうせ私なんて……」
つい先日まで聖剣エクスカリバーと聖剣デュランダルの使い手を兼任していた祓魔師が見事に机に突っ伏して泣いていた。
ゼノヴィアは交代でジェイルを看病していたのだが、朝になり様子を見に行ったところで抱き合う二人を目撃。神の不在を知り心情的に不安定になっていた彼女はその二人きりの雰囲気に止めを刺され、こうして不貞腐れていた。
「いや、すまなかった。ゼノヴィア、感謝している」
事実、ジェイルは三日間眠り続けていた。アーシアの神器による治癒はもちろんゼノヴィアの看病がなければどうなっていたか。ジェイルは一生懸命彼女を慰め、感謝を口にした。
そうしてとにかく不貞腐れ状態から戻ってきたゼノヴィアに、
「そういえば、イリナはどうした?」
ジェイルは再度止めを刺した。再びゼノヴィアは机に伏せてしまった。
暫くしてゼノヴィアは机に伏せたままぽつりぽつりと三日間に起きたことをぼそぼそと話し始める。
「私たちは……異端者とされた。教会としては……神の死を認めるわけには……いかなかったのだろうな。もう帰る場所は無いと言われたよ。それでエクスカリバーはイリナに持たせたよ。……イリナにも怒鳴られてしまった。異端だものな。当然だ……」
声は途切れ途切れの癖に、口調は一定で感情を感じさせない。今まで尽くしてきた者に騙されていただけでなく簡単に切り捨てられてしまったのだ。
教会に猜疑心や嫌悪感を抱き、魔術組織など別の組織にも出入りしていたジェイルとはその衝撃は比べ物にならないものなのだろう。
そう考えると気絶していたが故に、神の不在を聞かずにすんだイリナは幸運だったかもしれない。
「お前も目を覚まさなくて……、彼女がいなければ私はどうすればいいのか分からなかっただろうな。」
それから看病の経過をありのままに教えてくれた。ゼノヴィアはひたすらひたすらに看病を続けた。少ない睡眠と食事それ以外は本当に看病に没頭し続けたのだ。
悪魔であるアーシアの助けを拒むこともできず、ただ受け入れることもできず苦しい三日間を過ごしたのだとゼノヴィアの言葉に篭る感情がジェイルに伝えていた。
何を言えばいいのか分からないまま、ジェイルはゼノヴィアの頭を撫でた。感謝と慈しみが少しでも伝わるように撫でる。
彼女は傷ついた状況で自分を助けてくれたのだとジェイルは心から感謝する。
「ありがとう、ゼノヴィア。」
「すまない、恥ずかしい姿を見せた」
ジェイルが髪を撫でる事を止めるよりも早く立て直したゼノヴィアが僅かにうつむきながら告げる。
「いいや、可愛かったと思うぞ」
ジェイルが戯けた事を口にすれば、反撃の口も開けずに顔を赤くした。まだ平常時の強がる姿勢には不十分のようだ、と判断したジェイルは席を立つ。
「さてと、俺は少しばかり情報収集をしてみる」
「あっ、ああ……分かった」
ゼノヴィアに時間を与えるためにも部屋を出て、携帯電話を取り出す。
盗聴を警戒して仕事用ではなくプライベート用の携帯電話に同じく私的用の番号を入力する。
異端者となった今、連絡がつくかは分からない。そう考えたジェイルの予想に反して、コール音が聞こえるかの間に繋がった。
「やぁ異端のジェイル君。聖剣を無事に奪還して異端とは何があったんだい?」
出た直後にこれだ。元とつけるべきか上司は揶揄と心配を同率に含めるのだからジェイルは苦笑しかない。とはいえ、いきなり本題を切り出すあたり向こうにも余裕はないようだ。
「知ってしまえば後戻りは出来ないぞ。デュランダルでさえ切り捨てる案件だからな。」
「そりゃあね、堕天使幹部との殺し合いってだけで聖書の三大陣営バランスなんかとっくに荒れ狂っている。それ以上と言えばもう計り知れないってことは当に分かるさ。ーー言ってくれ」
軽々と会話を続けるが、しかし電話先でも分かる取り返しのつかない一線を越えた覚悟の声。
「――神は死んだ。過去の大戦で魔王同様死んだらしい。」
ジェイルの脳裏に過去の愚痴とも言えぬ泣き言が思い出される。
確実に戦力となる神器保持者の追放、天使の光に依存するが故の戦力の不自由さ、悪魔を殺すための戦士への非人道的な教育。
天使が直接悪魔の対応のために下界に降りることはほぼ無く、思い通りにならない数々の問題に何度も直面し悩み続けた。その理由が自分たちの生まれる前から続く詐欺にあったというのだ。
「絶対である神を失ったから行き当たりばったりのまま進んだ、などと言うのか」
呆然とこぼれる電話の声に珍しく侮蔑の色が含まれていた。
「なるほど、そうでも無ければこんな現状はあり得ないか。すまないが、異端認定を取り下げる事は出来ない。
上層部からすれば神の不在なんて何を引き換えにしても認める訳にいかないんだろう。頑な過ぎて取引の持ち出しようがない。
と言ってもアーシア嬢を見つけた以上、君も教会に拘る理由なんて無いんだろうけどね。
ただ堕天使幹部を殺した存在として注目が集まっている。気をつけて。」
理解するための間を最低限に抑え、一息に言い切られた。
ジェイルは苦笑した。気をつけてといわれても、何に気をつければいいのか分からないのが現状だ。
自分が祓魔師を辞めたとしても悪魔陣営、堕天使陣営は敵対関係にあったのだ。これから仲良くしようという気にはなれない。
また、所属していた天使陣営も自分たちを騙していたのだから友好関係とは程遠い。かと言って、全てに見て見ぬふりをして逃げる気にもなれないし、上司との関係は保持しておきたい。
さらに言えば、教会の祓魔師が堕天使幹部を討ち、その祓魔師が教会を追放された。その影響がどこに繋がるか分からない以上、軽率には動けない。
魔術結社のように人外の存在を知りながら教会に属さない勢力が無いわけでもないのだから、時間を置いた後でフリーランスとなるなり、組織に身を寄せるなりして、自分の窓口を彼に開けておくというのが良いかもしれない。
携帯電話等を変えることと合わせてとにかくその旨を伝える。
「うん、そんな所だろうね。じゃあもう少し伝えておく。堕天使側は今回の件はコカビエルの独断であり、謝意を示す為に会談の場を持ちたいとの事だ。
多分当事者として君にも何処かから参加要望が伝えられる筈だ。」
「分かった。お前も気をつけろ、神の不在を知った以上いくら用心しても過剰は無いぞ。
俺とゼノヴィアはどこか適当な組織に身を寄せるか、単独の悪魔祓いになるか、臨機応変に動くさ」
何も決まっていないという事への苦笑と激励の笑い声を最後に電話を切る。
他にも繋がりのあるいくつかの組織に連絡を取った後に部屋に戻り、ゼノヴィアと反対側の席に座って疲労を出すように息を吐く。
どうするか、ジェイルは現状を理解した上で次の行動を測りかねた。
「……どうだった?」
ゼノヴィアがこちらに問うが、彼女の言うことが間違いなかったという事実が確認できただけだ。内容を伝えた後に簡単にこちらの考えを話す。
「今、急いでこの町から離れても行き先が無い。ならここで待ち構えたほうが良いかもしれない。コカビエル討伐で俺に注目が集まっている以上、急いで行動しても状況は悪化するだけだ。」
戦闘一筋のゼノヴィアはともかく、支援してくれる相棒の祈祷師を失ったジェイルは搦め手の手段も保有しており、その中にはいくつか逃走に効果的な力はある。
それでも三大陣営全てからいつまでも逃げることが出来るかと言われれば否だ。
更にいえば闇雲に逃げて、死ぬまで逃げ続けるなど御免である。
それにアーシアの問題もある。
悪魔の眷属である以上、主の特権からは逃れられない現状、彼女に自由は無い。
しかも、彼女は「悪魔の駒」で蘇生された身だ。
彼女の意思次第ではあるが開放を望むのであれば、解除できるか分からない、前例も無いあの悪名高い「悪魔の駒」をどうにかした上で蘇生術を行う必要がある。
彼女の死因は神器摘出の儀式によるもの、教会では神器を調べること自体が神の偉業を汚すものとして禁じられていたため、ジェイル自身に神器に関する知識が非常に少ない。
少なくとも神器と状況の調査、ある程度の事態の収拾をここでつける必要がある。やはりまだ駒王町から離れるわけにはいかない。