ロクでなしTS転生者と禁忌教典 作:男の子に、オレはなる!
レーンside
グレンが孤児院に通うようになってから随分と月日が経った。
毎日のようにグレンから勉強を教わったニーナは数理や計算に関する分野に強くなり、グレンと組手を続けたオレは格闘術の技術が磨かれていった。グレン君様々である。ただし未だに魔術は教えてくれないけどネ!
いい加減に折れてくれてもいいのではないかと毎日詰め寄っているのだが、グレンも中々譲らない。規則だからと頑なに突っ撥ねてくる。将来的にはロクでなし講師やってるグレンが規則をきちんと守る姿勢というのも貴重であるが、オレとしては困ったものだ。このままでは格闘術の腕が上達するだけで一向に魔術の世界に踏み込めない。
というか、ここ最近グレンのオレに対する態度が酷い。オレが魔術を覚えたい理由を明かした辺りから対応が冷たいというか、こいつにだけは魔術は教えてやらんみたいな態度になった。なんだよ、別にいいではないか。オレが男になって女の子ときゃっきゃうふふにゃんにゃんしたところでグレンが困ることもないだろうに。
最近では苦肉の策として色仕掛けも使っているのだが如何せん靡かん。ニーナに一呪文につき一回キスしてあげると言われた時は顔を真っ赤にしていた癖に、オレが同じこと言っても「あっそ……」と素気無い反応である。そん時はなんか腹立ったんで頭をど突いてやったが。
しかし困った。このままでは何時まで経っても魔術を教わることができない。オレの野望成就が遠ざかってしまう。何かしら手を打たねばならないだろう……。
如何にして魔術の世界に踏み込むかを真剣に悩んでいると、アルド爺さんとニーナが帰ってきた。見覚えのない男を二人連れて。
一見優しそうな顔をした恰幅の良い初老の男と蛇みたいな雰囲気を漂わせる青年だ。どちらもこんな貧民街の孤児院には似つかわしくない仕立ての良い服を着ている。
一目見て裕福であることが窺える男達を怪しんでいるとアルド爺さんからちびっこ達を連れて食堂で待ってなさいと言われた。あからさまな除け者扱いであるが、今回ばかりは素直に言うことを聞く他ないだろう。だからと言って大人しく従うわけではないが。
ちびっこ共に静かにするように言い含め、扉を僅かに開いて話の内容を盗み聞く。褒められたことでないのは重々承知しているが、いつになくニーナが暗い顔をしていたのがどうしても気になった。怒られた時は甘んじてお叱りを受けるとも。
聞き耳を立ててみると……あぁ、そういうこと。あの男達はウィーナス商会の人間で、私生児という理由でここに預けたニーナを嫡出子が亡くなったから代わりにと引き取りにきたと。凡その事情は理解できた。
そしてニーナは男達の誘いに乗った。心の底から嬉しそうに、満面の笑みでついていくと言ってのけたのだ。それが自分の幸せであると信じているかの如く。
アルド爺さんはニーナの選択を否定しない。ただその瞬間から互いのことを他人のように呼び合い、ニーナとオレ達の道が完全に訣別してしまうことが決定してしまった。
と、そこへオレと同じく聞き耳を立てていたのかグレンが怒鳴りながら飛び込み、ニーナの手を掴んで外へ走り出してしまった。その場は騒然となるものの、アルド爺さんがどうにか取り成したことで落ち着く。横槍を入れられた男達は不満げだが。
走り去るグレンとニーナの後ろ姿を思い出し、オレは少しだけ羨ましく思う。オレに怒鳴りながら飛び込むなんてことできなかった。ニーナがどんな想いを抱いて、どんな覚悟を持って決意したか察せてしまったから。ほんと、どこまでも家族想いなヤツだよ……。
自身の不甲斐なさに一人肩を落としていると青年が席を立った。どうやらニーナを連れ戻しにいくつもりらしい。恰幅の良い爺さんに一礼して、玄関扉から孤児院を出て行く。
その時、青年がほんの一瞬だけ薄気味悪い笑みを零した。歪んだ性根を窺わせる、狡猾な蛇のような笑みだ。
その顔を見た瞬間、オレは不吉な胸騒ぎに衝き動かされてその場から飛び出していた。アルド爺さんが制止の声を上げていたが構わず追いかける。あの男とニーナ達を会わせてはならない。虫の知らせにも似た直感に任せてオレは貧民街を駆け抜ける。
幸いグレンとニーナはすぐに見つかった。人気のない路地裏に立ち止まり、涙を流し合いながら互いの想いを吐露している。そこだけ見れば甘酸っぱい青春の一ページで終わるのだろうが、生憎とオレの立ち位置からだと仄暗い笑みを深めてニーナを狙う青年の姿が見えてしまっているのだ。
形振り構っている余裕なんてない。みっともなく叫び散らしながら二人に駆け寄り、そのまま押し倒した。直後、オレの肩を掠めて雷光が駆け抜ける。
黒魔【ライトニング・ピアス】。殺傷性の高い軍用魔術だ。幸い間一髪でオレが間に合ったからよかったものの、頭部に直撃でもすれば死は免れなかっただろう。
動揺する二人を連れてこの場から撤退しようと立ち上がるが、肩から生じる灼熱の痛みに意識が白熱する。思ったよりも深く肩を抉られたらしい。視界が歪んで意識が遠退いていく。
もう自分でも立っているのか倒れているのか今ひとつ分からない。耳元で誰かが叫んでいるような気がしたが、誰の声だったか……思い出すより先に限界が訪れた。
意識が途切れる寸前に聞こえたのは悲痛なニーナの叫びと、やけに焦った感じのグレンの声だった。
グレンside
もう日常となった放課後の孤児院通い。何度も通っただけあって道は憶えており、ニーナの案内がなくとも孤児院に辿り着ける。
孤児院への道を歩きながら考えるのはニーナとレーンのこと。二人との仲は自惚れでなければ深まっていると思う。学院では落ちこぼれということで肩身が狭いけれど、彼女達と過ごす時間はとても楽しいものだ。
歩みを進めながら今日の予定を組み上げる。ニーナは本当に飲み込みが早く、おまけに努力家だ。特に数理や計算の類には滅法強く、既に暗算速度だけなら僕と互角に近い。この調子なら数学の分野に限っては追い抜かれる日も遠くないかもしれない。
レーンに関しては組手こそ真面目にやるし格闘術の腕も日に日に上達しているのが窺えるけど、最近は魔術を教えてくれと迫ってくるので困る。ニーナもからかい交じりにせがんでくるけど、レーンの場合は本気過ぎるのだ。あの手この手と尽くし、最近では色仕掛けまでしてくる始末。あまりにもベタベタくっついてくるものだから、もう色々な意味でレーンとの近い距離感に関しては慣れてしまった。
そもそも、レーンは魔術を習いたい動機が不純過ぎる。
以前、あまりにもしつこく強請ってくるものだから理由を問うたのだけど、レーンの動機は『男になって女の子ときゃっきゃうふふにゃんにゃんするため』だった。胸を張って堂々と恥ずかしげもなく言うものだから一瞬だけ納得しかけたけど、すぐにその巫山戯た動機にツッコミを入れたものだ。
端的に言えばレーンは女の子から男の子になるために魔術を利用しようと考えていたらしい。大陸中にいる魔術を研鑽する魔術師に喧嘩を売っているような理由だ。孤児院を守るための『力』が欲しいからというニーナの理由の方が万倍マシである。だいたい、きゃっきゃうふふにゃんにゃんって何だよ。語感とレーンの感じからしてロクでもないことなのは確かだろうけど……。
そもそも、如何に神秘の力である魔術とはいえ性別を変えるなんてできるのか。レーンに魔術を教えるつもりはないけれど、気になった僕はセリカに尋ねてみたのだが、「どうした? もしかして頭でも打ったのか?」と本気で心配されてしまった。レーンのせいだ、後で文句言ってやる。
いつもの道を通って門を潜り、玄関扉から孤児院に入ろうとしたところで中から男の人の怒鳴り声が聞こえてきた。外まで聞こえるほどの怒声、多分アルドさんだ。でも一体何に対して怒っているのか、気になった僕はそっと忍び込み、客間を覗き込む。
客間にはアルドさんとニーナ、それと見知らぬ男が二人いた。何やら揉めているらしく、アルドさんが悪鬼も裸足で逃げ出す顔で男二人に食いかかっている。
あのアルドさんがあそこまで怒っている。その理由が気になって僕は悪いことだと分かっていても聞き耳を立てた。
聞こえてくる会話の内容から男二人がウィーナス商会の人間であることが判明した。
ウィーナス商会。僕ですら知っている、色々と黒い噂の絶えない、あくどい商売をしていることで有名な有力商会だ。
男達はニーナを引き取りにきたと言っている。どうやらニーナとあの恰幅の良い男は父親と娘らしく、嫡出子が亡くなったから代わりにとニーナを利用しようという腹積もりらしい。ニーナの目の前で優秀な『駒』になるだと、いけすかないことを言うヤツだ。正直、アルドさんが怒るのも無理ない。
こんなヤツの誘いにニーナが乗るはずない。孤児院の子供達を、アルドさんを心から愛しているニーナがここを捨てるわけがない。僕はそう信じて見守っていた。
でもニーナの出した答えは老害の意に添うものだった。子供達がどうなろうと知らない、この先に待つ裕福な暮らしを心から喜んでいるように幸せそうな笑顔を浮かべ、アルドさんに対して他人行儀な態度を取る。アルドさんもそれに応じてしまう。
違う、こんなの何かの間違いだ。子供達のため、孤児院を守るために一生懸命勉強していたニーナがあんなヤツらの誘いに乗るなんて、そんなのおかしいだろ!?
ニーナとアルドさんのやりとりで限界を迎えた僕は、気づいたら部屋に飛び込んでニーナを連れて孤児院を飛び出していた。
人気のない路地裏で立ち止まり、僕は感情のままにニーナを問い質す。孤児院の皆が何よりも大切と言っていたのは嘘なのか、皆を守りたいと言っていたのは嘘なのか。
僕の怒鳴り散らすような問いにニーナは涙ながらに答えた。
──いいわけ……ないじゃん。でも、ボクにはこれしか思いつかなかったから……。皆を守るって……決めたんだ。
そう言うニーナの瞳は涙に濡れていて、でもその奥底には誰にも消しえない決意の炎が燃えていた。
ニーナは自分の想いを吐露する。今のままでは孤児院に未来がない、何かしらの方策を講じなければ潰れてしまう。そこへ訪れた最初で最後の
ウィーナス商会に行けばきっとお金が手に入る。それを密かに孤児院に仕送りすることができれば、その家で上手くのし上がることができれば、結果的には皆を守ることができる。『力』が手に入るんだと、ニーナはボロボロと涙を零しながら言った。
その想いを聞いて、やっぱりニーナはニーナなんだと再認した。
孤児院の子供達に裏切り者と謗られても、これから先に商会での地獄の日々が待ち受けると分かっていても、ニーナは皆を守ると決意した。大好きな皆と離れ離れになってしまっても、一人で戦い続ける覚悟をしたのだ。
その想いを僕の身勝手な想いで止めることはできない。ニーナに釣られて涙を零しながら、震えるニーナの体をそっと抱き締めていると、不意に声が聞こえてきた。
「ニーナッ! グレンッ!」
切迫した表情で路地の奥からこちらへ向かって駆けてくるのはレーン。やはり彼女もニーナの決断に怒っているのだろうか、とそんな呑気な思考は必死さすら感じられる声に冷水を浴びせられた。
「二人共、伏せろッ!!」
「え?」
次の瞬間、訳も分からないまま立ち尽くしていた僕とニーナはレーンに押し倒された。直後、僕達の後方から飛来した雷閃がレーンの肩を掠めた。
「あぐぅ……っ!」
「なっ……!? くそっ、誰が……!」
ニーナに押し倒された態勢から即座に立ち上がり、僕らを襲った不届き者を見やる。レーンが駆け寄ってきた方向とは反対側の路地に、その男は左手の人差し指を構えて立っていた。
ウィーナス商会の二人組、その片割れ。蛇みたいに狡猾な雰囲気を纏う青年が、嫌らしい笑みを浮かべてこちらを見下ろしている。
「孤児院の子供ですか。全く余計な真似を……折角楽に終わらせて差し上げようとしたのに」
「だ、ダニーさん? どうして……こんなこと……?」
ニーナが震える声で尋ねる。ダニーと呼ばれた男は薄ら寒さすら感じられる笑顔で律儀にも答えた。
「どうして? 決まっているでしょう。はっきり言って貴女は邪魔なんですよ。折角、将来的に私が商会を牛耳るため、嫡出子を病死に見せかけて毒殺したというのに、貴女のようなぽっと出に私の計画を崩されては堪らないんですよ……はい」
「お前……だから、ニーナを殺すっていうのか……ッ!?」
許せない。ニーナの決意と覚悟を踏み躙るような男の態度が腹立たしい。何よりも、僕の大切な友人の一人をこの男は傷つけた。絶対に許してなるものか……!
僕が怒りを込めた瞳で睨みつけるとダニーはせせら嗤うように目を細める。
「都合がいいことにここは貧民街の路地裏……年端もいかぬ子供がのたれ死んでいても大した事件にはならない……貴女達三人にはここで消えてもらいますよ……」
「う、……ぁああ……」
身の毛がよだつほどの殺意を向けられ、ニーナが顔を真っ青に震えている。きっとここまで明確に殺意を叩きつけられたのは初めてなのだろう。僕も同じだ。先の魔術一つとっても、僕とダニーという男の間には魔術師として隔絶した実力差がある。まともにやり合って勝てる相手ではない。
でも、それでも僕は、彼女達を守らなければならない……!
少し前からコツコツと作り上げてきた僕の
それが一瞬だけ僕を躊躇わせて、後ろから伸びてきた手に肩を掴まれる。驚いて振り返れば、そこには肩から血を流しながらも歩み出ようとするレーンの姿。顔は俯いていて垂れた前髪のせいで表情は窺えないけど、纏う雰囲気だけでレーンがかつてないほどに憤っているのが理解できた。
「お前……今、何つった……?」
「はぁ? 何ですか、貴女は……」
見下すような嘲笑を浮かべるダニー。所詮は子供と、完全に舐め腐った態度だ。
レーンが俯いていた顔を上げる。瞳に渦巻くのはただの怒りではない、決して譲れないものを守る覚悟を決めた人間特有の強い光が灯っていた。
「
圧倒的に不利な状況下でありながらも吠えながら、無謀にも魔術師相手に突貫を仕掛けるレーンの姿を見て僕の迷いは消えた。
懐から手作りのタロットカードを引き抜く。拙い画力で描き殴られた『愚者』の意匠。タロットナンバー0『愚者』のアルカナ──
どんな
傷つき血を流しながらも、大切なものを奪わせまいと立ち向かうレーン。そんな彼女の勇姿に腹は決まった。
二人の少女の揺るぎない覚悟に背中を押され、僕は憧れた『正義の魔法使い』と訣別する。たとえ他の魔術師に後ろ指を指されても構わない。僕は僕のやり方で『正義の魔法使い』を張るんだ!
起動される僕の
「んなっ!? 何ですか、これはっ!?」
肉迫するレーンを魔術で打ち倒そうとして、魔術が正しく起動できないことに焦るダニーに僕もレーンに続いて突進する。すぐにレーンの隣に並び立ち、動揺してまともに対応できていないダニーの顔面に二人揃って渾身の拳を叩き込んだ。
子供とはいえ格闘術を修め、加えて二人掛かり。左右から挟み込む強烈な拳を受けてダニーは物の見事に吹っ飛び、完全に意識を失った状態で路地裏に墜落した。
ダニーが完全に沈黙したのを確認してグレンは肩の力を抜く。胸中では魔術を封じて近接格闘術で殴り倒すという魔術師らしからぬ戦い方に複雑な想いが渦巻いていたが、それも隣で立ち尽くしていたレーンが声もなく倒れたことでそれどころではなくなった。
「「レーンッ!?」」
飛び上がってニーナがレーンに駆け寄る。僕も即座にレーンを側に膝を突き、ぐったりと横たわるレーンの体を抱き起こした。
「レーン! レーン!? どうしよう、グレン? このままじゃレーンが……!」
「分かってる! すぐに治療するから待ってて!」
未だに赤い血を流し続ける肩口の傷に掌を翳して白魔【ライフ・アップ】を行使する。僕の腕では時間が掛かってしまうだろうけど、ちゃんと治すことができるはずだった。
でもどうしてか、魔術による干渉が鈍い。僕の特性のせいで魔術にブレーキが掛かっているのとはまた違う、もっと別の要因で魔術が効いていない。
「何だよ、これ……」
分からない、分からないけど今の僕の実力では出力が圧倒的に足りない。このままでは出血多量で最悪死に至りかねない。どうすればいいんだよ……!?
一向に回復の兆しを見せないレーンの傷に焦燥を募らせていると、すぐ側に誰かが立った。気配も音もなく立った相手に僕は驚いて顔を上げて、相手がよく見知った金髪の女性であることに気づいた。
「セリカ……」
僕の魔術の師匠でありただ一人の家族、セリカ=アルフォネアがいつになく真剣な表情でレーンを見下ろしていた。
「よく頑張ったな、グレン。後は私に任せとけ」
セリカはふっと柔らかに微笑むと僕の頭を撫で、レーンに縋り付くニーナに心配ないと笑いかけ、意識のないレーンに向き直った。
その後、レーンはセリカの圧倒的な魔力量に物を言わせた法医魔術によって傷跡もなく完治した。命に別条はないとセリカから保障され、僕とニーナは心の底から喜び合ったのだった。
次回かその次くらいで学院に突入できるかな……?