新暦72年5月23日。
ミッドチルダ東部。
ミッドチルダ東部の都市にある大規模模擬戦用グラウンド。
最新鋭のシミュレーターを完備しているそこで、ミッドチルダ東部の陸士隊と首都航空隊による模擬戦が行われていた。
技術交換が一番のテーマであり、如何に自分自身の向上に繋げられるかが求められる模擬戦だが。
「まったく、上から撃ってる奴らからどうやって技術を盗めって言うんだよ……」
陸士隊側として、この模擬戦に参加しているノクト・ベルクライドは半ば呆れたようにそう呟きつつ、走っていた。
管理局が正式採用しているバリアジャケットを着て、かなりのスピードで走っている姿は、口調ほどには余裕は無かった。
陸士隊と首都航空隊の戦力比はきっかり二対一。陸士隊は二倍の数というアドバンテージを有していた。
だが。
「開始から十分で同数以下にさせられるとは……向こうは向こうで本気だな」
数の差を埋める為に首都航空隊が使った手は単純で、空からの射撃、砲撃である。
模擬戦に用意された地形は高層ビルが並ぶ市街地だが、空から見れば、誰がどこにいるかはサーチャーを使わずとも、簡単に分かってしまう。
居場所がバレれば、待っているのは空から地上への一方的な攻撃である。
固まって動いていた陸士隊は見事に奇襲を受けてしまっていた。
戦術上、自分の有利な場所に行ったり、得意な分野を活かすのは当然だが、技術交換の場所で、そこまで露骨に勝ちに来るとは思っておらず、多くの陸士隊の隊員は困惑し、初動が遅れた。
幸い、首都航空隊が先制攻撃を仕掛けた場所からは離れていたノクトは、自分の部下、三名を連れて、比較的見つかりにくいであろう道を通って、首都航空隊の裏に回り込む動きを見せていた。
「ベルクライド副隊長。裏に回り込めたとして、どうするんですか?」
ノクトの部下の一人が、行動した後について聞いてくる。
ノクトは走る速度を緩めずに、短く答える。
「味方の損耗次第だ」
現在、空からの攻撃に対して、陸士隊の大部分は防御魔法を張り、ときたま反撃する戦術を取っている。
最初の攻撃で指揮官がやられた為、その場しのぎの行動に出てしまっているのが現状だった。
ノクトの狙いは挟撃だったが、味方の損耗が激しく、挟撃が成り立たない場合は、違う方法も考えなければいけない。
「分隊長が居てくれれば、また違うんだが……」
ノクトの分隊は元々、ノクトの上官が率いている分隊であったが、その上官が任務中に負傷した為、代わりに副隊長であるノクトが分隊の指揮を取っていた。
分隊の主力である上官が不在であり、代わりに分隊に入っているのは新人で、戦力としてはあまり期待出来ない。
このまま首都航空隊にやられてしまえば、東部の陸士隊の評価は大きく落ちてしまう。
自分だけなら気にはしないが、この模擬戦に参加していない人間たちまで評価を落とされるのは流石に心苦しいと、ノクトは考えていた。
「せめて、数人は落としたい所だけれどな」
ノクトは小さく呟きつつ、路地の角を曲がり、首都航空隊が隊列を組んでいる後ろに回り込む。
未だに陸士隊本隊への攻撃を続けている首都航空隊の姿を認めて、ノクトは部下たちに指示を出す。
「砲撃用意! 防御は気にするな!」
ノクトの指示に部下たちは了解と答えて、手に持っている杖型のデバイスを構える。
多少、距離があったが、あまり近づき過ぎれば気づかれると判断し、ノクトは首都航空隊に近づく事はしなかった。
更に言えば、近づけば近づくだけ、相手の魔法の威力も上がる。
その距離はノクト自身の限界でもあった。
「各自のタイミングで撃て!」
ノクトは首都航空隊の何人かがこちらに気づき、隊列を変化させ始めたのを見て、そう指示を飛ばす。
誰も気づいていないのなら、魔法のタイミングを合わせるのは有効だが、気づかれた以上はスピード勝負になる。相手がこちらに対応しきる前に是が非でもノクトは攻撃したかった。
その意を組んだ部下たちは、威力よりもスピード重視の魔法を選択しており、それなりのスピードで発射までこぎつけていた。
だが。
「流石に首都の空を守ってるだけはあるな」
ノクトたちの奇襲を間一髪ではあるが、防いで見せた首都航空隊にノクトはそう言いつつ、再度、部下たちに砲撃魔法の準備をさせる。
首都航空隊の魔導師たちが何名かノクトたちの方へ振り向き、砲撃魔法を準備し始める。
微妙なタイミングではあったが、僅かに首都航空隊の魔法の方が早い。
それを見て、ノクトは三人の部下の前に出て、杖を自分の正面に構える。
「プロテクション・パワード!」
ノクトは通常より大規模なプロテクションを発動させ、分隊全体を覆う。
魔力の障壁が完成したすぐ後、複数の砲撃がそれに直撃する。
魔力の障壁と砲撃が衝突して起きた爆風がノクトたちを覆い隠す。
「やったか!?」
「馬鹿! 油断するな!」
首都航空隊の隊員が不用意に隊列を崩し、少しだけ前に出る。
それを見逃さず、三発の直射型の砲撃が爆風を振り払って、発射される。
「なっ!?」
前に出てきた首都航空隊の隊員は防御魔法を展開する事も出来ずに、三つの砲撃を食らって、墜ちる。
「馬鹿な!? 無傷!?」
「何だ。あのプロテクションは……」
仲間がやられた事と、自分達の砲撃を受けても全くビクともしないノクトのプロテクションを見て、首都航空隊の隊員は焦り始める。
「砲撃用意。その内、他の奴らも反撃を開始する。できるだけ、引き付けるぞ」
ノクトは指示を部下に再度、指示を出しつつ、内心では、反対側の部隊が早く反撃に出る事を祈っていた。
念話をしようにも、指揮官がやられている為、一体、誰に念話を送ればいいか分からず、実質、ノクトたちは本隊との連絡は寸断されていた。
ここで反撃が遅れれば、首都航空隊は持ち直し、ノクトたちもすぐにやられてしまうだろう。
急いでいたとは言え、周りに声を掛けるなり、連絡手段を確保するなりすればよかったとノクトは、自分の至らなさに苛立ちつつも、先ほどよりも数が多い相手からの砲撃に対して、プロテクションに魔力を込めることで対応する。
遠くからの砲撃ならば幾らでも防ぐ自身はあったが、距離を詰められた場合は中々厳しいと、今の砲撃でヒビが入ったプロテクションを見ながらノクトは感じていた。
しかし、一向に反対側から砲撃なり、射撃なりが増える素振りはない。
拙いな。
口から溢れそうになった言葉をノクトは何とか飲み込む。
仮とは言え、部隊を率いている自分が、部下を不安にさせる事は言えない。
指揮する者としての意地で、弱音は飲み込んだノクトだが、首都航空隊の行動に思わず舌打ちする。
「全員下がれ! 距離を詰められるぞ!」
ノクトはプロテクションを張りつつ、三人の部下たちを下がらせる。
首都航空隊から二分隊がノクトたちに向かって、高速で接近していた。
数でも質でも、地の利でも負けている相手に正面からぶつかれば、すぐにやられる。
今は、二分隊を引き付けられただけ良しと判断し、早々に撤退を決断したノクトだったが、グラウンド全体に響いた模擬戦の終了の合図を聞いて、足を止める。
「終わり……?」
まさか事件でも起きたのだろうかと、身構えたノクトの耳に、模擬戦前に挨拶をしていた地上本部の高官の声が届く。
『ただいまの模擬戦。陸士隊の損耗が著しい為、これ以上の継続は通常任務に差し支えると判断し、私の一存で首都航空隊の判定勝ちとする』
ノクトはそれを聞いて、後ろに居る部下たちに視線を向ける。
言っている意味が上手く理解出来なかったのか、はたまた理解したくなかったのか、ポカンとした表情をしている部下に苦笑しつつ、ノクトは空を見上げる。
ノクトの近くに一人の首都航空隊の魔導師が近づいていた。
「首都航空隊所属のアベル・デイリー空曹長だ。名前を教えてもらえるか?」
「陸士505部隊所属のノクト・ベルクライド陸曹長だ。要件は?」
「良い防御魔法だと思ってな。コツは?」
「そんな気分じゃないんだが?」
「そう言うなよ。技術交換がメインテーマだろ?」
「なるほど。じゃあまず、降りてこい。オレは高みから見下ろしてくる奴に教えるほど人間は出来てないんだ」
ノクトの言葉にアベルはニヤリと笑うと、静かにノクトの近くに降り立つ。
「これで対等だ。教えてくれ。な?」
「お前……本当に首都航空隊か?」
「勿論! これでも努力家でな。吸収出来るもんは吸収するさ」
「オレの防御魔法じゃ参考にならないと思うけどな」
ノクトはそう言いつつ、手のひらサイズのプロテクションを創りだす。
それを見て、アベルの顔がひきつる。
「どうやってんだ……?」
「ピンポイント・プロテクション。さっきのもコレの応用で、着弾する所だけ厚くした」
「おいおい。何だよ。そんなの聞いた事ないぞ?」
「オレも爺さんに教わっただけだから、何だって聞かれても困る」
「へ~、こりゃあ確かに参考にはなんねぇな。しかし、どうしてこれだけの技術があったのに、もっと攻めて来なかったんだ?」
アベルの言葉に、今度はノクトが顔をしかめる。
ノクトは嫌そうな顔をしつつ、しかし、一度だけ溜息を吐き、片手をひらひらと振りながら言う。
「攻撃系統はどうにも使えなくてな。接近しての格闘以外に手はないんだ」
「なるほどなぁ。これで攻撃がそこそこ使えたなら、こんな所には居ないか」
「一言余計だぞ?」
「悪い悪い。まぁ気を悪くすんなよ。控え室で飲み物奢るからよ」
「……何が目的だ?」
軽薄そうな笑顔を浮かべながら肩を組んできたアベルにジト目を向けつつ、ノクトはそう聞く。
「陸士側に一人、女の子が居ただろ? ちょっと紹介してくれ」
「嫌だ。自分でどうにかしろ」
「ちょっ! そんな!」
ノクトは呆れたようにそう言うと、アベルの手を肩から外して、控え室へと引き上げた。