この加速する世界で   作:NowHunt

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分岐点

 ある日の金曜日。

 時刻は22時を回ろうとしている時間帯。

 

 夕食を食べてから今の今まで集中して勉強を続けていた。時折数分程度の休憩を挟んだとはいえ、自分なりに集中しいい感じに進めることができた。

 

「んー……」

 

 一区切り付いたと感じた瞬間、ここで完全に集中力が切れた。今日はこれ以上できそうもない。冷蔵庫にあるマッ缶で糖分補給でもしようかと考える。

 いやでも、夜にカフェイン摂るのはどうなんだと迷う。別にそこまてカフェイン効く体質ではないしな。他にジュースないので、糖分補給にはやはりマッ缶。よし飲もう。砂糖入っている量半端ないのは置いておく。

 

 冷蔵庫から一缶取り出し、部屋に戻りベッドに腰掛ける。

 飲む。甘い。染み渡る。疲れが薄くなるような感覚がする。

 

「ふぅ……」

 

 このままベッドでダラダラと好きなだけネットサーフィンでもしてから眠ろうか、それともさっさと寝るかと迷っている。こういう時間が好きだとしみじみ感じているときに。

 

「ん?」

 

 ニューロリンカーを通じて視界の端に通知が届く。

 これは通話の呼び出しだ。こんな夜に誰だろうと視線を動かす。そこには『倉崎楓子』の文字が浮かんでいる。

 

「…………」

 

 俺は迷うことなく滑らかな手付きで拒否の2文字を選ぶ。

 

「やっぱマッ缶よな。紅茶も飲むけどなー」

 

 完全に見なかったことにした俺はそのまま休憩を楽しむ。

 

「…………」

 

 またかかってきた。切る。かかってくる。切る。かかってくる。切る。かかってくる。切る。そのままミュートにする。

 

 よし、これで俺に安寧は訪れた。

 たまに倉崎から連絡が来るときはある。夜に少しだけ雑談を交わすときもある。ただ、それはチャット形式であり間違っても通話ではない。

 そして、通話とくれば十中八九面倒ごとと決まっている。前回も休日に連絡が来たことがあった。あのときはカレントを救けるために付き合ってくれといった内容だった。素直に引き受けることはなかったものの面倒なことには変わりない。

 

 つまり無視安定である。

 

 そう決め込んだところでピコンとメッセージが届く。これは前回連絡先を交換した黒チビからだ。

 

『フーコが私に泣き付いてくるから出てくれ。頼む』

 

 ……チッ。

 

『このままだと就寝しているであろう謡に泣き付くと言っているぞ』

 

 はぁ……。

 

「おい」

 

 仕方なしに倉崎のミュートを解除し通話に出る。

 

『やっと出ましたね……』

 

 今回はビデオ通話ではないか。音声だけだ。随分と怨恨の籠った一言に聞こえる。

 

『もう夜なので大声で詰めることは止めときます』

「……要件だけ言ってくれ。もう寝ようとしていたんだ」

『素っ気なーい。良いんですかぁ、私にそんな態度を取って。忘れましたか八幡さん、私には八幡さん&さっちゃんと私とのツーショットのデータがあると。奉仕部の2人に渡しますよ? ね?』

「さらっと脅すな。連絡先消すぞ」

『あらあらあらあら。またそんなこと言って。本当にしますよ?』

 

 やたらめったら楽しそうな声色だ。人を煽るときホント活き活きする奴だと再認識する。さてはドSだなオメー。嫌というほど知ってる。

 

「お前はともかく黒チビとの面識ないぞあの2人。イチイチ黒チビの説明するの互いに面倒だろ。あと有田君に迷惑かかるじゃねーか」

 

 それと雪ノ下辺りが通報しそうで怖いです。

 いや別に俺が被害に遭う分はともかくとして、第三者を巻き込むのは避けたい。人間関係のいざこざなんて奉仕部に入ってから嫌というほど味わってきた。

 

『むっ、それはそうですね。ならあの2人とさっちゃんは避けまして、私とのツーショットをみゃーに自慢します』

「別に美早なら何の反応もしないだろ……。で? なに? だけで終わりそう」

『えぇー、本気で言ってますそれ? ……なかなか不憫ねぇあの子も。わりとあからさまなのに』

 

 何が?

 美早はいつも素っ気ない態度だろう。あまり感情が揺れ動くことはなさそうに思える。アイツが大きく感情を動かくときは上月関連だと想像するが。

 

 と、ただ世間話しいるだけになっている。軌道修整しよう。俺は低い声で億劫さを隠さずに話す。

 

「で、本題は?」

 

 ため息をわざとらしく大きく吐き、倉崎へと続きを促す。

 

『あぁそうでした。八幡さん、ほんの1日だけで良いのですが、ネガ・ネビュラスに加入してくれませんか?』

 

 真っ直ぐな顔付きで、至って真面目な口調で短くそう告げる。

 

 珍しく真摯な彼女の言葉の意味を理解するのに少しの時間を要した。

 ネガビュ、黒チビたちの、そして俺の親である謡が在籍しているレギオン。その集まりに参加しろと宣っている。

 

 理由は何となく思い浮かぶ。

 この前黒チビと倉崎とリアルであった日に話したことが関係しているのであろうと察しが付く。つまるところ白のレギオンとの領土戦に加勢してくれと言いたいのだと。

 

 しかし、レギオンに加入するということはそのリーダーに命を握られるのと同意。レギオン党首はメンバーを自在にBBから退場させることができる。そのため、心から信頼していないと入る決断は不可能だ。

 

 俺はその厄介さをある種嫌っており、そのことを分かっていない倉崎ではない。

 

「一応訊いておく。なぜだ?」

『今度の領土戦に加勢してほしいからです。貴方なら言わなくても理解していますよね?』

「念のためだ。で、どうしてそうなった。赤と緑と協力するんだろ。戦力は揃っているはずだ」

 

 たしか黒チビはそのようなことを話していた。詳細な内容は突っ込まず訊いていないため、あまり語れないが。

 

『八幡さんの言う通りですね。レインたちプロミネンスとは合併することになり、直接的に力を借りるわけではありませんが、領土戦当日はグランデたち協力の元、領土を手渡してくれることになっています。他にも幾人か、新戦力として入ってくれた人たちもいます』

 

 なるほどそういう流れなのか、と内心頷く。

 倉崎の語る言葉通りであるならば戦力は想定よりも集まっていると見受けられる。何とも言えないが、わりと充分かもしれない。

 

『ですが、相手はコスモス率いるリンカーたち。どのような妨害、イレギュラーが起きるかは事前に想像することは困難です』

「だろうな。厄介な手札はどうせ多く隠し持っているだろ。あの引きこもりなら」

『ですから、少しでも戦力を増やしたいのです。特に相手を引っかき回すのが大好きであり、ちゃぶ台、碁盤をひっくり返すかの如く盤面をめちゃくちゃにすることが得意なエンペラー……貴方にお願いしたいのです』

 

 ねぇ褒めてる? ほぼ悪口じゃね?

 

『当然、その日の領土戦が終われば即座に脱退してください。さっちゃん……ロータスとの話は済んでいます。それ前提にお願いしております。例えるなら傭兵のような扱いでしょか。交通費くらいは支給しようと思っていますけど。呼び出すわけですしね。ただ、報酬は応相談ですね。日当出しますか? あぁ、それと……もし約束を違えた際には、私たちに対してどんな不利益なことをしても構いません。……コスモスの味方はしてほしくないですがね』

 

 苦笑する倉崎。しかし、声だけでも分かるほど茶化してはいない雰囲気だ。つまり、嘘は言っておらず本気で言っていることが如実に伝わる。

 

「言っておくけど、いくらお前らだろうと年下から金をせびるつもりはねぇぞ」

 

 想像するだけであまりにも絵面が終わっている。

 

「当然だが、それ相応のリスクがある内容だ。下手すりゃポイント全損する可能性だってある。俺はここまで多少関わったとはいえ、加速研究会とはほとんど無関係な身。んな面倒なことまでして、わざわざ火中に栗拾いに行く人間じゃない。それに前にも話したろ。リアルを蔑ろにしてまでお前らの問題に首突っ込むつもりなんてない。倉崎からしたら薄情な人間に映るだろうが所詮は対岸の火事に過ぎないんだよ」

 

 俺は現段階の内心を語り始める。真剣に言葉をぶつけてきたからこそ、俺も本心を隠さず嘘偽りない本音を告げる。

 

「ネガビュが俺を誘うメリットはあるかもしれない。自分が強いと自惚れるつもりはないが、単純に戦力が増えるのだからな。ただ俺はどうだ? お前らに肩入れするほどのメリットはあるのか? 全損のリスクを犯してもで? ぶっちゃけないように感じる。あ、謡を持ち出すのは禁止な。そもそも論、同じレギオンメンバーならメンバー同士で守れって話だ」

 

 一先ず反対する理由として自身の言いたいことは言い切った。

 

『強情ですねぇ』

 

 倉崎は反論するわけではなく、感心半分呆れ半分といった声色で一言告げる。

 

「人として当たり前の話だ。俺はそんな物語の主人公みたいに誰彼構わず救ける奴じゃねぇっての。むしろどっちかっつーとヘイトを溜める敵側の立ち位置だ。なんであれ、世の中ギブアンドテイクだろ」

 

 タダ働きなんて滅べばいい。やりがいなんて言葉で人を使い倒す社会が間違っている。言ってはなんだが、会ったこともない全BBプレイヤーのために動ける方が俺からしたらおかしい。

 

『であれば報酬を提示すれば良いのですね。八幡さんが納得し、参加してくれるようなモノを』

「理屈で言えばな」

 

 それだけ言うと、倉崎はゆっくりと深呼吸をする。そん音が聞こえる。

 

 

『でしたら――――――――なんて、どうでしょう?』

 

 

 その提案に即答できず、逡巡する。

 彼女の言っていることに対して興味はある。従っても問題ない、少なくとも俺からすればそう思わせるほど魅力的な内容ではあった。

 だが、冷静に思考している俺がいる。

 現実問題今回依頼されたことに関してリスクが高いのも事実だ。なにしろ、詳細が不明な相手との戦いになる。いくら白のレギオンとただ領土戦をするだけとはいえ、純粋に強い戦力に加えてどんな妨害が待っているか分かったもんじゃない。

 

 ……まぁ。

 

 この問答はいかに俺が倉崎の申し出を受けるかに限られる。俺が本気で断っても倉崎はあの手この手で、肯定するまでひたすら繰り返してくるだろう。倉崎……ゴリ押し大好きレイカーはそういう奴だ。どうせ俺が行くことはどうせ決まっている。連絡が来た時点でな。

 所詮この会話なんざ言ってしまえば茶番だ。あそこで倉崎のコールを取った瞬間に俺の運命は決まった。でウダウダ言うのはこのくらいで終わろう。

 

「はぁ……行けばいいんだろ」

『あらあらまぁまぁ。ありがとうございます』

 

 白々しい。ケッ。

 

「……確認。俺は基本的に領土戦には参加しない。戦うのは現ネガビュの面子」

『はい』

「俺が手を出すタイミングはホワイト・コスモス……加速研究会の奴らがイレギュラーな事態を引き起こしたとき。どんな状況か随分と曖昧な表現だ。……まぁ、これは情報がないから仕方ない。どんな手段を取るか、何をするのかは俺の自由。俺の判断に委ねられている」

『はい』

「了解した。それと」

『はい?』

「これを知っているのはお前と黒チビだけか?」

『はい』

「だったらこの件は俺らだけに留めておけ。情報はなるべく伏せる方がより効果的だ」

『ういういにもですか?』

「当然。誰にも知らせるなよ」

『ですね。どこから漏れるか分かりませんし』

「最後に。俺がその日にレギオンを脱退できなければ、お前らの大切な頭の個人情報、嫌味ったらしいネチネチしている紫か黄色に告げ口するからな。ちゃんと伝えとけよ」

『分かりました』

 

 淡々と何の感情も乗せずに必要事項を語る。

 

 

 この会話を訊いたら様々な人たちから冷たい奴に映るかもしれない。薄情だと思われるかもしれない。そんなこと俺も倉崎も理解している。

 倉崎は部外者である俺にBBの命を懸けろと頼んでいる。そして俺は命を預ける代わりに、ある種倉崎自身よりも大切している黒チビの命を同じ天秤に懸けろと話した。

 互いが互いに無茶を強いている。ムリを押し付けている。2人同時に2人の心臓を狙うよう銃を押し付けている、そんな状況だ。だが構わない。俺たちだからこんなふざけた契約を結べている。

 他人から見れば歪な信頼関係に見えるだろう。必要最低限な会話で必要以上なことを申し付けている。ただこれでいいかと思ってしまう俺がいる。

 

 

「以上。解散。お休み」

 

 そのままコールをブチ切りベッドに倒れ込む。

 

 面倒なことこの上ない。が、引き受けた以上はやるしかない。展開次第ではこちらの出番がないかもしれないんだ。気楽には難しいかもしれないが、肩の力を抜こう。

 

 

 ▽▽▽

 

 

 当日を迎えた土曜日。午前中は自宅で受験勉強を短時間ながらも集中してから昼近くになると、小町とお袋に断りを入れて電車で東京へと目指す。

 

 時間は経ち電車でのんびりしつつ到着した渋谷駅。そして徒歩で少し移動し黒チビと合流する。

 

「よう。とりあえずさっさと済ませてくれ。マッチングリストに載りたくない」

「分かった」

 

 2人して『バースト・リンク』のコマンドを唱え加速する。そこからゲーム内で手続きを完了し、俺は見事……見事? ネガビュへの参加を果たす。

 リアルに戻ってから人目のつかない場所で俺たちは密談を開始する。

 

「まずはありがとう比企谷さん。今回は望まない役割を受け入れてくれて」

「ぶっちゃけダルいがここに来た以上ちゃんとやるよ。つか、俺の出番なんてないことが一番だがな」

「違いない」

 

 フフッと笑う。

 本当にそうであってくれと心底切に願うばかりだ。

 

「そういや俺は領土戦、それも大人数のなんて初めてなんだが、どんな感じなんだ?」

 

 めちゃくちゃ初心者です。レギオンに所属なんて初めてですからね。

 

「そうだな、まず参加者が合計20人以上の大規模な領土戦はルールが少し変更になる。初期配置は3か4人のグループに分配される。敵、味方含めて隣接している人の体力しか見ることができない」

 

 ふむ。

 

「両チームが東西か南北に分かれて配置されるためるから必然と中央へ目指せば合流はできる」

 

 ふむふむ。うん?

 

「となると、開始時点で俺の存在はチームにバレるのか。できれば隠しておきたかったが」

「そう言うな。始まった瞬間に誰にも気付かれないような速度で移動すれば分からないさ。比企谷さんにそこまでのスピードを出せるか不明だが、たしか比企谷さんにはハイドがあるだろう?」

 

 ハイド、それは俺のアビリティ。誰にも存在を認識されていない状態でのみ使うことができ、その効果は存在の隠蔽。誰かの体力ゲージを減らさない限りは透明人間に近い存在になれる。不意討ち用のアビリティです。

 始まったその刹那にハイドを発動さえできれば隠れることはできるか。チーム相手が誰であれそうしよう。

 

「領土戦のルールは大丈夫か?」

「拠点の取り合いだろ。空中に浮かぶ金属製のリングの下に立つと、そのエリアを占領できる。必要な時間は30秒か。それさえできればリング近くで必殺技ゲージを自動でチャージしてくれる。で、最後まで維持した奴らの勝ち」

 

 だったよな? 基本ルールのおさらいくらいはしたけど。大丈夫だよね? 間違ってないよね?

 

「うむ、概ね理解しているようだ。私はニコを待たせているから一旦失礼するがその前に。……比企谷さん、無関係な貴方を巻き込んで心苦しいが、ネガビュを……みんなを頼んだ」

 

 と、律儀に頭を下げる黒チビ。

 

 万一があるためレベル9の黒チビは今回の領土戦に参加しない。これでホワイトに殺られて退場になったら目も当てられない。だからこそ戦力を欲しがっていたわけだ。

 

「顔上げてくれ。今この瞬間だけは俺もネガビュだよ。頭らしく堂々と下っ端に命令してくれればいい」

「……そう言ってくれるなら気持ちも楽になる。ありがとう」

 

 どこか安心した笑みを浮かべ、黒チビは去っていった。

 

 黒チビを見送ったあとバスに乗り込み白の領地があるエリアへと目指す。時間に間に合うように白金高輪駅へ向けて電車に乗る。目黒で乗り換える必要があるけどすぐ着くなこりゃ。グローバル接続だけ切っておくか。

 

 16時になった瞬間にグローバル接続をすれば倉崎の合図で領土戦が始まる。

 

 どんな事態に陥るか全く予測できない。予想なんてこれっぽっちも役に立たない。目の前のことに都度都度対処、対応する必要がある。

 目下、俺がすべきことはネガビュ全滅の回避。たとえ領土戦で負けても死にはしない。しかしながら、加速研究会が用意している手段は計り知れない。何かしらの手段でポイントを全損させる可能性はゼロではない。

 それだけはどうにかしないとな。そのために呼ばれたんだ。不本意ながら仕事はこなしてみる。

 

 頼むから出番がないようお願いしたいけどね。それは大前提ですはい。

 

 

 

 

 

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