ロクでなしTS転生者と禁忌教典 作:男の子に、オレはなる!
レーンside
前振りなしの
しかし、また手酷くやられたもんだ。相手はそこらにいるチンピラだったんだろ? 魔術使えるお前が何でそんな連中にボコられているんだよ?
ニーナが汲んできた水でグレンの傷口を洗っている傍らで、裏庭から取ってきた消毒用の薬草を叩いて汁を絞りながらそれとなく話を振ってみる。すると何故かえらく不貞腐れた表情になって魔術の才能がないとか愚痴りだす。
話を纏めると、呪文の詠唱が長くてその隙に殴られ袋叩きにされてしまったらしい。原作でも学院生が手習うレベルの魔術ですら呪文を三節で詠唱していたから、別におかしな話ではないが。お前、滅茶苦茶に格闘術が得意だったはずだろ。普通に拳で沈めれば良かったじゃないか。
そう指摘するとグレンは更に拗ねたように眉を八の字にする。何だか子供グレンは仕草とか態度が可愛いな。いや、決して男に興味があるわけではないぞ。オレの野望は変わらず男になって女の子ときゃっきゃうふふ、いちゃラブすることだ。
拗ねたグレン君曰く、魔術の力で相手を倒すことに拘ってしまったそうだ。大人グレンは自身の
むっすぅと顰め面で黙り込むグレンの頭をぐりぐりと撫でくり回し、ニーナに代わって傷口の消毒に取り掛かる。染みるのか痛そうに顔を歪めているが我慢しろ。将来的には背中から胴を打ち抜かれたりするんだから、男は根性だ。頑張れ主人公。
手際よく消毒を済ませると何やらブツブツと呟くグレン。何か聞き覚えのある台詞だなぁ、とか呑気なこと考えていたら目の前でグレンの体が突如発光。徐々にではあるが傷や打撲痕が消えていくではないか。
魔術きたあああああぁぁぁぁ!!
何だっけこれ、白魔【ライフ・アップ】だっけ? うおおお、すっげえ生魔術パネェ! 転生してからファンタジーらしいファンタジーといえばお空に浮かぶお城だけだったが、やっと間近で実際に魔術を見ることができたぞ!
いやはや、たまげた。たまげたついでにオレに魔術を教えてください、グレン先生。ダメ? 規則で魔術を一般人に教えてはならない? 教えたら人生が詰む? そんなケチくさいこと言うなよー。なぁに、バレなきゃ問題にならないんですよ。
ニーナも興奮気味にグレンに詰め寄っている。おぉ、珍しく子供っぽい反応しているな、ニーナのヤツ。まあ前世知識で知っていたオレと違ってニーナは正真正銘初魔術だったからな。興奮も一入だろう。
オレとニーナに両サイドから詰め寄られて子供グレン君は顔を赤くして後退りする。こやつ、存外女に対する免疫ないな。日頃からセリカにべったりされて女子に接触されても大して反応しなくなったのではないのかね? それともまだそこまでの境地に至ってないのか?
それはそれで好都合だ。このままニーナと二人掛かりでぐいぐい押して根負けさせてやる。ふふはははっ、逃がしはしないぞグレン=レーダス……!
などと息巻いて更に近づこうとしたところで間の悪いことにアルド爺さんが帰ってくる。ちっ、後一歩だったのに、命拾いしたな……。
小さく舌打ちをしているとアルド爺さんにギロリと睨まれた。怖い、怖いよ爺さん。元軍人なだけあって顔怖いから。グレンがビビってニーナの後ろに隠れているから、ここは収めてください。
アルド爺さんは呆れたように溜め息を吐くとグレンに向き直り、時間も遅いからとやんわり帰宅を促す。グレンはアルド爺さんの恐ろしさの一端を垣間見たからか反抗することもなく素直に頷く。
帰る流れとなったグレンであるが、お間抜けなことに帰り道が分からないらしい。仕方ないなぁ、ここはオレが家まで送り届けてやるよ……あの、アルド爺さん。どうしてオレの首根っこを掴むのですか。え? 夕飯の支度を手伝え? 見送りはニーナがするって? そりゃないぜ爺さん!?
力の限り暴れまくってアルド爺さんの手から逃れようとするも徒労に終わる。ぷらーんと猫のように吊り上げられながらグレンとニーナが連れ立って孤児院を出ていく背中を見送ることしかできなかった。ちっくしょう……。
折角接近してきた魔術の世界が離れていくことに意気消沈しながらオレは渋々夕飯の支度を手伝う。無論、精一杯不満ですオーラを醸し出すことを忘れない。何故か爺さんはそんなオレの頭を苦笑しながら撫でてくる。だから止めろって、むず痒いんだよ!
グレンside
ニーナとレーンの案内で広間へ通された僕は、二人から甲斐甲斐しく手当を施されていた。
ニーナが汲んできた水で傷口を洗って、隣ではレーンが消毒用の薬草を叩いて汁を絞り出している。二人とも手慣れた様子で、僕はなすがままされるがままだ。
じっと手当が終わるのを待っていると、会話を求めたのかレーンが話を振ってくる。
「ところでさ、グレン。お前、何だってチンピラなんかに負けたんだよ。魔術師なんだろ?」
僕の着ているアルザーノ帝国魔術学院の制服を見て首を傾げるレーン。学生とはいえ魔術師が貧民街のチンピラ風情に負けたのが疑問なんだろう。
レーンの疑問も尤もだ。普通の魔術師ならあんなヤツら、苦もなくあしらえる。でも僕は……、
「ぼ……俺は魔術の才能がないから。皆ができて当たり前の一節詠唱もできない、落ちこぼれなんだよ。好きに笑えばいいだろ……」
チンピラ風情にも負ける三流魔術師。情けなくて悔しくて、悪態でも吐いていないとボロが出てしまいそうだった。
僕の返答を聞いたレーンは笑うでもなく蔑むでもなく、不思議そうに眉根を寄せて僕の両手を掴んだ。
「いやでも、お前普通に素手でも強いだろ。この感じだとニーナ以上……つか、オレよりも上じゃね?」
僕の両手を矯めつ眇めつ観察してレーンはそう評価を下す。確かに、セリカからも拳闘家の方が向いていると言われるくらいには筋が良い自負はある。でも、それじゃダメなんだ。
「僕は……俺の魔術がちゃんと通用するって証明したかったんだ。あんなヤツら、魔術が使えれば何てことないのに……」
それなのに負けたのは、単純に僕に魔術の才能がないから。
情けなさと悔しさから何も言えずに黙り込んでいると、頭に乱暴に掌が乗せられた。そのままぐりぐりと撫でくり回される。
「な、なにすんだよっ!?」
「いやぁ、なんか想像してたより生意気で可愛くてな。つい構いたくなった」
「あ、レーンもそう思う? こう、母性を擽られる感じかな」
「いや、母性とかオレには分からん。分かりたくもない」
「ちょっと、そこでどうして真顔になるのさ!?」
真顔で母性云々を否定するレーンにニーナが噛み付いた。僕は不服げに剥れながら、さり気なく頭に伸びてくるニーナの掌共々レーンの手を突っ撥ねた。
雑に手を弾かれてもニーナとレーンが気を悪くすることはない。傷口の洗浄が終わり、ニーナに代わってレーンがお手製の消毒液を傷口に塗り始める。
当然、消毒液が傷口に染みるけど、自分より小さな子供がいるし何より女の子二人の前でみっともない姿を晒すのは懲り懲りだった。平然を装いつつ口の中で歯を食い縛って耐える。
レーンの手つきも慣れたもので消毒液の塗布はすぐに終わった。頑張ったなとばかりに頭を一撫でするレーンは、完全に僕のことを子供扱いしている。ニーナも同じだ。それが何だかムカムカして、僕は二人の前で魔術を使って見せた。
呪文を唱えて魔術を行使する。ニーナもレーンも目の前で起きる奇跡に目を丸くしていて、二人を見返せて少しだけ気分が良くなる。でもすぐに魔術を使ったことを後悔した。
白魔【ライフ・アップ】。白魔術の中でも初歩中の初歩、人によって得手不得手はあっても僕の同期ならば一分も掛からずに治癒を終らせられる。対して僕は五分以上も要してやっと治癒が終わった。
これが僕の限界。自分でやっておいて魔術の貧弱さを改めて自覚し、盛大な自爆で気を落としていると、目を丸くしていたニーナとレーンが物凄い勢いで食いついてきた。
「き、キミ、すごいねっ! 初めて見たよ! それが魔術ってやつなのかな!?」
「きた、キタコレ! 生魔術きた! マジすげぇ!?」
ニーナがすっかり傷が癒えた体をぺたぺた触って、レーンが興奮も露わに叫ぶ。僕の腕が良かろうと悪かろうと二人にとっては珍しいもの。僕より歳上なのに子供みたいに目を輝かせている。
「なあなあ、グレン君。いや、グレン先生。頼むから魔術を教えてくつかぁさい。オナシャス!」
「あ! ズルいよ、レーン! ボクだって教えてほしいな!」
本気ともふざけているともつかない態度でレーンが言うと、ニーナも触発されて教えてとせがんでくる。でも、頼まれたって魔術を二人に教えることはできない。
「ダメだよ。規則で魔術を一般人に教えることは禁止されてるんだ」
それに、魔術はあらゆる自然理学への理解の上に成り立つものだから、無学なニーナとレーンには教えても理解できない。どの道、二人が魔術を使うことはできない。
申し出を断るとニーナはあからさまに気落ちし、レーンは不満げに唇を尖らせた。
「ええ〜、そんなぁ……」
「ンだよ、そんなケチくさいこと言うなって。いいか、グレン? 規則というものは破るためにあるんだ」
「ねえねえ……どうしてもダメなのかな?」
「大丈夫大丈夫、バレなきゃ犯罪じゃないんだよ」
左からニーナが迫り、右からレーンがじりじりと寄ってくる。二人の少女に両隣から接近されて僕は思わず取り乱してしまう。
ニーナもレーンも間近で見れば美少女で、きちんと着飾れば社交界に出ても違和感がないくらい素材が良い。そんな二人に迫られると僕の意思に関係なく顔が熱くなってしまう……。
僕があたふたと対応に困っていたその時、孤児院の扉が開いて人の良さそうな初老のおじさんが入ってきた。
「あ。おかえり、アルド父さん。この子、グレン。ちょっと街で拾ってきたんだ」
「ちっ、あと少しだったのに……」
「これこれ、ニーナ。口が悪いよ。それとレーン、女の子が舌打ちなどするものではないぞ」
ニーナを優しく窘めたおじさんが一瞬、鬼もかくやの形相をレーンに向けた。怖い、物凄く怖い。確かにレーンの言葉遣いや態度は女の子としてどうかと思うけど、怖すぎる。思わずニーナの背に隠れてしまった。
お叱りを受けたレーンはと言えば、まるで堪えた様子もなくおざなりに返事をする。
「はいはい、分かりましたよー。今後は気をつけまーす」
「まったく、貴女も女の子なんですからもう少し女の子らしく振舞いなさいといつも……」
「あーあー聞こえないー」
「レーン……」
アルドさんのこめかみに薄らと青筋が浮かぶ。でもアルドさんはさっきのように怖い顔をすることはなく、諦めたように溜め息を吐くとニーナの背に隠れる僕に顔を向けた。
「グレン君でしたね。色々と事情はあるのでしょうが、今日はもうお帰りなさい。お家の方が心配するでしょう」
アルドさんに言われて脳裏に浮かんだのは酷いこと言いかけて悲しませてしまったセリカの姿。そうだ、セリカにもきちんと謝らないといけないんだ。
僕はアルドさんの言葉に素直に頷いた。時間が遅いのも確かであるし、何より先の鬼もかくやの顔を思うと逆らうだなんて馬鹿な考えは浮かばなかった。
けれど問題が一つ。ニーナに引かれるがままここまで来てしまったため帰り道が分からない。気恥ずかしい想いを我慢しながらそう伝えるといの一番にレーンが手を挙げる。
「はい! はいはいはーい! グレンはオレが家までおく──」
「──レーン。貴女は夕食の支度を手伝いなさい。お見送りはニーナに任せます」
「はぁあ!? 何でだよ! 別に見送りくらい、いいじゃんか!?」
「レーンは見送り次いでに道草寄り道するでしょう」
「……そ、そんなことしねぇし? ちゃんと帰ってくるし?」
「即答できなかった時点でダメです。ほら、夕食の支度を始めますよ」
「ぬわあああ! 横暴だあ!?」
アルドさんに首根っこを掴まれて暴れるレーン。ぷらーんと猫みたいに吊り上げられる姿はちょっと滑稽で、つい笑いが零れてしまいそうだった。ちなみにニーナは隠すこともなくくすくす笑っている。
穏やかな微笑みを湛えるアルドさんと不貞腐れた表情のレーンに見送られ、僕はニーナと共に孤児院を後にした。
ニーナの先導で入り組んだ裏通り進み、やがて見慣れた街並みに辿り着く。ここから先は僕一人でも分かる。だから、ここでお別れだ。
これでニーナとレーンとも会うことはない。そう思うと何だか少しだけ寂しい。一時だけ交錯した僕と彼女達の時間は終わりを告げ、また変わり映えのない日常が始まる。それが少しだけ嫌だった。
そんな僕の想いを察したのか分からないけど、ニーナからとあるお願いをされたことで交錯した世界はもう少し続くことになった。