護る人   作:お月

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第五話

  新暦73年4月20日。

 

 

 

 

 

 

 首都クラナガンの地上本部の一室。

 警備部警護三課本部と書かれた大きな部屋がある。

 そこに警護三課に配属される局員たちが勢ぞろいしていた。

 当然、その中にはノクトも居り、前にある壇上に上がったファーンの課長挨拶を聞いていた。

 

『ノクト。ノクト』

 

 直立不動の姿勢を崩さずに聞いていたノクトに、横にいるアベルが念話で話しかけてくる。

 よりにもよって、課長と言う、この警護三課で最も偉い人間の挨拶中に話しかけてきたアベルに苛立ちつつも、ここで反応しなければ、反応するまで声を掛けてくる事を、短い付き合いの中で知っていたノクトは、仕方なく、アベルに対して反応する。

 

『何だ?』

『前に居る女の人。見たことあるか?』

 

 ノクトはアベルにそう聞かれて、前に並んでいる部隊の幹部たちに視線を向ける。

 幹部の中に女性は一人しか居ない。

 鋭利な刃物をとっさに想像してしまうほど、鋭い視線と冷たい表情の女性だった。

 

『美人だよな?』

 

 漆黒と言ってもいいほどの黒い髪に、同色の瞳を持つ女性は、確かに美人ではあった。

女性にしては背が高く、百七十ほどあるノクトよりも少し背が高い。その身長の高さと相まって、女性らしさよりも男性らしさの方が先に来る。

少なくとも、ノクトから見て、アベルのように鼻の下を伸ばす対象ではなかった。

 

『階級章を見ろ。多分、あの人が部隊長だ』

『いいねぇ。美人な上司が居るなら、俺は頑張っちゃうよ~』

 

 あくまでいつもと調子の変わらないアベルに思わず溜息を吐きそうになって、ノクトは何とか堪える。

 課長の挨拶中に溜息を吐けば、あとが大変である事は言うまでもない。

 

「これで私の挨拶は終わります。次に、部隊長となられるラケルタ・キャリオス三佐から挨拶をして頂きます」

 

 ファーンはそう言って、壇上から下がり、先ほどの女性と交代する。

 ラケルタはキビキビとした動きでファーンに敬礼し、ファーンと入れ替わりで壇上に上がる。

 ラケルタは壇上から部隊の人間たちを一通り見渡すと、静かな声で話し始める。

 

「ラケルタ・キャリオス三佐だ。今日から諸君らの部隊長になる。よろしく」

 

 短くそう言ったラケルタの視線が、いきなり自分に来た事に対して、ノクトは嫌な予感を覚える。

 この手の事に緊張感の欠けるアベルは、ラケルタに見られた事にテンションが上がり、念話で、俺を見てる。俺を見てる。と繰り返し続ける。

 しかし、ラケルタの鋭い目を見たノクトは、全くそんな風には喜べなかった。

 

「ノクト・ベルクライド陸曹長、及び、アベル・デイリー空曹長」

「はっ!」

「はっ!」

「課長の挨拶中に念話でおしゃべりとは良い度胸だ。後で私の所へ来るように。その不抜けた根性を叩き直してやる!」

 

 まるで敵に向けるかのような鋭い眼光に晒され、蛇に睨まれた蛙のような状況に陥ったノクトとアベルは、敬礼したまま固まってしまい、形式的になんとか、了解と言う事だけで精一杯であった。

 

 

 

 

 

 

●●●

 

 

 

 

 

 

 どうしてオレが。

 そんな事を思いつつ、ノクトは部隊長室で時折、ラケルタの冷たく鋭い眼光に晒されながら、直立不動の体勢を保っていた。

 アベルも同様だが、彼此、三十分以上、無言で直立不動を続けている為、沈黙が嫌いなアベルは、体以上に精神が限界に近づいていた。

 アベルとノクトを部隊長室まで呼び出したラケルタは、ただ一言、立っていろ。とだけ告げて、自分はアベルとノクトの前で仕事を始めていた。

 沈黙はノクトも苦手ではあったが、ノクトはラケルタの仕事ぶりを見て、ラケルタを出来る人と評価した為、この状況には罰以外の何かがあると感じ、それを探す事に集中していた為、ここまではそれほど苦痛ではなかった。

 とは言っても、ラケルタがここでアベルとノクトを立たせる事に、罰以外の理由は見つけられなかったが。

 このまま今日一日が終わってもおかしくはない。と、ノクトが覚悟を決めた時、ラケルタがふと目を通していた書類から視線を外す。

 

「ノクト・ベルクライド陸曹長。貴様の長所は何だ?」

 

 いきなり話かけられて、ノクトは一瞬、反応が遅れるが、すぐに自分の長所について説明し始める。

 

「はっ! 自分の長所は防御魔法と、それを使ったチーム戦にあると自負しています」

「ふむ。では、アベル・デイリー空曹長。貴様の長所は?」

 

 聞かれたアベルはようやく喋れるとばかりに、無駄に大きな声でしゃべり始める。

 

「はっ! 自分の長所は汎用性にあると思っています! それと」

「二人とも不正解だ。貴様らの言った長所など、ある程度、上のレベルになれば長所にはなりはしない」

 

 まさか不正解を言い渡されるとは思っていなかったノクトは思わず、ラケルタを見たまま固まってしまう。

 アベルも似たような状態だったが、アベルの場合はどちらかと言うと、まだまだ喋りたかったのを中断された事の方が大きいようだった。

 ラケルタはアベルとノクトの様子を見て、小さく溜息を吐くと、違う質問を投げかける。

 

「それでは別の質問にしてやろう。アベル・デイリー空曹長。この警備部警護三課の長所は何だ?」

 

 今度の質問にアベルはすぐには答えられない。

 当たり前だ。この警護三課は今日、はじまったばかりの新設部隊だ。

 長所なんてすぐには思い浮かばない上に、下手な答えを返せばどうなるか分かっているな。と、ラケルタの目が脅しを掛けている。

 

「えー、長所は……課長の名声でしょうか」

「あながち間違ってはいないが、それが役に立つのは現場の外だ。一度、事件が起きてしまえば、課長の名声に相手が怯むことはないだろう。ノクト・ベルクライド陸曹長」

「はっ!」

「この部隊の短所はなんだ?」

 

 長所ばかりを探っていたノクトは小さく顔を引きつらせながら、考える。

 咄嗟に幾つか思いついたが、どうにもピンとは来ない。

 ラケルタの視線が徐々に強くなるのを感じつつ、仕方なしに、ノクトは思った事を言う。

 

「自分の主観ではありますが、部隊の現在の実力と、課長が掲げる目的に必要な実力。この差があまりにも大きい事だと思います!」

「……まぁ三十点と言った所か。この部隊の欠点は、全てだ。ファーン課長が集めた部隊員は優秀だが、各部隊の主力と言う訳でも、本局のエリートと言う訳でもない。この部隊は、現状、局員の質、物、経験、実績、考えられる全てに不足している」

「……では、長所は一体、何でしょうか?」

 

 ノクトはラケルタの言葉に納得しつつも、それではアベルに投げかけた質問に答えがない事になってしまう。と考え、そう質問する。

 

「この部隊の長所は、イコール、貴様たちの長所でもある」

「自分達の長所は……わかりません」

「そうだ。貴様たちは未知数だ。その未知数さがこの部隊の長所だ」

 

 ラケルタはそう言うと、幾つかの資料をアベルとノクトへ放り投げる。

 咄嗟の反応だった為、落とさないようにするのが精一杯で、アベルとノクトは不格好な形で受け止める。

 

「この部隊のメンバーの資料だ。どいつもこいつも一癖も二癖もある奴らだ。特に一芸に秀でたものばかりを集めているから、どうやって部隊を纏めていこうか迷っている所だ」

「は、はぁ……」

 

 ノクトは、ラケルタにまとめられない部隊があるのかと思ったが、決して口には出さずに、受け答えをしつつ、資料に目を通す。

 資料は部隊のメンバーの能力を細かく分類し、数値化したものを、グラフで示したもので、非常に分かりやすかった。

 それは見やすいと言う意味と、部隊の特徴を捉えるのに分かりやすいという意味で、見ていけば見ていくほど、極端に偏ったグラフのオンパレードだった。

 

「この部隊は一芸特化の若者を集めている。それは将来を見据えたもので、その潜在能力がこの部隊の唯一の長所だ。勿論、貴様ら二人も潜在能力に期待して、この部隊にスカウトされた。秀でた部分を伸ばし、その一点に置いては本局のエリートすら上回る者たちを育成していくつもりなんだ。ファーン課長はな」

「そうだったんですか……。どうして自分たちにそれを?」

「お前たちが一番、命令を聞きそうだったからだ。何も言わずに三十分ほど直立不動で居る奴なら、これから使いやすい。問題児ばかりだからな、この部隊は」

「試していたんですか……。てっきり罰かと……」

 

 アベルが力なくそう言うと、ラケルタは椅子の背もたれに体重を預けながら大きく溜息を吐く。

 

「貴様ら二人はマシな方だ。念話に探知防止用の魔法を掛けていなかったからな。何人かは探知防止用の魔法やら、デバイス経由での会話やら、色々工夫していた。正直、注意するのも面倒だったから、警戒していなかった貴様らを生贄にしたまでだ」

「探知防止って……どんだけ用心深いんだよ……」

「そういう奴らが今日からお前たちの同僚だ。気をつけておけ。お前たちのように任意で異動したのは少ないからな。多くの奴らが、前居た部隊を追い出された口だ。トラブルは覚悟しておけ」

 

 ラケルタの今日一番の脅しを受けて、アベルとノクトは盛大に顔を引きつらせる。

 ラケルタの話を総括すれば、ラケルタはアベルとノクトを自分の駒にすると決めたようだった。

 それを察したノクトは肩を落とすが、そんなノクトにラケルタは追い討ちを掛ける。

 

「さて、おしゃべりはおしまいだ。部隊のメンバーの把握も済んだ事だし、今から前線メンバーで訓練に入る。当然、貴様らもだぞ」

「はい! 了解しました!」

「私の訓練は辛いから、覚悟しておけ。私の訓練が嫌で、管理局をやめた奴らが沢山居るからな」

 

 訓練と聞いて、張り切ってした敬礼から力が抜ける。

 訓練がキツくて管理局をやめた魔導師など聞いた事はない。せいぜい、部隊の訓練がキツイから転属届けを出した人間の噂話しか、二人は聞いた事は無かった。

 

「ど、努力します……」

「その意気だ。初めての任務だ。地上本部の訓練室に前線部隊の奴らを整列させておけ」

「部隊長……。気になってはいたんですが、質問してもいいですか?」

 

 ノクトがずっと気になってた事をラケルタに意を決して質問する。

 

「何だ?」

「その……そう言うのは分隊の隊長がする事なんじゃないでしょうか?」

「言っていなかったな。貴様ら二人が最上位者だ。訓練校で派手にやっていた新人が四名。当面はこの四人は訓練付けで、貴様ら二人と組むのはあとの二人。その二人は陸曹と空曹だ。引っ張ってこれる尉官級の魔導師に優秀なのが居なくてな。そこでだ。ノクト・ベルクライド陸曹長。貴様は分隊指揮の資格を持っていたな?」

「仮ではありますが……」

「では、当面は貴様が分隊長だ。分かったら、さっさと部下たちを集めろ」

「了解しました! ……あっ」

 

 いきなり命じられた事に対して、思わずノクトは敬礼して、了解と言ってしまう。

 ノクトが初めて、自分の反射的行動を恨んだ時だった。

 


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