大体二年振りの更新です!
注意事項
『』の中はせんせい本人は気づいていません
夜が追ってくる。
忘れた筈の夜が追ってくる。
私を捕まえに夜が追ってくる。
みつけた
みつけた
みつけた
まって
まって
まって
おにごっこはたのしいね
重なる声、付かず離れず一定の距離を保ったまま、ずっと私の後ろから聞こえてくる。
まって
まって
まって
どこにいったの?
みつけた
みつけた
みつけた
ほら
ほら
ほら
軋む右足を無理矢理動かし、ランタンの僅かな灯りを頼りに月明かりすら差さない山を走る。
急げ、慌てるな。声の感じから距離はそう離れてはいない。
これは遊びだ。本気で私を捕まえるつもりなら、私はもう捕まって、あれの仲間入りを果たしてる。
だから落ち着け。目を凝らせ、視界から情報を精査しろ。何時も、何時だってやってきた事だ。
得た情報を精査し選び、正しい情報を掴む。
探偵でもない調査員が生きる為に繰り返してきた事を、この足が動く度に繰り返せ。
藪は避け、明らかな泥濘は飛び越え、木々を頼りに空いた腕を動かし、兎に角進む先を照らせ。
はやい
はやいね
つかまえられるかな?
わかんない
たのしい
たのしい
たのしい
たのしいね
おにごっこ
たのしいね
そうだ。これはおにごっこ。
私が捕まるまで終わらない遊びだ。
だから、別の遊びに変えて、ここを抜け出さないといけない。
抜け出して、 を助けに戻らないといけない。
この夜だけは、私は〝たんていせんせい〟なんだ。
探偵は何時だって、真実に辿り着き闇を祓う。
だから、頭を動かせ。情報を整理しろ。今までの経験を総動員して、この謎を突き止めろ。
スネソギ様は子供の怨念が積もり積もって生まれた神。昔、所長はこの国の神々は、嘗ての人々が自身の罪と自然の恐怖から逃げる為に、それらを奉り神として奉じ生まれたと言っていた。
つまり、この国の神々は怪異の類いと同類で、畏怖や恐怖の概念を神という崇高な枠に納めたものに過ぎない。
そして、それらを奉り上げる為の作法も確立されている。
だから、そこに向かえ。枠に納められた恐怖、それらの矛先を自身に向けさせない為の作法。神々を奉る祠、そこに全てが在る筈だ。
そして、その祠は必ずと言ってもいい程、私が向かう山頂付近にある。
今まで、あの変わり者の所長が私にだけ回してきた調査依頼の経験上、このパターンは外れた事は無く、私の霞かかった記憶の中でも、スネソギ様の祠は山頂付近に在った。
だから、走れ。
追い付かれぬ様に、このおにごっこを途中で終わらせない様に、子供の神スネソギ様を飽きさせない様に、おにごっこを続けてながら、真実に辿り着け。
はやい
はやい
はやい
はやい
すごい
すごい
すごい!
おいつけない
すごいね
たのしい
たのしい
たのしい
たのしいね
おにごっこたのしいね
やくそく
やくそく
やくそく
やくそく
おにごっこ
やくそく
「はっ……」
息を吐く。肺や喉が焼ける様に疼く。
働き始めてから、初めてここまで長く走った。
息が辛い。脳が全身が酸素と急速を求めて喚き散らす。
なのに、足は止まらない。疼き軋む右足も今はそれらを無視する様に動いている。
恐怖か、何かに突き動かされているようだ。
この感情、この体を突き動かすものは一体何だというのか。
私はそれを知っている筈なのに、それを思い出せない。
記憶の中にぽっかりと空白がある。
最後に祖父と話してから、またあの山へ向かう祖父の背中、そして帰ってきたこのランタン。
祖父はこの山で何をした。そして、何をして消えた。
私の記憶だけに残る祖父は、あの日に何を言い残した。
思い出せ
思い出せ
思い出せ
思い出せ
全てはこの記憶の空白と、この山道の先にある祠にある。
だから、走れ。兎に角走れ。
連なった鳥居を抜け、参道を駆け上がり、そして思い出せ。
あの日、祖父は何を言い残したか、そして約束とはなにか。
――いいかい、●●。近い将来、お前は必ず向き合わないといけない。
――きっとそれはお前にとって、深くて酷い傷になる
――だけど、それが必要になってしまう時が来る
――私もそうだったし、私の父もそうだった。
――だから、これは私で終わりにするからお前はこの約束を果たすんだよ
――スネソギ様はそれをずっと求めてるんだ
朧気な記憶が少しずつ、鳥居を潜る度に鮮明になる。
右足が更に軋み疼きだす。
約束、あの日した約束。
あれは何だった。
思い出せ。
足を片足を引き摺りながら、山道へと向かった祖父。そして、私がスネソギ様とした約束。
それは
ついた
ついた
ついた
ついたついたついたついたついたついたついたついたついたついたついたついたついたついたついたついたついたついたついたついたついたついたついたついたついたついたついたついたついたついたついたついたついたついたついたついたついたついたついたついた
やくそくやくそくやくそくやくそくやくそくやくそくやくそくやくそくやくそくやくそくやくそくやくそくやくそくやくそくやくそくやくそくやくそくやくそくやくそくやくそくやくそくやくそくやくそくやくそくやくそくやくそくやくそくやくそくやくそくやくそくやくそくやくそくやくそくやくそくやくそくやくそくやくそくやくそくやくそくやくそくやくそくやくそく
あそぼうあそぼうあそぼうあそぼうあそぼうあそぼうあそぼうあそぼうあそぼうあそぼうあそぼうあそぼうあそぼうあそぼうあそぼうあそぼうあそぼうあそぼうあそぼうあそぼうあそぼうあそぼうあそぼうあそぼう
や
く
そ
く
「やく、そく……」
寂れた祠を前に足が止まる。
遥かな記憶、霞と虫食いに蝕まれた欠片の様な記憶の中で、ここで私は誰かと約束をした。
あれは……
――やまのかみさまいってきた
――あのこがほしい
――あのこはいらない
――やまのかみさまおりてきた
――まりをついたらてんてんと
――みんなついてくやまのなか
――やまのかみさまつれてった
――てをそいだらあそべない
――あしをそいだらはしれない
――やまのかみさまあそびたい
――だからすねをそいだんだ
――……どうしたの?
――じいちゃんがもうおやまにきちゃいけないって
――どうして?
――わかんない。でも、ぼくはもう〝ばん〟じゃないからって
――そうなんだ……。じゃあ、まだ●●●が〝ばん〟のまんまなんだ
――じゃあさ、やくそくしよ
――やくそく?
――●●があそべないなら、●●●にあそんでもらう。●●●が〝ばん〟だから
――だからやくそく
――やくそく
――やくそく
――やくそく
――やくそく
――やくそくしよ
――●●はおとなになるから、●●●にあそんでもらう。だから、それがおわったら……
「代わりをちょうだい……」
あは
あはは
あははは
やっと
やっと
やっと
やっと
おもいだした
やくそく
やくそく
やくそく
やくそく
ちょうだい
●●●はかえっちゃった
だからちょうだい
かわりをちょうだい
ちょうだい
ちょうだい
ちょうだい
ちょうだい
かわり
かわり
かわり
かわり
やくそく
ちょうだい
●●●のかわり
ちょうだい
それがだめなら
右足が一気に重くなった。
ざわめく木々、異様なまでに生温く、そして異常なまでな冷たさのある風が右足に纏わりつく。
いや違う。
これは違う
風じゃない。
これは手だ。
無数の子供の手が私の右足、膝から下に纏わりついている。
色も形も定かでなく、ただただ小さな群れが私の右足を引っ張っている。
――やまのかみさまいってきた
――あのこがほしい
――あのこはいらない
――やまのかみさまおりてきた
――まりをついたらてんてんと
――みんなついてくやまのなか
――やまのかみさまつれてった
――てをそいだらあそべない
――あしをそいだらはしれない
――やまのかみさまあそびたい
――だからすねをそいだんだ
だからちょうだい
これちょうだい
やくそく
やくそく
やくそく
やくそく
やくそくまもれないなら
これちょうだい
●●はもうおとなだからやくそくまもれる
だからちょうだい
かわりをちょうだい
●●●のかわりをちょうだい
それができないなら
これちょうだい
次第に右足を引っ張っている力が強くなり、遠くからなにかを引き摺る音が聞こえてくる。
考えろ。
代わりを渡せば、スネソギ様は私から離れると仮定して、代わりとはなんだ。
子供、〝ばん〟、ああ、ダメだ。
あの子はダメだ。
違う。考えろ。
頭を動かせ。
祠
スネソギ様
〝ばん〟
脛を削いだ
鑢
あの町
よまわりさん
あの黒い手
……スネソギ様は代わりを渡せと言っている。
それは何かとは明言していない。
――お前は必ず向き合わないといけなくなる
――お前にとって、深くて酷い傷になる
――たんていせんせい……
……探偵は物語では何時だってヒーローだった。
少なくとも、私にとってはそうだった。
どんな難問も難解なトリックも解き明かし、必ず真実に辿り着く。
この夜だけ、あの子の為だけのたんていせんせい。それが私だ。
考えろ。
代わりに何を渡せる。
くれないの?
くれないの?
くれないの?
くれないの?
どうして?
どうして?
どうして?
どうして?
うそつき?
●●おとななのにうそついた?
重々しく禍々しい音が聞こえ、スネソギ様が空洞の顔を向けてくる。
手に持つ小さな体に不釣り合いな鑢が、側の木を削ぎ倒した。
まるで剣の様な卸し金の様な鑢がこちらに向く。
スネソギ様が求めているのは子供でもなく遊び相手、それが私でなくてもいいのなら、これは賭けだ。
うそつき?
うそつき?
うそつき?
うそつき?
おとななのにうそついた?
「……スネソギ様」
なあに?
●●なあに?
どうしたの?
かわりをくれるの?
「かわりを差し上げます。その代わり……」
……
……どうしよ?
……どうする?
……どうしよっか?
ねえ
ス
ネ
ソ
ギ
様
目の前にスネソギ様が立っていた。
もうランタンの灯りも消えていたのに、その顔だけははっきり見えた。
虚ろな洞の様な、しかしはっきりと見える。子供だけが見せる無邪気で途方もなく残酷な笑顔。
いいよ
でも●●はしんぱい
あれはいじわるだから
だからこれかしたげる
そのかわり
ぜったいにやくそく
まもってね
その言葉と、何かを削り落とす音が聞こえて私の意識は途切れ、再び目覚めた場所は見知らぬ場所。
「ここは……、工場?」
何年も前に閉鎖された筈の工場、そこに私は居た。
あの出来事はなんだったのか。
まさかこの夜が見せた夢か幻だったのか。
「違う……」
手にしていた卸し金の様な金鑢を杖代わりに立ち上がる。
『右足が動かない』
あれは夢じゃない。
しっかりと現実だった。
「……せんせい!」
「……ああ、良かった。大丈夫だった?」
あの子が飛び付いてきた。
ランタンの灯りも今はちゃんとしている。
「まっくろなこたちがせんせいをつれてって、むかでのかみさまがもりしおをなおせって、それで……」
「これは……」
絶句した。
この工場跡地で、この子はこんな怪物に追われていたのか。
ピンクの肉塊、そうとした呼べないグロテスクな怪物が、何かに削られた様に折れたパイプか煙突か分からない鉄塊に突き刺さっていた。
「よまわりさんがこれになったの」
「あの真っ黒なのが……」
よまわりさんとは二面性を持つ存在だったのか。
もうそれも分からない。分からない事だらけの夜、それでも前に進むしかない。
「行こう」
「うん……」
鑢を杖代わりに追い続ける夜から逃げながら、私達は夜を追う。
●●はしんぱいだし、そのこはちがうから
ちょっとだけてつだってあげるね
だから、かわりをちょうだい