「はぁ~……」
加速研究会に嫌がらせして雪ノ下とスーパーで会った翌日の昼過ぎ、練馬区へこの短期間で2回も訪れていた。鬱屈とした気持ちで駅に着いた瞬間、とても大きいため息が漏れた。6月の梅雨の季節のくせしてこれっぽっちもジメジメと湿気ておらず、なんならカラッと太陽が輝いているほどの晴天で、余計に気分が削がれる。
倉崎に指定された目的地はとあるケーキ屋。つまり、アイツも絶対にいる。要するに、最低でもただでさえ非常に厄介な2人を相手にする必要がある。あと何人いるのやら……そして、俺は無事に帰れるのか……まるで死地に向かう兵士のような気持ちを体験しているようだ。
指定された時間には余裕があるのでしばらく練馬区の道をのんびり歩き、目的の店である『パティスリー・ラ・プラージュ』へと到着した。
「――――」
「…………」
店内に入ると、家族連れや学生、多くの人で賑わっている店の中、制服であるメイド服を着てレジを操作していたパティシエ見習いの美早と目が合った。未だに名字は知らない。そろそろ教えて? ちなみに連絡先も知らない。
「早かったのね」
「まぁな」
周りに客がいないことを見計らい美早は声をかけてきた。
互いに言葉は簡素。これには元気に挨拶するのが面倒という理由の他にも、美早は仕事中だから大っぴらに話しかけるわけにもいかないという気遣いも含まれている。話すのが面倒だとかは思っていないよ、ホントだよ?
とまぁ、それは置いておいて、俺を呼び足した張本人である倉崎はまだ店にはいないようだ。待ち合わせの時間より15分ほど早く着いてしまったからな。仕方ない。さてと、話があるにしろせっかくだからケーキを買おうとゲージを眺めていると、美早は俺を一瞥してから。
「必要ない」
と、きっぱり告げた。
「何を?」
「ケーキを買う必要」
「え、なんか食いたいんだが」
「こっち」
特に理由を説明せず、美早が指を指した先には前に入ったことがある個室だった。確かこの個室は完全にネットを遮断することができる部屋だったな。専用のケーブル繋げないとローカルネットにも繋がらないこのご時世珍しい部屋だ。
どうやら今日はこれで上がりらしい美早と肩を並べて個室に入ると――――
「……あら、早かったですね。こんにちは、皇て……八幡さんっ」
と、さらりと俺のことを下の名前で呼ぶなんかスッゲぇあざとい倉崎と。
【UI> こんにちはなのです、八幡さん!】
――――なんか分からないけど、謡もいた。あ、君もいたのね?
そして、この2人、部屋にあるテーブルに彩りに並べられているけっこうな数のケーキを食べている。あれ、呼び出しの目的ってお茶会なの? と、疑問に思うくらい雰囲気が似つかわしくない。
扉を閉めてから俺と美早はソファーに腰をかける。俺の隣には美早、向かいには謡と倉崎といった並びだ。まずどこから突っ込めばいいのか。
「…………これ、どういう集まり?」
倉崎と美早がいるのは予想できたが、謡はなぜここにいるのかが不明だ。
「えーっとですね、簡単に言えば、八幡さんのことをリアルで知っているメンバーといったところかしら。本当は私とみゃーだけの予定でしたけど、ういういも今日ここに来たいと言っていましたので」
俺の疑問には手早く倉崎が答える。で、謡はタイピングが面倒なのか首をブンブンと縦に振る。なるほど。そういう繋がりか。
「それなら一応、俺は上月とも面識あるが」
「そうなんですか」
【UI> 美早さんと知り合いの時点でそこまでの驚きはないのです】
上月は2代目赤の王、俺があざと幼女やらあざと少女やら呼んでいる小学生だ。特徴としては、かなりあざといってことかな。素とのギャップが凄まじい。まぁ、面の皮の厚さに関しては一色の方に軍配が上がるがな。あれは見事だと素直に思う。どこぞの乳部タイラーさんもなかなかだと思うぞ。
そして、この疑問には美早が返答する。
「彼女は用事がある。今日は来ない。本人は貴方にお礼を言っておいてくれと」
「さよかい」
まぁ、腐っても上月は小学生だもんな。友だちと遊ぶとか宿題とか予定は立て込んでいるだろう。わざわざこんな目が腐っている男子高校生と会わなくてもいいだろうな。いや、自分で言うのは悲しいな。平塚先生や雪ノ下から腐っていると言われることあるけど、過剰評価すぎないか? そこまでではないだろ、うん。
「八幡さんがVRスペースでもいいなら、人数絞ってですけどロータスたちも呼ぼうかなぁと、考えていたのだけれど……。リアルでなるとロータスたちは未だしも、八幡さんは気を遣うかと思って、今回は私たちだけにしました。……といっても、なんだか珍しいですね。八幡さんの性格上、わざわざこっちにまで出向くとは。ぜーったい、面倒だと思いそうですけど」
「否定はしないが、ずっと受験勉強のために家に引きこもるのもしんどいからな。理由をつけて出歩きたいこともある。VRだけじゃ味気ないっていうか。まぁ、今日は暑すぎたから軽く後悔はした。エアコン最高だ……」
と、だらけながらテーブルに置いてあるケーキに目が向く。
「ちなみに、このケーキいくらだ? 俺も食べたいし払うけど」
「必要ない。これは私の試作品」
「……えっ、マジで? スゴっ」
素で感嘆の声を漏らす。ザッハトルテやモンブラン、フルーツケーキなど彩り豊かなケーキが恐らく謡たちが食べた分含めて1ピースが10個は置いてあっただろう。そんなに試作するものなんだと感心する。
だから払う必要はないってさっき言っていたのか。この前食べた苺のラビリンスも美味しかったし、タダでここのケーキにありつけるとはありがたい。
「叔母さんにはまだまだと言われた」
「でも、これホントに美味しいわよ」
【UI> そうですよ! とっても美味しいのです! 八幡さんも食べてください】
「あ、食べていいの?」
「NP。是非食べて」
「じゃあ、いただきます」
さてと、さっそくケーキを一口……あ、うめぇ。マジで美味い。どのケーキも一口サイズに切り分けられているので、色々な味を楽しめる。
「どう?」
「めっちゃ美味い。これでダメ出し貰うとかどんだけレベル高いんだよって話」
「あ、ありがと……。でもまだまだダメ。作るのにもたついたとか味が一定しないときがあるとか課題は多い。もっと伸ばせる」
「意識高いなぁ。さすがプロ」
一瞬照れたと思ったらすぐさまキリッとした表情に変わる。俺が来る前からケーキを食べていた倉崎はウットリとした顔付きで。
「八幡さんがリアルでって言ってくれて良かったわぁ。こんなに美味しいケーキタダでこんなに貰えるもの。また今度客として買いに行くわね」
「そのときはよろしく」
「えぇ。楽しみにしてる。でも、あれね、こんなに食べたら太っちゃいそうだわ~」
純粋に楽しそうにケーキを食べる倉崎を見て俺はあることを思ってしまう。まぁ、非常にゲスいことだが。
「――――」
「…………」
倉崎の一言に何かを察した美早は俺の肩と触れ合う距離まで近付き耳元で囁いてくる。お、これは恐らく心が一致したぞ。
「フーコはお腹よりもっと別の場所に栄養がいきそう」
「分かる。マジでデカいよな」
「そうね。別にこれで生活には困らないけど、正直あのサイズは羨ましい」
「やっぱそう思うんだ?」
「えぇ」
互いに顔を合わせながら囁き声で会話する。
倉崎にあるあのお山……スイカ……メロン……いいよね。普通に男だからどうしても視線がそっちにいっちゃう。由比ヶ浜と同格レベルの持ち主だ。チラッと横を確認しても別に美早が小さいというわけではないが、倉崎は別格というか……雪ノ下が悔しがりそう。
「……あら、そこの2人どうかしましたか?」
「NP」
「別に何も」
すぐにパッと離れて同時に首を振る。ケーキに夢中で俺らの会話の様子は聞かれていなかったようだ。あっぶねぇ。倉崎は変に勘が鋭いところがあるが、ケーキに夢中で俺らに気付いてなかったみたいだな。スイーツが近くにあると、女子は勘が鈍る。スイーツは素晴らしいことを改めて認識した。
唯一、俺らを一部始終見ていた謡は何が何だか分からず顔に「?」を浮かべている。君には早いよ、きっと、うん。
――――と、ケーキもあらかたなくなり一段落したところで。
「で、俺はなんで呼ばれたんだ?」
忘れかけていた本題を切り出すことにした。
「簡単に言えば、昨日のことについて。もっと詳しく知りたい」
「そうですよ! 八幡さん、私たちのお願い無視したのにどうしてあそこにいたんですか!?」
【UI> 全くもってその通りなのです。昨日美早さんたちに聞いてとても驚いたのです】
美早はともかくとして、倉崎と謡は納得がいっていない、怒り心頭といった態度をとっている。
「いやまず、お前らの誘い乗ったら青龍と戦うことになるだろ? あんなの戦いたくねぇし」
「でも、貴方の必殺技があればかなり楽になっていた」
「あんな高速で飛び回る奴に対してピンポイントで当てろとかキッツいんだが。それにもしよしんば、青龍の首飛ばせても基本的にあのレベルのエネミー倒すことはできねぇぞ」
あんな設定間違えましたみたいなクソ強エネミーとか戦いたくないんだが?
というか、こういうところがBBのアンバランスさを演出しているよな。基本的には対戦ゲーだからエネミーをメインにしないためにもステータスを高くするというのは何となく分かる。分かるが、一部のエネミーの異次元さがおかしい。バランスがあまりにも悪すぎると感じるのは俺だけではないはずだ。何て言うか……人間味がしないというか。
「分かりました。その件に関しては水掛け論なので置いておきましょう。ですが、なぜピンポイントであの場にいたのですか?」
「あー、まぁ、半分以上ただの偶然だな。お前らとの話で加速研究会の頭がコスモスだと分かったから、あの通話のあと潜ってアイツらの本拠地見張ってたんだよ。で、お前らがダイブしたタイミングかな? あれは。その辺りで紫ダ……アルゴンが現れてな。加速研究会への嫌がらせ目的でPKしてた。いやー、行きに使った電車のポイント以上稼げてなかなか上手かった」
「…………アルゴンを!?」
「……あぁ、そうだったの」
目を見開き驚く倉崎と妙に納得した顔の美早。
【UI> 嫌がらせ目的って何ですか?】
「言葉通りの意味だぞ。だって、なんかムカつくじゃん。話聞いている限り、通常対戦やイベントで心意使ってメチャクチャにしたらしいし、常に見下している気がするからな。俺は半ば引退していた身たけど、ここまでされるとさすがにイラッとくるし、嫌がらせで港区荒らしてやろって思ってな。偶然アルゴンを見付けたから、ちょうどいいやって気持ちで適度に心折りつつ殺してた」
そう説明すると、謡は呆れた表情でタイプを始める。
【UI> 八幡さんはそういうところありますよね。通常対戦でも相手の武器を奪ったり、八幡さんの武器で相手の手足を斬って反応を楽しんだり、相手の嫌がることを率先として行う姿に関しては黄の王よりずっと似合っていますよ】
「おい人をサイコパスみたいに言うな。バナナよりかは道徳的だろ」
「そうですかね? 前に紫の王をおちょくって手酷い目に遭ったと聞きましたし」
くっ……。まさかそんな風に思われていたとは。
【UI> だから、私たちのために動くというより、八幡さんの言うところの嫌がらせ目的という方が妙に納得するのです】
「そんなところで納得されてもな……」
「でも、正直八幡の退場タイミング最悪だった」
ここで割って入る美早。
「へー」
「バイス倒してから戻るかと思ってたの」
「いやだって疲れたし。あ、バイスは取り逃した」
「そこからかなり大変だった」
「ふーん」
「何があったか聞かないの?」
「絶対面倒なパターンだろ、それ。誰が聞くかっての」
「…………」
「おう、何だその目は」
「私さっきケーキ上げた」
「だな。美味しかったぞ」
「ありがと。だから話聞いて」
「やだ。あと文脈繋がってないぞ」
「むー」
美早の膨れっ面から顔を逸らすと同時に視線を感じたのでそっちを見る。
「…………なーんだかあの2人仲良いわねぇ」
【UI> そうなのです。美早さんとは楽しく会話しているというか、私たちに対してはどこか素っ気ない気がします】
「分かるわー」
【UI> もっと私たちにも優しくしてほしいのです】
「ほんっとその通りだと思うわ。特に私の扱い雑だもの」
…………何だコイツら……。
「……めんどくせっ」
ボソッと呟いた声は当然こんなクローズドな空間ではバッチリ聞こえたらしく、倉崎と謡はわざとらしい反応を取りつつ。
「あらあらまぁまぁまぁまぁ。ほら、聞きました、ういうい? これが八幡さんの私たちに対する本音ですよ」
【UI> えぇ、バッチリ聞きました。八幡さんは酷いですね。私、八幡さんの親なのに。それに同じ部屋で1週間寝泊まりした仲ですのに……およよ、なのです】
おい、それを言うな。既に知っていた倉崎はともかく、その話を知らなかった美早はすぐさまこちらに怪訝の雰囲気を乗せた視線を向けてくる。
「……事案?」
「違うから。いや、違わないけども、確かに同じ部屋だったけど、違うから」
「ロリコン?」
「違うつってんだろ」
「じゃあ……私たちの中で誰が好み?」
「うん?」
「あ、それは私も知りたいですね」
【UI> 私も興味があります】
「は?」
「では早速発表してもらいましょう!」
「は?」
今さらだけど、謡の【UI>】のUIって何なんだろうね?何の略?
中途半端ですけど、長くなりそうだから切りました