HSDD~錬鉄を継ぐ鏡湖の英雄~   作:昼寝中

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8.VSコカビエル決着

「ハ――ハハハハハッ」

剣林剣雨の中に居て堕天使は狂喜の声を響かせる。

 

事実、コカビエルは歓喜の中にいた。

投擲剣による飽和攻撃から始まり、双剣、弓、長刀に槍、様々な武装転換、武器爆撃、空間転移、幻術。そして全てに不意をつかれながらも凌いで見せた。大戦の中で既に経験した戦法だ。敵にその力があると分かったならば、二度は通じない。

目の前の男が次にどんなまだ見ぬ手を打ってくるのか楽しくて仕方が無い。

 

距離を取りながら、弓で狙撃してくるジェイルを相手に槍で弾く。翼で逸らそうとすれば、接触した瞬間に矢を爆破され体勢を崩してしまう。

ジェイルの黒鍵射出をコカビエルは腕の振りと共に放った光の波動で相殺する。

翼を羽ばたかせ、高速移動。容易くジェイルとの距離を詰める。

 

細い切っ先をこちらに向けた黒鍵が再び、祓魔師の背後に浮かび、射出される。

『虚実の矛盾』の展開によってジェイルの越境速度、魔力燃費、呪文の詠唱技術、全てが向上している。

だからこそ、これまでの戦闘以上の量、百を超える多くの剣を即時用意することが出来る。

 

コカビエルが光力で身体強化、最低限の回避を持って黒鍵の濁流に構わず飛び込む。

既知による心構えと身体強化の恩恵によって黒鍵を用いた壊れた幻想の爆撃程度では動きを止めることは無い。

突如一本の黒鍵が並外れた速度で迫る。魔術によって射出されたものに紛れるようにジェイル本人が投擲したもの。コカビエル本人の速度と相まって桁外れの速度だ。

それでも古の戦士は瞬間的な反応で槍をもって吹き飛ばす。翼の羽ばたきが一瞬乱れた。

 

すかさず大理石で出来た無骨な斧剣が恐ろしいまでの速度で襲い掛かる。

黒鍵の数倍の重量を持つそれは同じ速度であっても異様な威圧感を与えた。

翼で弾く、逸らすなど望めるものではない。

 

固有結界『虚実の矛盾』を展開した際、できうる限りの距離を取ったはずだった。

 

それが既に半分の距離を詰められている。

遠距離攻撃の利点は相手の攻撃を受けず一方的に攻めることが出来るということだ。

ジェイルはこの利点があるうちに攻めきらなければならない。

 

そして、コカビエルは翼で破壊した。

それは単純に光力の身体強化を翼にも施しただけのこと。

しかし膂力、敏捷力といった基礎能力で劣るジェイルからすれば一種の技とも思える強化具合だった。

一瞬怯む自分を叱咤し、固有結界で爆発的に増えた量による黒鍵と壊れた幻想で圧殺する。翼の強化といっても押しつぶされてしまえば効果は無い。

コカビエルを包囲するように黒鍵が飛ぶ。

 

 

這い出る隙間の無い剣の檻

しかし、ジェイルは警戒する対象を見誤った

翼の役割とは攻防の為ではなく 飛行の為だ

コカビエルが縦横無尽に翼を使い自身の黒鍵、壊れた幻想に容易く対処して見せたからこその過ち。

堕天使は攻防力だけでなく推進力をも強化された翼によって爆発的な加速を生み出した。

 

一方向ではなく全方向から囲んだ剣軍は攻撃の厚みを失っている。

単純な突撃、その勢い全てを注がれた槍はジェイルの技全てを置き去りにした。

 

強化した弓を盾とし身を捩る。

だがコカビエルの一撃は苦し紛れの動作で逃れられるものでは無かった。

弓を持つ右腕と右肩に激痛、折れたと判断するより早く回転、跳ね飛ばされる。

 

追撃を仕掛けるコカビエルを横切る様に黒鍵が飛び、ぎりぎりの所で相手の動きを牽制する。

刃の洪水を回避、光で相殺していたコカビエルの頭が強制的に左へ流れた。首が軋む音がする。

飛ぶ武器は黒鍵では無く刺突武器として使えるほど大きい釘だった。

回避したコカビエルを襲ったのは二つの釘を結ぶ鎖だ。

 

ジェイルが続く攻め手として越境準備していた鎖釘がコカビエルの翼に絡みつく。 釘は地面に突き刺さりコカビエルの前進を妨げた。

すかさず翼の強化に光力を集中、鎖を破壊し自由を取り戻す。

 

その隙にジェイルは体勢を整えるも、その対価は大きかった。

鎖釘を攻め手ではなく防御手段として使ってしまった

コカビエル相手に同じ手は通じない。戦うために工夫か新たな武器が必要。

そして何よりも片腕が使えない。

『虚実の矛盾』はジェイルが自慢に思うほど応用範囲が広いが その中に回復技能は無い。

 

ジェイルが黒鍵を越境、発射。同時に堕天使の翼が霞む速度で羽ばたき姿が消える。加速したと認識した時には既に目の前にコカビエルがいた。

黒鍵の制御を放棄、干将莫耶の越境が完了する前に腕を振るう。

白の中華剣、莫耶が破壊される。いやジェイルが負担を中華剣に押し付けることで命を拾い続けていた。片腕が使えない双剣使い、文字通り片手落ち。防ぎきれない攻撃に傷があらゆる箇所に刻まれ、続く攻撃に莫耶の越境と破壊が繰り返される。

 

 

 

既に目の前の祓魔師は遠距離に関しては自身の上を行く。威力だけなら槍の投擲は勝るだろう自負があるが、他の連射性や燃費、要するに利便性は向こうが長けている。

あの血を思わせる追尾する紅矢(ゲイ・ボルグ)、となれば話は別だが、以降使ってこない所を見るに多用するにはリスクかデメリットが大きいのだろう。

だが膂力、敏捷力等肉体面はこちらが上だ、接近戦に追い詰められれば絶対に逃がさない。

有ると判明した手札に関してはもう自分には通じない。

 

だがその中に多種多様な能力を持つ神器を含めた人間との戦闘経験は少なかった。

 

ジェイルの手を巻き込み、莫耶が爆発。吹き荒れる魔力が視界を遮る。

続く横殴りの剣雨。

脅威は黒鍵ではない、紛れ込んでいる鎖釘が曲者だ

 

迫り来る剣の軍隊を回避、迎撃しながらジェイルに迫る。光の槍を振るった瞬間、ジェイルの間に斧剣が越境される。力の入る寸前に滑るように逸らされ僅かに体勢が崩れた。

同時、斧剣はコカビエルの視界を遮るように動き─―。

 

 

この戦争を始めた最初の紅槍が弓に番えられた。

殺意に染まった波動を巻き散らかし、敵を滅ぼすまで追いかける誘導弾となる呪いの槍。

コカビエルの顔が歓喜に歪む。背後から迫った死の気配は背筋を凍らせるものがあった。

槍は矢へと姿を変え、ジェイルによって引き絞られる。

ジェイルの両腕からはこれまでにない魔力が込められ、弓矢を握った状態で無理矢理固定されていると分かる。既に限界だろう。

これが最後の一撃。

 

穿ち抜く紅魔の槍(ゲイ・ボルグ)

ジェイルの口から零れる鏡湖の呪文。

途端、血を食らうことを喜ぶかのように、紅い呪いの波動が吹き荒れた。

ジェイルの力持つ言霊が引き金となって、一矢が空中を翔る。

 

迫る魔槍の矢を見ながらもコカビエルは冷静だった。確かに最上級聖剣の防御陣を容易に食い破る威力はコカビエルにとっても脅威だ。

しかし真正面から放たれ、その槍の性能まで知っている以上対処は容易い。

追尾機能が有る以上回避は意味が無い、ジェイルは反動のせいか未だ動かず、追撃は不可能。

 

ならば全力の迎撃を持って打ち破る。堕天使の手にある光槍にさらに光力が流れ込み、より強烈な存在感を増していく。

迸る波動はジェイルの決め手、宝具の真名解放に匹敵していた。その力が熟練の技によって一切の無駄なく矢を破壊せんと襲い掛かり、

 

呪いの紅槍は光槍をすり抜け、コカビエルの心臓を穿った。

 

ジェイルの『虚実の矛盾』では再現し切れなかった「必殺」の概念。

無理やりに越境し、劣化した贋作を屈折させる試行錯誤の結果、「必殺の紅魔槍(ゲイ・ボルグ)」は数々の能力に分岐された。

その一つ、防御不能の槍。先の回避不能の槍と対となる力を秘めた「必殺」の劣化概念「必中」の赤槍。

 

 

因果逆転の赤槍は劣化してなお、コカビエルの槍をすり抜け、心臓を穿ち抜き実体化した。

『壊れた幻想』

心臓を穿った槍の爆発と世界の崩壊が重なった。

 

 

固有結界の空に皹が入り、鏡の湖面が大きく波立つ。現世への回帰が始まった。

限界を振り絞った宝具の越境を行ったジェイルに固有結界を保持するための余力は残っていない。

しかしその成果にコカビエルに致命傷を与えてみせた。

 

堕天使は左胸に大穴を空け、膝を落とし顔を伏せながらもそれでも立っていた。

ジェイルは発熱する魔力回路を感じながら腕輪の屈折魔術を解除、縮小させていた干将莫耶を装備する。

 

「そうか……俺は戦場で死ぬか。」

ポツリと口から零れ落ちた声。

伏せていた顔は落ち着きを取り戻し、そしてその目は勝利の渇望に飢えていた。

 

「だが、勝利だけは奪っていくぞ」

爛々と輝く目と、覚悟を決めきった声。呼応するかのように光の槍が右手に出現する。

心臓を穿たれようと敗けはしない。限界を超えて、右腕を掲げる。

その覚悟に自然と応えるようにジェイルは魔力の限界を超えて命を振り絞り、崩れつつある固有結界の最後の欠片を捧げ、最強の盾を越境する。

かの大英雄の投擲を防いだ盾。遠距離攻撃に対して圧倒的相性を誇る、持ちうる限り最強の守り。

 

熾天覆う花弁の円陣(ロー・アイアス)ッッ」

強大な赤い七つの花弁が出現する。投擲武器や飛び道具に対して無敵という概念を有する障壁が展開され、コカビエルに残された最後の命を詰め込んだ一撃を遮った。

その衝撃に、虚実の矛盾は完全に崩壊し現実世界へ切り替わる。

 

――負けられんのだ、死んでいったアイツらに報いるためにも。

コカビエルの意地が守りの宝具を貫いてジェイルを襲う。

ジェイルは限界を超えて生命力から魔力を振り絞る。

血と泥の匂いが消える。口から零れる液体の鉄味が無い。激突する衝撃音が止む。

魔力が暴走し、体を流れる血が虚実の湖に回帰する。

残された感覚が伝えるのは、激痛と衝撃と意地。

白く染まった途切れ途切れの視界を凝らし、腕を掲げ続ける。

 

一つ花弁が砕ける。さらに散る。光槍が盾を喰い破り始める。

ジィエルの魂では制限を掛け越境しても、それでも概念に綻びが生まれてしまう。

震える右腕を左手で押さえ、崩壊する盾を支える。

虚実の境を超え、体内から出現した剣が身を貫く。

それでも敗けられない。守りを貫いた衝撃に体が晒されようと引けはしない。

 

押される体を支える両手。血とジェイルの魔力で赤く染まった体を緑色の力が癒していく。

背中から抱きしめられる温もり。数年ぶりに会った幼馴染、金髪の聖女、アーシア・アルジェント。

「敗けないでください―――っ」

治癒されたばかりの体から更に血が零れる。

腹に回された小さな手を握る。彼女が近づくまでに負った傷が見るまでもなく伝わる。

彼女の力でここに来るまでにどれほどの恐怖と痛みがあったのか。

それでもここまで来てくれた。癒しは限界を超え続ける体を支える。

治癒と崩壊を繰り返し、心象風景の虚実の境が荒れ狂う。

 

「敗けてたまるか……っ」

不意に白く染まった視界に、赤い外套を纏った武人の背中を想起する。

―――見据えるは三秒後の未来だ。

――――――――ついてこれるか?

 

「――――あぁぁああああっ!」

残り三枚となった衝撃に魔力を振り絞る。

――爆発する!

障壁とジェイルと背中を支えたアーシアを光が巻き込んだ。

 

残る三枚の内二枚の花弁に食い込んだ槍の爆発は、その力を全て最後の一枚とジェイルにぶつけるはずだった。

爆発を感じ取ったジェイルは崩壊しきっていない二枚を破棄し、最後の花弁に全ての魔力を注いだのだ。

結果、二枚の障壁によって圧縮、ジェイルに向けられるはずだった衝撃は周りに拡散、最後の花弁を壊すことが出来なかった。

 

「受けられたか」

もはや飛ぶことも出来なくなったコカビエルは最後の矜持を持って地面に立つ。

 

アーシアの光を見せるように右腕を掲げる。

「アーシアに助けてもらった。」

「それもまた、お前が培ってきたものだ。」

力を使いきった堕天使の頭をよぎるのは、かつての親しい仲間だろうか。

ジェイルは乱れる五感と体内から突き出る剣を意識しないよう努め、視線を堕天使とぶつける。

かすれる視界と意識と体を意地で支える。

同様、誇りを持って立ち続けるコカビエルは最後に勝者に告げる。

「コカビエル。――私の敗北だ。」

「ジェイル・ネース。――俺の勝ちだ。」

 

戦い抜いた堕天使は最後の名乗りを上げ、惜しむように息を零し悔しさと嬉しさを詰め込んだ、充実した顔を残し、光に消えた。

 

地面に崩れるジェイルには赤い外套を纏う武人と黒い翼を持つ戦士の背中が見えた。

その姿はどうしようもなく、ジェイルの瞳と心に残った。




魔術属性『鏡』魔術特性『矛盾』
固有結界『虚実の矛盾(True and False)

越境はこの特性による。鏡に映る虚像が現実世界に存在するというありえない道理を見せる。

『矛盾』
『矛』と『盾』という意味も持ち、『剣』よりは特化しきっていない。
『鏡』という武器に特化していないため、全体的な精度や力は劣るが槍や鎧などの越境効率は上昇している。
『剣』が完成度9割5分、槍や盾の投影に必要な魔力三倍という欠点を持つなら
『鏡』と『矛盾』は剣、槍、盾含め、全ての武器の完成度7割といったところ。

『鏡』
世界のあちら側とこちら側の境界となる。鏡の向こうにもう一つの世界がある、という概念を持ち、世界各地で見られるため『固有結界』という魔術とも相性が良く、制限にもある程度応用が利く。
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