一応、連載の方向で。
新暦68年5月15日。
ミッドチルダ東部・高層ビル街。
ミッドチルダ東部では最大の都市にある超高層ビル。
それ全部がデパートであり、数多くの人気店が店を参入させている事で知られるそのデパートの中層部分。
テロか、はたまた事故か。
中層部分の一角で起きた大爆発により、平和だったその超高層ビルは地獄絵図と化した。
一つの爆発はまた別の爆発を呼び起こし、その連鎖は留まる事を知らない。
駆けつけた管理局の駐屯部隊も爆発と、それに伴う炎のせいで、一番被害が大きい中層部分に近づく事が出来て居なかった。
上層部分に取り残された人々は航空魔導師隊によって続々と避難させられ、下層部分に居た人々も陸士隊の誘導に従い、慌てずにゆっくり、しかし確実に避難させられていた。
都市の駐屯部隊の始動は早かったが、中層部分の爆発や炎を掻い潜り、中に閉じ込められている人々を救出出来るエース級の魔導師は、駐屯部隊には存在していなかった。
首都であるクラナガンには既に応援要請が何度も出されているが、いつまで経っても応援部隊の影すら見えない。
そんな外の様子を知るよしもなく、中層部分の特に爆発の激しい場所、最初の爆発にほど近い場所で、一人の少年がひたすら助けを待っていた。
少年の名前はノクト・ベルクライド。
耳や首筋に掛からない程度に長さを整えられたくすんだ金髪に、灰色の目を持つノクトは、この状況化で自身のこれまでを後悔していた。
ノクトの母の父。つまりノクトの祖父は若い頃は管理局の魔導師として働いており、その資質をノクトは受け継いでいた。
母には引き継がれなかった魔法資質をノクトが持っている事に祖父は喜び、どうにかこうにかノクトを管理局の局員にしようとしていた。
一方、魔法資質がある事に対して、ノクトはそこまで特別な感情を抱いていなかった。せいぜい、無いよりあったほうが便利なモノ程度の認識だった。
そんなノクトが管理局の局員になる筈もなく、三年前。十二歳の時に、管理局の訓練校を進めてきた祖父の申し出をあっさり断った。
地元の学校に進学したノクトは、それから夢の無い日々を送っていた。
多くのモノが夢や現実的な目標を持っている中、ノクトは何も持っていなかった。
勉強が出来るわけでもなく、運動が出来るわけでもない。祖父から受け継いだ魔法資質も飛び抜けて高い訳じゃない。
管理局に入った所で、どうせ出世も出来ずに終わる。ノクトはそう考えて進学したが、進学した先の学校で、自分の能力ではどの道を選んでも似たようなモノになると言う現実を知ってしまった。
その時になって、子供の頃に祖父に言われた言葉を思い出しては後悔するようになっていた。
知識か力を磨け。知恵は付かなくても、知識は身につく。力を磨いておけば、他者に勝てなくても、自分の身は守れる。
何かしらを頑張っておけ。という意味で、頻繁に使われたその言葉。
それを思い出して、昔から何かを磨いておけば、もう少し道があった筈と、ノクトは何度も後悔した。しかし、まだ遅くないと、頑張る事はしなかった。
どうしてその時、頑張らなかったのか。それを今、この状況でノクトは後悔していた。
祖父に無理矢理教えこまれた魔法の一つ。プロテクション。単純な防御用の魔法であるそれで、ノクトは今、周りで起きる爆発や炎、そして煙を何とか防いでいた。
しかし、防いだと言っても僅かに入ってくる煙や、炎の熱、爆発の余波などは完璧には防ぎきれず、長くは持たない事はノクトが一番よく分かっていた。
「くっそ! こんな事ならしっかり学んどくべきだったか……」
そう呟いたノクトは、チラリと後ろを見る。
ノクトのすぐ後ろに、疲れと熱さで座り込んでしまっている小さな少女が居た。
年の頃は七、八歳と言った所か。
たまたま最初の爆発が起きた時に近くを歩いていた子供で、咄嗟に後ろに庇い、今もこうして不完全ながらも保護していた。
ノクトの力量から言えば、例え初歩的なプロテクションとは言え、二人分のスペースを防御するのは非常にキツイものだった。
この非常事態、自分も生きるか死ぬかの状況で他人を助けてる場合じゃない。そうは思っていても、見捨てると言う決断はノクトには出来なかった。
この中途半端な性格が、中途半端な自分を形作る原因だ。
自分でそう判断して、ノクトは思わず笑う。
ここで幼い子供を見捨てる事が出来る、非情な決断力があったら、もしくは絶対に助けると思い、自分を犠牲にする事が出来る、自己犠牲の決断力があったら、もう少し人生が変わっていたかもしれない。
今となってはもう遅い事だと、ノクトは思う。
そろそろ魔力が限界だった。その時になってまで、ノクトは何も決断出来なかった。
「あー……じいちゃんに謝らなきゃだな……」
先人の言葉に耳を貸さなかったせいで、自分も他人も守れない。
中途半端になってほしくはなかった祖父の願いを無視して、結局、中途半端になってしまった。
もしも無事に家に帰れたなら、祖父に謝ろう。
そう思ったノクトの腕に、尋常ではない衝撃が来た。
それは近くで起きた大きな爆発の余波であったのだが、ノクトには知るよしもなかった。
ノクトに出来たのは、プロテクションを維持したまま、衝撃に流される事だけだった。
横に流されていたのが、ふいに止まったのを感じて、ノクトは恐る恐る目を開けた。
プロテクションを張っている右手はそのままで、左手でいつの間にか少女を引き寄せていた。
自分にしがみついている少女の姿を確認したノクトは、そのまま自分の後ろに視線をやって、その咄嗟の行動が正しかった事を知る。
後ろには何も無い空間が広がっていた。足元を見れば、二歩も下がれば足場は無いような状態だった。
爆発の余波でビルの端まで飛ばされてしまったのだ。
壁には大きな穴が空いており、もう一度、先程の爆発が起きれば、自分と少女はビルの外へ放り出されるのは想像に難くなかった。
拙い。
そう判断して、移動しようとしたノクトの右手にまた衝撃が来る。
「なっ……!?」
そんな馬鹿な。有り得ない。
そんな言葉がノクトの頭をよぎる。
タイミングが悪すぎる。
いる事なんて信じた事の無い神様はどこまで自分の事が嫌いなのか。
横に吹き飛ばされた体はすぐに落下へと移行し始めた。
何をすればいいのか。どうすればいいのか。
初めて訪れた明確な死の感覚にノクトの思考はぐちゃぐちゃになる。
中層部分とは言え、落ちれば間違いなく死ぬ。
空を飛べれば別だが、習いもしてないのに飛べる訳がない。
出来もしない事を考えた一秒ほどで、落下のスピードが上がった。
一か八かで少女をビルに向かって放り投げればよかったと後悔がよぎる。
自分に力いっぱいしがみついている少女だけでも助ける事は出来ないだろうか。
そこまで考えて、すぐにノクトは奇妙な風切り音を聞いて、上を見る。
そこには自分たちよりも遥かに巨大な瓦礫が幾つもあった。
先ほどの爆風でノクトたちと同様に外に弾き飛ばされた瓦礫だ。
みるみる自分たちに迫ってきている瓦礫に、ノクトは大きく右手を突き出した。
「プロテクション!!」
瓦礫はノクトたちに直撃する前にプロテクションに阻まれる。
しかし、目の前の死を避けた所で、回避不能な死が待っている。
瓦礫の質量も加えたせいで、落下が早まってしまっていた。
仮に奇跡が起きて着地できても瓦礫に押しつぶされてしまう。
そう考えて、ノクトは苦笑する。数秒経っても未だに落ち続けているのを考えれば、着地など不可能だと思い至ったのだ。
これでおしまい。
既に自分に出来る事はしてしまった。
何もせずに生きてきたノクト・ベルクライドの全ては出し切った。
大した引き出しもなかったが、頑張った方ではないか。
諦めが思考を支配しようとした瞬間、ノクトの体は更に加速した。
何かに引っ張られたのだ。
「なっ!?」
「そのままで居てください! すぐに安全な所まで送りますから!」
ノクトの右手を掴みながら、白い服を着た少女がそう言った。
ノクトにはその少女に見覚えがあった。
半年ほど前にあるニュースで見たのだ。決して良いニュースではなかった。
十二歳の少女が管理局の任務中に重傷を負ったと言うニュースだ。
局内ではかなりの有名人らしく、ノクトとしては管理局に入らなくてよかったと思わせる出来事だった。
「行くよ! レイジングハート!」
『はい。復帰戦です。派手にいきましょう』
杖に搭載されたAIの言葉に少女は頷くと、ノクトの右手を掴んでいた左手をノクトの脇に通して、両手で杖を構える。
杖の方向は瓦礫だ。
何をする気なのか。
そんな事を思った時に少女から答えが返って来た。
「少し我慢してください。あの瓦礫は危ないので」
『破壊します』
「はい?」
「レイジングハート!」
『ディバインバスター・フルバースト』
「ディバイーーーン」
少女の足元に魔法陣が浮かび上がり、複数の環状魔法陣がさながら砲身のように形成される。
ノクトは少女から発せられる大規模な魔力に顔を引きつらせる。
ノクトは改めて確信する。
少女があの時、ニュースで出ていた子なのだと。
「バスターーーー!!」
巨大な桜色の砲撃が拡散しながら瓦礫を瞬時に消し去る。
広範囲に広がり落下して来ていた瓦礫は全て、その一撃で消し去られた。
「すげぇ……」
「すぐに安全な所までお連れしますね!」
少女はそう言うと、自分より体の大きなノクトをいとも簡単に抱え直して、飛行を始める。
ノクトにしがみついていた少女はあまりの事に呆然としている。
それはノクトも同じであった。
しかし、ノクトにはそれ以上に不思議な事があった。
「あの……」
「はい?」
抱えられてるせいか、顔が近くて、ノクトは目線を逸らしつつ、少女に確認を取る。
「高町……なのはさんですよね?」
「はい。高町なのはですけど」
なのはは首を傾げながら、それが何か?と表情で問いかける。
ノクトは一回、深呼吸してからなのはに質問する。
「怖くはなかったんですか?」
ノクトの見たニュースでは一生歩けないかもしれないと言うほどの重傷を負ったと報道していた。
先程のAIとの会話を考えれば、リハビリを終えての最初の任務だった筈。
その任務で躊躇せずに危険に踏み込んでいけたのは何故なのか。ノクトにはそれが気になった。
なのははノクトの質問の意図を明確に理解して、小さく笑いながら答える。
「怖かったですよ」
「えっ……?」
「とても怖かったです。爆発の音も炎の熱さも。けど、視界にあなたが入ったら、それも吹っ飛んじゃいました」
「……どういう事ですか?」
「小さな女の子を抱えて、必死になっている人がいるのに、それを助ける立場の私が怖がってる訳にはいかないじゃないですか。あなたに勇気を貰えたんです。ありがとうございます」
満面の笑みを浮かべてお礼を言ってくるなのはに対して、ノクトはどう反応していいか分からずに黙り込む。
黙り込んだノクトの代わりに、ノクトが抱えている少女がしゃべりだす。
「お姉ちゃん! 助けてくれてありがとう!」
「うん。どういたしまして。でも、先にお兄ちゃんに言おうね」
「あっ! そうだ! お兄ちゃん。助けてくれてありがとう!」
少女からもお礼を言われたノクトはどうしていいか分からず、しかし、ある事を忘れていた事に気づく。
それは。
「あの……助けてくれて、ありがとうございます」
「いいえ。これが私の仕事で、私のしたいことですから!」
なのはの生気に満ちたその笑顔と言葉は、安全な地上に降り立ち、病院に搬送された後も、ノクトの頭から離れなかった。
新暦68年。超高層ビル内での大規模爆発は、偶然、居合わせた本局のエース魔導師、高町なのはの活躍もあり、奇跡的に死者ゼロと言う結果に終わった。
偶発的ながらも復帰戦を行ったなのははこれより、墜ちた後遺症を感じさせずに活躍していく事になる。
そして。
ノクト・ベルクライド。十五歳。
この年に管理局の陸士訓練校に入学する。