現実世界、ゼノヴィアを加えたグレモリー眷属とコカビエル配下の闘いは互角の様相を呈していた。
コカビエルの使い魔、ケロベロスの参戦によってジェイルの考えた配置に修正が必要になった。
眷属内で随一の攻撃力を誇るリアスや朱乃でも致命傷を負わせることの出来ない生命力、上級悪魔であるリアスの滅びの魔力と同等の火力。獣特有の敏捷性に三つ首ゆえの視界の広さと数々の要素を持つケロベロスは厄介を超えた難敵だった。
コカビエル配下の連携も形を変えていた。
戦士ではないために直接的な防御力が低かったバルパーはケロベロスに騎乗、護衛とすることでその弱点を克服。騎乗されたケロベロスは距離を取って火炎弾を放つ。もう一頭が相手の攻撃を受け止める前衛となり、守る必要の無くなったフリードが自由に奇襲を仕掛けられるようになったのだ。
正と魔の相反する二つの力を持つ剣、天閃と透明の特有能力を持つ二つの聖なる剣がぶつかり合う。木場とフリードが高速の剣戟を切り結ぶ。
フリードは天閃の聖剣に力を込め、前回の戦闘より速い連続斬撃を放つ。
バルパーによる幻の戦陣による援護が無くなったため、単純に透明の聖剣を発動させても充分な効果を望めなくなった。その代わりにバルパーを守る必要が無くなり思う存分動けるようになったのだ。故に天閃の聖剣の効果を最大限に発揮することが出来ている。
また木場も自身の蛮勇からイリナを戦闘不能にしてしまったことを悔やみ、憎悪を自制し冷静さを保ちながら戦っていた。それはゼノヴィアとの模擬戦や前回の戦闘では失われていた自分本来の速さを取り戻すことに繋がる。
フリードが姿を消せば、小猫が居場所を感知することで対応した。小猫が蹴り飛ばした瓦礫が何も無いはずの空間目掛けて飛ぶ。岩は真っ二つとされたが、そこにフリードがいることは明確だった。
「ごめん、助かったよ搭城さん」
「大丈夫です。それに気にしないでください、仲間ですから。」
「ヒャハハハ、戦闘中に悪魔のロマンスかよ。反吐が出るねぇ、死んじゃえよっ」
一瞬が生死を分かつ戦闘は更に速度を増していく。
ケロベロスとゼノヴィアが爪牙と聖剣を激しくぶつけ合い、巻き込んだ校庭の一角を意図せず吹き飛ばしている。巨体を生かした爪とゼノヴィアの持つ切り札、デュランダルが鎬を削る。武器の担い手もまた互いに回避、防御行動を取らず、むしろ攻撃は最大の防御といわんばかりに振り回し、どちらかが引くまでぶつけ合うと力を漲らせていた。。
バルパーともう一頭のケロベロスが幻に潜み刀身を伸ばした擬態の聖剣と火炎弾によって攻撃を仕掛け、対するリアスと朱乃が攻撃の届きにくい空からバルパーの結界ごと魔力の攻撃を叩き込む。
ここでグレモリー眷属が互角に戦えているのは二つの理由が合った。
一つはグレモリー眷属内で温存されている戦力だ。
コカビエルの部下に存在しない治癒能力を持つアーシアだ。致命傷を負わない限り万全の状態で闘い続けられるのは敵から言えば脅威の一言である。
さらに赤竜帝の籠手による譲渡は使い手が未熟のため回数制限と準備時間が課せられているが、対象の能力を向上させることが出来る。すでに譲渡のためのカウントは開始されている。リアスと朱乃に譲渡すれば拮抗した天秤を大きく有利に傾けることが出来るだろう。
だがここで勝負が付かないのはお互いが時間稼ぎを目的としているからだ。コカビエルの勝利を、魔王の参戦を、お互いにとっての勝利を決める者を待ち続けていた。
そして、堕天使幹部と鏡湖の祓魔師との戦いに決着がついた。
誰もがコカビエルが残した光の軌跡を見つめる中 ただ一人の奇声が静寂を切り裂く。
忘我の中にいたバルパーが突然哄笑した。その声は音が大きいくせに込められた感情は無く虚しいものがある。いや自分か、それとも思い浮かべる相手を蔑む意図があった。
「――ハハ、ハッハハハハ。そうか聖と魔の融合は! それを司るバランスが崩れているのなら説明がつく! コカビエル――堕天使も、魔王も、死んで! そうか神も死んだのか!」
コカビエルがいた場所だけを注視しジェイル達に目もくれなかったが、その声は彼らにも届いてしまった。
その内容はあり得てはならない事だった。敵対者であるグレモリー眷属にとって。何よりその教えを信じ、人生と、祈りを捧げて来た者にとって。
――どういうことだ。
ゼノヴィアのしびれた理性はゆっくりとバルパーの言葉を反復させる。理解したくなかった言葉が突きつけられる。
神は既に死んでいる。確かに彼はそういった。認めたくはない。
だが確かに納得できる部分があるのだ。何故神滅具を作れるほどの神が悪魔を滅ぼせないのか。何故自らが作ったはずの神器を手放すのか。計画を行った神がその真意を部下に伝えなかったから、継ぎ接ぎの行き当たりばったりの計画のまま進んだ。そう考えてしまえば。
愉快だと笑いを噛み締めるバルパー。言葉も無いジェイルたち。
混乱の中にいた者を、我に帰らせたのは突如襲い掛かる暴風だった。
地獄の番犬、滅びの魔力、赤龍帝、最上位の聖剣入り乱れる戦闘を遮った結界が容易く破られる。その余波がジェイルたちに襲い掛かったのだ。結界を破壊した龍の撃はバルパーを巻き込み校庭から校舎まで大きな破壊痕を残す。
結界に開けられた大きな穴から白銀煌めく鎧武者が舞い降りた。背中から広げられた翼、鋭い爪牙と頑強な鱗を思わせる鎧の装飾。何より赤龍帝に匹敵する龍の気配。
「――白龍皇アルビオン」
二天竜の一角。赤龍帝ドライグと同格であり、対を成すドラゴン。
その神器『白龍皇の光翼』。しかも神器の奥義、禁手状態の『白龍皇の鎧』だ。既に神器使いとして赤龍帝の上にいる。
それだけではない。ジェイルが発動させた反映魔術は、彼が人間と悪魔のハーフであることを示していた、しかも見抜いた魔力は龍の気配に隠されているが相当のもの。
「コカビエルをこの手で降し、強制的に連れて行くつもりであったが、まさか聖剣でも魔王の血筋でもない、人間に殺されるとは思わなかった。」
鎧の中から覗く視線がジェイルを刺す。疲れ切り即座に返答できないジェイルよりも早くリアスが叫んだ。
「白龍皇であるあなたがコカビエルに何の用!?」
「俺にはないがな。アザゼルが無理やりにでも連れて来いというから来たのさ。」
それは白龍皇が堕天使総督に近い立場にいることを示していた。
その上で、アザゼル――堕天使の総督が白い龍をここに寄越したということは。ジェイルは白龍皇への返答を遅らせてでも現状理解に思考を費やす。その上で答えた。
「今回の主犯であるコカビエルは俺が殺した。今更、堕天使陣営がけじめを付けにきたと言ったところで誠意も無い。無駄な足掻きで悪感情を抱かせるより、迅速に撤退したほうがいいんじゃないか?」
「それを決めるのは俺で有り、アザゼルだ。」
即答する白龍皇に危機感が募る。アーシアの神器『聖女の微笑み』によって生きるか死ぬかの危険域は既に抜けた。しかし魔術回路は戦闘に耐えうる状態では無い。宝具はおろか黒鍵の越境も不可能な状態。
つまり越境魔術は使えない。ジェイルは最後の装備として屈折魔術によって縮小させていた干将莫耶の腕輪に意識を集中させる。
「まぁ、今の俺は気分が良い。思わない所で強者に会えた。君の傷が癒えた頃に戦いを挑もう。アザゼルに連れて来いと言われたのはあの堕天使だけだし。」
白龍皇は肩を竦めて、高度を上げる。
『無視か、白いの』
一誠の小手から声が上がる。封印された赤龍帝ドライグだ。
『起きていたか、赤いの』
鎧の宝玉から、応じる声。これが白龍皇アルビオンの声なのだろう。
『せっかく出会ったというのに、これではな。』
『いいさ、いずれ戦う運命だ。こういう場合もある。』
かつて、聖書の三大陣営全てを敵に回した二天竜の会話が続く。お互い今は他に興味があるということで今回は見送るが、それでもいつかは殺しあうと意志を交わすドラゴン達。
宿主である一誠は置いてけぼりにされ、理解を諦めた顔をしている。
「全てを理解するには強さが必要だ。強くなれよ、俺の宿敵君」
そんな彼に別れを言い残し白龍皇は瞬く間に速度を上げ、流星の如く結界を越えて姿を消した。
ゼノヴィアが聖剣の核を手にやって来る。もう片方の手で気絶したフリードを確保済みだ。エクスカリバーは任せてしまったが無事に聖剣は奪還できたらしい。
「任務は無事に達成できたな。」
しかし彼女の笑みに充足感はない、むしろ崩れそうになる精神を意地で支えている様子が伺えた。それも当然、自分と彼女は神の不在を知った以上、教会から異端とされるのは明らかなのだから。
ジェイルは神が居ないと認めながらも、天を仰ぐしか無かった。
横槍を企む輩とやりあい約定を交わした後、高速で空中を飛ぶ白龍皇は鎧の中から通信具を取り出す。連絡先は自身の保護者である堕天使総督である。
「アザゼルか?」
『ああ、コカビエルに逃げられたか?』
軽薄そうな声でいきなりの挨拶に、鎧で外から見えない顔が歪む。
「何故だ。」
「任務が成功したらお前、連絡しないで意気揚々と引き上げてきそうだからな。」
むうと僅かにうなる。確かに自分ならそうするだろう。ただそれを他人に指摘されることとは話が別だ。やり返すために報告をさっさと上げることにする。
「コカビエルなら俺が行く前に殺されていた。」
「――はっ? いやおいおい、魔王の妹がそんな力を身につけているのか?」
思いもしなかったとばかりに上ずった声。めったに聞かない反応に胸が梳く。しかしそう考えるのは当然だ。
実際、彼女たちの片方を目にしたが、上級悪魔に届くか届かないかという力量でしかない。もちろん大戦を生き延びたコカビエルには敵うべくも無い程度だ。
「ルシファーの方に赤龍帝がいた。」
「な、なるほど。それなら可能性は無くも無いか? いやしかし……」
「コカビエルを倒したのは別の人間だが」
相手が奇襲邪道の戦法を考え始めたところに、あっさりと答えを告げる。急かすように相手の声が荒ぶる。もったいぶる様に報告していたがそろそろ良いだろう。
「別の場所で戦ったようだ。俺が確認できたのはコカビエルの渾身の一撃を光る楯で防ぐ姿からだ。衝撃で結界が壊されたか、転移魔術が誤作動を起こしたか。空間が揺れる感覚がした。戻ったときにはコカビエルは致命傷を負っていたからもう勝敗は着いていただろうな。」
『ふむ』
短い受け答えはアザゼルが頭の中でさまざまな可能性を浮かべている証拠だ。そのため余計な口を挟まず報告を続ける。
「光槍は七重の楯の大半を食い破ったが、あえて二枚を破棄することで防御力が増した最後の一枚に防がれた。コカビエルはそこで力尽きた。ただ満足した面で死んだから存分に戦ったのだろうな」
あの男は負けたにも係わらず愉快とばかりに消えたのだ。意図せずに羨望の声が混じる。そうまで愉しめる戦いとはどうだったのか
『で、倒した男はエクスカリバー強奪の時コカビエルとやり合った祓魔師で良いのか?』
「ああ、どんな戦いをするのかさっぱり分からなかったがな。バルパーの回収もばれているようだ」
『そうか、やっぱり一度帰って来い』
「あと禁手に達した神器使いも居たし、神の不在があの場居た全員にばれたぞ」
『はぁっ!?』
今すぐ帰って来い!という声を尻目に通信を切り、白龍皇は笑う。強敵はいたるところにいる。あの祓魔師にも赤龍帝にも世界にいる数多の強者にも勝利し最強となること。その野望の道筋を想像して笑った。