パーシヴァルの物語 作:匿名
ですから荒いかもです。何か矛盾や思うところがありましたら御報告お願いします。
戦場に吹き荒ぶ熱風と運ばれる血汐の匂い。
キンっと鉄が鳴る。シャランと鈴の音が鳴る。……違う。
鈴の音と間違える程に美しい剣戟の音だ。
果てまで続く騎士達の屍を舞台に、騎士王と叛逆者は最後の死闘を繰り広げる。
「ア“アァ“ァ“ァサァァァ“……!!!」
「モードレッドォォっ!!」
けたたましい叫びを上げて混じり合う、赤と青の剣舞。
両者の剣戟は地上に咲く無数の火花となって、死屍累々の世界を駆け巡る。
騎士王の眼には慟哭と絶望、叛逆の騎士の眼には激しい憎悪。
深い嘆きにありながらそれでもアルトリアは、向かい来るモードレッドを討つ為に剣を振るう。
込み上げる激情のまま、モードレッドは憎悪を乗せた剣を振り下ろす。
「何故だ! 何故パーシヴァルを殺した! 答えろアーサー!」
「っ、違う、私は……!」
一雫の光が、アルトリアの瞳から流れ出た。
「涙だと……? ふ、巫山戯るなァァァ! 貴方に、貴方にそれを流す資格など……ありはしない……っ!」
「っ!?」
とめどない憤りの咆哮。
既に両者の剣戟は止んでいた。
これ以上の対話は不要。否。初めから話し合って分かり合える程モードレッドの憎しみは浅くない、言葉を交わす程度でアルトリアの悲しみや絶望は軽いものでは無い。
どちらかが片方を殺すまで、この死闘を終わらせる方法はなく。
いよいよを持って、それは決する事となる。
「
赤雷を纏った赤き光の柱が天高く伸びる。
その中央でモードレッドは、己が
呼応する様に黄金の光柱が顕れる。騎士達の王は、生涯で最後の一振りとなる一撃を放つ準備をする。
「
同じ男に救われた。同じ男を想った。同じ男に憧れた。
故にこそこの戦いは譲れるものではなく、二人の騎士の最後の一撃が世界を眩き光で包んだ。
♢♢♢
「……っ!?」
瞬時にベッドから起き上がる。
ドキンドキンと鼓動が早く強く体が熱い、流れる血が鉛のようで気怠い。汗もかいているようだ、ベッドを見ればびっしょりと人形に濡れている。
しっとりと張り付いた前髪を掻き上げた。外はまだ暗い、夜明け前に起きてしまったようだ。
「くそっ、悪趣味だぞ。お前……」
悪態を吐きながら、あの悪夢を見せた元凶に視線を移す。
ベッドの横にある台の上に置かれた、禍々しい装いの魔導書。その真名を『ネクロノミコン』。
モードレッドが円卓入りをして一年と半年が経った、そして決意を新たに固めた一年前のその日から、またしてもネクロノミコンは時折悪夢を見せるようになった。
落ち着いてきたと思ったらまたこれだ、どうにもならない事を分かっているがそれでも忌々しそうに睨まずにはいられない。
この一年様々な事に奔走してきた。例えば、ランスロットが不義をしないように言い聞かせ最悪の場合は去勢するぞと脅し、アルトリアが近隣の村々を犠牲にするような政策を取らせないように、畑を拡大させ徐々に食料不足の改善等を行ってきた。無論他にも色々と行っている。
それもこれも全てが、原典でのアーサー王伝説同様の結末を防ぐ為であり。
そうやって粉骨砕身東奔西走で頑張っているパーシヴァルに、あろう事かネクロノミコンはパーシヴァルの最も嫌う
「朝から最悪だ……」
気分が沈鬱とする。
押し潰される様な不安が脳裏を過ぎるが、振り払うよう頭を振る。
二度寝する気にもなれないパーシヴァルは、汗を拭き濡れたベッドを乾かす準備を始め、今朝の仕事の用意を始めた。
♢♢♢
(何をしているのモードレッド! いつまで遊んでいるつもり!)
薄暗い魔術工房の中で、水晶越しに自身の産み出した子供を見ている。
モルガン。ケルト神話、女神モリガンの系譜でありモードレッドやガウェイン、ガレスの母たる魔女。
国家の転覆を図りその為にだけ産んだ我が子が、モードレッドがいつまでも行動を起こさないことに業を煮やしていた。
それどころか、異父妹たるアルトリアの傍らで騎士として手助けを始める始末。
(このままでは……!)
遠視の魔術を切り支度を始める。
このままではどれだけ待とうがモードレッドは何もしないだろう、アグラヴェイン等は既に論外。
仕方が無いこうなれば、とモルガンはモードレッドに出生を打ち明ける事に決めた。向かうはキャメロット。
薄緑色の髪を揺らしその場を立ち上がった。
♢♢♢
「くぅ……」
体を伸ばすとボギボギとあちらこちらの関節が鳴った。
長時間机とにらめっこしていれば、当然のことなのかもしれない。
だがそれも漸く終わりだ、たった今自分の分の仕事が終わったのだから。
「さて、遊ぶかな」
晴れ晴れと澄み渡った外を見ながら、城下町の子供達とでも遊ぼうかと考える。
未だに仕事中のケイやアグラヴェインには悪いが、先に上がらせてもらう。
余談だがパーシヴァルの仕事量はケイやアグラヴェインに比べて、十分の一程しかない。これは決してパーシヴァルがサボっていたりしてる訳ではなく、単純に他の奴らの仕事が馬鹿みたいに多いのだ。
事実一般の事務仕事をしている騎士と比べると、パーシヴァルの方が何倍も働いている。
こんなに忙しいのは、それもこれもキャメロットの経済状況が末期なのがいけない。
後で差し入れでも持ってくることを心に決めて、パーシヴァルは城を出た。
「さて何処へ行くか……」
澄み渡る青空と燦々照らし出す太陽の下、いい気分で散歩をしていた。
さて何処に向かうか、そう考えながら歩いていると僅かな衝撃が発生した。
前方不注意による街角での衝突だ。しまった、と慌てて手を差し出す。
ふと二年ほど前にも似たような事があったと、モードレッドとの出会いを思い出す。
何処か懐かしい気持ちになりながら、苦笑いを浮かべた。
「悪い。大丈……夫……」
美しかった。それはまるで幻想のようだった。
艶めかし薄緑の髪にヘッドドレス越しに見える宝石のような紫の瞳、恐ろしく整った顔に釣り合う四肢をもった男好きの完璧な身体。
妖精のように美麗で、花のように咲き誇り、瞳の奥には力強さを感じた。
端的に言って、一目惚れだった。
「だ、大丈夫ですか……!」
声が裏返り急に敬語になってしまう。
女性、モルガンはええ、と答えながらパーシヴァルの手を取り立ち上がる。
触れる柔肌が鼓動を加速させる。
(あれ? 何でこんなに緊張したんだ? と言うか、手汗とか出てないよな……?)
過去を含め今の今まで女性に惚れた事が無かったパーシヴァルは、その経験の無さから未だにこれが恋だと自覚出来ていない。
童貞ここに極まれり。それも仕方ないことだろう、なんせ前世では社畜の鑑、今世では夢を叶える為に戦いに明け暮れる日々。
女性に免疫がない訳では無い、現にモードレッドやアルトリア、ガレス等とは仲が良い。
しかしながらそれは友情と言う概念においてのものであり、決して男女仲のそれでは無い。
「す、すまない。前方不注意だった。け、怪我はないか?」
「ええ、大丈夫です。では私はこれで」
モルガンがこの場を立ち去ろうとした時、腕を引っ張られた。
少し驚き振り向いてみれば、モルガンの細腕をパーシヴァルが握っていた。
モルガンは顔を隠しているヘッドドレスの奥で、パーシヴァルを少し睨む。もし正体がバレたなら魔術で……。
そう考えパーシヴァルの顔を見るが、なにゆえかパーシヴァル自身も驚いた表情をしている。
「え、あ、いや、その……良かったら食事をしないか?」
自身の横を通り過ぎるモルガンの手を反射的に掴んだパーシヴァルは、何故だかこのまま行かせてはいけないと思った。
いや正確には理解している。自身の横を通り過ぎた時に、ヘッドドレスの隙間からかろうじて見えた
(何を考えているの……)
(このまま行かせたら駄目だ)
疑り深くパーシヴァルを観察するモルガンと、目の前の女性を放っておけないパーシヴァル。
しかし目の前の誘いに乗る気がないモルガンは、断った。
「興味がありません。私にはするべき事があります」
「そ、そうか。それは悪い。でも、ほんの少しだけでいいんだ」
冷たく、それこそ道端に転がる石を見ているかの如く断るが、尚も食い下がる。
パーシヴァル自身執拗いと自覚しているが、それほどまでにほっとけなかった。
数分間何とか説得し、モルガンもこのまま長引かせるより少し付き合った方が楽だと感じ、見事お誘いは成功した。
この時パーシヴァルは人生初めてのナンパを成功させた。
♢♢♢
「……」
「……」
重たい沈黙に押し潰されそうだ。
ただ淡々と食事をするだけで、これといった話はしていない。
なぜならパーシヴァルがどんなに話題を振っても、モルガンは適当に相槌を打つだけで会話を切ってしまう。
話をする気は無いと、雰囲気がそう告げていた。
そして、そうこうしている内に食事が終わってしまった。
「では、私はこれで」
「まって……!」
またしても腕を掴まれる。
「いったいなんなの!」
苛立ちから叫んでしまう。
いっその事魔術で殺るかと危ない考えが浮かぶが、ここは城下町だ。そんな事をすれば騒ぎを聞きつけた騎士達が集まってくる。
穏便に事を済ませなければ、と荒ぶった心を鎮める。
「その、もう少し……」
「ふざけ……っ、分かりました。これで、最後よ」
言いかけてパーシヴァルの瞳の奥に言い知れぬ何かを垣間見て、折れた。それにここで断っても先ほど同様に時間を食うだけ、ならこれで最後だと警告した上で付き合えば大丈夫だろうとモルガンは考えた。
パーシヴァルもパーシヴァルで、良かったと安堵の息を漏らす。
(これが、ラストチャンス)
これ以上の我儘は通用しない。パーシヴァルは自分に気合を入れた。
並の事では身の前のモルガンは心を開かないだろう。それは何となく、この食事で理解した。
ならばとパーシヴァルは、あの場所へ連れて行くことにする。
♢♢♢
「これは……!」
モルガンはパーシヴァルに連れられて、渋々付いてきた先の光景に心奪われた。
そこには有り得ない程の緑が広がっていた━━━━農園だ。
ブリテンの経済悪化を防ぐ一手として、拡大させた元畑。それは誰が見ても驚くような代物であり、今の時代ではどのような宝よりも価値のある場所。
「こっちだ」
パーシヴァルに手を引かれて、園の奥に行くと紫色の宝石が並んでいた。
葡萄だ。モルガンはその果実を見た事がなく、得体の知れない紫色のナニカとしか分からない。
そんなモルガンの口に、近くにあった一粒をとって突っ込んだ。
「何を……っ! ……甘い」
口の中に広がる芳醇な香り、柔らかい食感と滲み出てくる果汁の甘味は、モルガンに衝撃を与えた。
モルガンの反応に満足したのかパーシヴァルは嬉しそうに笑い、内心でよっしゃとガッツポーズを取る。
先程までの冷徹でツンケンとしていた態度が嘘のように、葡萄一つですっかりと毒気を抜かれたモルガン。
「採取してみるか?」
「え?」
断ろうと思ったが悔しい事にもう一度食べたくなってしまったモルガンは、そしてあれよあれよと言う間に手にはハサミと小さなバスケットを持たされて、言われるがまま葡萄狩りを始めた。
「そうそう、そこを持って切る」
「くっ、なにこれ硬い」
パーシヴァル印の品種改良葡萄は、魔力も微量に含んでいるため幹が強化され地味に硬い。
魔女と恐れられ実の息子達からも嫌われているモルガンが葡萄と格闘している、これを彼女を知る者たちが見たら目を点にして驚いた事だろう。
「切れたっ!」
漸く採取出来た葡萄を手に取り、モルガンは
そう笑ったのだ。それは僅かにだが心を開いてくれた証拠。
「笑った……!」
「はい?」
「いや、初めて笑顔を見せてくれたって思って」
パーシヴァルの言葉にモルガンははっとして、気まずそうに顔を逸らす。
自分は魔女で憎むべきアルトリアの国を転覆させないといけない、何度も何度も繰り返し自分に言い聞かせる。
「帰るわ……」
何もかもが急激に覚めていき、やがて出会った時と同じ凍てついた雰囲気に戻るモルガン。
パーシヴァルはその事に多少驚く。
今日はモードレッドに会おうと思っていたが、目の前の男のせいでその気が失せてしまった。
モルガンは足早にその場を立ち去ろうとした時。
「あ、これ」
咄嗟に差し出されたのはモルガンが自分で採取した葡萄。
笑顔のまま果実を渡してきたパーシヴァルに、モルガンは内心意外そうにしていた。
(この男ならまた呼び止めると思っていたのだけれど)
そんな事をしようものなら、今度こそ魔術で殺していた。
モルガンの内心を察してか、パーシヴァルが言う。
「これで最後って、約束だったから」
無表情だった筈だが、パーシヴァルの読心能力は馬鹿にできなかった。因みにこれも旅で身に付けた
渡された葡萄を乱暴に奪い取り背を向ける。
「また、何時でも来ていいからー!」
後から聞こえてくる声を無視して、今度こそモルガンはこの場をあとにした。
余談だが自身の工房に帰ったモルガンは葡萄を幸せそうに食べながら、パーシヴァルの事をほんの少しだけ利用価値があるかもと評価を改めたのだった。
♢♢♢
農園で一人になったパーシヴァルは、最後の最後に自身の気持ちがなんなのを理解して物思いにふけっていた。
「あ、名前聞き忘れた」
大事な事を忘れていた、と今度あった時にちゃんと聞こうと心に決める。
一人で先の事を思い出してニヤニヤとしていると。
「なに笑ってんだよ気持ち悪ぃな」
「ああモードレッドか。いやな、遂に俺にも春ってやつが来たのかもしれないって思ってさぁあ」
「はぁ?」
うへうへへと気持ち悪い程にニヤニヤするパーシヴァルを見ていると、モードレッドは既視感ある魔力を感じ取った。
(っ!? ……これは母上の……いや、気のせいか?)
あのような女がこんな場所に来るはずがない、その可能性は絶対に無いと、感じ取った残滓の感覚を否定する。
だがもし仮に、己の母がこの場所にちょっかいをかけようものなら、その時は……。
モードレッドは人知れず拳を強く握った。
人妻(パーシヴァルは知らない)が初恋相手って、やっぱり円卓って業が深いなぁおい……。
いや、この場合は兄弟(ラモラック卿)で、のがあっているのでしょうか?
一応言っとくとモルガンはヒロインでもなんでもないです。かと言って誰がヒロインなんだと言われれば、作者は特に決めてないんで困りますが(苦笑い)
でも強いて候補をあげるなら、円卓女性陣とモルガンですかね。
あと思ったんですがネクロノミコンを持っているパーシヴァル君、もしかしてフォーリナーの適正が微レ存……?
狂気の内にありながら純粋さを失わない者、あるいは狂気に呑まれながらそれを逆に呑み尽くした者。がフォーリナーの資格らしいですし……。