HSDD~錬鉄を継ぐ鏡湖の英雄~   作:昼寝中

3 / 11
3.VSコカビエル

正教会の結界を粉砕した光の槍がジェイルの胸を抉ろうと迫る。

 

――既に黒鍵は力不足。

強度は心もとない上に投擲用に作られたため柄は短く、力を込めるのは難しい。

これでは相手の近距離攻撃を対処出来ない。

ならば新たな武器をこの世に生み出す。

 

心の中、存在しているのは自分のみ。地面である鏡にジェイルの体が映る。

しかし鏡面には本来存在していない、錬鉄者から継いだ数々の武具もまた映りこんでいた。

繰り返すが存在するのはジェイルのみだ。錬鉄の武器は実体を失い虚像だけが世界に在った。

そのうちの一つ、黒白の中華双剣に手を伸ばす。

体を支える鏡はジェイルの動きにも微動だにせず、しっかりとした感触を足裏に返している。

 

けれど、彼の手は鏡面にするりと沈む。かすかな波紋が鏡面全体に浮かんで消えた。

その間も足場に揺らぎはない。

膝をついても濡れることの無い様子は、足場が湖ではないことを再度明らかにしている。

柄を掴んだ手ごたえが体に伝わる。

ゆっくりと引き抜けばその手にはそこらの武具には無い、膨大な力と確固たる存在感を内包する双剣が握られていた。

 

越境(trans)開始(sift)

 

現実世界、ジェイルの手先から生み出されるようにするりと陰陽双剣が現れた。

普段は使わない中華双剣を手に持ち、更に自らの心象風景に言葉を介して形を与える。

明瞭(trans)開始(quake)

鏡に映るその体。それがより明らかに、精密に見えるようになる。

伴い現実世界における、体と身体能力という概念から不純物が取り除かれ、より確かなものへと昇華する。

 

心象風景で起こる事は現実世界において瞬きよりも短い。

思考さえも追いつかず、ゆっくりとした緩慢な時間の中で成すべきことを成す。

それだけのもの。

 

故に、堕天使の攻撃を見据えることが出来たのは当然のこと。

黒剣で槍を逸らし押さえつける。白剣が光槍の上を滑るように動き、持ち手を狙う。

遠距離に負けず劣らずの技量を持つジェイルに驚いたのか、堕天使が目を僅かに見開く。

 

されど古の大戦を生き延びた体は反射的に術理をもって動き、槍を回転させた。

祓魔師は剣を跳ね上げる動きに逆らわず体を回転、遠心力を乗せた最速の反撃を放つ。

堕天使は力を抜いて宙に飛び立つ。

距離を取り武器の長さを生かした薙ぎを放つ。

ジェイルは残る片剣を槍の軌道上に置き、威力に乗るように飛び退き衝撃を逃すことで受けきった。

 

ここで互いに下がったことで距離が開く。

堕天使の槍も届かぬその距離は、しかし剣軍掃射するには距離が足りない微妙な距離。

堕天使の眼光がそう簡単に離しはしないと告げていた。

 

堕天使が急降下を敢行。上空より槍の突撃が迫る。それは重力と推進力と腕力が合わさり、先とは比べ物にならない威力を秘めた破城槌を思わせる一撃だ。

ジェイルは双剣を重ね、受け逸らす。

「ぐぅ……っ」

初めてジェイルが苦痛の声を上げた。

重い一撃は双剣にヒビを入れ、体を無理やりに押し流す。

地面に轡の後を残してでも、膝を付きながら体勢を整えた直後。

背中を襲う光槍。がむしゃらに飛び跳ね攻撃を躱す。

堕天使は地面を抉り取り、空中へ飛び旋回する。再度突撃。

 

一撃離脱。人間には届かぬ天空という領域を持って、攻撃を続ける。

ジェイルは双剣による鉄壁の防御体勢を敷く。反撃は最低限、相手の流れを中断させるためのもの。

ここにきて、戦況はジェイルの防戦一方となった。

 

身体と干将莫耶への明瞭魔術に、更に多くの魔力を回す。

干将莫耶の能力の一つ、双剣を装備することで発揮する、対物理と対魔力の上昇。

名前こそ対魔力だが、光力に対しても充分な効果を発揮する。

陰陽双剣は、物質的に概念的に純度と存在意義を高め、能力を更に強めていく。

 

相手の動きを先読み、受け止めずに逸らす。

明瞭魔術を使おうとも、種族による筋力の差は埋められないものがあった。

一気に叩き伏せようというのか、強撃によって何度か地面に膝を付いた。

しかし強い一撃の反動は堕天使にも技後硬直を生み、動きを制限している。

その隙に体勢を整えるジェイルは一度も、致命的な隙を生むことは無かった。

 

双剣は取り回しの良さと手数の多さという利点を持つ。

さらにジェイルの双剣術は、剣に体の負担を押し付ける理を内包する。

本来ならば刀身が数回で砕け散るはずの使い方。それを補うのが明瞭と越境の魔術だ。

一度ヒビが入ったにもかかわらず防御を続けていられるのは、新しい双剣を越境させ呼びなおしたから。

ジェイルは常に万全の状態で双剣を構えていた。

 

一撃ごとに間を置いてしまえば受けられてしまう。

そう判断したのか堕天使が地上に降り立つ。

「見事な腕だ。」

豪槍が教会に撃ちこまれてから始まった戦闘で初めて言葉が交わされた。

「どうも」

ジェイルが短く言葉を返す。

「既にこちらの目的は達している。聖剣は俺の部下が強奪しただろう。俺を抑えていても既に無駄のこと。」

「だろうな。分かっているのなら早く次の目的に向かって欲しいのだが?」

 

既に自分たちが戦う目的は少ない。

堕天使からすれば目的である聖剣は奪い、この場に留まる理由は無い。

ジェイルからすれば、敵を仕留めるのは難しくこれ以上被害が拡大するのは避けたい事態。

情報も相手が有名な堕天使だと分かれば、名前からいくらでも引っ張り出せる。

 

しかしジェイルの身に伝わるのは、濃厚な殺意と狂気。

もはや聖剣などどうでもいい、自分の欲望を最優先する戦闘狂の熱。

強すぎる欲望の果てにはぐれとなった悪魔と、何度も交戦した祓魔師だからこそ容易に伝わった。

ジェイルは腹をくくる。

更なる戦闘を覚悟し、援軍もしくは状況が変わるまで足止めすることを決めた。

 

堕天使の口角が吊り上る。それは紛れもない快楽の笑みだ。

自らを誇るように、黒く染まった翼を大きく広げる。

「我が名はコカビエル。強者たるお前を殺す者の名だ。」

 

「祓魔師、ジェイル・ネース」

この戦況、名前の交換は互いを認め合った証となりうる。

お互いがそれを分かっていて、なお殺意を目に宿す。

堕天使の口角が吊り上る。祓魔師の目が鋭さを増す。

地上における槍の型を構える。掲げていた双剣を握る手に再び力が篭る。

 

翼を体勢制御に押さえ、大地からの反発力を利用した連撃は、天からの重力を利用した一撃とはまた異なる重みと速さを持っていた。

これまでジェイルが戦ってきた人外とは比べ物にならない技量。

人とは比べものにならない生涯の重み。それをジェイルに感じさせた。

しかし、ジェイルとて業がある。

錬鉄の魂を継ぎ、心を食われながらも確立させた。

それからも、武器から流れる幾人もの英雄の記憶に心を圧迫されながら、鍛え続けてきた。

 

先天的な種族差による力なら一歩譲るが、時間と濃度による技ならば譲る機は毛頭無かった。

攻防の中、ジェイルの心に堕天使の肉体が映し取られる。

そこに宿る経験を引き出し、自身の鍛錬と兼ね合わせ対応策を導き出す。

 

槍を構成する光と反射する煌きがより鋭さを増す。

未だジェイルの防戦が続く。

両端の刃先が縦横無尽に暴れる。翼を制御に使うことで人間にはありえない動きで迫る。

互いの槍と双剣は迅雷と疾風を思わせた。

 

双剣がより深く相手の間合いを侵略した。

体勢を崩すための反撃から、より危険を漂わせ命を狙う反撃へ。

コカビエルとジェイルの瞳が交錯する。

 

越境(trans)開始(sift)

重く分厚い守りの双剣が、速さを極めた殺傷の太刀へと変質した。

刹那の切り替え。

新たに揺らぎの中から生みだした長刀に持ち替え切りかかったのだ。

中華双剣が槍に絡まった状態にあることで隙が生まれている。

 

物干し竿と呼ばれる刀が首を、胸を、槍の持ち手を、足の腱を、致命傷を悉く狙う。

斬ることに力は要らず、技による流麗な動きは止まることを知らない。

コカビエルが首を捻り避ける。動きを遮るために槍を無理やりぶつけるようとする。

太刀は刃筋を変えてすり抜けた。止めることも難しい。

致命傷を躱し防ぎながら体を刻まれていく。安全策に拘っていては首を取られる。

覚悟を瞳に宿したコカビエルが光力を肩に込め、刀を食い込ませた。

 

一瞬の停滞。

逃さず血塗れの手で掴み取る。

刀は引くことで斬りつける武器だ。

光力によって強化された手で鷲掴みにされた状態から斬るのはジェイルの技では不可能。

古の堕天使は体を傷つけながらも動きを止めて見せた。

ジェイルは即座に刀を手放し、迫る光の波動から距離を取った。

中華双剣を再び越境し構える。

 

「コカビエル様。聖剣強奪完了しました。」

古の堕天使が血を流したことで心配をしたのか、目標達成の声が響く。

術を使っているのか、どこから声を発しているのかが分からない。

ジェイルにはコカビエルから目を離す余裕も無い。

しかし、その呼び声は戦乱を愛するものにとって無粋なものにしかならなかった。

戦場における命の危険。コカビエルが抗う際に感じる愉悦。殺意に彩られた戦場の雰囲気。

それが薄れ始めている。

 

既に熱狂が冷めている。ここからやり直すのは更に水を指す行為。

それは分かる。しかしもったいない。

ジェイルもコカビエルの戦意を察知し、構えを崩さないが僅かに力を抜いている。

 

堕天使は戦乱を好む。しかし命のやり取りを楽しむといったことだ。

誰でも良いというわけではない。

そしてそういう意味で今回の騒動には役者が揃っていない

今の剣戦も良かったが、因縁が集う堕天使と悪魔と天使が入り乱れる戦場こそがコカビエルの望み。

しかし天使はこうして挑発を繰り返しているにも関わらず、一向に現れない。

ならば天使勢力代行として、その中にこの強者を引きずり出すことが出来ないものか。

 

惜しみながらも口を開く。

「お前たち神の領域から奪った聖剣を持って、悪魔の領域を攻め入る。戦乱の復活だ。

そう上層部に伝えるのだな。」

 コカビエルは宣言を放った後、身を翻し、翼を広げる。

 

「アーシア・アルジェントという女を知っているか?」

ジェイルはアーシアの最後の目撃情報で堕天使と共にいることを知っていた。

アーシアが居なくなって数年。

藁をも縋る、いっそ知っているはずも無いという諦観が声に潜んでいることを自覚してなお問い詰めた。

 

そしてコカビエルはこれから攻め込む領土を調べる中で、中級堕天使数名が何か暗躍しているということを知っていた。

思わぬ問いと、そして利用できる餌があることにその口角が吊り上るのを自覚する。

「くく、ああ中級堕天使がそんな名前の女を連れて、複数で日本にわたったと聞く。しかも俺がこれから侵略する魔王の妹が治める領土にな。」

ジェイルが目を見開く。

コカビエルが一層楽しげに告げる。

「ちょうど良い。俺が魔王の妹との戦争にその女を巻き込んでしまうかもしれん。それを防ぎたいならば……分かっているな?」

コカビエルは次の目的地、リアスの領土へ向かった。

 

ジェイルは周りを見渡し、堕天使の部下が既に撤退していることを確認する。

やはりというか、当然というか姿は無く、魔力もしくは光力の残滓も無い。

期待していなかったが少しばかり落胆した。

疲れを切り捨てるように次の行動に移る。

 

瞼を閉じ、鏡面の心象風景を意識。

剣軍重像によって作られ当たることなく、地面に突き刺さった黒鍵を虚像に返す。

引き返し、教会への道を進む。

 

ジェイルと教会の間には既に剣林が立ち並んでいた。

自身が抜かれた場合に備えて、あらかじめ打っていた手だ。

最初は索敵のために用意したが、光の槍が突っ込んできた時点で考えを破棄。

剣群を爆発、自身は長刀の首狩による挟撃を仕掛けるといった異なる利用法を考えていた。

実際は抜かれることもなく、相手の興が削がれるという形で戦闘が終了したことにより役立つことは無かったが。

 

さらに錬鉄の武器である宝具も使わずに済んだ。

恐らく自身の評価は手数が多い全距離戦闘者で済んでいるはずだ。

干将莫耶は使ったが、性質はほとんど明らかになっていない。

対物理と対魔力の向上は、素の対抗力を知られていないため分からない筈だ。

相手に分かるのはおそらく、名剣としての頑丈性のみだろう。

対怪異も巫術器具の性能も夫婦剣の性質も何も使っていない。

後の問題はせいぜい中華の武器を使ったことについて聖書の教会に小言をもらう程度。

 

そこまで考えて、ジェイルは粉砕された教会と吹き飛ばされた森の一角を見て息を吐き、無理やり深呼吸の形に持っていく。

感情を切り替えないとやっていけない。

本来ならば裏切り者を捕縛するだけの話だったのだが、古の大戦を生き延びた堕天使幹部が現れるなんて想定をしていなかった。

 

この事件、確実に聖書の三大勢力に激震が起きるだろう。

その揺れによって生まれた波紋は明らかに自分を捕らえている。

ジェイルはそんな光景を幻視した。

 

しかし何より、

「アーシア」

ジェイルの口から零れる声は彼女への手がかりを掴んだ実感に震えていた。

不安と努力の日々が報われた、そんな実感からか。

僅かに震える声が零れた。

 

――アーシアの人生が既に終わっていることを知らずに。




備中青江

別名、物干し竿
佐々木小次郎が使ったとされる刀
ジェイルの技量では多重次元屈折現象による同時三閃、燕返しを再現することはできない
それでも、ジェイルの心象風景に存在する剣技の中で最速を誇る
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。