ファーンから異動の話を受けてから六日後。
ノクトは未だに答えを出せていなかった。
決断が出来ない自分に苛立ちと嫌悪感を抱きつつも、ファーンのあの目と意思の強さを思い出す度に、自分では無理なのではないか。押しつぶされてしまうのではないかと思ってしまっていた。
そうは言っても、気持ちは異動する事に傾いており、後ひと押し、何かが欲しかったノクトは、ミッドチルダ東部で一番大きな病院に来ていた。
設備の充実しているこの病院に、去年の十一月から、ノクトの祖父が入院していた。
管理局内部の話な為、祖父に全てを話す事は出来ないが、話をすれば決断出来るんじゃないかと、ノクトは思っていた。
お見舞い品の果物の詰め合わせを片手に、受付で面会である事を告げ、広い病院内を歩き、エレベータを使い、無駄に大きな病院に対して不満を述べつつ、ようやくついた祖父の病室に着いたノクトは、ドアをノックする。
元気そうな声で返事が返って来たのを確認すると、ドアを開けて病室へ入る。
「ノクトか。どうした?」
「お見舞いだよ」
左手に持っている果物の詰め合わせを見せて、それを棚の上に置く。
病室を見れば至る所に果物のお見舞い品がある。
交友関係が広い祖父らしいと思いつつも、ここまで多いと食べるのにも苦労する。
「お前も果物か」
「次からは別なのにするよ。食べる?」
「さっき食べたばかりだ。それより、いきなりモニターが消えて、付かなくなったんだ。見てくれないか?」
そう言われて、ノクトは部屋に備え付けられてるモニターに近づく。
見た限りでは配線に異常はなく、内部の異常かとも思ったが、試しにリモコンを使ってつけてみる。
モニターに光りがつき、初期設定画面が出る。
「リセットしちゃったのかな? まぁいいや」
ノクトは手早く最初の設定を済ませると、祖父にリモコンを渡す。
「これで見れるよ」
「おお。悪いな。録画したのを見てて、良い所だったんだ」
ノクトの祖父は嬉しそうに笑いながら、リモコンをゆっくり操作して、お目当てのモノを再生する。
「管理局の特集? こんなのどこが楽しいの?」
「最初の方は面白くないが、途中からエースの紹介があるんだ! これが面白いんだ!」
興奮したように話す祖父を見ながら、ノクトは溜息を吐く。
未だに魔法の原理説明やデバイスの技術紹介などが好きな祖父は、エースの高度な魔法を見るだけでも楽しいらしい。
そんな事を思いつつ、することも無い為、ノクトもそれを見ていると、知っている顔が映る。知っていると言っても、知り合いではないが。
「高町なのは……」
「エースオブエースだなんて格好良いなぁ。お前はこの子に助けてもらったんだろ?」
「まぁね」
「お礼を言わなくちゃだなぁ。管理局に入ったのもこの子が一番の理由だろ? 惚れたか?」
「勘弁してよ。要因の一つではあるけど、管理局に入ったのは、自分でも誰かの役に立つんじゃないかって思えたからだし、オレが会った時、この子、十二歳だよ?」
大人になってからの三歳の差はそこまで大きな差ではないが、十代の三歳は非常に大きい。
あの時、その強さと人としてのあり方に憧れはしたが、決して恋愛感情を抱きはしなかった。ノクトは心の中で断言する。
「今は十七歳だぞ?」
「オレは二十だよ?」
「いいじゃないか。それくらいなら許容範囲だ」
「そんなんじゃないし、何より、知り合いですらない相手を候補に出さないでよ。オレからすれば、画面の向こう側の人だよ」
ノクトは呆れたように言うが、ノクトの祖父はそれでも諦めず、モニターで紹介されているなのはを見ながら言う。
「こんなに強い子を孫にしてみたいんだが……」
「そこかよ……。ごめんね、弱くて」
祖父の叶いそうもない願望を聞かされ、ノクトは一言、謝罪を口にした後、肩を落として溜息を吐く。
そんなノクトに目もくれず、モニターの中で激しく動き回るなのはの様子にテンションを上げるノクトの祖父は、なのはの戦闘映像が終わった瞬間、意気消沈する。
「もう終わりかぁ……」
「いやいや、まだ高町一尉の紹介は終わってないよ?」
「戦闘映像が見たいんだ。この子がいい子なのは、目を見ればわかる」
「別にいい子かどうかを紹介したいわけじゃないと思うけど……」
ノクトはそう言いつつ、なのはの映像がリハビリしているモノに変わったのを見て、映像をしっかり見始める。
痛々しいほど包帯を巻かれ、しかし、手すりに掴まり、必死に歩こうとしている。
新暦68年に任務中に撃墜され、一時は飛ぶ所か、一生歩けないかもしれないと言われた怪我を負うが、懸命なリハビリで僅か半年で戦線復帰した不屈のエース。
そういうのは簡単だが、それがどれほど大変だったかは、安易に想像するのすら失礼になるのではないと、ノクトはファーンの言葉を思い出しながら思う。
私は後悔した。
ファーンですらあれなのだ。高町なのはと言う人間に近しかった人間はもっと後悔し、消えないトラウマとなっている事だろう。
なのはの次はまた別のエースに視点が当てられる。
出てくる人々はどれも名前の聞いた事のある局内の有名人ばかりで、一緒の任務に付ければ、話す機会が持てれば、かなり自慢できるだろう。
正にノクトにとっては画面の向こう側の人々だ。
けれど、ファーンはそんな人たちを守ろうとしている。
多くの市民を、多くの局員を守るエースを。
自分が守る。
それはノクトにとって、とても魅力的に映った。
エースを守ると言う事は、エースが守る人々を、エースが救う人々を間接的に、守り、救う事に繋がる。
自分では多くの人々を救えない、守れないノクトにとって、それは憧れに近いモノだった。けれど、やはり、一番の問題は、これほど強く、大きなエースたちを守る事が出来るのだろうかと言う点だった。
「ねぇ、祖父さん。祖父さんは現役時代、エースを守った事はある?」
「ないな。エースと共に任務をこなした事はあるが、少なくとも戦闘中に守ったり、助けた事は一度もない」
「そっか……。やっぱり、普通の魔導師がエースを守るなんて無理だよね……」
「そうとも限らんだろ。俺は経験ないが、俺の友人で、エースの背中を守ったって奴は何人も居るし、そいつらはしょっちゅう、俺たち普通の魔導師が居るからエースは戦えるって豪語してたしな。エースも人間だ。人間なら生きてれば色々ある。体調が悪かったり、気分が乗らなかったりな。そういう時には、いつも助けてもらってるお礼をしなくちゃいけない」
それは確かにその通りだとノクトは思った。そんな単純な事にすら気付かなかった自分に、思わず笑いそうになる。
「なら、俺も守れるかな? それこそ、高町一尉みたいなエースを」
「守れるんじゃないか? それにお前は一度、命を助けられてる。男なら意地でも借りは返してこい」
ノクトは祖父の力強い言葉に頷いた。
その目にファーンに負けないような強い意思を宿して。
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次の日。
ノクトは管理局地上本部にあるファーンの執務室を訪ねていた。
執務机に居るファーンと向き合う形で立っているノクトは、前ほどには緊張せずに居られた。
「直接来てくれたと言うのは、期待してもいいのかな?」
「はい。一佐のスカウトを受ける事に決めました」
ノクトの言葉を聞いたファーンは笑みを深めて、何度か頷き、ノクトに質問する。
「決断した理由は何かな? 勿論、言いたくなければ言わなくていい」
「祖父が言ってくれた言葉に勇気をもらいました。エースも人間だと。簡単で、単純な事かもしれません。けれど、その事実に自分は言われるまで気づきませんでした」
「私も高町くんが墜ちるまでは気付かなかった。無意識に、エースは自分とは違う何かだと考えていたんだ」
ファーンの言葉にノクトは頷く。
管理局に所属する多くの魔導師にとって、エースとは憧れであり、頼れる存在であり、別格の存在である。
それは不可侵の存在であり、自分たちの枠で捉えてはいけないものなのだと。
力に差がありすぎる為、同格に捉える事ができず、故に些細な変化に気づく事はない。
ファーンはその現状を変えたいと願っていた。
そして、それにノクトも共感していた。
「非才の身ではありますが、全身全霊を掛けて、全力を尽くします。どうかよろしくお願い致します」
ノクトは直立不動の姿勢で敬礼を行う。
そんなノクトにファーンも椅子から立ち上がり、敬礼を行う。
「こちらこそよろしく。険しく、辛い道かもしれないが、私は決してブレない事を約束しよう。だから、君もついてきて欲しい。道は私が示す。君なら必ず私について来てくれると信じているよ」
「了解しました。一佐の背中を追わせていただきます」
ノクトは敬礼を崩さずにそう言うと、前はひるんでしまったファーンの強い目を見返す。
決断は自信になり、ノクトに強い意思を与えていた。
決して、何者にも怯まない事を誓いながら、ノクトは敬礼に力を込めた。